101話 結局顔

 クロウラーたちが掘り広げた複雑怪奇な地中ダンジョン。

 その最奥部へ大胆に飛び込んだ俺を待ち受けたのは、卑劣なるスコーピアンクイーンの罠だった。

 純潔なる体を弄ばれた怒りを拳に乗せ、醜きモンスターを見事沈黙させた。

 そして現れた新たなる侵入者、それは……。


 女の子は誰だって、運命の王子様が白馬で迎えに来るのに恋焦がれるロマンチストだ、みたいな話を聞いたことがある。

 広大な地下ダンジョン最深部からの脱出に窮する俺の目の前に現れたのは奇しくも……運命の人じゃなかったし王子様じゃなかったしオマケに俺は女の子じゃなくてオッサンだけれども、とにかく白馬に跨った何者かだった。


「貴様フジミィィィ!」


「ホルンかよ!? よくたどり着けたな」


 またがったのは白馬じゃなくて厳密にはユニコーンだったか。

 ともかく、スケルトンクロウラーたちで塗り固めていた出入り口を突破してきたのはまさかのホルン。

 道中暗かったろうに……馬って夜目がきくのね。


「デカいオレンジ色きた!」


「それホルンね」


 そして『生命探知』スキル初体験中のドクンちゃんである。

 彼女には近くの生物がサーモグラフィーのように認識されている。


「ごきげんようフジミ君」


<<Lv.50 月斬りの剣聖ゼノン 種族:魔族 種別:デュラハン>>

 

 白馬から飛び降りたのは、どういうわけか生首入りの兜を抱えていた首無し死体だ。

 馬にまたがり己の首を小脇に抱える亡霊――さながらデュラハンのよう。

 ……さながらでも何でもなくデュラハンだったわ。


「ゼノンも来たのかよ。どこで拾った、その体」


 血と砂で汚れちゃいるが、見覚えのある衣服を身にまとった死体ボディ


「お察しの通り商神の神官から快く譲りうけたのさ」


 冗談ぽく笑うゼノンと裏腹に、俺は警戒していた。

 体を得たゼノンの危険度はトップクラスだ。

 かつて一度だけ対峙したことがあるが、全力を尽くしてもHPを半分削れたかどうか。

 しかも本人曰く、魔族に操られていたせいで実力をまるで発揮できていなかったとか。


 ホルンが無傷でたどり着けたのも、壁を爆破したのもコイツの仕業だろう。

 角なしユニコーンのホルン単騎じゃ俊足とはいえ単騎でダンジョン最深部にたどり着けるはずがない。


 ふと気づいた。

 さっきの鑑定結果について、ゼノンのレベルに違和感を覚えたのだ。

 レベル50とか表示されてなかった?


