93話 白昼夢
元同族と覚悟を決めて対峙した俺。
相手も聖属性をまとい、いよいよ本気の構えだ。
もう人間だろうか手加減しねえぞ。
死闘の末の逆転フラグかと思いきや、なぜかゼノンに目を塞がれ、生命線の兜まで没収される。
しかも初見の聖魔法で左腕ごと盾を封じられ、必殺の突きが迫る。
とっさに掲げた右手も
前じゃ塵に同じ、というか塵にされたのであった。
そして俺は……
――あれ、なんだっけ。
いま寝てた?
また必修単位落として留年チキンレースしてた頃の夢みてた?
もう社会人だっつうの。
男の子は誰でも朝風呂決めて髭剃ったら社畜に変身できるんだっつうの。
……いやなんか忘れてる。
「――たの!?」
どこだここ。
やたらと白い。
白は好きじゃないけど、これは嫌いじゃない白さだ。
……俺、いつから白きらいだった?
「マス――たの!?」
真っ白だった空間の一部が色を変えた。
曇ったガラスを拭ったときのように、風景の一部がじわりと映しだされる。
覗き込む俺は、さながら鉢のなかの金魚のよう……。
あるいはFPSに興じる友人を後ろから観戦しているかのようだ。
画面からは形容しがたい不思議な鳴き声が聞こえてくる。
耳障りだけど決して嫌いになれない、そんな――
「マスターそこは違う触手!」
「いやどういう状況だよ! ドクンちゃん聞こえるか!?」
やっと我に返った。
誰かの視界の中でドクンちゃんの残像が叫んでいる。
どうやら何者かに触手を掴んで振り回されているようだ。
俺の使い魔に随分な狼藉を働いてくれるじゃねぇか。
助けようと手を伸ばすが、映像の中に入っていけはしなかった。
呼びかけても応答はない。
というか発声できた感覚がなかった。
まるで肉体がないような。
「どうしたもんか」
途方に暮れて映像を観察するうち、はたと気づく。
これ、俺の視点じゃない?
どういうわけか自身の視界を第三者目線で観戦している?
俺が俺を動かしてないとすると俺の体を俺の代わりに動かしているのは誰だ?
意味が分からん。
理科不能。
「いや待てよ」
夢見心地から覚めてみれば無駄に美しい抽象的な不思議空間。
漫画とかのパターンだとこれは……
「ひょっとして死んだ?」
目の前の映像は走馬灯的なやつか?
こんな記憶あったか?
思い返すに、俺はハゲ暗殺者タッグと戦ってイイ感じになってきたところで死んだ。
ゼノンにハメられて。
……ゼノン。
おしゃべりな割に肝心なことは喋らない謎のデュラハンにして元人間。
「おしゃべりクソジオングが……!」
「聞こえるかいフジミくん?」
「うぉぃ!!?」
悪態をついた瞬間、本人から呼びかけられてビビる俺。
すみません、誰にも聞こえないとばかり……ちょっと待てよ。
罵る権利くらいあるだろ、なんならキレちらかしてもいいよな。
全部ゼノンのせいなんだから。
「ついにやってくれたなクソジジィ見事ハメくさりやがって! テメーだけはゼッテェに許さねぇ死ね! カスアホ!! ニ十指巻き爪コンプリートしてくたばれ!!」
どうだ、あまりの毒舌に心が壊れたかククク。
「フジミくーん?……やっぱり無理か。正直、君の人間性が残っているか自信がないけどダメもとで話を続けるよ。ますは状況説明だ」
ダメもとってなんじゃい!
ていうか話通じてないな。
こっちの声は届かないっぽい。
ゼノンはマイペースに独り言のように語りかけてくる。
「君はどうにか一命をとりとめて戦闘を続行しているところだ。とっさに首を傾けさせたドクンちゃんに感謝だね」
「アンタは早く死になさいよ! 裏切者!」
振り回されたままドクンちゃん(の残像)が罵倒を代弁してくれている。
働き者の使い魔である。
「で、君が急かしていた”結論”だけど、この状況がまさしくそれさ」
「余裕ぶってないでマスターを止めなさいよ! いい歳こいて独身生首! 自分ではまだまだイケると思ってるイタいやつ! 鼻毛の白髪増えすぎ(笑)!」
「……今のはちょっと効いたなぁ」
気持ちはありがたいけど、そろそろ静かにしていてほしいぞドクンちゃん。
「御覧の通りフジミ君の意識は離れているにも関わらず、体は元気に動いているね。それも素晴らしく凶悪な身のこなしで」
ゼノンが語りかけている間も当然戦闘は続いている。
しかし俺の体は一度として負傷することなく、逆に青年を押し始めていた。
ときおり撃ち込まれる魔法にも、でたらめな跳躍力で強引にかわしている。
爪やら包帯やら剣やら、ときには砂を巻き上げ――
「ゲエェェェォォオロロロロロロ!」
ドクンちゃんまで振り回してやりたい放題である。
(どうでもいいけど悲鳴が最悪にかわいくねぇなぁ……吐いてるし)
しっちゃかめっちゃかに動く視界からしても、獣のように飛び跳ねながら戦っているのかもしれない。
俺には到底不可能な動きだ。
……不可能なはずだ。
「驚くだろう? でも、これがモンスターとしての君のポテンシャルだ。君を人間と決別させ、視覚を奪った理由がわかってもらえたかな」
「イカレてんのか」
が、なんとなくわかった。
人間としての理性を排除し、視界を封じ、野生の勘を研ぎ澄まさせた。
モンスターの身体能力を強制的に引き出すために。
たしかに、獣じみた反射神経や体の使い方は思考と並行してできるもんじゃない。
でも心のどこかで感じてはいた。
進化を重ねるたびに、大きくなっていく感情……いや、本能。
純粋なる闘争心。
敵と身を削りあい、力を誇示したいという欲望。
獲物の血をすくい、髄をむさぼりたいという渇望。
「いや……イカレてんだ、俺も」
目をそらしていただけ。
モンスターと対峙する度に湧き上がる得体のしれない衝動を、理性で抑えつけていた。
抑えつけて、それからやっと安心して戦いに臨むことができた。
しかし限界がきた。
モンスターとしての強さを殺したままでは……手加減をしたままでは勝てない相手にブチ当たってしまった。
「僕も君も人間からアンデッドに死に変わった。でもそれって特別高尚なことじゃあない。モンスターの器に人間の精神が流し込まれただけ……つまりはアンデッドにすぎないのさ」
あくまで持論だけどね、と付け加えた。
違うと思うけどなー。
心は心、体は体じゃない?
体がアンデッドだから人間から敵対視されるのは仕方ないとしてさ。
俺がさっき悟ったのは、心を「人間」だの「アンデッド」だのカテゴライズするのは、俺にとって無意味だってこと。
なんて言っても聞こえないので言わない。
「長くなったけど、モンスターの器を手に入れたからには活かさないともったいないってだけの話さ……あっ、なんだかすごく簡潔にまとまったぞハハハ」
「ハハハじゃないわよーーーーーーロロロロ」
鎖鎌のように振り回されるドクンちゃんに同感。
そういえば視界は塞がれているはずだけど、どうして戦えてるんだ?
相手の姿も見えているように認識できる。
「君の頭はもはや原型を留めていないにも関わらず、このように『生命探知』だけで鋭敏な動きを実現している。文句はあるだろうけど、この力なくして彼らに勝てたかい? ……勝ち続けられるかい?」
……そこに異論はない。
生き残るためには。
真に異世界転生をはたすためには。
俺は勝ち続けなければならない。
アイテムボックスなどという、勇者の手のひらで力尽きることは絶対に許されない。
なんとなくゼノンの真意がわかった。
脱出の協力者として俺が非力だから鍛えてやろうとしたのか。
「つまり任意で”モンスターモード”にスイッチできれば強くなれるってことだな」
やれやれ、回りくどいゼノンの修行にもやっと得心がいったぜ。
戻ったらサッカーボール異世界王者決定戦の刑に処すことに変わりはないが。
「さて長くなったけどフジミ君、意識はあるかな? そろそろ次のステップに進まないと残念なことになるよ」
「はい?」
意味不明な言葉を反芻する前に、俺の体がホルンへ襲いかかった。
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