89話 燻るもの

 アイテムボックスに収納されている魔族。

 スコーピアンが仕えるソイツはゲイズといい、モンスターを魔族化しては配下に加えているらしい。

 しかも、かつて人間だったゼノンをアンデッドにした張本人だという。

 ……「張本人」だとニュアンスが違うか。

 ゼノンは望んで人間を辞めたらしいから。


 シンプルな地図を頼りに、俺たちはスコーピアンのマザーを捜索する。

 怪しいと思われる領域には目印をつけておいたが、まだまだ距離はありそうだ。

 道中でゼノンから積もる話を聞いておくことにした。


「魔王の右腕で参謀の役割を担い、あらゆる魔法に通じる厄介な魔族……それがゲイズさ」


 ゲイズとかいう謎の魔族。

 スコーピアンにモンスターを集めさせ、魔族化して傀儡にする。

 そうして増強した手勢で更にアイテムボックスを探索、と恐ろしく効率的に支配を広げている。


 レベル100オーバーのゼノンが嫌な顔をする相手か……かなりの実力者なのだろう。

 とはいえ――


「ゼノンともども勇者に収納されちゃう程度なんだろ」


 人間である勇者が勝てちゃう程度の相手、と考えると気が楽になる。

 しかし希望的観測はすぐに否定されてしまう。


「ゲイズを擁護するわけじゃないけど、勇者くんが規格外なのさ。僕のもとを離れてから、彼は更に人間離れしたようだ……よっぽどいい魔術師に師事したんだろう」


 含みのある喋り方。

 『よっぽどいい魔術師』に心当たりでもありそうだ。


「ちなみにドクンちゃんは魔族についてはご存じで?」


 魔王の右腕がゲイズなら、俺の右腕はドクンちゃんだ。

 右腕を担う心臓……ややこしい。


「うーん、それが全然わからないのよね、なんでだろう」


 魔法に関してオタク並みのマシンガントークを繰り出すドクンちゃんが、魔法に秀でた魔族を知らない、と。

 なんとも腑に落ちない。

 あるいはレイスになる以前なら覚えていたのかもしれない。


 強敵への情報源がゼノンしかないっていうのは不安だ。


「……フジミ君、キミあわよくばゲイズを倒す気でいるだろ?」


「わかっちゃう?」


 軽い返答にゼノンは吹きだした。


「そんな軽いノリで魔族に挑まれるとは、ゲイズも思ってもないだろうね」


 もしゲイズと対面したら。

 協力して脱出しようね、という穏やかな関係構築が理想なのは言うまでもない。


 しかしリザードマン村への侵攻や、魔族化によるモンスターの支配などから見るに、ゲイズの性格は強引かつ利己的だ。

 そんな相手が見返りなく協力してくれるだろうか。

 ほかのモンスターと同じように魔族化される可能性が高いだろう。

 

 取引材料を集めてはおくが、無理そうなら一旦逃げるか、最悪戦うしかない。


(倒せるなら倒すに越したことはないんだよな、だって……)


 ドクンちゃんの記憶回収能力。

 モンスターを倒すことで、モンスターの記憶ともどもドクンちゃんの分身を統合するイベントだ。

 魔族、それも魔王の右腕クラスともなれば貴重な知識をもっているだろう。

 ひょっとしたら空間を切り裂くという『魔剣』の所在を知っているかもしれない。


(いや、それは建前だ……)


 ――思惑とは別に、俺のなかに得体のしれない衝動があった。

 

 ただ無性に戦いたい。

 肉を裂き、返り血と勝利に酔いしれたい。

 

 人間のころにはなかった感覚だ。

 破壊衝動というやつか。


 いつのころからか、戦いに駆り立てようと騒ぐのだ。

 敗北が明らかなときーーゼノン戦ですら、衝動は俺の背中を押し続けていた。

 デュラハンの圧倒的な威圧感、恐怖が幸いして踏みとどまっていたに過ぎない。


 自分が負けようとも関係ない。

 ただ暴力を求める衝動が、ゲイズとの戦いを俺に要求しているのだ。


 俺の葛藤を知らず、ゼノンが話を続ける。


「まず外見だ。ゲイズは巨大な目玉にタコみたいな触手が生えた姿をしている。触手の先端にも目玉があって――」


 姿を思い浮かべる。

 目玉のついたイソギンチャク……覚えがある。

 無意識にゼノンの言葉をさえぎっていた。


「目玉それぞれに魔法的な力がある……で、一番ヤバイのが本体の巨大な目玉とか?」

 

「フジミ君、キミ知っていたのか?」


 まさか先に言われるとは思っていなかったのだろう。

 ゼノンは心底おどろいたようだ。

 俺も驚いた。

 ゲーマー知識も今回ばかりは外れていて欲しかったけども……。


「……た、戦いの中で研ぎ澄まされた勘ってやつよ。 気にせず続けてくれ」 


 本当は前世の知識です。

 

 大型車ほどもある目玉に、無数の黒い触手が生えたモンスター。

 口があったりなかったり、触手が蛇だったりじゃなかったりで微妙な違いはあるもの、人はそれを……と呼ぶ。

 起源オリジナルの名前は口にするだけで死を呼ぶので避けるが、類似する呼び名だと「イビルアイ」や「バックベアード」あたりか。

 この世界じゃゲイズと呼ばれるらしい。


 もし起源オリジナルを再現してゲームに登場させた日にゃ「クソゲー」の烙印は免れないだろう。 

 理由?

