142話 焼け跡で臥せるのは
「伏せて!」
ドクンちゃんの叫び。
そして、大爆発。
ガラス塊が路地の方へ落ちると同時、すさまじい衝撃が辺りを揺らした。
伏せた背中を無数の破片が叩く。
……爆発の反響が収まったころ、俺はゆっくりと体を起こして周りをうかがった。
「無事かー?」
「死ぬかと思いましたわ」
じゃあ死んでないからヨシ。
「アタシはマスターの内側に入ったからダイジョブ」
アイリーンを見ると、体中に細かい傷を負っていた。
幸い、出血量は僅かだ。
爆発したガラス塊の破片によるものだろう。
全身鎧――デュラハンな俺はノーダメージだが、人間には危険な局面だった。
もし俺が手に持ったまま爆発していたら、アイリーンは小さな切り傷じゃすまなかったろう。
ドクンちゃんに感謝である。
「怪しいものを拾っちゃダメだよマスター」
ドクンちゃんがオコである。
「ごめん、本当に助かった。ホルンはどうした?」
体毛に守られているだけあって、無傷に見えるホルン。
しかし座り込んだまま立ち上がらない。
「大丈夫かよ」
覗き込んでみると、こちらは出血とは別のダメージで大丈夫じゃないことになっていた。
虫を追いかけているように目線が乱れて止まない、ひどく混乱しているみたいだ。
開いたままの口から謎の鳴き声をもらしている。
「わわ、おわわわわ」
普段の威厳ある(風に振舞っている)姿からは想像できないアホ面ユニコーン。
痛ましい。
「ホルンちゃんがアホになっちゃった」
「たぶんさっきの音のせいですわ」
レーダーのような聴覚を持つホルンだが、裏を返せば繊細ということ。
爆発音でイカれでしまったのだろう。
しばらく起きそうにないので、動ける俺たちで安全を確保しないと。
「敵はどこ? マスター」
「もう見つけた……んだけど、妙なんだよな」
敵の気配は『生命探知』で直ぐに探り当てた。
爆弾の投擲もと思われる、はす向かいの家屋の横、路地に2つの反応がある。
大きさからして強いモンスターじゃない、むしろ弱そうだ。
「妙というのは?」
顔を出して外を覗こうとするアイリーンを制した。
無いとは思うけど第二弾を警戒しておく。
「反応2つとも動かないんだよ。普通、不意打ちが失敗したら逃げるよな」
「確かに」
女子二人が頷く。
更に様子をうかがうが、やはりピクリとも動かない。
仮説を立てる。
動かないのではなく、もしや動けない?
「ちょっと畑の様子みてくるわ」
「マスター、それフラグ」
「畑? フラグ?」
アイリーンを置き去りにしつつ、俺とドクンちゃんで敵を確かめに行く。
爆発物を飛ばしてきた路地。
大の字で倒れている二人の襲撃者とは……小柄ヒゲ男と、グレムリンのコンビ……?
<<Lv.40 ギリム 種族:妖精 種別:ドワーフ>>
<<Lv.2 バブル 種族:妖精 種別:グレムリン>>
「なんで?」
顔を見合わせた俺とドクンちゃんだった。
***
月明かりが死を照らしている。
累々と積まれ、放り出された巨人族の死骸たち。
その中に2つ、生き残った者がいる。
地面を舐めるように踊る炎が、一つの横顔を照らし出した。
鮮烈な赤き髪、刃のように鋭い顔立ちこそは勇者と呼ばれた者に他ならない。
モンスターの十や二十を容易く片付ける彼の目には、珍しく疲労が浮かんでいる。
「全滅させたが、やはり外には出られないな」
巨人族領の一角、大森林。
高く茂る木々と星空の間には、今夜だけ不可視の壁が張り巡らされていた。
勇者を誘い出し、巨人族と精鋭冒険者による包囲を万全にするための備えだった。
高位魔術による壁は触れるすべてに、致死レベルのダメージを与える。
勇者はとうに解除魔法を試したが、弾かれてしまっている。
あまりに堅牢な術であるがゆえ、術者を殺してもなお結界だけが残り続けていた。
おそらくは定められた時間まで独立して効力を発揮する類の魔法だ。
(この規模なら、あと1時間も持つまい)
皮肉なことだ。
勇者を隔離するための檻は、今では勇者にひとときの安息を与えていた。
「しかし巨人族の最上位、ヘカトンケイルでも足りないか」
勇者があきれて見やる先には、死体をむさぼる黒竜がいた。
黒竜は殺し、食らった生物の特徴を獲得する稀有なスキルを持っている。
育て始めた当初は、トロールやスコーピアンでも食らえば力を取り込んでいた。
しかし最近では凡庸なモンスターでは全く成長せず、希少種やネームドなどを好むグルメになってしまった。
今も死体をなぶってはいるだけで、ステータスに変化はない。
ドラゴンについての資料は非常に少ない。
魔術師ギルドにわざわざ立ち入ったにも関わらず、生態は謎に包まれていた。
「伸びないってことは、それだけ力をつけたってことだな」
黒竜に向かって鑑定を実行する勇者。
<<Lv.71 スクリーチ・ドラゴン>>
おびただしいスキルの羅列は飛ばしてレベルだけを確かめる。
Lv.70越えは人間なら英雄クラス、モンスターなら災害クラスだ。
成長が鈍化するのも仕方ないのかもしれない。
「まあ騎竜としては申し分ない」
勇者を主人と認めたのか、最近では背に乗れるようにもなった。
黒竜に跨ってヘカトンケイルの腕を切り落とすのは爽快だった、と思い出し笑みがこぼれる。
これからどうするか。
鎧の血をぬぐいつつ、勇者は考える。
巨人族と組んでいた精鋭冒険者たち。
その中には勇者とともに魔王を倒した者もいた。
つまり冒険者ギルドが、なりふり構わず勇者の排除に踏み切ったということだ。
魔王ともども有力な魔族が倒れた今、勇者は不要どころか危険ということ。
勇者の力をもってすれば、冒険者ギルドを壊滅させることはできるだろう。
しかし、それによって得られるものは無い。
”勇者”はもう望まれていないのだ。
ならば聖王国に留まる理由はない。
自分が求めるものがある場所へ発つときが来たのだ、と勇者の胸が少し踊る。
まだ漠然とした、しかし確実に実現させる明るい未来が、近づいているような高揚感を勇者は覚えた。
ふと、かつての師が頭をよぎる。
勇者に匹敵すると目されながらも、乱心し行方を眩ませた哀れな剣聖。
「俺は勇者であり、それ以上の偉人として名を刻む。あいつみたいにはならないさ」
結界が解けるまでの間、勇者は眠りに落ちた。
その横で、黒竜が魔女帽を不快そうに吐き出した。
***
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