95話 試運転

 モンスターのポテンシャルを引き出しすぎた俺は暴走し、制御不能に陥った。

 ついには相棒のドクンちゃんを握りつぶそうとする肉体。

 自分に打ち勝つのは自分自身とはよく言うが、情けないことに全く体を取り戻せる気配がない。

 そんなピンチに差し込んだのは一筋の光明……ではなく謎の力だった。

 精神だけの俺をドクンちゃんと同じように圧殺しようとする獰猛な存在。

 まさかのパーティー全滅か、と意識が闇に飲まれた、そのとき。

 どういうわけか体の支配を取り戻したのである。

 モンスターとしての感覚をつかんだ今、戦闘能力は一段階上に引き上げられた。


 そしてはじめて、人間を殺したのだ。

 

「遅ぇなオイ」

 

 関節各部をムカデのようにしならせ、メイスの一撃を余裕で避ける。

 ……どこに隠し持ってやがった、その鈍器。


 とっておきの攻撃だったのだろう。

 残念なことにそれも通じなかった。

 驚きと絶望を含んだ呼吸もよく聞こえる。


「体ってこんなに動くもんなんだな」


「バケモノが!」


 だから当たらんて。


 視覚以外の感覚全てが組み合わさって、新しい高性能な目玉になったよう。

 もちろん『生命探知』スキルも含まれている。


 頭の代わりに浮いているのは魔結晶だ。

 稀にモンスターがもつ、核のような器官らしい。

 器官とは違うか?


「ッ……衝撃インパクト!」


「どうってことないな」


 殺しも、神官も。

 脚力にものを言わせて横へ跳ぶ。

 強力かつ不可視の魔法は、しかし到底俺を捉えられない。

 

 衝撃インパクトが巻き上げたのは砂と氷。

 かつての彼の仲間だった青年神官の亡骸のみ。


 骸の粒が舞い落ちるより早く、すでにドラウグルは肉薄する。


「グラァ!」


 爪攻撃が敵を掠める。

 俺の爪には麻痺毒が含まれているが、残念ながら敵は耐性持ちのようで効き目が薄い。

 けれど”あっち”のスキルは有効だ。


<<HP+2%>>


<<HP+3%>>


 ――『生命吸収』。

 生身の攻撃でダメージを与えた場合に限り、体力回復できる便利スキル。

 一度の回復量はちょっぴりだ。

 けれど手数で押せば十分な回復量になる。

 欠損した部位が徐々に再生し、俺はさらに加速していく。


「低俗な死骸風情が……!」


「死骸も案外悪くないぜ?」


 すぐにお前も仲間入りだ。

 ろっ骨を棘のように尖らせ展開する。

 トラバサミに似ている。

 砕かれた片手の代わりにコイツで威圧してやる。


<<HP+4%>>


<<HP+5%>>


「オラオラァッ!」


「くッ!」


 異常な機動力の前に、対人間の体術など児戯に等しい。

 いまなら理解できる。

 アニメなんかで熊や虎と平気で渡り合う人間。

 あんなものは幻想だ。


<<HP+6%>>


<<HP+8%>>


<<HP+13%>>


<<HP+39%>>


 猛攻。

 手練れの殺し屋も、辛うじて致命傷を避け続けることしかできない。


「勇者を殺す依頼のはずが、なぜ、こんな!」


 殺すことで生き、負けることで喰らわれる。

 過酷な生存競争を前提にデザインされた猛獣に、人間ごときの運動能力では勝ち目があるはずもない。 

 モンスターとはそういう存在だ。


 パワー、スピード、タフネス。

 生物としてのポテンシャルに差がありすぎる。


<<HP+50%>>


「ガァァァァァ!!!!」


 片腕を裂き飛ばす。

 鮮血が散り、肉片が踊った。


「ぐぅぅっ!」


 それでもなお意識を失わないのは流石にプロか。

 だがこちらのHPは今や半分以上に回復した。

 包帯で補っていた四肢もほぼ再生している。

 視力も戻ってきたことから、頭部も生えてきたようだ。


 そしてモンスターとしての感覚もだいぶ馴染んできた。

 高速道路をしばらく走った時と似ている。

 慣れてしまえばどうってことはない。


「よもやこれを使わなくてはならないとは……聖域ホーリーフィールド!」


 オッサンの装飾品が一瞬光った。

 そして詠唱なしに魔法が発動される。


(魔石か!)