「レベル下がってない? たしか100超えてたような」


「デュラハンのレベルはボディに左右されるからね、おもしろいだろ?」


 今の俺はレベル40。彼我のレベル差は約10か。

 であれば幾度となく乗り越えてきた程度だ……が、裏を返せばレベルは必ずしもあてにならないってこと。

 獣性を使えるようになったし今がチャンス!と思えるほど俺は楽観的じゃない。


「そう身構えないでよフジミ君、こうしてホルン君を守ってきてあげたんだしさ」


「そりゃどうも」


 たしかに返り血こそ浴びているがホルンは至って元気そうだ。

 元気そうというより――


「貴様、試しに潜ってくるなどとたばかり抜け駆けしおったな!」


 ――怒り心頭である。

 実は地中ショートカットミッション決行にあたり、ホルンの存在は悩みどころだった。

 どう転んでも馬なホルンは閉所じゃ小回りが利かないし、白いしデカいから目立つ。

 つまり屋内の戦闘じゃ足手まといなのだ。

 しかも地中を進む作戦は、生物じゃ色々遂行不可能。

 事実これまでもダンジョン攻略のときはお留守番をさせていたし、本人も戦闘嫌いゆえに異議はなかった。

 しかし今度のターゲットは『会えばムフフなことをしてもらえる』前提であるからして……ついてくる気満々だったのである。


 そこで俺はホルンを置き去りにするため『テスト運転』と称して地中に潜り、冷徹に最奥部へ向かったのである。


「だから謝ったじゃん」


 しかし追いかけてくるとはな。

 すさまじい執念に舌打ちする……これだから男ってやつは。


「いつだ!? いけしゃあしゃあとうそぶきおって!」


 本当だよ。

 砂のなかで発狂しそうになったとき関係者各位に手当たり次第謝罪したもの心の中で。


「それで艶めかしき絶技にして舌技を繰る乙女はいずこだ!?」


「あぁ、それなら」


 絶技なる舌技ねぇ、そんな風に考えていた時期が俺にもありました……。


 気絶しているスコーピアンクイーンを指さすと、すぐさま駆け寄る女好き角なし馬。


「倒れているではないか……フジミ、まさかヤッたのか? 殺ったのか!?」


「どっちもしてないって」


「……どういう意味だ?」


 めくるめく妙技に”分からされてしまう”って男子高校生のように盛り上がってたもんな、あの頃の俺たちは。

 腑に落ちない顔のホルンがクイーンの体をなめまわすように眺める。


「おぉ」


 ユニコーンの感嘆。

 たぶん巨乳とか細い腰を見ての感想だろう。

 

 顔面を確認するまではせいぜい喜ぶがいいさ……と思ったけど、待てよ。

 女好きのユニコーンの御多分にもれず、というかそれ以上に見境のないホルンのことだ。

 案外サソリ頭でもイケてしまうのでは?

 だって彼、リザードウーマンがストライクゾーンに入ってるんだぞ?

