132話 霧中

 古城エリアのボス、ゲイズを倒した俺たち。

 同じくして現れた謎の穴。

 その先にはドクンちゃんの分身体――レイスが大量に隠させているはずだ。

 火の手から逃れるためにも、一刻も早く穴の先へ進みたいところだが、

 俺にはやることがあった。

 ゲイズ戦の後、行方をくらましたマン爺の捜索だ。

 ほどなくして見つかったマン爺はしかし、モンスターとしての本能に

 乗っ取られてしまっていた。

 先に対峙していたゼノンが、俺に語るのはかつての老魔術師の功績であった。


「"智を織る指"ヨェムは最高の魔術師にして偉人だ。魔術という凶器を貴族から引きはがし、弱者を護る盾とした。

 危険な魔術・魔術師を管理し、同時に脅威への備えとする組織――魔術師ギルドの創設者でもある」


 俺はちゃんとした魔術師も魔術師ギルドも見たことがない。

 でもマン爺――ヨェムの偉大さは察せられた。


 目に見える破壊魔法、見えない”テレキネシス”を弾きながらゼノンは続ける。


「ヨェムの理念は”不殺”。魔術師の要であるはずの破壊魔法を特に忌み嫌っていた。

 だが、不殺なんて理念は多くの国家にとっては好ましくないものだ……わかるだろ?

 当時の国王はヨェムの理念を曲げるため、あらゆる手を尽くした。

 その過程で、ヨェムは故郷と家族を奪われた。

 具体的には、親族すべての生首がヨェムの前に並んだって話だ」


「胸糞悪いな」


 ゼノンの話を聞きながら、俺は隙を見てマン爺に呼び掛けたけれども、

 やっぱり唸り声を魔法しか返ってこなかった。

 話が終わった時、何か嫌なことが起きそうな予感がしていた。

 だから、それまでにマン爺を正気に返したかったのだ。


「結局、国王が折れた。ヨェムを宮廷魔術師として迎え、魔術運用に類する全ての管理権限を与えた。だからヨェムは魔術の在り方について改革を進めることができ、今の世界があるわけだね。

 さて本題の前にフジミ君、君は大切なものも何もかも壊されて、それでもなお他人のために邁進することができるかい?

 無理だよね? 僕もだ」


 俺の返答を待たずに話が進んだ。

 たしかに、そんな強い信念は持っていない。

 持っている方がおかしいとすら思う。


「大魔術師ヨェムの偉大なところは、結局そこさ。家族を殺され、故郷を焼かれても誰にも復讐しなかった。

 自分にはあり余る力があるのに、だよ?

 そして復讐どころか、憎いはずの相手――国王に仕え続けた。

 誰よりも優しいのに、誰よりも自分を厳しく律する。

 凄まじいまでの自己犠牲、自制心……それが魔術師ヨェムだったのさ。

 実際、道を踏み外した勇者を救おうとした挙句、魔物にされてなお、聖女を護ろうとした。

 今だってそうだろ?」


「今?」


 言われて考える。

 マン爺がゲイズ戦の後に姿を消した理由。

 聖女へ残した言葉の意図。

 

(自分が暴走するのを予見して、マン爺自らパーティーから離れた?)


 マン爺が破壊衝動に取りつかれれば、すべてを敵とみなして襲ってしまう。

 その場合、俺達パーティーは最初の標的になりうる。

 だからマン爺自身が遠くへ離れることで、暴走した自分がパーティーへたどり着くまでの時間を稼いだ。

 ……そう考えると辻褄が合う。


 自己犠牲と自制心。

 たしかにゼノンの言う通りの人格者だ。

 だが、俺には違和感がある。


「俺はマンティコアになってからのマン爺しか知らないけど、楽しそうに破壊魔法で暴れてたぜ?