 俺の鎧に仕込んである、盾召喚魔法と似たものだろう。

 詠唱抜きに魔法を発動できる優れものだ。

 ただし作るのが難しい上に制約も多いが……。


 未知の聖属性魔法(名前からして)に身構えるが、特に何かがダメージを与えてくる気配はない。

 トラップ系か?


「?」


 どうにも嫌な感じだ。

 火力全開のストーブに囲まれたような熱を感じる。


「なけなしの信心が役に立ったようだ……」


 オッサンはほくそ笑んで後ずさる。

 逃げる気だな?

 そんな怪我じゃすぐに追いつくぜ?


「待てやコラ!」


 鋭利化したろっ骨を投げつける。

 あくまで足止めだ。

 当たればそのまま死ぬ程度の威力しかないが――


 ――ジュッ


「溶けた?」


 俺の手から離れた骨槍は1メートルも進まずに消失した。

 まるで綿が燃やされたように、突然に忽然と。


 既視感。

 続けて《シャドースピア》を発射してみると、これも同様に消えた。


「対アンデッド、闇魔法シールドってことかよ」


 ほのかに光り、俺を包むドーム状の結界。

 アンデッドや闇魔法を遮断する防護フィールドの中に閉じ込められたらしい。


 ……仕留め損ねた。

 聖域ホーリーフィールドの効果が終わるころには、とっくにオッサン神官は砂漠に消えていた。

 

***


 香しい血が砂を濡らしている。

 はためく灰色のボロきれで身を包んだ男が一人、岩陰に身を潜めていた。

 

 見せかけの月が偽りの砂地を照らす。

 現実の砂漠と違い、夜になっても一帯の気温はまったく下がることはない。


 血を失った男にとって幸いなことだ。

 しかし負った傷に比べれば取るに足らないほど些末な幸運である。

 

「こんなはずでは……あのアンデッドは、いったい……」


 歯の根が合わず、視界がかすむ。

 強烈に感じる寒気は死の訪れだろう。


 殺し屋である彼が他者に与え続けてきたものだ。

 ……しかし男が嘆いているのは汚い生きざまではない。


 報酬に目がくらみ、勇者暗殺を請け負ったこと。

 下手をうち、アイテムボックスに取り込まれたこと。

 そして出会った、喋る珍妙なアンデッドを侮ったことだ。

 

「最初にヤツの話を聞いていれば、あるいは……フフ」


 バカらしい仮定だ。

 無駄なことを考えるほど正気を失っているらしい。

 最後に笑いながら、息が細くなっていく。


 そして耳が働くことをやめる前。

 死神のように囁くものがいる。


「お役目ご苦労様。期待通りの働きだったよ」


 いったい何時からそこにあったのか。

 月光を受けて輝くのは砂に汚れた一つの兜。


 いや、兜を被った生首だ。


「彼に出会えたこと。そして素質が備わっていたことは最高にラッキーだった。ゲイズに操られたことも、収納されたこともお釣りがくるほどに……検証が始まり、僕は限界を知ることができる」


 兜の奥から赤い瞳が光を放つ。

 おぞましい気配を感じ取るだけの生命力は、もはや神官に残ってはいない。


「弟子二人が世話になったんだ、このさい師匠も便乗させてもらおうかな」


 亡骸になった男。

 見つめるデュラハンの双眸が一層の光を放った。


「ユニークスキル……”デュラハナイズ”」

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