86話 死角の針
「ぎゃああああああああ!」
「ひっ、ひっ……!」
砂漠地帯で遭遇したのはクロウラー対スコーピアンの殺し合い。
日和見からの漁夫の利ムーブを企んでいた俺だが、ドジを踏んでスコーピアンに加勢することになってしまう。
「助けてくれーーー!」「ママー!」
クロウラーの意外な実力を痛感した俺は、一気に決着をつけるべく封印していたスキルを発動する。
その名は『恐慌まとい』。
うまくいけば残りのクロウラーたちを無力化できるはずだ。
「ママー!」「ギュギュルルル!」
影の薄いスキルだけれど、かつてリザードマン一同をビビらせまくったプレッシャーまき散らしスキルである。
「殺されるーーー!!」
「ゲ、ゲゲゲ!」
「ママー!」
……即興の脅しと相まってスキルが効きすぎたみたい。
クロウラーの血が美味しくてスマイルしただけなのに大騒ぎである。
スコーピアン、クロウラーの両陣営とも完全に戦意喪失していた。
逃げ出すもの、腰を抜かすもの、命乞いやら何やら喚くもの、様々な醜態が目白押しだ。
「ていうかマザコン率高いな」
「マスター、どう収拾すんのよコレ」
「とても話ができる状態じゃないねぇ」
俺のパーティーメンバーはというと至って平然としている。
『恐慌まとい』は範囲内のすべての生物に恐怖状態を付与するスキルで、味方も例外じゃない。
しかしドクンちゃん(魔法構築物:フレッシュミミック)、フーちゃん(魔法構築物:ダンジョンミミック)、ゼノン(アンデッド:デュラハン)は生物じゃないので精神干渉系スキルは無効。
ホルンは生物だけど、こっちはこっちで耐性をもっているんだそうだ。
都合のいいパーティである。
「とりあえず生きてるクロウラー殲滅しよっか」
「我はやらんぞ、汚れる」
「へいへい、わかりましたよ」
ホルンは荷物とフーちゃんを積んでいるから今回は仕事を免除してやる。
ドクンちゃんと俺で残っているクロウラーたちを倒してまわることにした。
さっきは手を焼いた強敵だったが、判断力を失った相手など赤子の手をねじ切るが如くであった。
「ママぁーー!」
「うるせぇわ!」
パニクって襲ってくるマザコンスコーピアンをアンデッドパンチで沈める。
さて、虐殺タイムが終わり、怯えるスコーピアンだけになったところで『恐慌まとい』を解除。
ようやく彼らと話ができるというもの。
「どうも、通りすがりのドラウグルです」
無難な感じで声をかけても、誰一人として目を見て話してくれない。
「ひいっ……ひっ」
「あわ、あわわわわわ」
「命だけは……! 命だけは!」
サソリの下半身でペッタリ平伏するスコーピアン達……器用だね。
マッチョメンたちが小さくたたまれているのが実に切ない。
スキルを解除したからって平常心に切り替わるわけじゃないか、そりゃそうか。
しからば凍った心を溶かすのは暖かい笑顔を――
「忠告しておくけどマスターの笑顔は逆効果よ」
「えっなんで!?」
心外なんだが?
冷酷さだけでなく友愛の心も持ち合わせている人格者なんだが?
「緑の体液にまみれながらのニチャァァは狂気でしかなかったもの」
「からの『うんめぇぇなコレェ』は耐性うんぬん抜きにして怖すぎたね」
「まさに邪悪なるアンデッドそのものだった」
パーティーからの散々な言われように少し傷つく俺である。
スコーピアンたちが俺の目を見て話してくれるようになるまで、少しの時間を要した。
「ところでフジミ君、その剣……」
興味深そうに愛剣をみつめる生首ゼノン。
お目が高い、さすが剣聖とやら。
「これ? 愛剣アイスブランドよ! イカスっしょ?」
「勇者のお下がりでしょー」
ドヤったそばから水を差すなや。
元は折れたアイアンソードだったのを、フーちゃんによる魔改造を繰り返して鍛え上げたのだ。
たしかに勇者に向けたような意味深な銘が刻まれていたけども。
「そっか、ここは本当に彼のアイテムボックスなんだなぁ」
しみじみとゼノンが呟いた。
……
…………
………………
スコーピアン。
かつては砂漠の守護者と呼ばれていたモンスターだが、大昔の魔王復活時に女神から魔族へ寝返った。
ともに砂漠を治めていたクロウラーとは以降、敵対関係になり今に至る。
魔族の手下になったことで力を分けられ、魔術を扱う個体が生まれるようになったんだとか。
サソリの毒と甲殻、人間の知性と器用さ、おまけに魔術を使うだけあって中の上くらいの強さを持つ。
初心者期間を抜けて調子に乗りはじめた冒険者を血祭りにあげることが多々あるらしい。
スコーピアンのざっくり解説は元冒険者のゼノンがしてくれた。
「っていうと何かい? 俺は悪いやつの味方をしちゃったのかい?」
一方はグロイモムシで一方は半分人間かつ話せるんだぜ?
