91話 未練にして試練

 勇者に送り込まれた久々の刺客はまさかの人間二人組だった。

 ゼノンが言うには殺しを生業にするヤバイ奴らなんだとか。

 とはいえ言葉が通じるなら戦う理由もないわけで、ともに脱出して勇者をブチのめそうぜ!

 ……なんて上手いこと話は進まなかったのである。


「彼らを殺さなければ、君はここで死ぬ」


 肩に載せたゼノンが告げた。

 その声には普段のおどけた様な気配は一切ない。

 機械的に、客観的に事実を述べたかのようだっだ。


「んな単純な話じゃねぇだろ! 殺すか死ぬかなんてよ!――おいやめろ!」


<<poison>>

――<<resist>>


「よく喋るゾンビだ……」


 毒まで仕込んでやがるのか。

 それとゾンビじゃねぇよドラウグルだわ。

 俺の戸惑いに構うことなく禿頭のイケメンが切り込んでくる。

 片手にナイフ、片手に串のような剣を構える様はゲームで見た暗殺者そのもの。

 真後ろから鎧をぶち抜いてきたのは串の方――鎧通しスティレットだろう。

 

「今だけは生首ジジイに賛成よ、ときめきポイズン!」


「ナイスフォローだけどもドクンちゃんもそっち側かよ」

 

 意識を取り戻したドクンちゃんから援護射撃が飛ぶ。

 皮膚に付着することで強烈な炎症を発生させる毒液だ。意表をつかれては避けられまい。


「チッ、汚ぇ」


 避けるのかよ。

 イケメンはギリギリで回避し頬をぬぐった。

 が、直撃を避けたとはいえ毒のしぶきに触れたのだ。

 キレイな顔面が瞬く間に爛れて戦闘どころじゃなくなるだろう。


「……痒いな」


 残念なことに予測は外れた。

 毒に侵されたはずの頬は何の異常も示さない。

 不快に眉をしかめさせただけだったのだ。


「嘘だろオイ」


「彼ら殺し屋は毒殺のエキスパートだ、毒耐性を高めていても不思議じゃない」


 ゼノンの言う通りなのだろう。

 取り回しのいい短剣、塗られた毒、毒耐性、そして背後からの即死攻撃。

 すべて人間を殺すことに特化した能力だ。

 

「さて話を続けるよフジミ君」


「いま最高に忙しいんだけど見てわかんねぇかな!?」


 ゼノンはまだ喋るつもりらしい。


 俺の得物――アイスブランドはリーチこそあるが振りが遅い。

 懐で暴れる相手……短剣二刀流に対応できないだろう。

 五指の爪を伸ばしてどうにか防いでいる状況だ。

 

「オイ、話を聞け! 俺に敵意はないって」


「……」


 対話を求めど応えはない。

 代わりに鋭い刺突がHPを削った。


 どうして話が通じない?

 まるで聞こえていないかのように言葉が届かない。

 返されるのは明確な殺意ばかり。


「くそっ」


 肝心なのは戦うことじゃない。

 話し合うすることだ。

 戦うだの殺すだのは交渉が決裂した結果に待つ不幸であって目指すべきものじゃない。

 理性ある者同士ならば当然の認識だ。


「魔族と取引すると言い出した時もそうだったけれど、君は自分の立ち位置が理解できていないんだ」


 空気を読まずにゼノンが話を続ける。

 ごちゃごちゃうるせぇな。

 それどころじゃないんだよ。


「話をすれば分かり合える、たしかに正しい。けど前提あってのことだ」


 ゼノンの要領を得ない言葉を聞き流し、俺は説得を続ける。

 しかし取り付く島はまるでない。

 ……交渉材料が足りないのか?

 一体なにを提示すれば――


「うおっ!?」


 突如ひざに衝撃を感じ、体勢が崩された。

 

