90話 近くて遠い者
スコーピアンの女王を探す最中、デュラハンは身の上の一部を語った。
ゲイズ――かつて英雄ゼノンをアンデッドへ変貌させた魔族。
同時にスコーピアンどもが仕える支配者だった。
と、強大な相手に身震いしていた俺の前に現れたのは久しぶりの勇者。
そしてお約束の刺客投入。
けれど今回のモンスターはモンスターじゃなくて……
「おい、まさか」
新たに収納された刺客を前にして、俺はかつてない衝撃を受けた。
これまで俺を抹殺すべく、ことあるごとに凶悪なモンスターを差し向けてきた。
ゴーレムやらコカトリスやら駆け出しアンデッドに対してまるで手心が感じられないラインナップだった。
けれど今回の刺客は、それらとは明らかに一線を画している。
「くそっ! 戻しやがれっ!」
「なんなのです、この空間は!?」
彼らが放り込まれた”外”と繋がる穴はすぐにふさがってしまう。
今や俺たちと同じ『収納物』になってしまった。
混乱しているのだろう、あたりを見渡しながら身を寄せ合った。
「アンデッドと……馬か?」
「まずは安全の確保です、倒しましょう」
彼らは俺たちを見つけ、会話によって意思疎通を行っている。
後ろ二本足で立ち前足で武器を握っている。
灰色の衣服をまとっていることからも知性の高さが見て取れた。
間違いなく――
「人間じゃん!」
嬉しさのあまり声をあげてしまった。
この世界に生まれ変わり死ぬまでに十数秒。
転生から死亡までのタイムアタックを制した俺は、以降アイテムボックスで彷徨うアンデッドと化していた。
今まで幾たびモンスターに襲われようとも人間に出会ったことはなかった。
ときどき勇者がちょっかいをかけてきたが、ろくに話などしなかったし。
しかしようやく!
まっとうに話ができそうな人間が現れたではないか!
俺の感じた懐かしさや安心感は筆舌に尽くしがたいものがあった。
「フジミ君」
「うわビックリした、いつのまに乗ってきやがった」
耳元で呼ばれたかと思ったら、いつの間にかゼノンが肩に張りついていた。
首の断面に吸盤でもついているのか、肩の鎧部分にしっかり陣取っている。
生首であるがゆえに全く身動きできないと思っていたが動けやがったのか。
魔法少女アニメにおけるガイド兼マスコット役の妖精よろしく、元英雄は説明を始める。
「あの僧衣は商神の司祭だ。詳しくは省くけど彼らは殺しの請負人でもある。出会えてラッキーなタイプの人種じゃないよ」
「収納されたってことは勇者の敵なんだろ? ってことは俺にとっちゃ味方みたいなもんじゃん」
敵の敵は味方ってね。
閉じ込めれた身の上は同じ、なら協力して脱出を目指すべきだろ?
彼らの装いは灰色を基調とした飾り気のない僧衣だった。
ゲームなんかじゃ神官やら司祭やらは目立つ格好をしていることが多い。
純白の布に金の意匠がこらされたり、ヒラヒラしてたり、デカイ十字架をぶら下げてたり。
しかし目の前の司祭は質素で動きやすそうな服装をしていた。
……なるほど、たしかに殺し屋なら機能性に優れた衣服を好むだろう。
「この景色……どうやら我々はどこかに隔離されたようです。おそらく高度な魔法でしょう」
一人は渋いおっさんだ。
きれいに禿げた頭と対照的に、顔のシワはどれも深い。
いかにも熟練者といった雰囲気である。
しゃべり方は丁寧で岩のような重み、圧が感じられる。
「クソッ、勇者のくせに罠張ってやがったとは!」
もう一人は二十台の青年だ。
勇者ほどのイケメンじゃないが中性的で線の細い顔立ちをしている。
こっちもこっちで頭髪がないことから宗教的な理由で剃髪にしているのかもしれない。
口調はおっさんと反対に荒々しい。
なんていうか不良っぽい。
短気そうなイケメンはともかく、おっさんとは紳士的な話ができそうだ。
「我は下がっているぞ、嫌な感じがする奴らだ」
慎重派なホルンは距離をとる。
戦闘力に乏しく運搬役だから仕方ないとは思うけど冷たい奴だ。
「ちょっと! マスターの肩はアタシのポジションなんだから!」
ドクンちゃんはホルンから俺の肩へと飛び移ってきた。
今の俺は一方の肩に兜(生首)、もう一方にしゃべる臓器を搭載している――斬新なビジュアルになってしまった。
「あくまで話し合うか。君は素晴らしい世界から転生してきたみたいだね」
「……?」
ゼノンの嘆息が理解できない。
何が言いたいんだ?
