133話 霧払う進化

 それは水風船が破れる音に似ていた。

 テレキネシスによって横殴りにされたドクンちゃんが、

 一度地面にぶつかり、ゴム毬のように弾んだあと、べちゃりと落ちた。


「嘘だろ」


 廻り続けていた思考が、止まった。

 伏せたドクンちゃんはピクリとも動かない。

 アイスブランドをかなぐり捨て、ドクンちゃんをすぐさま拾い上げた。


「おいしっかりしろ!」


 重力に従って、平べったく形を変えるドクンちゃんの体。

 ただの臓器のように弱弱しい。

 ほんのりと体温を感じるものの、徐々に冷たくなっているような気がした。


 そうだ、『生命探知』。

 スキルを発動すれば、ドクンちゃんの中に小さなオレンジ色が灯っていた。

 

「生きてはいる、か」


 今は生きている。

 つまり死に向かっている可能性がある。

 どれだけの猶予があるかはわからない。

 すぐにでも治療が必要だ。


「ホルンいるか!?」


 呼びかけるが反応はなし。

 感覚を研ぎ澄ますが、ホルンらしき気配は掴めない。

 穴の先で聖女を守っているのだろう。


「フジミ君、使い魔なら大丈夫だろう」


「なんでお前に分かるんだよ!」


 呑気なゼノンがふざけたことを言っている。

 もし大丈夫じゃなかったら取返しようがないだろ!


「うぐ……マスター?」


 そのとき、小さな呼吸が再開された。

 ドクンちゃんが薄く目を開けているではないか。


「大丈夫かドクンちゃん!?」


「うん、めっちゃ痛いけど意外と平気かも。なんか、黒い霧が……あれっ」


「おい!……黒い霧?」


 喋り始めたドクンちゃんはしかし、すぐに気を失ってしまった。

 なんとなく見たことのあるような症状だ。

 そして気になるワード”黒い霧”。

 俺も以前どこかで……。


「僕が見るに魔力欠乏症だ。しかし不思議だ。

 先生のテレキネシスにかかれば、そのレベルのモンスターは跡形もなく潰れるはず。

 しかし原型を留めているとなると、強力な防御を用意していたんだろう……とてもそうは見えなかったがね」


 同感だ。

 もしくはマン爺が手加減した可能性もあるが……


「グォォォ!」


 よだれを垂らしながら吠え猛るマン爺を見るに、その線はないだろう。

 予めドクンちゃんがテレキネシスに耐えうる防護魔法をかけていた? どうやって?

 ……いや、考える時間は終わりだ。


 眠るドクンちゃんを瓦礫の影に隠し、アイスブランドを拾い上げる。

 そして改めてマン爺に対峙した。


「結局”マン爺がどうしたいか”なんて他人が決められることじゃない。

 決められるのは”自分がどうしたいか”だ。

 俺はパーティリーダーとして、敵であるマンティコアを排除する」


「さすがだね。心意気は買おう」


 ゼノンが軽口を叩く。

 言い回しからして、俺がマン爺を殺す決意をすることを、ゼノンは予測していたのかもしれない。


 事実から導かれる選択は他にない。

 マン爺を殺すにしろ、生かすにしろ、理由はいくらでも思いつける。

 でも結局、俺がすべき選択は決まっていたのだ。

 仲間が傷ついて、やっと理解した俺は大馬鹿だ。


 アイスブランドへ冷気を送り込んでいく。

 ゲイズ戦での消耗は回復しきっていない。

 フロストバイトはまだ使えないかもしれない。

 それでも、今決着をつけなければ。


「オオオ!」


 魔獣の遠吠え。

 マンティコアの四肢に緊張を確認した。

 同時に相手の視線から攻撃方向を予測する。

 俺はすばやく横跳びし、回避を試みた。 


「くっ」


 が、失敗。

 アイスブランドもろとも右腕が肩からもぎとられた。

 回避しなければ頭ごと持っていかれていただろう。

 どれだけ動体視力が上がろうとも、不可視の攻撃を完全に避けることは不可能だ。

 今の俺じゃ勝てない。

 

 ならば、今の俺じゃなければ良い。


「ゼノン、俺が役目を引き受ける。

 その代わり進化の最中だけマン爺を引き付けてくれ」


 ゼノンは油断ならない相手だが、貸し借りについては公正な一面をもつ。

 ”ゲイズを倒せた”ときの約束を今こそ果たしてもらおう。


「いいだろう、受け取りたまえ」


 デュラハンの掲げた片腕。

 そこに乗る兜の奥、赤い瞳が俺を見つめた。

 真っすぐに見つめ返す。


<<『月斬りの剣聖ゼノン』から『フジミ=タツアキ』へ特殊アイテムの譲渡実行>>


<<受領 特殊アイテム『進化資格:デュラハン』>>


<<『デュラハン』の進化条件を満たしました>>


<<進化を実行しますか?>>


 久しぶりに表示されたダイアログ。

 懐かしさとともに、速やかにデュラハンへの進化を実行する。


<<デュラハン へ進化します>>


 視界が光に包まれ、肉体の再構築が始まる。

 不快な浮遊感とともに体の感覚が消えた。

 この間は一切行動がとれず、数十秒は隙を晒すことになるため、

 今まで進化は安全な状況でしか実行してこなかった。

 変身の最中に攻撃してはいけない、なんてマナーは現実には通用しないだろう。

 おそらくマン爺は俺を攻撃し、ゼノンが防いでくれているはずだ。

 

(…………進化長くない?)


 急いているせいか、久しぶりで感覚を忘れているだけなのか。

 なかなか進化が終わらない気がする。

 今の俺は丸裸みたいなもんだ。

 ゼノンの気分一つでマン爺のサンドバックになってしまう身なのだ。

 

 ますます焦ってきた頃、ようやく体の感覚が戻り、視界が開けた。

 吠えるマン爺と、俺の前に立つゼノンの背中がある。


<<デュラハン に進化しました>>


「これが、デュラハン」


 体を見下ろして確認する。

 よし、もがれた右腕もばっちり再生されてるな。

 俺の全身は全身甲冑に置き換わっていた。

 しかし奇妙なことに、鎧を着ている感覚が全くないのだ。

 自分の皮膚が鎧になったような感触とでも言おうか。

 

(うん、悪くない)


 そして鎧の素材は金属じゃない。

 親しみを感じる濁った乳白色は骨に違いない。

 シルエットは甲冑、けれど材質は骨で表面は滑らか。

 あんまり威圧感はないかもしれない。

 

 ――と、


「うお」


<<剥奪済みスキルに 配分されていたスキルポイントが存在します>>

<<未配分スキルポイントとして還元します>>


 いきなり視界が急降下した。

 まるで落とし穴にかかったかのように地面が近づく。

 慌てて俺は、”俺の首”をキャッチした。

 ……なんかメッセージを聞き逃したような。

 

 ゼノンと同じく、兜の中に首がある。

 その首が勝手にとれやがった。

 しかも元の位置に収まらない。

 鎧の中は空洞で骨もない。

 したがって首を接続しようがないのだ。

 とはいえ頭がいつもの位置にないと困る。

 強引に首を置いてみるが……座りが悪い。

 というか、すごく落ち着かない。

 めちゃくちゃに気分が悪い。


「どうして僕が首を抱えているか分かったかい? 種族として在り様に異常なまでに固執する習性――一種の呪いが魔族にはあってね。

 デュラハン一族は、”自らの首を抱える姿”がそれにあたるのさ」


「は? 意味が分からん」


 ゼノンのありがたい解説が理解できない。

 たしかにデュラハンといえば首無し騎士だけど、首を抱えなきゃいけない決まりがある?

 なんでそんな縛りプレイするの?

 首が外れたんなら、つければよくない?


「僕の知るところだと、魔族の成り立ちに関わる話だ……けど残念、サービスはここまで」


 目の前からゼノンが飛びのき、一拍置いてモヤのような何かが迫ってきた。

 とっさに防御態勢をとるのと同時、衝撃を受けて数メートル吹き飛ぶ俺。

 テレキネシスをもろに受けた。

 

「デュラハンになっても全然効くじゃねぇかよ……」


 体を起こすと、体のあちこちから欠片が落ちた。

 さっそく骨鎧にヒビが入っているではないか。

 ちょっと体が硬くなった程度じゃ、マン爺には太刀打ちできないってことか。

 だが、俺がデュラハンに期待したのは堅牢さじゃない。


「っと」


 土煙を裂いて、ドリルのような氷柱が飛んできた。

 前に進みつつこれを回避。

 続くホーミング火球も引き付けて回避。

 首は仕方がないので脇に抱えるスタイルとした。

 必然的にアイスブランドは片手振ることになってしまうし、動きづらいことこの上ないけれど。


 マン爺への距離を詰めるのは、破壊魔法の対処だけなら難しくない。

 問題は――


(来たか!)


 テレキネシス特有の構えを察知した。

 今までの俺だったら、半分勘で避けようとしただろう。

 しかし今の俺は違う。


(――見えた)


 新スキル『魔力探知』。

 どうやら付近の魔法を視覚として認識できるスキルだ。

 さっきのテレキネシスも、もやのように見えていた。

 今回は、薄いもやが頭上に広がっていることに気が付いた。

 あれがテレキネシスで間違いない。


 アイスブランドに意識を集中する。

 冷気の扱いはドラウグルのほうが長けていたので、

 残念ながらアイスブランドとの相性は弱まってしまった。

 しかし引き換えに、いくつものスキルを手に入れている。


 デュラハンに求めたもう一つの可能性。

 それが……


「『対抗魔撃ディスペル・ストライク』!」


 横薙ぎ。

 覆いかぶさろうとするモヤを打ち払うイメージで振りぬいた。


「うっ」 


 肩に衝撃。

 角材で打ち据えれた程度の威力。

 直後、周囲の床が殴打されたようにひび割れた。

 テレキネシスが砕いたのだ。


「やるねぇ」


 どこからかゼノンの称賛が聞こえた。

 概ね想定通りに動けたようだ。


「オオオオオ!」


 狼狽えたマン爺が続けざまにテレキネシスを放つ。

 冷静に、獣性と魔力探知で位置をとらえ、対抗魔撃で払っていく。

 ただしゼノンのように完璧に打ち消せず、時々軽傷をもらってしまう。


(これで充分だ)

 

 距離を詰めるにはこのスキル以外にない。

 ゼノンが見せた魔法を斬る剣技。

 目論見通り、デュラハンになったことで使えるようになったものの、

 雑に斬りこむだけじゃ十分な効力を発揮しないらしい。

 

 少しずつ新しい体に慣れてきた。

 テレキネシスは手こずるが、飛翔するタイプの破壊魔法は俺には通用しない。


「勝負ありだ。マン爺」


 とうに魔法の間合いは終わった。

 ここからは戦士の間合いだ。

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