134話 老魔術師

 ついにデュラハンに進化した俺。

 新スキルでテレキネシスを打ち消すことに成功する。

 これにより魔法と剣の優位が逆転した。


 力がみなぎる。

 進化の度、肉体が強くなることを喜んでいた。

 ドラウグルからデュラハンになったとき、これまでとは比にならない成長を実感した。

 でも今、力とともに溢れているのは悲しみだ。


「グゥォォォ……」


 相変わらず唸り声をあげるマン爺は、相変わらず人間の顔をしていない。

 魔獣であっても、不気味な風体であっても、

 その顔はいつも茶目っ気と知性と品の良さがあった。

 でも今は、白目をむいて吠えるだけのケダモノだ。


「マン爺……っ」


 最期にもう一度だけ声をかけようとして、やめた。

 決心が鈍ってしまうから。

 迷いは致命傷に繋がる。

 

 例えどんな結末になろうとも、マン爺が望んでいなくとも、俺が選択しなくちゃいけない。

 迷い、流されるのは誰も幸せにならない。

 一時でも仲間だった俺からの、せめてもの手向けだ。


「スキル発動――『属性剣エレメントソード』」


 剣技を得意とする、今の俺のユニークスキルの一つ。

 刃に聖属性以外の任意の属性を纏わせるという効果。

 俺が選択するのは『氷』。

 

 アイスブランドが更なる氷属性を帯び、カチカチと震えるように鳴り始める。

 増幅した冷気が刀身から剣先へ広がり、剣全体を真っ白に凍てつかせた。

 さらに剣先を覆った氷が伸び、刃のリーチを延長していく。

 瞬く間にアイスブランドは倍近い長さ――刃渡り2メートル以上へ変化した。


 馬鹿みたいな大きさだ。

 しかしデュラハンになった今、悠々と片手で特大剣を扱える。

 切っ先を空へ掲げ――上段にアイスブランドを構える。

 目を閉じ、深く息を吸う。

 頭の芯が冷えていく……。


「ゴアアアアアア!!!」


 咆哮とともに破壊魔法がいくつも飛んでくる。

 俺は避けない。

 デュラハンの体なら耐えられる。

 集中を切らさないためでもあった。


 と、視界全体に色がかかる。

 テレキネシスだ。

 俺を押しつぶすべく、テレキネシスが全方向から迫り来る。

 

 問題ない。

 ――初太刀で決める。


 開眼、踏み込み――


「フッ!」


 ――斬り下ろす。


「……ガ」


 手応え、断末魔、そして重い音が一つ。

 気迫の乗った一撃は、魔法もろとも術者を両断した。

 首を失った魔獣の体が遅れて倒れこむ。

 少し離れたところに老人の頭が転がった。

 首無しのモンスターがこの場に3匹か、などと場違いなことを一瞬考えた。

 マン爺と話せたのなら笑い話にできたのかも、とも。

 

「最も偉大なる魔術師ヨェムの最期、たしかに見届けた」


 マン爺の死体に近づき、ゼノンが静かに頷いた。

 ゼノンは自分の首を脇に挟んだまま、器用にマン爺の首を拾い上げている。

 そして何やらマン爺の首を撫でるような仕草をした。


 あぁ、瞼を閉じさせたのか。

 俺からはマン爺の首は、後頭部しか見えない。

 顔はもう見たくない。

 理由はどうであれ、俺が殺したのだ。

 レベルアップがファンファーレが虚しく、腹立たしい。

 

「クソが。 何一つめでたくねえっての」


 砂漠で人間を殺したときより、よっぽど胸が苦しい。

 いっそ獣性に身を任せたほうが楽だったかもしれない。


「これでよかったんだな……」


 呟く。

 決意していても、後悔は残る。

 畜生、マジで頭がおかしくなりそうだ。

 そうだ、ドクンちゃんを早くホルンに見てもらわないと。

 グズグズしてる暇なんてねぇぜ!

 

 無理やり思考を切り替え、物陰に避難させてたドクンちゃんを抱きあげようとして気づいた。

 片手は首、もう片手は剣を持っている。

 文字通り手が足りないのだ。

 少し考えて、アイスブランドを鎧の首部分から胴体へ突っ込んで収納することにした。

 柄が余裕で胴体からはみ出て不格好だが仕方ない。

 よし、急ごう。


「フジミ君、礼を言うよ」


 踵を返す直前、ゼノンが声をかけてきた。

 それに応えず帰ろうとしたが、待てと呼び止められた。


「なんだよ」


「これは君が受け取るべきだと思ってね」


 ゼノンが何かを投げてよこした。

 小石のようなものだ。

 両手が塞がっているから、どうやってキャッチしようか迷ったが、

 片手に持った俺首の歯でどうにか受け取った。


 質感、歯ごたえからして正に石だ。

 ところどころ尖っている。

 あと、めちゃくちゃ冷たい。


「先生の魔結晶さ。きっと力になる」


「……どうも」


 一瞬、理解追いつかず、皮肉が出てこなかった。

 魔結晶について思い出せなかったからだ。

 魔結晶っていうのは、俺の頭にも入っている石のことだ。

 なんでも稀にモンスターの体内に生成されるもので、

 強力な個体の証とかだった気がする。

 魔術を込められる”魔石”とは微妙に違うものらしい。

 マン爺も持っていたとは知らなかった。

 ……マン爺の体内にあったから冷たかったのか。


 言い回しからして、ゼノンが魔結晶をよこしたのは、

 遺灰代わりって意味じゃなさそうだ。

 帰りたい俺をゼノンはまだ引き留める。


「今回の選択が正しかったかは誰にも分からない。けれどねフジミ君」


 やめろ聞きたくない。

 俺の気持ちを無視してゼノンは続けた。


「最後に先生の顔を見てやってくれよ、実に晴れ晴れとしていると思わないかい」


「……え?」


 努めてみないようにしていたマン爺の首。

 斬る直前、恐怖と憎しみに満ちた目が忘れられない。

 それが晴れ晴れとしている、だと?


 ゼノンがこちらに掲げたマン爺の首、その表情は……


「なんで……笑ってんだよ、マン爺」


 目はゼノンによって閉じられていた。

 しかし、その口元は確かに笑っていた。

 ほがらかで茶目っ気のある、優しい老人の微笑みだった。


「マン爺、首だけだってのに、ふふ、ふ……あ、あぁぁぁぁ」


 異世界に来て初めて、声を上げて俺は泣いた。

 デュラハンの目は涙を流せなかったけれど、

 湧き上がる嗚咽は、しばらく止まらなかった。

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