ふつう後者を助けたくなるじゃんよ。
教えてくれればよかったのに。
”収納した”ゼノンへ小声で文句を言った。
「こっちのほうが都合がいいだろ、フジミ君の目的上」
”胴体の中から”ゼノンが小声で返した。
ドラウグルである俺の胴体は空洞で、鎧で覆えば簡単な収納スペースになる。
ギリム特注鎧のギミックで胸のあたりがシャッターのように開閉し、実に便利に使えるのだ。
で、今はゼノンの頭……というかゼノンをどうにか収めている。
さすがに兜を丸ごとなるとスペース的にギリギリで肋骨が軋んで嫌な感じだ。
アンデッドの身だからいいものの、痛覚を制御できなかったら死ぬんじゃないかな。
ここは薄暗い家屋の中。
かなり広いテントのような室内には謎の芳香が満ちている。
骨組みや天井には動物の骨や植物が飾ってあり、原始的な文化が見てとれた。
そんな不気味な空間で俺たち一行は待たされていた。
一応歓迎はされているようで、目の前には果物やら肉が盛られた葉っぱが並べられている。
助けたスコーピアンに連れられやってきたのは、やはりというか彼らの住居。
魔族のボスの命令でアイテムボックス内を捜索し、資源や情報を集めてるんだとか。
「なんでゼノンを隠さなきゃならんのさ。むしろ魔族に面通してくれるようお願いしてよ」
魔族の支配下にあったゼノンは命令を受けてリザードマンの村を襲撃した。
つまり魔族に仕えるスコーピアンとは同僚なわけで有力なコネになる踏んでいたのだが、事情が違うらしい。
「ご存じのとおり僕はデュラハンになって人間側からバイバイしたわけだけど、だからといって魔族が暖かく迎えてくれたわけじゃないんだ。彼らの仲間をそりゃもう殺しまくったからね」
剣聖ゼノン。
かつては先陣を切って魔族を討伐した凄腕冒険者だったらしい。
デュラハンになった経緯は何度聞いてもはぐらかされる。
「で、罠にハメられて傀儡化されちゃって。そこでようやく僕を手下扱いしてくれるようになったわけ……屈辱だよ」
語り口こそ静かだけど結構な怒りを感じた。
そりゃ操り人形にされたら殺意も沸くわ。
にしてもゼノンほどの高レベルモンスターを操り人形にするって凄まじい力だ。
「待ってくれ、デュラハン――アンデッドに精神攻撃系のスキルやら魔法は効かないと思っていたけど、そうでもないのか?」
「精神支配に長けた魔族はひと際に狡猾さ……耐性を持っていても安心できないってことだよ」
「うへぇ、お近づきになりたくねぇ」
狡猾な上に精神支配が得意とか、厄介この上ない。
頭脳戦は大の苦手だ。
ボードゲームとか落ちゲーとか、頭を使う勝負で勝てた試しがない。
そんな俺の様子を見てゼノンがほほ笑んだ……ような気がした。
っと、ゼノンが隠れなきゃいけない話に戻さないと。
「つまり精神支配から抜けたゼノンは魔族の脅威とみなされるから匿って、ってこと?」
「おまけに首だけの有様だよ? それを連れてる君たちって明らかに危険人物だよね」
「マスターめっちゃ強いみたいじゃんウケるー」
ウケませんが。
とはいえ高レベルアンデッドのデュラハンをズタボロにしてアクセサリー感覚で持ち歩くヤベェ奴にしか見えんか。
実際はリゼルヴァさんの反則ファイヤーのおかげだったんですけどね。
と、こそこそ話に花を咲かせているうちに、ようやく待ち人が現れた。
垂れ幕をくぐってきたのは大男。
2メートルに届こうかという全高に、岩のような筋肉をまとっていた。
浅黒い肌は無数の入れ墨と傷跡で覆われている。
そして8本の足に支えられる下半身には、2本の獰猛なハサミを備えていた。
つくづく異様なフォルムだ。
屈強な大男が小型の重機にまたがっているかのよう。
そいつは赤く濁った眼で俺をにらんだ。
「たしかに妙なドラウグルだ、しかし、もっと妙なのは――」
――!
<<poison (-)>>
<<resist>>
「フジミ!?」
「マスター!?」
殺気を感じ、ホルンの前に立ちふさがった直後。
足元から現れた巨大な針が俺の胴を刺し貫いた。
貫通した針が間一髪でホルンを外れたのは、肋骨によって先端を逸らされたからか。
「随分なあいさつだな」
軽口を叩きつつもアイスブランドを抜き放つ。
頭の芯が冷えていくのを感じる。
こいつを殺すための動きを、いつのまにか無意識下でシミュレートしていた。
毒の状態異常ウィンドウが知らせる通り、これはスコーピアンの毒針だ……目の前の男が砂に潜ませ不意打ちをかましてきたのだ。
俺ではなくホルンに。
「なぜユニコーンなぞ連れている」
「これから死ぬ虫に説明が要るのかよ」
濁った瞳をにらみ返しながら、俺は氷の息を漏らした。
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