 雑に強すぎるからだ。


 本体に大目玉、触手にも目玉と、やたら目玉推しだけあって何と視線で攻撃ができるのだ。

 『目力』という言葉を地で行く最高にして最悪の攻撃手段。

 いくつもある目力は麻痺、昏睡、混乱、石化、即死等々うれしくないバラエティー豊か。

 なおかつ、目玉もちの触手はそれぞれ独立して動く……つまり状態異常のオンパレードが同時に襲いかかってくるのである。


「――以上が僕が知る限りのゲイズの情報だ」


「……あぁ、うん、ありがとう」


「マスター、顔が真っ青よ死人みたい」


「死人だから、ね」


 かろうじてツッコミを入れられたわ。

 ゼノンの情報からは不幸なことに新しい情報は得られなかった。

 俺の知識と大差ない特徴、つまり超強敵ということ。

 最悪、見られただけでゲームオーバーとは。


 どうする俺。

 相手取るにはリスクが高すぎる。

 ひとまず引き返すか?

 戻ったところでいずれゲイズの捜索部隊は迫ってくるだろう。


 ――ならばブチ殺すまでのこと!

 ……落ち着け、いったん冷静になれ。


「フジミくん」

 

 どうにかしてリゼルヴァをつれてくるか?

 先手をとらなきゃ視線に晒される。

 となればドラゴンの巨体じゃすぐ見つかるし難しいか。

 そもそもドラゴンは即死の視線に耐えられるのか……?


 それに魔法まで使ってくるんだよな――


「フジミくん!」

「フジミ!」

「マスター!?」


「うぉっ! ごめん集中してた」


 みんなの呼びかけで我に返った。

 振り返ると三人とも立ち止まって一点をみつめていた。


 5メートルほど前方。

 地面から立ち上る湯気のようなもの。

 前世じゃ映像でしか見たことなかった、不思議な現象に似ている。


「蜃気楼……じゃねぇか、お客さんだな」


 空間が裂かれたように開き、「外の」世界が映し出される。

 どうやらあちらは夜のようだ。

 月光に照らされた美しい顔がこちらを覗き込んでいた。

 腹が立つほどのイケメン――勇者だ。

 しばらくちょっかいをかけてこなかったから、忘れられたものとばかり思っていた。

 

 勇者はいかにも不快そうに俺たちを眺める。

 なんだか以前より顔色が悪いような……ちゃんと食べてる?

 不健康イケメンは、ある人物に目をとめて舌打ちした。


「なんだそのザマは……ゼノン」


「あれ? 俺じゃないんだ?」


 これまで散々悪意をぶつけられてきたのに急にスルー……なんだか複雑な心境の俺だ。

 追ってきた男が急に態度を翻したことによって気になっちゃう乙女心的な話か。


「ふふ、相変わらず可愛くないな」

 

 勇者に話しかけられたゼノンは兜の奥で微笑した。

 『そのザマ』というのは頭だけになった姿を指しているのだろう。

 そして首だけデュラハンは思いがけない言葉を返す。


「聞いたよ勇者くん、魔王を倒したんだってねオメデトウ。 さすが僕の137番弟子だ」


「弟子!?」


 一同に驚愕が走る。

 デュラハンのゼノンと、勇者が子弟関係?

 その間柄で何故アイテムボックスに収納されたんだ?

 そして弟子の数多くない?


「俺に師匠などいない」


 一瞬視線を外した勇者が手元で何かを操作した。

 が、すぐに眉をしかめる。


「クソッ、なぜゼノンまで取り出せない……いい餌になるとおもったのに」


 どうやらゼノンをアイテムボックスから出そうとして失敗したらしい。

 かつての師に用があるのか? 餌?

 ゼノンは転生者じゃない通常のモンスターだから出し入れできるはずなのに失敗?

 いろいろな疑問が生じる。


 ちなみに俺は転生者である故のバグのような存在で、アイテムボックスの所有者たる勇者でさえ取り出すことができないらしい。

 

「どうせまた貴様のせいだろう、忌々しい虫けら転生者め」


「えぇ……俺またなんかやっちゃいました?」


 ゼノンを取り出せなくなった原因は俺なの?

 知らないってば、いくら睨まれても。

 そもそも俺を殺して収納した人の責任でしょうよ。


「フジミくん転生者だったのか……道理で」


 今度はゼノンが驚く。

 面倒そうだから伏せていたのに。

 コイツから情報は欲しいけど、俺の情報は渡したくないんだよなぁ。


「ねぇねぇ勇者くんさぁ、どうやってゲイズを攻略したの? 教え――」


「人間は餌にならんやつばかりだ、お前が喰ってみろ……喰えるものならな」


「聞きゃしねぇ」


 俺の問いかけを遮って勇者が何かを放り込んできた。

 そしてドクンちゃんの悪態を遮断するように空間の裂け目は閉じていく。


 勢いよく投げ込まれた物体は砂上を何回か転がって止まる。

 恒例のモンスターですね、わかりま――


 臨戦態勢を整えようとして、俺は固まった。

 次なる刺客。

 それはいまだかつてないモンスター、ではなく……


「くそっ! 戻しやがれっ!」


「なんなのです、この空間は!?」


 後ろ足で立ち、前足を器用に動かす生物。

 衣服や靴を身に着け、武器を携え、言葉を操る。



<<Lv48 種族:人間 種別:人間>>


<<Lv50 種族:人間 種別:人間>>


 

 人間だったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る