俺は敵意がないことを表すため両手を挙げて呼びかけた。
まだ彼らは状況が理解できていないようだ。
情報を与えて少しは安心させてやろう。
「アンタらは勇者のアイテムボックスに収納されたんだよ、俺と同じようにね」
「コイツ喋るのか!?」
「特殊個体ですか……!」
イケメンが短剣を、おっさんが両手を構えた。
最初から仲良しにはなれないか。
あちらからしたら急に周囲が砂漠になって目の前にドラウグルがいたんだ、無理もない。
「おっと俺は悪いモンスターじゃないよ、ちゃんと話しが――」
「”インパクト”!」
「ぐっ!?」「キャッ!」
瞬間。
おっさんの短い詠唱、そして上半身に衝撃。
まるで巨大な拳で殴られたような感触。
すさまじい突風のような衝撃が俺を地面に打ちつけた。
「……な、なんだ今の?」
砂の上を転がされ、ようやく止まった。
自分がどういう状態かわからない。
仰向けなのかうつ伏せなのか。
眼前の砂は地面……じゃなくて宙に舞う砂塵か。
さきほどの魔法のせいか、巻き上がった砂が煙幕のように視界を狭めていた。
まるで砂嵐のなかのようだ。
ダメージは、驚くことにほとんどゼロだ。
どうやら態勢を崩すことに特化した魔法らしい。
とはいえこの衝撃で硬い地面にぶつかったら、普通は大けがを負うぞ。
「無事かドクンちゃん」
「……」
「僕はなんともないよ」
視界が揺らぐ中、どうにか体を起こす。
ゼノンは平気そうだけどドクンちゃんは目を回してしまっている。
随分と手荒な挨拶だ。
勇者といい、この世界の人間は血の気が多くてよくない。
おっさんも見た目によらずアグレッシブなようだ。
「おーい、落ち着いて話を聞いてくれ! 俺は――」
「くたばれ!」
<<Penetration : 99%>>
「ぐっ――!?」
今度は背後から衝撃。
鋭い力が背中から入り胸から抜けた。
事実、俺の心臓あたりから串のようなものが一瞬現れて消えた。
――気のせいか2回串が見えたような。
そして視界端のHPバーがいくらか削れている。
<<Death>>
――<<resist>>
<<Death>>
――<<resist>>
次いで表示されたメッセージに戦慄する。
2回の<<Death>>表示。
これってもしかして……
「チッ、アンデッドに即死は効かねぇのかよ!」
「静かに。構造が人に近いなら壊し方も同じはずです」
砂に紛れて聞こえる会話。
――察した。
即死しうる技を続けざまに浴びせられたのだと。
「なんでだよ! 話が通じねぇのかよ!?」
勇者に閉じ込められた者同士、殺しあう道理はないだろ。
理性がないモンスターじゃないんだから。
人間なんだぜ?
「……そのつもりはなかったけど、特別にアドバイスを送ろう」
肩に居座るゼノンが告げた。
デュラハンの目はぼんやりと赤い光をたたえる。
俺と同じ――不死者の眼光だ。
「彼らを殺さなければ、君はここで死ぬ」
言葉は頭のなかで反響する。
開けられた風穴から、ぬるい空気が流れ込んできた……。
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