85話 解禁
砂漠エリアに突入し、歩き続けること数時間。
太陽の元、戦闘もイベントもなくひたすらに行軍を強いられる俺たち。
あまりの退屈ぶりにサッカーを興じたところで遂に謎のモンスターたちを発見する。
こっそり覗き見るに、どうやらモンスターの集団が争っているようだ。
一方は醜悪なイモムシ型モンスターたち。
2メートルはある巨大イモムシが相手にかじりつき果ては丸呑みにしている。
ずんぐりとした筒状の胴体、その先端に獰猛な口が開いている……凶悪なチクワのような風貌だ。
原始的なモンスターかと思いきや、細い一本腕で武器を操っているではないか。
そのうえ立ち回りはトリッキーかつ鋭敏。
(リゼルヴァとはまた違う手練れに見えるな)
鳴き声はグルグルとかジュルジュルとかウエッティで気持ち悪い。
言語らしきものは聞き取れない。
優勢なのはこちらだ、数にして10匹くらいか。
これに圧されているのがサソリに似たモンスターたち。
大型犬サイズのサソリだが、頭のあるべき部分から人間の上半身が生えている。
早い話がサソリ版人魚だ。
人間部分は筋骨隆々とした成人で、非常に残念なことに男性しか見当たらない。
個体によって丸坊主だったり、編み込んでいたり、蛮族風おしゃれが光る。
数はイモムシ型の半数くらいか。
個々の強さでいえば同じくらいに見えるが、ゆえに数的不利は覆せそうにない。
悲痛な叫びや断末魔から、ちょくちょく理解できる言葉が聞こえてくる。
たぶん会話できそうだ。
「見てマスター、杖を持っているメンズもいるわ素敵」
「杖ってことは魔術師かな? ああいうワイルドな男って憧れるよね……あー、喰われちゃった」
「君たちのパーティはノリが独特だねぇ、たまにひくよ。あれはクロウラーとスコーピアンさ」
「平和を愛する我を同じにするな」
ドクンちゃんに担がれたゼノンが解説してくれた。
名前のまんま、イモムシ型がクロウラーでサソリ型がスコーピアンだそうだ。
両者とも砂漠に住まうモンスターで犬猿の仲。
大昔は険悪じゃなかったけど魔王復活の折に――
「……! そこのドラウグル助けてくれぇ!」
「げっ、バレた」
興味深い解説は偶然目が合ったスコーピアンに遮られた。
漁夫の利を狙っていたのに計画が狂ってしまった。
仲間の声を受けて、ほかのスコーピアンもこちらに気がついたようだ。
どいつこいつも”助かったぜイケメン抱いて”的なキラキラした瞳をしていやがる。
可憐なスコーピアンがいればどんなによかったことか……。
が、クロウラーの一匹も俺に気がついてしまった。
素早く砂に潜り魚のように進んでくる。
地上でも地中でも見た目と裏腹に機敏なやつだ。
「こうなったら応戦せざるを得ないねぇ、頑張れフジミ君」
「言うて俺も強くなってきたからね、あんなグロいだけのモンスターには負けんさ。手出し無用よ」
いまやレベル37のドラウグルである。
リゼルヴァいわくレベル40は高レベル帯という話だ。
つまり俺は上級モンスターの風上にそれとなくチョロッと置かれているレベルのアンデッドなわけである!
「あんなチクワみてぇなデザインのモンスターとは格が違うのだよ……」
「デュラハンには手も足も出なかったようだがな」
ぽそりとホルンが刺してきやがったが聞こえなかったことにする。
砂塵を巻き上げながら迫るクロウラーへ剣を抜き放ち、鑑定スキルを念のため使用しておく。
<<Lv29 クロウラー・エリート 種族:虫 種別:クロウラー>>
「まあまあ強いなオイ!」
ホブゴブリンより強いくらいと思いきや、意外にレベルが高くてびっくり。
それでもしっかりと先制攻撃はこなしていく。
「”シャドースピア”!」
黒槍が虚空に浮かび、速やかに発射される。
そして地中のクロウラーを容易に捕捉し、突き立った。
(魔法はイマイチな雰囲気)
潜航するクロウラーは一瞬速度を落としたものの、すぐに突進を再開した。
リアクションが薄い……もしかすると闇魔法に耐性があるのかもしれない。
「ジュルルルルアァァァ!!」
前方の砂が爆発したように噴き上がり同時に耳障りな鳴き声が響く。
視覚と聴覚で相手を竦ませるとは、理に適っている。
が、この程度は慣れた。
舞い散る砂粒が煙幕の役割を果たし視認を遅れさせる。
(あれっ、来ないのか!?)
