136話 ファミレスを享受すべきか
ゲイズが集めていたレイスたち。
隠し通路の先、巨大な装置に封じられていたそれらは、
同じくレイスであるドクンちゃんによって解き放たれた。
レイスを吸収し力を取り戻したドクンちゃんによって、
俺達は古城エリアを跡にすることになったのだが……。
「4名でお待ちの富士見様ー?」
「フゴッ! やっべ寝てた」
店員の呼びかけで、俺は居眠りから目覚めた。
あろうことかヨダレまで垂らしてしまっている。
それを急いで拭い、安物の腕時計を確認した。
9時46分。
いつも通り、仕事終わりにファミレスで飯を食う頃の時間だ。
寝ぼけ半分で順番待ちの椅子から腰を上げ、店内へ入る。
ちょっと明るすぎる照明と、耳に残らないBGMがいつも通りにお迎えしてくれる。
……なぜだか無性になつかしい気分だ。
ここは、ありふれたファミリーレストラン。
意外に思われがちだが、俺は最低限自炊できるタイプの男だ。
しかし自炊する体力は枯渇しているのが常。
なぜなら仕事が辛いから。
そんな日(というか平日の大半)は、家から最寄りのファミレス――ジョナサングの世話になる。
そして仕事上がりに自炊を外注するのだ。
(……ていうか今、呼ばれ方おかしくなかったか)
ちゃんと聞き取れなかったけど、お一人様の呼ばれ方じゃなかったような。
同姓の順番待ちが他にいたのか?
でも俺以外に待っている客いなかったけどな。
若干の違和感を覚えつつ、レジの辺りで待つ。
すると空いているテーブルに店員が案内してくれる、いつもなら。
しかし今日は一向に店員が来ない。
別の対応に追われているのかというと、どうやらそうでもない。
(店員、ていうか誰もいないじゃん)
俺を呼んだ店員の姿が見えない。
それどころか客もいない。
明るい店内を見渡すも、人っ子ひとりいないではないか。
厨房のほうからも物音がしない。
無人のファミレス。
ただただ微妙なBGMだけが流れている。
ひょっとして開店前か?
いや、この時刻は営業中だし、実際店内入れてるし。
閑古鳥状態だとしても店員までいないなんてあるか?
きっと店員はバックヤードにいるんだろう。
注文したくなったらブザーなりで呼べばいい。
結論付けた俺はちょうどいい4人がけ席に腰をおろした。
なぜちょうどよかったか、そこには知り合を見つけたからだ。
「ミ゙」
「あらフーちゃん、奇遇じゃん。せっかくだし一緒に食おうぜ」
一見して宝箱だが、フュージョンミミックのフーちゃんだ。
どうやら唯一の客かつ先客らしい。
フーちゃんは箱内からカニのようなハサミを伸ばして、
メニューをパラパラと捲っている。
……こいつ文字読めるのか?
なんにせよ、俺も腹が減っている。
一刻も早くハンバーグまたはカレーまたはドリアが食べたい。
そんな気持ちでメニューを捲り始めたとき、軽やかな鈴の音が響いた。
新たな客が入店してきたのだろう。
だからどうしたって話だが、聞こえてきた声に覚えがあった。
「なんて豪奢な造り、相当な位の貴族の屋敷……いえ、どこかの宮殿かもしれませんわ」
「物が多くて我は好かん。しかし一体何が起きたのだ」
腰を浮かせて入口の方を見れば、見知った二人がキョドりまくっていた。
聖女とホルンだ。
あいつらファミレスビギナーか?
恥ずかしいから早く入れや。
「おい二人とも、こっちこっち」
「……フジミか? その姿は一体」
「鎧の下は生身なんですの? ていうかなんでいきなり、くつろいでるんですの?」
鎧? 生身?
