100話 ドラウグルは触手責められたい
***
聖教会。
光の女神を教えをあまねく人々に説き、心のより処であろうとする者たち。
魔族が隆盛を誇った今代では『聖女』の称号を与えられた司祭はたった一人しか現れなかった。
神の力を行使する神官とは魔族にとって仇敵であり、率先して排除すべき危険因子である。
魔族の執拗かつ狡猾な手口によって、聖女候補と目された者たちは幼いうちに次々と命を奪われた。
よって魔王討伐後も存命する唯一の聖女は信者のみならず非力な人々の希望であり、また復興の象徴でもあった。
「それで、我らが希望の光の行方は依然としれ知れぬ、と」
「目下のところ、全力をあげて捜索中でございます」
聖教会総本山、大司教執務室。入室した瞬間から平身低頭の壮年神官が弁明し、椅子にかけて迎える老人から細いため息が漏れる。
子供ほども小さく、しかし刻まれた皺は誰よりも深い老人こそ聖教会現最高司祭その人だ。
「たしかにあれを聖女というには憚られるが、それでも唯一の聖女であることは事実。まだ失うわけにはいかん」
「はっ」
深くこうべを垂れる男の胸中では聖女への恨みがぐるぐると渦巻いていた。
適正が疑問視されていたにも関わらず、ほかに候補者がいなかったためやむを得なく聖女とされた少女。
能力的にも気質的にも危うい彼女は、最終局面のおり、勇者率いる魔王城攻略に同行を許可されず教会に軟禁された。
そして魔王討伐後、祝勝ムードのどさくさに紛れて行方をくらませた――聖女というよりは迷惑な家出少女である。
「箔がつくと思い、一度限り勇者と同行させたのが裏目に出たか」
ほぐすように眉間を揉む最高司祭だが、シワはむしろ深くなっているようだ。
「聖女と外の接点は勇者じゃろう。ならば勇者を張ればよい。勇者はどうしておる?」
「それが」
言いよどむ壮年神官。勇者についていくだろう、というのは妥当な推測だ。だからこそ気まずい返答をしなければならない。
「魔王討伐からしばらく、勇者は聖女より先に消息を絶っております……」
ふぅ、と。ろうそくを吹き消すような、か細い息が老人から漏れ出した。
***
人外パーティーきっての頭脳派、ドラウグル=
ダイナミックに地中を掘り進み、クロウラーの複雑広大な巣の最奥へダイレクトアクセスするクレバーなプランだ。
寸分の狂いもなく目的地を強襲した俺は取り巻きの雑魚を殲滅し、ついにクイーンにお目通りかなったのである。
……ホルン? あいつは置いてきた。
「ク、クイーンちゃん、肋骨ぺろぺろしないで!」
うるいさいですね、とでも言いたげに締め付けが強まった、たまらん……!
クイーンのフェロモンは強烈極まりない。
耐えてみせるぜ、と息巻いていたのも束の間、俺はコロリと虜になってしまった。
<<charm>>
<<forced heal>>
<<HP +4%>>
<<HP +4%>>
魅了状態にかかってからというもの、夢を見ているように思考がホワついて現実味が感じられない。
今の俺なら間違いなくクイーンの命令ならなんでも聞いてしまうだろう。
そして強制回復という効果やら状態異常やらで限界を突き抜けてHPが増えている。
思い返せばクイーンの体液には回復効果があるって言ってたような。
魅了状態で手勢を増やしつつ、強化するとは実に合理的な能力だ。
「アッフ」
変な声がまた出てしまった。
未だかつてない快楽のせいだ。
体中に赤黒い帯が巻きつき、同時にそれから分泌される粘液が骨という骨に滴り、こすり上げる。
すると脳髄に薬湯を注がれたような刺激が思考を満たすのだ。
そう、俺は文字通り物理的にも快楽に包まれてしまっていた。
(アァッそんな穴まで!?)
気がつけば四肢を拘束され、あられもない体勢で転がされている。
殺るか殺られるかの
(く、悔しい。でも抗えない……っ!)
