88話 母を訪ねて
魔族の信奉者スコーピアンを助け、拠点を訪れた俺たち。
ジフトという屈強な個体から手荒な歓迎を受け、殺し合い勃発直前で仲裁に入られた。
中世的な美しさをもつ、ニヴという個体だ。
二体は群れのリーダー的存在らしく、たしかに強者のオーラを感じさせた。
同じく魔族に仕えている(と思い込んでる)俺に対し、スコーピアンのクイーンを捜索するよう協力を申し出てきた。
聞けばクイーンは色白で胸部が発達しており舌を巧みに操る挙句、性に奔放だという。
モンスターマニアとして探求心をくすぐられた俺は二つ返事で彼女の捜索に乗り出したのであった。
***
「……殺すべきだった、ニヴよ」
砂漠の一点をにらむジフト。
視線の先には徐々に小さくなっていくドラウグルたちがいた。
あまりに奇怪な一行だった。
聖獣ユニコーン、レアモンスター・フュージョンミミック、そして臓器状の珍妙なモンスター。
赤い双眸も同じものを映していた。
ニヴは同意する。
「えぇ、まるで白痴……ですが、一部の魔族はああいった奇抜な配下を好むと聞きます」
虚弱性と引き換えにニヴは魔法の扱いに長けている。
だからこそ、あのドラウグルが稀有な存在であることを理解していた。
通常のアンデッドは高度な思考をもたない。
破壊衝動、食欲、あるいは生前の執着に従うだけの哀れな存在だ。
あのドラウグルのように振る舞えるのは、高度な魔法によってアンデッド化した魔術師か、魔族によって
いずれにせよスコーピアンと敵対関係にはないと考えられた。
「言動からして魔術師とは思えません。ならば魔族の特別製でしょう。どうであれ利用できるものは利用するまでです」
「……お前が言うのならば従おう。だが、あの剣は必ず手に入れる」
ドラウグルが携えていた長剣。
氷の魔力を帯びた一級品だ。
特別製らしいアンデッドより、よほど価値があるように見えた。
「壊すときは加減してください。じっくり調べたいので」
微笑するニヴはジフトの要求を拒否しない。
所詮、下僕として創られた下等な種族だ……どこで壊されようが誰も気に留めまい。
目障りになったら消せばいい、その程度のこと。
***
ニヴから預かった紙をもとに砂漠を進む。
簡素な地図には探索済みの領域の目印だけが書き込まれていた。
ちょっとした草だの岩だので読みづらいことこの上ない。
砂漠慣れしたスコーピアンは平気だろうが、都会育ちの俺には厳しい。
「で、草と丘が見えてくるはずなんだけど……あった!」
「違う、あっちだ」
ちょくちょくホルンがガイドしてくれて助かる。
何を隠そう、俺は方向音痴でもあるのだ。
地図にはいくつかのうれしい情報があった。
一つは森林部屋への出入り口が未発見なこと。
あいつらはリザードマン村へはたどり着いていないようだ……今のところは。
もちろん森林エリアの出入り口について、俺からスコーピアンに情報提供はしていない。
もう一つは魔族のいる部屋への出入り口が記してあること。
「クイーン探しなんか投げて進んじゃえばいいじゃん」
ドクンちゃんがそそのかす。
「そうしたいのは山々なんだけどな」
たしかに言う通りだ。
クイーンが美女じゃないなら、そうしていただろう。
けど可能なら魔族部屋への入り口――砂漠部屋の終わりまで土地勘のあるスコーピアンに案内させたい。
クロウラーをはじめとした敵を避けたり察知してくれるだろうから。
「さて、そろそろいいか?」
スコーピアンの拠点はすっかり遠くなった。
腹あたりの金属板に手を突っ込んで引き上げる。
するとシャッターのように鎧の一部が収納されて、俺の胴体内部があらわになった。
ドラウグルに内臓の類はないため、骨盤から胸にかけては収納スペースとして活用している。
普段はアイテム類を格納している空間には兜が無理やり押し込められていた。
今、そいつを取り出そうと試みているのだが……。
「げっ、なんか引っかかって取れねぇ最悪」
「手間をかけるねフジミ君。そう、そのまま引っ張って――ふぅ、やっと出られた」
スコーピアンの目から隠すためにどうにかゼノンを詰め込んでいた。
魔族の支配から逃れたことを知られたら面倒らしい。
スコーピアンの拠点から随分離れたし、そろそろ引っ張り出しても問題なかろう。
「やべぇ肋骨とれちまった! くっつくのかコレ!?」
ゼノンを引きずり出した衝撃で、肋骨が一本転がりでた。
痛覚を切っているので痛くはないけど、気分が悪い。
戻そうにも鎧の中は見えないので難しい。
砂に落ちたゼノンをドクンちゃんが触手を伸ばして拾い上げ、自身の頭に乗せた。
ホルンに載るフーちゃんに乗るドクンちゃんに乗るゼノン。
ハーメルンの音楽隊のよう。
「マスター、あいつらに本当に協力するのー? なんか怪しくなーい?」
「戦うべきだ。次は不覚をとらんぞ、砂に沈めてくれる」
遠くなったスコーピンの拠点を振り返りながらドクンちゃんが問う。
ホルンも殺る気マンマンだ。
出会い頭に殺されそうになったし当然か。
かくいう俺もスコーピアンと仲良くできそうにないと思っている。
「ひと泡吹かせたいのは同感。どうにか出し抜……おっ、ついた」
プラモデルのような手ごたえがして、俺の肋骨は元の位置におさまった。
便利な体である。
「で、ゼノン。いろいろ話すべきことがあるだろ埋めるぞ」
「わかったわかったよ、何から聞きたいんだい?」
聞きたいことはたくさんある。
次の進化先――デュラハンまたはヴァンパイアのこと。
なぜデュラハンは魔族なのかということ。
ゼノンの過去のこと。
だけどさしあたっては魔族のことだ。
スコーピアン――ニヴ、ジフトらと接触してからというもの、ゼノンが何かを考えていることに気がついていた。
彼らの口から出た『ゲイズ』という魔族が原因だろう。
「まずはゲイズとやらについて教えてもらおうか」
「意外だな。てっきり進化についてかと」
「”ま・ず・は”……な?」
圧をかけるとゼノンは勘弁したようにため息をついた。
本当は俺程度のプレッシャーじゃ動じないくせに嫌味なやつだ。
長い話になるのか、しばし黙るゼノン。
ようやく口をついて出たのは予想外の言葉だった。
「ゲイズは僕をアンデッドにした魔族さ」
「――!?」
俺もドクンちゃんもホルンすらも息をのんだ。
フーちゃんだけは寝息を立てていたが。
驚かれるのは想定通りだったのだろう、ゼノンは言葉を続ける。
「僕はね、望んでアンデッドになったんだ」
「……なるほど」
きっと複雑な事情があるのだろうが、ゼノンが望んでデュラハンになったというのは腑に落ちた。
なんというかコイツからは『僕をこんな体にしやがって復讐してやる!』みたいな悲哀とか憎悪を感じないのだ。
むしろ今をエンジョイしている節すらある。
「あぁ、いま『なんで魔族じゃなくアンデッドに?』って思ったでしょ。なぜなら君と同じく下級アンデッドから始まって魔族へ進化したからさ」
「思ってなかったけど、どうも……にしても凄腕冒険者で剣聖とか言われてたんだろ、なんでまた」
人間を守る側から一転して世界の敵ってのは極端すぎやしないか。
どれだけの大義名分があれば、そんな選択ができるのだろう?
「その質問はゲイズに関係ないよね?……うそうそ答えるよ、ざっくり言えば”不死への憧れ”ってやつさ、ありがちだろ?」
「愚かな」
ホルンが吐き捨てるように呟いた。
不死への憧憬……たしかに物語じゃよくある話だ。
けれど単なる無限長生きとは話が違う。
魔族になるということは、これまで守ってきたすべての人間を殺す立場に回るわけだ。
死にたくないという、自分の勝手な都合で。
ホルンが嫌悪するのも、もっともな話である。
けれど冗談ぽく喋る口調の裏で、ほんの一瞬だけ悲しみを感じ取ったのは俺だけじゃないはずだ。
「ゲイズに話を戻そうぜ、どんな魔族なんだ?」
月斬りの剣聖が不死に焦がれた物語。
こんな場所で聞くには重すぎると俺は判断した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます