92話 引きずり出されるもの
理不尽かつヘンテコな空間の中、ようやく人間に出会えた俺。
殺しを生業にする物騒な神官だろうが、ともに手を取り合って脱出しようじゃないか。
その思いは届かず刃を向けられてしまう。
彼ら見た俺は、血に飢えるアンデッドでしかなかったからだ。
認めたくはなかったが、俺は拒絶されて初めて「人間を辞めた」ことを実感した。
そして言葉じゃなく力で向き合う覚悟を決めたのだ。
「ほら、意外とどうにかなるだろ?」
「なってねぇよ! どうにかされかけとるわ!」
勝手に肩へとりつき、挙句ツタ状のなにかで俺の視界を奪うゼノン。
そうこうしてる間にも暗殺者二人組は容赦なく攻め立ててくる。
人間に遭遇して拒否られてハードな目隠しプレイは詰め込みすぎじゃない?
いきなりの修行編突入に生きた心地がしない(死んでるけど)。
せめて岩を斬れとかそのへんから始めてくないかね。
「いい加減消えろ、死体風情が……!」
「ヒィッ、”サモンウェポン”ッ!」
間一髪、聖なる刺突を盾でガード。
籠手に仕込んだ魔石は略式の召喚魔法を備え、魔術の小盾を呼び出せるのだ。
ありがとうギリム、助かったわ。
注文つけた割に使うの忘れがちですまねぇ。
「マスター魔法くるよ!」
「サンキュー!」
「こらこら、教えちゃ修行にならないでしょ」
ドクンちゃんの警告からすぐ、俺にも詠唱が聞こえてきた。
おそらくは
聖なるダメージこそないが、名前の通り凄まじい衝撃で態勢を崩しにくる。
「
ほらな?
魔法担当であるオッサンの渋い声が響く。
そのころには四肢の包帯をバネのよう収縮させ、軽くジャンプし終えている。
直後に
「っとぉ」
叩きつけられる直前に包帯で地面を察知。
同時に包帯バネを開放して衝撃を軽減、すぐに体勢を立て直す。
全身包帯だったころのマミーよか包帯は減ったものの、要所で経験が活きてるぜ。
(あっちはオッサンだとして、若いほうはどこだ?)
視界を塞がれた俺にとって、頼りになる唯一の感覚は『生命探知』だ。
近距離の生命体の位置がサーモグラフィーみたいに感じられる良さげなスキルである。
が、いつぞやの進化で手に入れたはいいものの、ほとんど使っていない。
だって普通に目で見たほうが情報量が多いから。
(やたら駆け回ってる一際デカイ反応は……ホルンか)
今だって大きめの反応がオッサン神官と認識できるものの、素早く動く青年神官がどこにいるのかパッと見じゃわからない有様だ。
目が使えれば砂ぼこりやら足跡やらで判断材料を得られるのに。
(感知できないってことは、死角にいるってことだろうが……)
『生命探知』で感じられる範囲は視界と大差ない。
背後に回れたりすると普通に不意を突かれるのである。
「後ろだフジミ!」
「こらこらー」
ホルンの忠告通り、背後から嫌な気配がした。
聖属性は、まるで熱を持つかのようにチリチリと身を焼かれる感覚がするのだ。
絶対に食らいたくない。
絶対にだ。
「雑に”シャドースピア”!」
頭を180度回転して闇魔法を発射。
口から薙ぐようにして闇の力を浴びせてやる。
「チッ!」
狙い通り、攻撃を妨害された青年神官が距離をとったと思われる。
とらえたオレンジの塊が少し遠ざかった、ように感じられた。
「いつまで続けるんだこれ、不便なだけだぜ師匠気取りのゼノンさんよぉ!?」
俺にとって敵であり、このアイテムボックスの主である勇者。
その師匠らしいゼノンはどうやら俺を育てたいようだけど、クソBIGなお世話だ。
「君はあれだね、目的を教えておかないと意地でも練習に身が入らないタイプだね?」
「無駄口はいいからさっさと視界を戻して欲しいタイプでもあるな!」
隙を見て肩のゼノンに拳を入れた。
……つもりだったが空を切った。
どうやってよけやがった?
「強くなるために手助けしてあげてるってのに酷いな。それこそ僕に弟子入りできるなんて――」
「で、具体的にどうしろって?」
イラッとしている余裕はない。
猛攻を防ぎながら不本意にも会話を続ける。
ゼノンの真意を聞きださなければ、不条理な修行は終わらないだろうから。
あるいは俺が先に”終わる”か。
「くっ!」
防ぎ損ねたエストックが鎧を引っかいた。
段々と俺の動きが把握されている。
やはり長期戦は不利だ。
ゼノンの言う”強くなる”っていうのは、単純にレベルアップしろってことじゃないんだろう。
じゃあ何をさせたい?
俺の動揺を誘ってまで伝えたいことはなんだ?
「フジミ君は考えすぎなんだ。せっかく拾える情報量を減らしてあげたのに、頭を巡らせて補っているね」
「そりゃそうだろ、見えねぇんだから!」
調子づいてきた相手とは逆に、こっちは本領を発揮できずにいる。
圧殺されるのは時間の問題だ。
「ん-、伝わらないか。まだまだ人間気分が抜けてないみたいだね。それじゃ――」
ゼノンの呟きをかき消すように仲間から警告が飛んだ。
それも二人同時に。
「マスター、魔法くる!」
「フジミ、妙だぞ!」
「えっ!?」
判断が遅れた。
とにかくしかけてくるらしい。
とりあえず咄嗟に両手で頭を庇おうと――
「
しかし突如奪われる左半身の自由。
詠唱の完成とともに現れた何かが、左手――召喚盾を中心に巻き付いていたのだ。
焼けつくような嫌悪感に加え、左半身が錆びついたように重い。
見えないけど、マジで鎖で巻かれてるんじゃないか。
(聖属性のレパートリーまだあったのかよ!)
これじゃ防御が間に合わない!
右手のアイスブランドだけで正確無比なエストックを防げるか!?
「……もっと本能に身を任せたまえよ」
ふと芝居がかったセリフが聞こえた気がした。
同時、頭に違和感。
(兜が!?)
俺の頭が明らかに軽くなった。
命綱である兜が投げ捨てられたのだ。
ゼノンがよりにもよってこのタイミングで横槍を入れてきやがった。
「ふざけ――」
聖属性を帯びた切っ先が迫る。
それを逸らすぐ盾は封じられ、致命傷を防ぐ兜は失われている。
手のように操っていたアイスブランドが今は重くて仕方がない。
これじゃあ、せめてもの防御も間に合わない。
俺は剣を離し、拳を顔面を掲げる。
これならあるいは、切っ先を多少ずらせるかもしれない。
「終わりだ」
若い暗殺者が吐き捨てる。
表情は見えないけど……いま、こいつ笑ったか?
そして俺は思い出す。
初撃、装甲をブチ抜いてきたエストックの妙技を。
防御無効、必殺の一撃。
だが、もう遅い。
まるでスローモーションのように拳に刺突が埋まっていく感触が伝わる。
次いで異常を示す警告がポップする。
<<Penetration : 99%>>
Penetration――貫通。
裁縫するような気軽さでもって、銀色の切っ先は固めた拳を突き抜けてきた。
貫かれた部分から手の感覚が消える……聖属性のしわざか。
ギロチンのような熱源が眼前に迫る。
一体どうなる、これを身に受けたのなら……。
「さあ、死んでおいで」
デュラハンの声。
そして崩壊の光。
なんだか勇者に殺されたときと似てるな。
呑気な考えが頭をよぎり、俺の意識は飛んだ。
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