そんな無様な俺の心を見透かしてか、クイーンが妖しげに微笑した。
砂漠エリアで遭遇したモンスター、スコーピアンは俺が見た中では人間にかなり近いシルエットをもつ種族だ。
へそから下こそサソリっぽい体になっているが、逆にそれ以外はまんま人間である。
……そう、俺は転生してこのかた人間の頭部がついた生き物をほとんど見ていない。
少数の人間と、ドワーフと、スキュラだけが例外であり「いやいやスキュラはモン娘やんけ」と前世の俺なら突っ込んだところであるが、実際のスキュラの人間部分は『付属品』にすぎなかったからノーカウントだ。
あのスキュラ……思い出すだけでちょっと腹が立つ。
「オゥフ、イエス……」
その点スコーピアン――クイーンはぶっちぎり合格点の人間ぽさだ。
ロウのように白い紙と肌。華奢な上半身に似つかわしくない豊かな乳房。
艶めかしい人間部分と禍々しいサソリの半身が生むコントラストが絶妙にエログロイ魅力をたたえ、
モン娘好きの心をワシ掴んだまま空中爆破すること必定。
俺の心をくすぐる劣情。
もう我慢できないこれ以上。
「イェア思わず韻踏んでしまったイェア……」
緩急をつけて蠢く舌がじわじわ快楽を与え続けてくる。
そう、上半身が美女ならオッケーな俺である。
ただ惜しむらくは顔面――頭頂部からすっぽり被ったベールで蠱惑的な素顔が隠されていること。美人なのは間違いないだろうが。
だって二ヴ――スコーピアン兄弟の美人のほうが言っていたもの。「クイーンは自分に似てる」って。
――と、熱い視線に気がついたのか。クイーンは俺を引き寄せると、おもむろに上半身の拘束をほどいた。
そうなると俺の目の前には、ベールに隠された顔と、魅惑的な双丘がある。
どちらも余裕で手が届く……。
フフフ、と鈴のような笑いが耳をくすぐった。
こうして迷っていることもお見通しなのだろう……完全に手のひらの上である。
しかし美女の手玉にとられるのはご褒美であることは言うまでもない。
さて、いざ選択権を渡されると迷うもの。
それが楽しくもある。
逡巡を楽しんだ俺が出した答えは……顔だった。
えげつなく下品な舌を伸ばす、美しいモン娘の造形を暴きたかったのだ。
(ゴクリ)
枯れたはずの唾を飲む。
恐る恐るベールを持ち上げる……!
ついに禁断の美貌を拝むときがきたのだ、手が震えた。
モンスター娘との邂逅……苦節アラウンド30年、HDDと脳内にギッチギチだった妄想が転生を経て現実となるのである!
(女神万歳!)
今だけは転生のクソ女神に感謝する俺。
薄絹のような布を取り去ると、まず露わになったのがなめらかな曲線を描く白い額。
次に、こちらを見上げる黒ゴマのような瞳が8つ……8つ?
優美な輪郭こそ陶器を思わせる。
が、横に開閉するハサミのような、水牛の角ように力強いアゴが緩急を添えていた……横に開閉? ハサミ?
そして凶悪に開かれた口腔より垂れ下がる長大な舌。
「――ッヒ」
恐怖と嫌悪感に締めあげられ、悲鳴をあげることすらままならない。
評するに、それは化け物であった。
サソリの脚に美女の体、頭はグロテスクな昆虫という、おぞましくアンバランスな異形。
夢見心地はどこへやら、俺の興奮はすっかり収まり、さっきと別種の震えが歯の根を揺らしていた。
つぶらな8つの瞳がこちらを見上げ、頑強なアゴがギチギチ鳴った。
そして不釣り合いに澄んだ声で笑う――
「ヒィィ!」
今度こそ悲鳴があがる。
逃げねば、喰われる!
<<charm 解除>>
<<forced heal 解除>>
悲鳴と連動するように状態異常が解けた。
体の自由が戻ってくる。
反射的にクィーンの首めがけてチョップを打ち込む。
「グェッ」
「うひぇ」
すると意識を失ったクィーンがしなだれかかってきやがったので慌てて払いのけた。
恐ろしく速い手刀――いわゆる首トンが決まったぜ。
しばらく気絶しているだろう……気絶、してるよね?
