87話 同胞

 スコーピアンに加勢しクロウラーを撃退した俺。

 魔族の情報欲しさにスコーピアンの拠点へ同行し、モンスターズトークに花を咲かせ……とはいかなかった。


 テントで待つ俺たちを迎えたのは大柄なスコーピアンだった。

 こいつはホルンを目にするや否や、サソリの尾針で殺そうとしてきやがったのだ。

 魔族についたスコーピアンにとって、女神のしもべたる聖獣ユニコーンは敵対関係にあるのだろう。

 思い至らなかった俺の思慮が浅かったが、かといって仲間を差し出すわけにはいかない。


「聞くのも話すのも面倒だ、殺すか」


 死体に聞いたほうが早そうだ。

 ドラウグルの冷気が周囲の温度を下げていく。

 スコーピアンの吐息も白くなっていた。


「あまり図に乗るなよ……」

 

 デカイ体にふさわしい、低く響く声だ。

 大柄なスコーピアンも腰の得物に手をかける。

 汚物にまみれて赤茶けたメイスだ。

 やつの太い腕ならば俺の体などやすやすと砕きそうに見える。


 胸を張りに貫かれたままスコーピアンとにらみ合う。

 仲間に手を出された以上、こいつと仲良くする義理はない。


 アイテムボックス内の大半のモンスターは、かつてレイスだったドクンちゃんの分身に憑依されている。

 残念ながらドクンちゃんの意のままにモンスターを操ったり干渉することはできない。

 分身はモンスターの記憶を覗くだけのちっぽけな存在なのだ。


 しかしモンスターを倒すことで分身はドクンちゃん本体に吸収され、同時にモンスターの記憶も得ることができる。

 つまり紳士的に交流をもたなくとも、問答無用でスコーピアンをブチ殺しても魔族の情報が手に入るわけだ。


 ちなみにクロウラーに殺されたスコーピアンからは大した情報は得られなかった。

 が、明らかに格上のコイツならば収穫はありそうだ。


「マスター、冷静になって」


 後ろからドクンちゃんの心配そうな声がかかる。

 ……わかっている。

 敵陣のど真ん中で喧嘩を買うなど自殺行為だ。


 とはいえ双方やる気じゃ、どうしようもない――そんな心の内を読んだかのように、割って入った者がいた。


「ジフト、抑えなさい。客人、どうかお許しを」


「!?」


 男とも女ともつかない声の直後、突然現れた腕が針を掴み、俺の胴から引き抜いた。

 これまでのスコーピアンと比べて細く白い腕だ。

 そしてもうひとつの白い腕が、アイスブランドの柄を抑えていることに気がついた……すさまじい早業だ。


 現れたのは新たなスコーピアン。

 身長は俺より少し小柄で、全体的に白い体色をしていた。

 人間部分もやサソリ部分も乳白色が基調になっている。

 絹のような長髪をざっくり結って垂らしていた。

 前髪から零れ落ちる砂粒が、地中から現れたらしいことを推測させる。


(アルビノ……?)


 こちらに向けられた瞳はイチゴのように赤い。

 線の細い顔立ちは整いすぎて男か女かわからない。

 あばらが浮くほどやせているため、あらわになった胸部は俺と同じほどに平坦だ。


 白い体色に赤い瞳……前の世界じゃ突然変異だか生まれつきだかで体中が白い生き物がいた。

 理由は知らないけど往々にして体が弱いらしい。


「紹介と礼が遅れました。私はニヴ、これはジフト。兄弟を救ってくださったこと、深く感謝いたします」


 ニヴと名乗った白いスコーピアンが複雑に指を組んで胸にあててみせた。

 感謝の意を表明している、と察せられる。


「フン」

「チッ!」


 ジフトと呼ばれたクソスコーピアンは、いかにも不服そうに腕を組む。

 背後では毒針が蛇のようにくねり、敵意を示していた。

 俺も負けじと特大舌打ちで応戦する。


「クロウラーの襲撃に備え皆、気が立っていたのです……どうかお許しを」


 再度の謝罪。

 デカイスコーピアンは不快極まりないが、白いほうは話ができそうだ。

 それに、こうも詫びられると良識あるアンデッドとして矛を収めざるを得ない。


「おぅおぅおぅおぅ、謝って済ませようなんて随分安く見てくれてんのぅ、マスター?」


「おおむね同意だけど収拾がつかなくなるから、ね? ドクンちゃん」


 相手が下手に出るやイキりだす使い魔をなだめる。

 この子かき乱すところあるよね。


「まずは情報交換をしませんか? 聖獣を従わせるネームド・ドラウグルに私も含め皆興味津々なのです」


「そっちから始めろ」


 わざと横柄な態度で先行を促した。

 相手の話を聞いて、こちらの話のツジツマを合わせる算段だ。

 転生や勇者、ゼノンのことなど伏せたほうがいいこともあるだろう。


 俺たちはニヴたちスコーピアンの経緯に耳を傾けた。


 …


 ……


 ………


「……なるほど、悪いけど脱出の手がかりもクイーンとやらもサッパリわからん」


「そうですか」


 言葉のわりには残念そうに見えない。

 たぶんダメもとで尋ねてきたんだろう。


 スコーピアンの話を要約すると、目的は大きく分けて二つ。

 ひとつは魔族の命令、すなわちアイテムボックスからの脱出の手がかりを探すこと。

 ついでに役立ちそうなモンスターを捕まえて、彼らの主人たる魔族のもとへ運ぶこと。

 モンスターは魔族に洗脳されたのち捜索任務に加わる。

 ゼノンもリゼルヴァにボコされるまで捜索任務についていたようだ。


 ……?

 ふと胸に違和感を感じた。

 収納したゼノンが小声で何かを言っている。

 なになに……『ナマエ』?

 ゼノンに代わって質問。


「その魔族の名前は?」


「ゲイズ様です、ご存じなかったのですか?」


「えっ、あー収納された衝撃でおかしくなったみたいでハハハ」


 なんだか露骨に怪しまれた気がするが強引に流した。

 ゼノンはというとすっかり静かだ。

 もしやゲイズとやらに心当たりがあるのかもしれない。


 スコーピアンたちのもう一つの目的は『クイーン』を探すこと。

 こちらは魔族の命令ではなく彼ら一族の問題らしい。

 スコーピアン一族の繁殖と治療を担う個体クイーンがクロウラーに拉致されてしまった。

 このままではスコーピアンたちはクロウラーの襲撃で摩耗する一方なんだとか……どうでもいいな。


 リザードマンたちのように友好的な関係が結べるのならクイーンの捜索に力を貸すのもやぶさかではない。

 が、スコーピアンの印象は最悪なので全く乗り気がしない。

 『探せたら探すわ』くらいのレベルである……つまり探さない。

 

 ニヴの話しで気になった点がある。


「なんでクイーンが生きてるって言いきれるんだ? 宿敵のクロウラーが拉致したなら直ぐに殺すんじゃないの」


 競争相手の繁殖手段を絶てば将来的に勝ったも同然だ。

 人質にして物資でもゆすられているのだろうか。


 ちらりとジフトを見ると、やたら険しい顔をしていた。

 どうやら本気でクイーンの身を案じているようだ。

 知らんけど。


 ニヴがしっとりとした美声で答える。

 容姿といい声といい、こいつの性別はどっちなんだモヤモヤする。


「クイーンは治癒能力をもち、かつてはクロウラーにも恩恵を与えていました。この過酷な環境下で奴らが貴重な回復手段を手放すとは思えません。加えてクイーンは外敵、特にオスを魅了する力に長けています。あの催淫能力そして舌技ぜつぎにかかればオスはみな骨抜きでしょう」


「……なんですって?」


 俺の耳の穴を、看過できない言葉が吹き抜けていった。


「えぇ、クイーンの体液は回復魔法と異なり、肉体の再生能力を劇的に促進させるタイプで――」


「そこじゃなくて……おい、ため息つくのやめろ」


 ドクンちゃんとホルンが悲しそうな目線を交換している。

 確実に俺を憐れんでいる。

 が、些細なことだ、クイーンの情報を得ることに比べれば。


「……戻れなくなる」


「え?」


 ずっと黙っていた筋肉サソリ――ジフトが唐突に呟いた。

 俺から視線を外したまま、しかし何か思い浮かべるように。


「あの舌技を味わったら、それまでの自分に戻れなくなる」


 衝撃を受ける俺をよそに、ニヴも同調して頷いた。


「たしかに。クイーンはオスと見るや否や即座に手籠めにしようとするでしょう。アンデッドとはいえ強制的に――危険です」


 強制的になに!?

 つまりあれかい?

 男なら誰でも手を出しちゃうビッ○的なアレってことかい?

 後腐れなくヘヴン状態になれちゃうスーパーご都合主義的スケベが待っているってことかい?


「フジミ、冷静になれ」


 本日二度目となる静止。

 今度はホルンから呆れたようなニュアンスだ。

 こちとらお前ほど好色じゃないんだ、わかってるよ。

 ていうか処女じゃないからクイーンに興味ないだけだろユニコーン野郎が。


「ちなみに……ちなみにクイーンの外見っていうのは? ちなみに」


 あくまで確認である。

 わかってるよ、どうせムキムキのゴリラみてえなやつなんだろ?

 一族みんなムキムキだもんな?

 ひっかからねぇぞオレは。


 ニヴが少し考え、悲しそうに目を伏せた。


「子である私たちが言うのは本来憚られるのですが……今代のクイーンはもっとも醜いといわれています」


 そら見たことか!

 一生探しまわってやがれ。


 自らの色素の薄い体を抱きながらニヴが続ける。


「私はクイーンに生き写しとよく言われます。この不気味な肌も虚弱な造形も……胸部の豊かさだけが違いでしょうか」


「……なるほど?」


 クイーンは美人のニヴに生き写しで、なおかつ胸部が豊かと。

 そして超ビッ○で舌がすごいと。

 しばし逡巡したのち、俺は答えを導き出した。


「ハァ――ったく魔族に仕える同胞として情けないぜ。 もっと詳しく話してみ?」


 下半身サソリであっても美人ならヨシ! 

 前のめりになった背後で、盛大な溜息が重なって聞こえた。


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