135話 次なる扉
マン爺に引導を渡し、
その晴れやかな死に顔に別れを告げる俺。
火の手が迫る中、ドクンちゃんを抱き、ホルンたちとの合流を急ぐのであった。
目指すはゲイズの秘匿していた穴の先、ドクンちゃんの分身体のもとへと。
隠された通路に入れば暗い廊下が続いてた。
壁には魔法の明かりがぽつぽつと、申し訳程度に灯っている。
幅は広々ではないけど、天井も低くなくて歩きやすい。
先頭が俺(と俺が抱いているドクンちゃん)、次にホルン(に載せられた聖女)、
更にいつのまにか合流したフーちゃんが続く。
魔力欠乏症で意識不明になった聖女は、俺が合流してから薄っすら目を開けていた。
意識が戻ったようだが、まだ体を動かすのは辛そうだ。
そしてもう一人も目を覚ました。
「んあ」
「おっ、大丈夫か?」
マン爺戦に巻き込まれたドクンちゃんだ。
テレキネシスを食らった衝撃で気を失っていたのだ。
本来なら潰れほどのダメージを負うはずが、どういうわけだか無事なのは不幸中の幸いだろう。
(いや、不幸中の幸いじゃない。何かが守ったんだ)
ドクンちゃんが口走った”黒い霧”。
俺にも覚えるがある。
あれはそう――
「どうしてマスターの首はとれてるの?」
ドクンちゃんの横槍により思考を中断する。
「それはデュラハンに進化したからだよ」
俺が進化したのはドクンちゃんが気を失っている間だ。
ドクンちゃんからすれば知らんデュラハンに担がれている状況だろう。
にも関わらず俺が俺だと分かったのは、さすが忠実なる使い魔である。
「どうしてマスターのお腹には風穴が開いているの?」
「それはホルンに誤射されたからだよ」
進化後の俺をゼノンと間違えた、というのがホルンの弁解だ。
おかげで骨鎧の鳩尾あたりには、拳一つ分ほどもある穴が開いている。
聖属性による傷は治りが非常に遅い。
しかも進化ついでに造られた間に合わせの鎧だ。
マン爺戦のダメージと合わせて、さっそくガタがきてしまっている。
「ホルンに誤射されたからだよ!」
恨みがましくリピートしつつホルンを振り返った。
案の定、無視された。
さて、ドクンちゃんと聖女の意識が戻ったので、マン爺の最期について皆に話した。
聖女は体が辛いのもあるだろうが、黙って聞き、最後に礼を述べた。
マン爺の知人である聖女に経緯を伝えたかった他にも、この話には別の目的があった。
デュラハンがいかにしてマンティコアを破ったか、について誰に一番伝えたかったか。
ホルンだ。
万が一、俺が暴走してパーティーを襲うことがあれば、止められるのはコイツしかいない。
だからデュラハンの手の内をホルンに明かしておく必要がある。
特に『
加えて、俺に備えるということは同じくデュラハンであるゼノンに備えられることでもあるし。
「フン、やすやすと己がスキルを明かすとはな。これで、いつでも始末してやれるわ」
不機嫌そうに鼻を鳴らすホルン。
話の意図が伝わったはずだ。
俺の尻拭いをさせられるのが、さぞかし不快なんだろう。
「マスター、それは違うよ。ホルンちゃんはね、マスターに信頼されて照れてるんだよねー?」
見透かしたようにドクンちゃんが割って入った。
たしかに照れ隠しに怒っているように見えなくもない。
ホルンのやつ可愛いところがあるじゃないか。
「えっ、そうなの?」
「違うわ消すぞ」
立派な角が光り始めたのでイジるのは止めておく。
次に一発もらったらマジで消えかねん。
とかなんとか言っているうちに、どうやら目的の場所にたどり着いたようだ。
広さにして体育館くらいか。
所狭しと武器や防具、食料らしき樽や謎の道具が陳列されている。
玉座に比べ飾り気がない、いかにも倉庫といった趣きである。
いわくありげな武具に目移りしそうになる。
しかし緊張した面持ちのドクンちゃんの視線の先、巨大なオブジェが一際存在感を放っており、
注目しないわけにはいかなかった。
円筒状の水槽。
高さにして5メートルくらいか。
底と天井はなにやら金属で栓をされており、ほかはガラスのように透明な素材できている。
目を凝らしてみるが、中に魚が泳いでいないどころか、なんの生命反応もない。
ただ液体が満たされているだけ。
「”ホーリーライト”」
「うおっ、まぶし」
唐突に背後から明かりが灯り、思わず仰け反った俺だ。
見ればホルンの頭上あたりに小さな光の玉が浮かび、周囲を照らしていた。
廊下を照らしていた魔法の照明と違って、ものすごく忌避感を覚えるのは聖属性の光だからに違いない。
俺もホルンも夜目が利くから、明かりは必要ないのに。
その疑問はすぐに解けた。
「聖女よ、これに見覚えがあるか」
「よく似たものを聖都で見たことがありますわ」
ホルンはどうやら聖女に見せたかったらしい。
俺はもちろん、ドクンちゃんもオブジェに見覚えはない。
……ドクンちゃんに限っては、見覚えがなくとも何かを察知しているようだが。
「大昔、実体を持たないモンスターを、古の英雄がそれによく似た装置で封じました。
以降、教会が厳重に管理していましたが、少し前に装置が故障して、中のモンスターが出てきてしまったとか」
「なにそれヤバいじゃん」
聖女の話を聞いて一歩後ずさる。
筒の中には『生命探知』じゃ何も見つからない。
実体がなく、かつ不可視のモンスターと戦うなんて考えたくもない。
「ですが幸運なことに勇者様が聖都に滞在しており、迅速にモンスターを倒したため事なきを得たとのことです」
出たよ勇者。
本当に倒したんだろうな?
