94話 モンスター

 聖属性の一撃を受けて走馬灯というか臨死体験をした俺。

 実はギリギリのギリッギリで一命をとりとめていたんだけど、代償に精神と体が分離してしまった。

 ドラウグルの本能に操られる肉体は、えげつない動きで形成を逆転させていく……。

 この強さこそゼノンが俺に習得させたかったものらしい。

 そっか、じゃあ今回のところはコレにて俺の勝利ということで……とはいかなかったのである。


 

 問題は体は俺の意思と無関係に暴れまくっているということ。

 ほとんど鎧が脱げ落ちたことで、自律する体は機敏性を取り戻していた。

 走り回る駿馬を捉えられるほどに。


「フジミなにヲゴッ!」


「ホルンちゃん!」


 跳躍、跳躍、そして蹴り。

 鞭のような一撃がユニコーンをよろめかせる。


「ああああああごめんホルン!」


「マスターなんてことを! 見損なったわよ!?」


 ドクンちゃんが触手でまきついて、必死に俺の体をホルンから遠ざけようとしてくれている。

 とうの俺はというと、己の肉体が働く狼藉を手をこまねいて見ているしかない。

 精神が隔離された白い空間から全力で詫びることに何の意味があろうか。

 自動で戦ってくれるのは助かるが、どうやら『モンスターとしての本能』に敵味方の見境はないようだ。

  

 一人で戦うときならまだしも、チーム戦じゃ使い物にならんぞコレ。


「ガァァァァァ!」


 俺の体が吠えた。

 どんな顔をしているのか見えないが、なんとなく察するに……聖獣を仕留めることに喜びを感じているっぽい。

 まずいぞ。

 ちょくちょく考えては封印していた『ユニコーンの馬刺し』願望をどさくさに紛れて叶えようとしていやがる!


ホー……」


「グルァ!!!!」


 しかし優先順位は心得ているらしい。

 聞こえた詠唱が厄介と判断するや否や、肩のゼノンをもぎ取り振りかぶる。


「フジミ君、一発で戻れる方法はメソ――」


「ルアアア!!」


 かなり重大なヒントを教えようとするデュラハンに構わず殺意満々の投球フォーム。

 からのリリース。

 すさまじい球速に相手は詠唱を中断して防御の構えを取らざるを得ない。


「『メソ――』なに!?」


 メソにつながるワードってそうそう無くない!?

 気になりすぎる答えとともにゼノンは発射され、オッサン神官の片腕を折り、跳ね返り、そして砂漠の彼方へ消えていった。


「ぐっ! なんという力、反応速度……」


「さっきまでと動きが違うぞコイツ、当たらねぇ! どうなってんだ!?」


 殺し屋神官二人にとっても予想外の展開らしい。

 当初まとっていた余裕オーラは消え、明らかに守りに入っている。

 逃走を前提に置いた立ち回りに見える。


 俺としても神官たちが倒されるなり逃げるなりを見届けたいところだが、そうもいかない。


 ホルンに蹴りを入れゼノンを射出したドラウグルは、ついに彼女に手を出したのだ。


 ドクンちゃんだ。

 手足の生えた小さな心臓をひったくると、そのまま握りつぶし始めたではないか。


「く、くるし……」


「ドクンちゃん! クソッどうすればいいんだよ! ここから出せ!」


 少年漫画の主人公みたいに叫んで暴れまわってみたが、なんの手ごたえも得られない。

 そうこうしているうちにもドクンちゃんは圧縮されドス黒い干し柿のようになっていく……。

 

 ――このままじゃ殺してしまう!


 どうにもならない絶望と、罪悪感ばかりが頭をかき乱す。

 せっかく強くなったのに仲間を殺したら何の意味もねぇだろうが!

 

 くそっ!

 なんでこうなるんだよ!!! 


 ……みんなごめん。


「……?」


 気づく。

 視界が黒い。

 煤のようなもやが、俺にまとわりついている。

 

「なんだこれ」


 蚊柱のような何かが、足元から立ち昇っていた。

 

 いつの間に、どこから。


 そんなことはどうでもよかった。

 ”コレが俺を戻してくれる気がしたから”?


