99話 リアル壁抜け
―――ザザザザ
なぜ使い魔――ドクンちゃんが敵本拠地の詳細な見取り図を描くことができたのか。
事情は使い魔の主人たる、この俺の転生直後にまでさかのぼる。
ひょんなことから手に入れた『従魔契約の巻物』。
ゴブリンに向かって唱えたはずの巻物はしかし、俺の心臓をドクンちゃんへ生まれ変わらせた。
『従魔契約の巻物』はモンスターを仲間にする魔法を一度限り使えるわけだが、その対象に選ばれたのが俺の体――心臓にこっそり憑依していたレイスだった。
憑依の目的は「宿主の記憶を盗み見ること」……どういうわけか実に平和的だね。
で、従魔に選ばれたはずレイスはなぜだか心臓もろとも『フレッシュミミックのドクンちゃん』として主人の腹をブチ破って仲間入りしたわけだ。
――ザッザザザ
そして同じくアイテムボックスにぶち込まれた哀れなモンスターの中には、同じく覗き見レイス(ドクンちゃんの分身)を宿した奴らがいる。
憑依先が倒されることでレイスは宙を彷徨い、それをドクンちゃんは取り込むことができるらしいのだ。
レイスは透明だから俺には見えないんだけどね、どんな形してるんだろう。
――ザッザザザザザザ。
で、ようやく結論だ。
分身を吸収したドクンちゃんは分身がもっていた記憶もゲットできちゃうのだ、すごいね!(とはいえモンスターの普段の生活を垣間見るだけで有用性は低いんだけど)
そして今回は大当たり!
分身つきクロウラーを倒した拍子に彼らの巣の記憶を教えてくれちゃっザザザザッザザザザザザザザーーーーー
「あああああああああああああああああああ!!」
「マスター落ちつああああああああああああ!!」
「あああああああああガババババッババババ!!」
主人と使い魔の絶叫。開いた口に砂が殺到し、のどから通り抜けていく。
砂を飲ませるとかヤクザの拷問かと。
アンデッドのボロボロボディじゃなかったら完全に人型サンドバッグになっていただろう。
しかし体は平気でも精神はそろそろ限界だ。
ドクンちゃんとともに砂に潜ってしばらく。潜行スピードが遅いせいか一向に目的地に達する気配がない。
「いやあああ出してぇぇぇぇここから出してヨォォォォ」
ドクンちゃんが閉所恐怖症を発症するのも無理はない。
革袋に包まれ、ずっと俺の胴体に閉じ込められているのだ。
しかもその間、ずーーっと砂が擦れる音を聞かされて続けて……。
「誰だよこんな地獄の作戦思いついた無能はばばばっばばあば」
「あああマスターでしょおおおおおおおおおおおおおお!!!」
転生して以来、こんなに死にたくなったことはない。
今回の作戦は単純かつ安全な神プランだったんだよ……道中が地獄という点に目をつぶれば。
概要は実に簡単。
クロウラーをスケルトン化し、スコーピアンクィーンがおわします地下迷路の最奥部に外側から壁ブチ破ってダイレクトアプローチする! 以上!