「マスター前!」


 反射的に下を見そうになったが、ドクンちゃんの警告を受けて咄嗟に顔面を庇う。

 次の瞬間、眼前に重ねた指を何かがこじ開けた。

 スティレットの先端だ。

 光のように鋭い針は顔面を逸れて兜の表面を削りとった。

 指で軌道を変えていなかったら額を貫かれていたかもしれない。


 頭部は俺にとって唯一にして最大の急所だ。

 四肢を砕かれても再生できる体だが頭部だけはマズイ。


 態勢を立て直す。

 すると周囲は砂煙が舞い上がっていて、視界が奪われている状況だった。


「フジミ君、こう思ってないかい?」

「いい加減黙れゼノン」


 悠長にしゃべり続けるデュラハンに俺の我慢も限界に達した。

 肩にとりつくゼノンをつかみ、むしり取っ――


「”同じ人間同士なのにどうして?”……ってね」


 思ってねぇよ。

 俺はとっくにアンデッドだ。

 なんなら死んで初日に人間の肉を喰っている。

 ゴブリンだのオーガだのを喰らったり、素で長時間水中戦こなしたり、首以外吹っ飛んだり、化け物染みたこともこなしてきた。


 いまさら自分が人間だなんて、まったく、微塵も、思って――


「思って…………」


 理由はわからない。

 けれど、「思ってない」と言い切れなかった。

 

 ゼノンに手をかけたまま、俺は停止していた。

 まだ実感として飲み込めていない。

 いや、飲み込みかけていた。

 元人間のデュラハンが言う通りなのかもしれない、と。


 転生し殺され彷徨い、ようやく出会えた人間。

 しかし、どれだけ話しかけても、どれだけ反撃を我慢しても何も通じない。

 

 敵意と拒絶。

 そして疎外感の答え。

 

 ”俺が人間じゃないから”


 当然の理由だ。

 いまさらにも程がある。

 にも関わらず、なぜ俺は落胆してるんだ?


「”インパクト”」


 背後から低い声が響き、次いで衝撃。

 よろめかせられたところに打撃が入ってくる。

 もはや誰に攻撃されているのかも理解が追いつかない。

 俺の思考は混濁していた。


「マスターどうしたの!?」


 使い魔の悲痛な叫びが遠くから聞こえる。


 俺が人間じゃないとして、人格は何も変わりゃしなくないか?

 俺は俺だろ?


 俺は俺なのになぜ拒絶される?

 

 そもそも人間とは?

 アンデッドとは?

 モンスターとは?


「これまでの話を聞いた限り、君の順応性は目を見張るものがある。けれど言い方を変えれば、あまりに早く順応しすぎた」


 デュラハンの声が頭のなかをかき乱す。

 まとまらない思考と響きあい、ますます混迷にはまっていく……。


「生き残るために必要だったとはいえ、君自身と向き合うことを後回しにしすぎたんだ。自己の変容をようやく認識したんだよ……人間かつての同族に拒まれることによってね」


 自信と向き合う?

 意味がわからん、俺は俺だ。

 ……そう思っているのは俺だけだった?

 アンデッドになった俺は俺じゃない?


 HPがどんどん減っている気がする。

 ドクンちゃんが触手で懸命に応戦している、気がする。


「知性をもつアンデッドと、アンデッドになった人間は違うだろ……?」


 錯綜する思考から反論をひねり出す。


 俺は違う。

 俺はアンデッドでありながら人間の知性を備えた存在だ。

 特別なんだ。

 アンデッドであり人間でも――


「そうだね、アンデッドになった人間は特別だ。君も僕も特別な……アンデッドさ」


 人間じゃない。


「マスターしっかりして!」


 視界が急速に転じた。

 虚脱感とともに視点が異様に低くなる。

 どうやら頭部が脱落したらしい。


 見上げると、俺の体があった。

 辛うじて膝立ちで耐えている死体。

 首もなく、肉は削げ、皮と骨で動いている。


「たしかに、これが人間のわけないわな」


 肩に陣取ったドクンちゃんが、触手やら毒液やらで必死に牽制してくれている。

 あれも元は俺の心臓だ。


 笑える。

 何から何までモンスターじゃないか。


「もう分かっているだろう? 人間にとってアンデッドは絶対悪。唾棄すべき存在であり、交渉の余地などない」

  

 ゼノンの赤い眼光が俺を見下ろす。

 俺はアンデッドだ。

 人間にとっての害悪。

 奪うか、奪われるか。


 言葉など届かなくて当然だった。


「だからって大人しく殺されるの!?」


「フジミ、いい加減にしろ!」


 人外仲間から檄が飛んできた。

 そうだ、俺にはこいつらがいる。

 こいつらを巻き込んだ責任がある。 


 ようやく散らかっていた頭の中がクリアになってきた。

 他人事のようだった視界が現実味を帯びてくる。


 HPはいまや三割を切っていた。

 むしろよく持ちこたえていたと言うべきだろう。


 頭上に鈍い光が見える。

 エストックの一撃が、俺の頭蓋を今度こそ貫こうとしているのだ。

 ドクンちゃんは別方向を見ている。

 回避したいところだが、頭だけの俺に機動力は一切ない。

 体を操作してカバーするにしても到底間に合わない。


「我の角を治す約束を忘れたか!!」


「なんだこの馬!?」


 罵声とともに蹄が眼前を駆け抜ける。

 ホルンが身を挺して庇ってくれたのだ。

 聖獣さまがアンデッドを助けるなんて、こいつもたいがい笑わせるよ。

 