 なんなら”人間だった頃は撃てなかったから今が楽しい”みたいなこと言ってたし」


 物知りでファンキーな爺さん。

 俺のマン爺に対する印象だ。

 ゼノンの言う、悲しいほどに厳格な人柄とは違う。

 またひとつ、不可視の魔法を斬り捨ててゼノンは続けた。


「ここからが本題だよ。魔獣と化した先生は見境なく、いや、人間を好んで殺すだろう。

 それは絶対に先生の本望じゃない。だから僕は、恩を受けた身として引導を渡そうと、この場に立っている」


「……なるほどな」


 大魔術師ヨェムとしての人生の幕引き。

 戦闘を避けるはずのゼノンが、その役目を買って出ていることからも、

 ヨェムの人望が察せられた。

 人を護るために自らを犠牲にした偉人が、人食いとして憎まれるなど悲しすぎる。

 勇者に殺されたものとして、偉人のまま密かに葬ってやろうという気持ちは理解できる。


 人としてマン爺を殺す。

 ゼノンがやろうとしていることは、正しいと思う。

 マン爺も理性が残っていたら賛成するんじゃないだろうか。

 しかし俺の気持ちを裏切るようにゼノンは続ける。


「けれどふと思ったんだ。”魔獣としての先生は、生きたいんじゃないか”ってね」


「!」


 一瞬、時間が止まった気がした。

 手負いのマン爺にゼノンがてこずっていた理由が、やっと分かった。

 ”一緒に悩んでくれないか”という文字通りの意味だったのだ。


 目の前のマン爺は、相変わらず逃げまどいながら破壊魔法を撃ち続けている。

 その顔には理性こそないが、ある感情がありありと読み取れた。

 自分を殺そうとする俺とゼノンへの、憎しみ。

 死にたくないという、恐れ。


 他者を救うために死を覚悟した者には、到底見えなかった。


 マン爺は死にたくないんだ。

 当然の結論に俺は何故だか混乱してきた。


「いや、でも、死にたくないのは獣性に支配されているからであって」


「『死にたくない』って気持ちは、誰もが持っているものじゃないかい?」


 その通りだ。

 生きたい死にたくないなんてのは超普通の本能だ。

 俺だってそう、誰だってそうだろう。


 俺が今まで殺すことができたのは、相手が敵だからだ。

 マン爺は敵じゃない。


「勇者に裏切られた挙句、魔物にされて、ようやく解き放たれたんだ。

 自分を犠牲にすることも、護るべきものも、誓いもない。

 苦しまず好きなように生きていける。

 魔力変換で残り少ない余生とはいえ、見逃してあげるのが情ってもんじゃないかな」


 さっきとは完全に逆の意見だ。

 にも関わらず、反論が出てこない。

 

 ヨェムとしての人生を尊重するために殺す。

 マン爺としての未来を守るために見逃す。

 一体どちらが正しい?

 いや、どちらを選ぶべきなんだ?


「わかんねぇよ……」


 思考を加速しようがグルグル廻るだけで結論が出ない。


 俺と過ごしたマン爺は楽しそうだった。

 色々な話を聞き、戦い、飛んでいた。

 あれが本当にマン爺が望んでいたことなら、自由を奪える道理が誰にある?

 マンティコアになったのだって勇者のせいだ。

 人じゃなくなったからって、人のためにつくしたマン爺を殺すのか?

 もしマン爺がアイテムボックスの外に出たら人を殺すかもしれないし、

 人はマン爺を殺そうとするだろう。


 いや、どうにかしてアイテムボックスの中に隠し続ければ、マン爺を殺さなくても済むんじゃないか。

 そうすれば誰にも迷惑はかからないじゃないか。

 そもそもアイテムボックスからどうやって出るかも定かじゃないんだ。

 今、殺す殺さないの話をしなくたってよくないか。 

 

 だよな? だよな?


「マスター! 嫌な予感がしたから助けにきたよー」


「っ!? おい待て、今はマズい!」


 思考に耽っていたせいで、反応が完全に遅れた。

 マン爺の視線が移る。

 視線の先、煙の中から走ってきたのはドクンちゃ――


「あっ」


 不可視の一撃。

 小さな声を残して、ドクンちゃんが吹っ飛ぶ。

 乾いた音が、俺の頭蓋に反響した。

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