おっかなびっくり席までやってきた二人。
聖女はソファに座らせるが、あいにく人間用のスペースにユニコーンは収まらない。
ホルンは誕生日席よろしく通路側で膝を畳んでもらった。
どうやらマジでファミレス初見らしいので、ドリンクバーから水を汲んできて勧めてやった。
「で、何食う? おすすめは特製チーズハンバーグカレードリアね。カロリーやばいけど最強だぜ」
なんせチーズとハンバーグとカレーとドリアの融合である。
スポーツで例えるなら日本代表どころか世界代表レベルのメンバー構成と言っても過言じゃない。
「ここは食事を供する場なのですわね……じゃなくて! この状況分かってますの!?」
「状況? あぁ、店員なら呼べば来るんじゃね」
聖女は渡されたメニューを読まず、なぜか焦りまくっている。
わけわからん。
助け舟を求めてホルンを見ると、何やら神妙な顔で周囲を見渡している。
「ふむ、敵意どころか何の気配も感じられん。 しかし奇怪な場所だ」
客も店員もいないもんね。
「ね、まさか客全滅なんて俺も初めてだよ」
「妙なのはお前もだ、フジミ。 いつの間に生身の人間になった? それに言動もおかしいぞ」
”生身の人間”?
生身の人間じゃなかったら逆に俺は何なんだよ、変なの。
ホルンの意味不明なジョークを流しつつ、注文用のブザーを押す。
不慣れなこいつらの注文は見繕ってやるとしよう。
軽やかなチャイムが響き、続いて厨房のほうからパタパタと足音が聞こえた。
やっぱり裏に店員がいたのだ。
「いらっしゃいませー、ご注文をお伺いします☆」
語尾に星がついてそうな、明るいねーちゃん店員がやってきた。
高校生、いや下手すれば中学生に見えるほど童顔だ。
かつ声が実にかわいい。
なんとなく聞き覚えがあるような気がするが思い出せない。
かなりキャラが立っている割に俺が知らないということは、
ピカピカの新人なのかもしれない。
「チーズカレーハンバーグドリアのセット4つと、ドリンクバーも4つで。 でいいよな?」
「……」
「……」
メニューを見つつ皆に確認した。
が返事がない。
「おい」
人がせっかく気を利かせてやっているのにシカトか?
メニューから顔を上げて聖女を見やる。
なぜか目を見開いて固まっていた。
心なしか震えている。
その視線は一点から動かない。
「……っ」
ホルンもフーちゃんも同様だ。
息を止めたように微動だにしない。
「死んだふり大会かって」
店員に迷惑をかけるタイプのボケはポリシーに反するので止めてほしい。
にしても、さっきから皆の言動がおかしい。
空気を読まないというか、まるでこの店がおかしいとでも言うかのような。
にこやかに店員が復唱を始める。
「ご注文はチーズカレーハンバーグドリア4つとドリンクバー4つでよろしいですね? |マスター«・・・・»」
――”マスター”。
瞬間、頭を殴られたような衝撃が走る。
そして俺は全てを思い出す。
死、転生、アイテムボックス、進化、ゲイズ、巨大な水槽、そして――
「ドクンちゃん……?」
聞き覚えるある声の正体。
にこり、と微笑んだ童顔店員の胸元。
名札に刻まれた漢字は名字を表してはいなかった。
『ドクン:管理者』
どういうこと?
ホルンと聖女に習って、ぽかんと口を開けてしまう。
「ふふっ、異世界流のおもてなし気に入ってもらえたかしら。あっ、マスターからしたら前世か」
こちらの心情など知らぬように、店員が悪戯っぽく笑った。
その声はやはりドクンちゃんのものだ。
そして次の瞬間には、テーブル上に望んだものを手品ように出現させてみせる。
油が小さく弾ける、香ばしいチーズハンバーグカレードリア4つを。
「さて、何から話しましょうか」
次に呼び出したのは幼児を座らせるためのハイチェア。
ふわりと、それに腰掛ける様は行儀の悪い冗談のようであり、
同時に常識から遠く離れた……超常の存在であることを分からせた。
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