そんなトンデモモンスターとアイテムボックス内でエンカウントしたくねぇぞ。
「……”幸運なことに”、ねぇ。で、封じていたモンスターが倒されたから、要らなくなった装置は勇者に譲られたって話か?」
「そこまでは知りませんわ」
聖女は否定する。
しかし俺の邪推では、モンスターの封印を解いたのは勇者だ。
目当てが封印装置か、凶悪モンスターだったかは不明だが、どうせ善意なわけがない。
ただドクンちゃんの反応からして、道具の中に今入っているのは、教会に封じられたモンスターじゃない。
「ドクンちゃん、これで違いないか?」
「うん、ビシビシ声が聞こえる」
俺の肩から飛び降りたドクンちゃんが、ぺたぺたと装置に近づき見上げる。
きっとドクンちゃんには装置に封印された、分身が見えているのだ。
ゲイズが集めさせた、膨大な量の分身体――レイスが。
分身体を吸収すれば、ドクンちゃんは分身前の状態に近づき、何らかの記憶を思い出せる。
これまでの言動から、ドクンちゃんの正体は魔法にめちゃくちゃ詳しい。
記憶を取り戻せば、脱出方法を思い出せるかもしれないのだ。
「まあ分身が見つかっただけでも収穫だ。あとでどうにかして取りに来ればいいし。それより使えそうな道具がたくさんあって助かったぜ」
努めて明るく、俺は切り替えた。
記憶を取り戻すというのは、人格も戻るということ。
今のドクンちゃんからすれば人格が”変わる”ということだ。
前に、それが恐ろしいとドクンちゃんは泣いていた。
本人が嫌ならば無理強いはしない。
幸い、生き残ったゲイズの配下じゃ装置――分身体を有効活用できるとは思えないし。
「マスター、アタシやるよ」
振り向いたドクンちゃんの目には、覚悟が宿っていた。
でも手足が震えている。
「無理すんな。別に急ぐ旅じゃ――」
「みんな体を張ってきたんだもの。アタシだけのうのうとしてなんていられない。
アタシだけ足踏みしたくない!
みんなで進みたい!」
ドクンちゃんの決意。
俺達に否定する理由はなかった。
「ドクン殿……」
「先生……」
ホルンも聖女も、覚悟を受け取った。
フーちゃんは何も言わんけれども。
「じゃあ頼むぜ、ドクンちゃん」
こくりと頷くドクンちゃん。
装置に向かって小さな両手を広げると、異変はすぐに始まった。
あたりの物が小さく震えだしたのだ。
「なんか揺れてません?」
「あぁ、でもなんか妙だ」
「たしかに奇妙な揺れだ」
ホルンと俺が感じたのは不可解さ。
装置がドクンちゃんに共鳴して振動しているのだと最初は思った。
けれど違う。
「いや、装置は揺れてない……」
感覚を研ぎ澄ませれば、すぐに分かった。
単純だが、あり得ないことだ。
「揺れているのは、俺たち――装置以外の全てだ」
細かくブレる視界の中、装置内は波ひとつ立たない。
泡すらない。
ただ静謐に佇んでいるのだ。
「まるで空間そのものが怯えているようですわ」
ホルンにしがみつく聖女の言う通り。
記憶の復活を恐れるかのように、部屋が、古城が、アイテムボックスが……すべてが震えているのだ。
そして激しくる揺れの最中、ドクンちゃんが振り向いた。
懸命に両手を上げたまま体中に汁――汗を浮かべている。
一瞬、その体が黒く光っているかのように見えた。
「マスター、扉を開くわ!」
「えっ、ど、どこに!?」
けたたましい音が部屋中から響く。
辺りの物品が次々に倒れ、転がっているのだ。
……いや、それだけじゃない。
「フジミ、気づかれたぞ」
「まさか……」
「あらら、もう来ちゃったか」
進んできた通路の奥から無数の足音が聞こえる。
そして微かに鼻をつく焦げ臭さ。
火に追われたモンスターたちが、隠し通路へ侵入を始めたらしい。
迎撃するには皆の消耗が激しすぎる。
「ドクンちゃん、扉とやらは――」
呼びかけた先で、鈍い音が聞こえた。
いつの間にやら封印装置のガラス一面に亀裂が入っているではないか。
そして亀裂の一つ一つが更なる亀裂へ分岐していく。
おい、もう割れるぞ!?
「開いたわ!」
えっ、という間もなく装置が限界を越えた。
砕け散ったガラスが、中身の液体と混じり合いながら降り注ぐ。
降り注ぐというか押し流す勢いで迫ってくる。
「うわがぼごぼぼ」
誰の悲鳴か定かじゃない。
その声を最期に俺の意識は途絶えた。
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