「フジミ、ベールが邪魔で顔が見えん」


 さっき取り去ったベールが何かの拍子でまた頭に被さっていたようだ。

 もどかしそうに蹄を踏み鳴らしている。その足じゃベールはめくれんわな。

 代わりにベールの両端をつまみ、開帳準備してやることに。


「ヘイヘイ……よござんすね」


「早くしろ」


 暗闇の中でも期待に輝くホルンの目。はてさてどんな反応を見せるか楽しみだ。


「5、4、3はいドーン」


「ギャアアアアアア!」


 不意打ちオープンからの絶叫。

 やっぱり無理だったか、ちょっと安心。


「いやーさすがに無理だよね、だって見ろよこの」


 ――ザクリ。

 サソリ女の顔面に白っぽい何かが生えた…いや、刺さった。

 しかし目を凝らすよりも早く、瞬時にして吹き出す青い体液。


「ギャアアアアアアアア」


 まともに浴びる俺、そしてホルン。


「ぎゃあああああああ」


<<forced heal HP+6%>>

<<forced heal HP+6%>>

<<forced heal HP+6%>>

<<forced heal HP+6%>>


 阿鼻叫喚。サソリ女のグロフェイス――刺さった白い凶器を起点として汚液の噴水が降り注ぐ。

 まるでモンスター映画のような、やたらと糸を引くスライム状の体液にまみれる俺とホルン。


「触手の次はローション責めかよ! 誰得なんだよ!」


「洗い流したい……」


 汚噴水が枯れたころには、ネバネバ真っ青になったドラウグルとユニコーンである。


「あっ、オレンジがひとつ消えたよ」


 ドクンちゃん曰く『生命探知』でクイーンの反応が消えたらしい……さっきの白い何かで殺されたのだ。

 そんなことをしでかす輩は一人しかいない。


<<forced heal HP +5%>>

<<forced heal HP +5%>>

<<forced heal HP +5%>>


 強制回復は体液に含まれる効果だったらしく、HPを示すバーが点滅し続けてやかましい。

 限界を超えて回復している表示らしいけど、これいつまで続くのかしら。


「う、ぐ、ぐおおおおおおお!」


「どうしたのオレンジホルンちゃん!?」


 オレンジに見えてるのは『生命探知』で見ているドクンちゃんだけだよ、今の彼は青馬さ。

 というのはさておき、急に頭を振り乱し苦しむホルンに動揺する。


「おい、どうした!?」


 クイーンの体液に毒が含まれていたのだろうか。

 しかし一緒に浴びた俺には(耐性で無効化するとはいえ)なんの影響もない。


「強制回復……限界を超えた回復は逆に負荷をかける。エクスポーションの原液を浴びたともなればヤワな生物じゃ死ぬさ……アンデッドには関係ないけどね」


 乳白色の片手剣をもてあそびながらゼノンが言う。

 白い剣――さっきクイーンを刺したのは、やはりお前か。


「どういうつもりだ、ゼノン」


 俺の殺気じゃデュラハンはまるで動じない。


「まあまあ、そんな回りくどい殺し方なんてしないよ。説明してあげよう、生物の体に由来する効果は魔法のそれと違って――」


「どうすればいいのか結論言え」


 ゼノンが回りくどいのは毎度のことだろうがよ。


「かつて君が斬り落とした角をつなげてみたまえ。すべての回復効果がそこへ集中するはずだよ」


 返事を聞くや否や、ホルンに持たせていた荷物袋から”それ”を取り出す。


<<ユニコーンの角 アイテム レアリティ:レア>>


 ――ホルンと初めて出会ったとき、命を助ける代わりに奪ったものだ。


(まさか今、ここでか……)


 背中を刺されることを危惧した俺は、力の根源である角を奪いユニコーンの同行を許した。

 残酷なようだだけど、それほどまでにホルンの聖属性魔法はデンジャーだったのだ。

 結果として聖獣はただの白いお喋りな馬になり下がり、今に至るまで恨まれ続けているわけだが。


 アイテムボックス脱出の暁には再生手段を探してやると約束していたものの、こうも早く機会が訪れるとはな。


(キッツイな、やっぱり)


 切り落とされたとて力は健在らしく、聖獣の角はアンデッドの手指をしゅうしゅうと焦がす。

 

「ぐうおおおおお体が裂けるぅぅぅ」


 うめくホルン。俺に迷いはなかった。


「さっさと付けオラァ!」


「ホルンちゃん、新しい角よー」


 新しくは無いよドクンちゃんや。

 わし掴みにした角を、ホルンの額――切り株のように残る角の断面へあてがう。すると――


「うぉっ眩し!」「まぶしっ!」


 かすかに光を放ちながら、分かたれた角が一つに戻ろうと吸い付いていくではないか。

 まるで磁石のようだ。


 これなら……――ポトリ。


「えっ、なんで手離しちゃうのマスター!?」


「えっ!? いやなんかもうミラクルに治り始めた雰囲気だったから大丈夫かなって……指なくなってきちゃったし。あー、しばらく手を添えてあげないとダメっぽいなこれ」

 

 どうやら接着が安定するまで押しつける必要があるようだ。


「ぐおおおおお我の角で遊ぶなぁぁぁぁ」


 ごめんて。でも添えてやろうにも指が焼かれちゃうからさ。


「じゃあドクンちゃんよろしく」


 臓器丸出しだからアンデッドぽいけどドクンちゃんはミミックの一種――つまり角に触れてもノーダメージなのである。


「しょうがないにゃあ」


 角の根元にまたがらせるようにドクンちゃんをホルンの額に座らせ、手と触手で接着を補助してもらう。

 すると角は再び光を放ち始め、ホルンの様子も安定してきた。


「おぉ、やってみるもんだね」


 無責任にゼノンが笑いやがる。

 これで一段落と思いたい、が心配がひとつ。


「……ちなみに角が治っても強制回復が続いていたらどうするんだ?」


「そのときは……」


 ぎらり、とデュラハンの双眸が冷たく光る。


「適宜ダメージを与えてあげるしかないねぇ、蹴りでも入れて」


「この外道があぁぁぁ!」


 ホルンの声は実によく響いた。

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