……なぜ今になってドクンちゃんとの出会いを振り返っていたか。
それは永遠とも思われる閉塞感がもたらす発狂を抑えるためだだ。
ゾンビに生まれ変わってからの転生メモリアルを思い出すことで正気を保とうとしていたんだけど、かれこれ10周超えたあたりから数えるのをやめた。
結局、努力もむなしく精神の決壊に及んだ俺とドクンちゃんであり、しかし悲痛な叫びは誰にも届かない。
ただ砂の中へうずまっていくだけだ……と。
「――あああって前方に反応あり!」
戯れに『生命探知』スキルをオンオフしていると、前方に生物の気配があることに気がついた。
かすかだけどオレンジの光が複数見える。
「アタシ知ってる、どうせ蜃気楼よソレ……」
「たしかに砂漠のお約束だけど今回はあり得ないと思うよ」
生命反応の正体を把握するのに時間はかからなかった。
目の前に壁。
向こう側にクロウラーと思しき反応がいち、にーさん、たくさん。
そして異彩を放つ大き目の反応がひとつ。
たぶんアレが目的のクィーンだな、そうであってほしい。
「地図通りに掘れてればでしょ?」
「たとえ違ったとしても、もう砂の中は散々だぜ。ともかく出よう……ん? 入ろう、か?」
ダンジョンの外から壁を破って入場するときの言い回しがわからん。
『外から出る』ってのもおかしいし。
スケルトンクロウラー――通称クロスケを壁に張りつかせ、スキル「クロウル」を使わせる。
体液によって砂を固めたり、戻したりする珍しいスキルだ。
もしかしたらクロウラー特有なんじゃないかしら。
「骨ボディのどこから体液が出るかは永遠の謎ね」
「そういうこった……よし開くぞ」
永劫とも思える砂堀りに比べれば、ダンジョン外壁に穴を開けるのはあっという間だった。
砂がすさまじい勢いで穴へ流れ込んでいく。
流砂(と言っていいのか分からないけど)に乗じてクロウラーの巣へと……侵入完了。
「!」 「!」 「!」
「俺、参上なんつって」
突然なだれこんできた砂に驚くクロウラーたち。
獣性全開で飛び掛かり、警戒態勢をとらせる間もなく数匹を屠り去る。
ずっと砂の中で縮こまっていただけあって、暴れた時の爽快感はひとしおだぜ。
クロスケには内側から穴をふさがせるよう命令済みだ。
「わああん、なんにも見えないよー」
案の定、俺の胴から這い出たドクンちゃんがパニクっている。
そりゃそうだ、明かりなんてロウソク一本ないんだもの。
「ヤベェ、ヨソウガイだぜ! そしてモノスゴイ敵の数だ、ザ・手一杯ッ!」
嘘である。
クロウラーダンジョンに明かりがないことは予期していた。
そしてドクンちゃんは俺と違って夜目が効かない。
実のところ『統率者』スキルで『生命探知』を共有してやればいくらか解消される問題だ……が、今それをすると困るのだよ。
「ドクンちゃん狙われてるぞ、右!左!」
「えっヤダ、ほっ、とぅ!」
「ナイス回避―」
嘘である。
誰も彼女を攻撃などしていない。むしろ俺一人で敵を圧しまくっている。
ドクンちゃんを虚空と戦わせているのは『時間稼ぎ』に他ならない。
「”クリエイト・スケルトン”」
飛び跳ねながら詠唱。クロスケを2号、3号と増やしていく。
……しかし高速戦闘をしながら落ち着いて詠唱もできるなんて。
(まるで脳みそが二つ乗ってるみたいだ)
体担当と魔法担当が二人乗りしているような。
獣性で体を自動操縦し、脳は戦況を見つつ魔法を使ったり体の動きを修正したり。
前世風に言うとデュアルコアってやつ?
やはり強力無比な力だが、そろそろ限界だ。四肢先端に力が入らなくなってくる――体が俺の制御を離れようとしているのだ。
心を落ち着ければ獣性をなだめるのは『まだ』たやすい。
「もひとつ”クリエイトスケルトン”」
肉体の主導権を取り戻し制圧状況を確認する。
敵をせん滅する傍ら、クロスケ4匹全員をある作業にあたらせていた。
この部屋の出入口を『クロウル』スキルで封鎖させたのだ。
狙いは騒ぎを聞きつけた増援部隊の合流を阻止すること。
……さて。ドクンちゃんを前後不覚に陥れ、クロスケ4人がかりで足止めさせる目的がようやく達せられそうだ。
「盟友スコーピアンの兄弟に代わり、迎えにあがりました……クイーン」
恭しく礼を捧げる相手は、惨劇を見守っていた一際大きな生命反応。
クロウラーに捕らわれながら主人のようにかしづかれ、巣の最奥部でオスたちを逆に虜にする。
戦いに加わることなく、ずっと髪をすいていた雅なる女王。
<<Lv.41 種族:スコーピアン 種別:スコーピアンクイーン>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます