97話 心臓論破

 戦いの傷を癒す俺たち一行。

 木彫りの女神像が毒属性化するアクシデントがあったものの、どうにか無事に回復フィールドを展開できた。

 ドクンちゃんの目覚めを待つかたわら、辺りに散らばったアイテムを拾い集めておく。

 珍しくアイテムリストなんかを作っちゃったところで、ついに相棒が意識を取り戻したのであった。


「あっ、おはよーホルンちゃん、フーちゃん、そしてDV男」


 燃えるゴミの日を思い出しているかのような目で主人を睨む使い魔。

 案の定、未だかつてないほどに怒ってらっしゃる。


「その節はホントにすまなかった! どうかコレで許して欲しい!!」


 身体中のバネを活かしたハイジャンプ土下座を決めつつ、『対人間族の指輪』を差し出した。

 入手した記憶がない一品だが、たぶん暗殺神官が身につけていたものだろう。

 ドクンちゃんの機嫌をとるためにとっさに献上したわけだが、この判断は間違っていないと言い切れる。


「どんなモノだろうが、乙女の心とカラダについた傷は消えな……」


 プンスコ怒っている心臓乙女。

 しかしカサブタのように乾いた瞳はすぐさま指輪の輝きに吸い寄せられる。

 

 じーっと指輪を見つめ、今度は俺をみる。

 そしてまた指輪を。


 ホントにくれるの?……そう言いたげに交互に目線がさまよう。

 コクコクと笑顔で頷き返した俺は、指輪をそっと通してやりたかったが、あいにく心臓型モンスターには丁度いい太さの指がない。

 仕方ないからドクンちゃんの頭のほう、一番太い血管にねじ込んであげる。


「わぁ……光モノやぁ! やったやったあ!」


 すると思った通り大喜びだ。

 前々から気がついていた。

 装飾品の類を手に入れるたび、ドクンちゃんが物欲しそうな目で見ていたことを。

 

 貸してあげてもよかったのだけど、身につけられるアイテムはなるべく自分に装備しておきたくて渡したことがなかったのだ。

 

 人間特効アイテムならあげてもいいよな。


「わーいマスターありがとー! グヘ、グヘヘヘヘヘヘヘヘ」


「乙女の傷が癒えたようでなによりだ」


<<対人間族の指輪 レアリティ;レア>>

<<人間族に対して自らの攻撃で与えるダメージがプラス(中)>>


 レアではあるけど使う機会はそうそうあるまい。

 暗殺神官と違って俺の敵は専らモンスターだ。


 さっそくホルンに見せびらかしているドクンちゃんを見て思い出す。

 暴走状態から覚めるきっかけになった謎の黒い存在。

 とてつもない強大さを感じたにも関わらず、どこか見知った気配がした。

 魔族の介入かと思ったけど、今にして思い返すと何故だかドクンちゃんを連想してしまう。

 そういえば一瞬ドクンちゃんの声が聞こえた気がしたし……。


(似ても似つかないんだけどなぁ)


「ところでドクンちゃんさ、俺が暴走してるとき――」


「え、なにそれコワッ……」


 本人に聞いてみたけれど何も心当たりはないようだ。

 逆にちょっとひかれてしまった。

 

「あれっ、そういえば首オジは?」


「ゼノンならフジミが投げつけたきり帰ってこないな」


 折れた角に断面をこすり合わせるホルンが興味なさそうに言う。

 ごめんて。

 そんなことしても折れたホーンは戻らんて。


「どうせひょっこり現れるだろ……ていうかまた進化条件ききそびれたわクソッ!」


 魔族ゲイズの情報からのゼノンの意外な過去からの人間乱入からの俺暴走で完全に忘れてたわ!

 進化条件教えるっていうから捕虜にしてやったのに。

 強くなることが必要みたいなこと言ってたけど、シンプルに考えると当たり前の話では……?


「ねぇねぇマスター、食べていいのコレ」


 ドクンちゃんがどこからか白い指を拾ってきた。

 瞬間冷凍されたイケメン神官の指だ。

 バラバラを通りこしてパラパラ死体の肉片もそこかしこに散らばっている。


 思えば最近は肉パーティーしてなかったな。


「構わないけど香味が落ちてて微妙だぞ」

 

「そういう意味じゃないんだけど。 まあいいやイタダキマース! うーん、クールなイケメンのお味~」


 アイスキャンディーのように冷凍指をしゃぶるご機嫌なドクンちゃん。

 たいして苦々しい顔をする草食動物ホルン。


「フジミも元は人間なのだろう。かつての同族を殺し、あまつさえ食らうことに忌避感はないのか」


 あぁ、そういう意味か。


「降りかかる火の粉はなんとやらってやつだな。俺が前にいた世界だって、人が人を殺し続けてたしな」


 教科書に載るほど昔から俺が死ぬまで……いや死んでからもずっと人は殺しあうのだろう。

 俺はたまたま平和な場所で生まれ育っただけで、さっき初めて人から殺意を向けられただけのことだ。

 きっと俺が知らないところで、もっと凄惨な暮らしをしていた人間は大勢いたんだろうし。 

 そう思うとさして不幸な気はしない。


 むしろホルンとドクンちゃんが気遣ってくれたことがムズ痒い。


「非常食っぽいの拾ったからやるよホルン」


 神官たちの携行品だった小さな袋。

 中には一口サイズの丸薬がみっちり詰まっていた。

 さっき試しに食べてみたら完全栄養食の丸薬版みたいな味わいだった。


「珍しく気が利くではないか……マズっ!? なんだこれはマズッ! 毒虫の毒草包みのような苦みだマッッズ!」


「でも病みつきじゃん」


 悶絶しながら丸薬を頬張るホルン。

 クセになってない? ひょっとして依存性のある何か入ってた?


 向こうでは散らばった死体を鳩のように拾い食いするドクンちゃん。

 フーちゃんは陳列されたアイテムを狙って忍びよってきたが阻止。

 椅子替わりに腰掛け、俺も落ちてる肉片をかじってみる……シャリシャリだ。

 リゼルヴァの冷凍尻尾よりも雑味が強いが口当たりは柔らかくていい。

 はじめて食べたオッサンのほうがジューシーで美味しかった気がする。


「平和だなー……なんで砂漠にいるのかも忘れちまいそうだ」


 ていうか忘れた。

 めまぐるしい展開が落ち着いてようやく一息ついてみれば、当初の目的が頭から抜け落ちていた。

 えっと、強くなるために人間と戦って?

 違うな、その前は……


「ビッチビチのビッチ探しであろうが!」


「そうでしたね!」


 ヒト喰ってる場合じゃねぇ!

 ドラウグルとユニコーンの瞳に同じ色の光が灯った。

 希望という名の、光が。


「とんだエロコンビね。マスター、真の目的を思い出したら!?」


 俺の真の目的。

 言わずがな、アイテムボックスからの脱出である。


「態度悪いサソリマン助けてないで、ドンドン先に進めばいいじゃない」


「うっ」


 淫乱らしきスコーピアンクイーンから遠ざけようという意図は見えるものの正論でしかない。

 こうなれば本気を出すしかあるまい……。

 

「そもそも普通の人はやたら最短経路を進もうとするけど実はそれは思考停止で(笑) 逆に適度に遠回りした方がプロジェクト全体通してのモチベーションが維持できて最終的なクオリティもあがるんですよね、これって経営者のなかでは常識なんですけど(笑) 今回の場合、ゲイズに行く前に経験値とか情報とかアイテムを集めておいて万全の態勢で挑むのってむしろ主流ですよね普通に欧米では」


「よくわからんがそういうことだ、ドクン殿」


 鼻を鳴らすホルンにため息をつくドクンちゃん。


「だめねコイツら」


 ーー論破、完了ロジカルブレイク


あとがき

ドクンちゃんの一番太い血管:たぶん上大静脈という部位

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