「ひっ」


 違う。

 善意とはまったく逆の意思を感じたからだ。


「や、やめろ」


 怒り、もしくは害意。

 人間たちが向けてきた感情と同種のものだ。


「く、くるな!」

 

 決定的に違うのは、その強大さ。

 赤ん坊が大人に抵抗できないように、とてつもない質量の憎悪に狂いそうになる。


「……俺の、俺の中に入ってくるな!!!」


 霧は包み、覆い、そして侵してきた。

 目から、耳から、鼻から口から毛穴という毛穴から。

 ありとあらゆる箇所から入り込み、手当たり次第に食い荒らす。


 何者かの激情が俺を破壊しようとする。


 ――苦しい、助けて。


 火と光の他に、アンデッドの俺が苦しみを感じるなんて。


「マ、スター」

 

 ドクンちゃん?

 

 そっか。

 今まさに死のうとしているドクンちゃんも、同じ苦しみ恐怖を感じているのかもしれない。

 理不尽かつ不条理。

 唐突な終わりを……。


 ついに、脳が……。


 ……


 …………


 ………………


「――カッ、ハァッ!」


 暗転を挟んで、視界は色を取り戻した。


 照りつける偽りの陽光。

 さらさら流れる砂の粒。


 なくした肺で咳きこむ。


「なんだ今の黒いの、てか俺、生きてる……?」


 発狂するほどの恐怖は、徐々に脳内から抜けていった。

 代わりに体の感覚が戻ってくる。


 指三本しか残っていない骨だけの手のひら。

 そこには小さく萎んだドクンちゃんが力なく横たわっている。


「ドクンちゃん!」


「……」


 呼びかけても返事はない。

 手遅れだったか?……いや、ギリギリ生きている!


 ドクンちゃんのHPは0の寸前で留まっていた。

 ついでに言うと俺もホルンもだ。

 

 ……フーちゃんだけやたら余裕あるのは身を隠しているからだな。


「ごめん、みんな」


「やっと戻ったか、ポンコツアンデッドが」


 しんどそうに座るユニコーンが悪態をついた。

 純白の毛皮も今や砂と血に汚れてしまっている。

 嫌味を言うのもやっとなのだろう。


「今回ばかりは返す言葉もねぇわ、ドクンちゃんを頼む」


 しぼんだ心臓をホルンに預けると、ぼろぼろの体を確かめる。

 足と腕を一本ずつ失い、防具の類はとっくに脱げて転がっている。

 背骨から伸びる包帯をより合わせることで即席の手足にしていた。

 恐るべきモンスターの本能。


 で、肝心の頭はというと……ない。

 触れようとした手が空をきる。

 顎から上が丸っきり虚無。 


 かわりに何やら硬いものにあたった。

 野球ボールくらいの、石?


「どうなってるよ、俺の顔」


「……魔結晶だ」


 ホルンがしんどそうに教えてくれた。

 ごくまれに魔結晶と呼ばれる力の源を体内に宿すモンスターがいる。

 そいつらは魔結晶が第2の心臓、あるいは脳……とにかく核の役割を果たし非常にタフになるんだそうだ。


 どうやら俺は頭の中に魔結晶を隠し持っていたらしい。

 で頭蓋骨がほとんど消し飛ばされてもギリギリ耐えられたようだ。


「とはいえ急所丸出しなのは変わらずか」


 一発もらえば即終了。

 

 だけど何故だろうか。

 砕け、割れ、きしむ体は最高に軽く感じる。

 心と脳と体が直結しているような、自分でも何言っているか分からないけど、とにかくそんな感じだ。


「ハァァァァァァァ……!」


 顎だけで深呼吸。

 肺もないのに吐き出す息は冷気を帯び、あたりの温度を下げる。

 ホルンが身を縮めた。

 ドクンちゃんの表面に霜が降りる。


 体も思考も、冷えきって透き通っていくようだ。


「……終わらせるぞ、人間」


 ゆっくり、と構えを――


「隙丸出しに戻ったな!」


 俺の準備を待つまでもなく、一瞬で接近し打ち込まれる貫通ペネトレイトエストック。

 魔結晶じゃなくても当たれば確実に消滅する一撃だ。


 が、もう見飽きた。

 無策に差し出された手首をなでてやる。


「”フロストバイト”……」


 ドラウグルのユニークスキル。

 冷気の激流を流し込まれた対象は瞬時にモノへと変わる。


「――あ」


 氷の彫像と化し、粉々に蹴り砕かれた青年神官は自らの死を実感できただろうか。

 俺が受けた仕打ちからしたら慈悲深い最期と言えるだろう。

 だが苦しませて殺すには、今の俺じゃ加減がきかない。


「これじゃあ食感が台無しだよ、なあ」


 拾い上げた目玉のシャーベットは、実に味気ない歯ごたえがした。

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