8つの目が開いたままなのは単純に
「く、喰われるかと思った怖かった……」
ぼやきつつ体に異常がないか点検する。うん、溶けたり喰われてるところもない五体大満足だ。
「まったく、どうかしてたぜ……それもこれもみんなクィーンの強力フェロモンのせいだ、俺は何ひとつ悪くねぇ、うむ」
善意で助けにきた清廉なる紳士の心と体をもてあそぶなど、なんと醜きモンスター畜生だろう。
コイツに欲情する者の気が知れない。そしてこんな目に合わせやがったクソ女神に天誅を下したい。
「……いや待て、そもそも話が違うぞ」
冷静になって思い返す。
二ヴ――敵意バリバリのスコーピアン兄弟の白いほう。上半身はとても美しい人間のものだった……もちろん顔もだ。
あまりにも整いすぎて性別の判断がつかないほどに。
やつの風貌はスコーピアンの価値観じゃ『醜い』判定らしいが前世人間の俺からしたら超美形といえる。
そして「クィーンも二ヴに似て醜い」と言っていた。
つまり二ヴ=美形(スコーピアン的にはブス)=クイーンも美形ということ。
しかし実際にはどうだろう。下半身がサソリ上半身がナイスバディまではいいとして、なぜ頭が虫系なのか。
そこは頭も人間なのが筋じゃないのか。頭だけ虫タイプなスコーピアンなぞ一人として見ていないんだぞ?
「マスター無事!? 決着をつけるわよ、ハァァッ!」
いまだ虚空とバトルを続けるドクンちゃん。ごめんな、敵に狙われてるとか嘘ついて。
ドクンちゃんはおもむろに溜めを作ると、地を蹴り弾丸のように飛んでいく。
そして出入り口を塗り固めていたクロスケの一匹に激突し、なんとバラバラにしてしまった。
「アンタが弱かったんじゃない、あたしが強すぎただけよ」
決めゼリフは結構なんだけど無関係のスケルトンを壊しておいて手応え感じられてもなぁ……真相は黙っていよう。
夜目が効かないドクンちゃんには、自分が誰にも襲われていないことも、それが俺の罠であることも知る術はないのだから。
「ほいスキル共有『生命探知』」
「うわーナニコレ!」
使い魔であるドクンちゃんや、創造物であるスケルトンには『統率者』スキルで主人たる俺のスキルを共有できる(制限はあるけど)。
なので『生命探知』をドクンちゃんに共有することで視界を取り戻せるはずだ。
「大きな星がついたり消えたりしてる……マスター、どこー出てきてよー」
しまった、さすがに『生命探知』をいきなり渡されても使いこなせないか。
精神崩壊しそうなドクンちゃんを摘まみ上げると、肩に乗せてやった。
「これからどうするかね」
「どゆことー? クイーンはー?」
「あれはもういい、いいんだ……」
適当にツジツマを合わせておこう。
さて用が済んだ以上、さっさと脱出したい。
とはいえ来た道(地中)を戻るのは難しいだろう。
俺とドクンちゃんに加えてクイーンを引かせるとなれば、クロスケの速度はカタツムリ同然。
すぐにクロウラーたちに追いつかれ土葬直行だ。
「となればクイーンの協力を仰ぐパターンが残ってはずなんだけど、気絶させちまったしなぁ」
クイーンのフェロモンと俺の”クリエイトスケルトン”で手勢を補給しつつ、
ダンジョンを逆走する案も想定していたんだけど……不幸な事故によりクイーンは戦闘不能になってしまった。
「はてさて困った」
クロスケたちが塗り固めていた壁の向こうも、かなり騒がしくなってきた。
敵襲を察知したクロウラーたちが壁を破ろうと集まってきたんだろう。
どれ、何匹くらい集まってるから壁越しに『生命探知』してやろう。
と、塗り固めていた壁に近寄ったときだ。
「フジミィィィィ!!!!」
何者かの怒号と同時。
クロスケたちと俺を巻き込み、壁が爆発した。
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