 首無し胴体に意識を移す。

 ラジコンみたいに体を操り頭部を拾い上げた。

 合体ロボよろしく頭部を首の骨へねじ込んで接続完了。

 

「ったく、とんだ面白パーティーだぜ」


「貸し一つだ」


 軽口を叩くホルンだが、鮮やかな血が毛皮を染めていた。

 ホルンは傷を負うことを嫌がり前線に出ない。

 にも関わらず俺の盾になるなど……。


「マスターやっと起きたのね!」


「ごめん、心配かけた」


 毒液の吐きすぎかドクンちゃんはゲッソリ萎びている。

 思えば生前は臓器として、死後は使い魔として世話になりっぱなしじゃないか。

 ともに戦ってきた仲間を差し置いて、敵にすり寄る必要がどこにある。

 

 そういやフュージョンミミックのフーちゃんは……おっと砂に半分埋もれていた。

 さながら、ちょっとした隠し宝箱のように風景に同化している。

 こいつはともに戦っているかという微妙だけど、まぁいいだろう。


「で、アンデッドの俺はこいつらをブチ殺せばいいのか?」


 覚悟は決めた。

 敵は排除するのみ。

 そこに人もモンスターも関係ない!


 アイスブランドを抜き放ち、四肢の包帯を展開する。

 お望み通り、アンデッドとして全力で相手をしてやろうじゃないか。


 砂煙が収まり、人間の姿があらわになった。

 詠唱するおっさんと、二刀流の青年。

 離された距離から仕切り直しの意図が汲みとれる。


「やっぱり君の順応性は異常だよ。つくづく舌を巻くけれども……君が彼らを倒せるかどうかは次の問題だね」


「は? 殺す覚悟を決めたからクールに勝てるって流れじゃなくて?」


 なんとなくドヤ感を出していた俺は拍子抜けした。

 勝てる実力はありながらも、戦う覚悟がないから攻めきれないとかそういう話とは違うのかい。

 

「でも、あいつらモンスター相手は苦手みたいよ」


「だよね」


 ドクンちゃんの意見に賛成。

 殺し屋として一流かもしれないが、アンデッド相手に毒や即死、刃物を使うあたりに未熟さを覚えた。

 たぶん純粋に『人を殺す』ことに長けた専門家なのだ。


 であれば勝機はありそうなものだけど……。


 ありがいことに疑問はすぐに氷解した。

 長々としたオッサンの詠唱が完成したのだ。


「"聖属性付与ホーリーウェポン”」


 呪文に呼応するように青年のエストックが柔らかい光を帯びる。

 朝日のように清廉な輝きは、ゴキブリに近い嫌悪感を俺に与える。

 人間から見た俺も同じくらい嫌われているのかしら。


「混沌寄りの商神でもやっぱり使えたようだね、聖属性付与。あれは文字通り――」


 ゼノンの解説を聞くまでもなく察した。

 間違いなくヤバイやつだ。

 やめろ、その術は俺に効く。


「じゃあ次の課題だ」


「うお何しやがる!?」


 いきなり視界が奪われた。

 ツルのような何かが両目を覆って離れない。

 口ぶりからしてゼノンの仕業らしい。

 こいつ実は色々できるのに隠してやがったな?


「ふざけてないでさっさと解けクソ!」


 聖属性で一突きされたら大変なことになる。

 以前、ホルンの魔法が掠っただけでつま先が消滅したのだ。


「覚悟はあくまで下地。この状態で戦えてようやく入門さ……君は考えすぎる」


 なんだと?

 おい、待て地を蹴る音が聞こえなかったか?

 相手走り出してるんじゃないか?


「ええい”生命探知”!」


 やぶれかぶれにスキルをアクティブにする。

 生命探知――覚えたはいいが使いこなせずに封印していたスキルのひとつ。

 周囲の生命体を視覚に頼らず探知できるスキルである。

 動くものは補足しづらいうえ、大まかな位置しかつかめないからだ。

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