てっきり砂の向こう側から襲いかかってくると思っていた俺は、意表をつかれた。
「下だ!」
鋭いホルンの声。
反射的に飛びのく。
同時、ひざにダメージ。
「あっぶねぇ」
もし立ちっぱなしで構えていたら片足を切り飛ばされていたかもしれない。
「ブルルルル」
煙幕が晴れたころには今度こそ地上に姿を現したクロウラーがいた。
筒状の体をしならせ、器用に自立している。
枝のような一本腕には片刃の曲刀――カトラスが握られていた。
「いい武器だ、欲しいなソレ」
挑発してみるが、聞き取れる言葉は返ってこない。
やはり会話はできないか。
かわりに怒りの表現なのか、大きな口を震わせるクロウラー。
そして一声吠えるや否やバネのように縮み、跳ねた。
弾丸のようにきりもみしつつ突っ込んでくる。
その奇怪な動きから次々に剣劇が繰り出される。
「っと! 猛烈だな」
「マスターやっちゃえー」
ギャラリーのヤジが緊張感を削ぎそうだ。
扇風機のような回転攻撃をどうにかアイスブランドで弾く。
トリッキーな動きと、足元の不安定さから反撃のチャンスを掴みづらい。
(レベル差で言えば楽勝なのに、なんでこうも手ごわいんだ!?)
最近の強敵でいうと、グレムリンクィーンは膂力を活かした連撃だった。
クロウラーはというと、狡猾な獣を相手にしているような嫌な気配がする。
さっきの足元からの急襲といい、こちらの隙を妙な角度から狙っているような……。
「チッ、これもよけるのかよ!」
俺の剣は防がれるまでもなくかわされてしまう。
目がないのにどうやって見切っているんだ?
(……妙だな)
相手は完ぺきにかわし、斬りつけてはくるものの致命傷を与えるほどに踏み込んでくる気配がない。
レベル差を覆すほどの立ち回りができているのに、だ。
俺が隙を晒すのを待っているのか?
それとも何か別の――
「ギャアアアア!」
――そうか。
スコーピアンの悲鳴で気がついた。
単純な話じゃないか。
ほかのクロウラーがスコーピアンを片付けた後で、俺をじっくりタコ殴りにするつもりなのだ。
数的優位を築くまでの時間稼ぎだから、リスクのある攻めはしてこない……それだけの話。
「ならコッチから行くぞ」
出血という弱点がない俺にはカトラスは比較的有利な相手だ。
相手の動きに惑わされず、強気に前に出ていく。
こっちにはドクンちゃんとホルンがいるのだ、いざとなれば速やかに加勢してもらえる。
手出し無用、とかイキっといて何だけども。
「グッ、ジュルルウル……!」
流し、打ち込む。
甘えた攻撃は鎧で適当に受け、お返しにブチ込んでいく。
ギリムの一品が役にやってくれている。
劣勢を悟ったのかクロウラーに焦りの色がみえる。
表情がないので、そんな雰囲気を感じ取ったという意味だけど。
「オラァッ!」
相打ち上等で、カトラスごと長剣を叩きつける。
流れ出る緑の血をアイスブランドの魔力が瞬く間に凍らせていく。
出血こそしないが傷口から凍っていくのは辛かろう。
歪な傷を負ったクロウラーが距離をとった。
もはや勝ち目がないと悟ったか?
「グリャアアアアアアァア!」
逃げるかと思いきや。
ひと際不快な叫びをあげ、弾丸のように飛びかかってきた。
「悪あがきかよ!」
バットを振るように迎え撃つ。
相手のカトラスは鎧が弾く。
アイスブランドが凍結しながらもクロウラーを切断する。
骨の感触がない、しなやかな手ごたえが伝わってくる。
緑の体液をまき散らしながら宙を舞い、両断されたクロウラーは絶命した。
これで決着。
「――じゃねぇよなぁ!」
スイングの勢いを殺すことなく背後へ叩きつける。
「ギェアッ!」
手ごたえあり。
背後から潜伏し、飛び出した新手をぶった斬った。
一振りで二匹のクロウラーをしとめ、深く息を吐いた。
(マジで決まるとは……)
クロウラーの知能を見くびっていたら二度目の不意打ちは防げなかっただろう。
悪あがきに見えた特攻の直前、あの叫びで仲間を呼んだと思い至ってよかった。
「ヒューヒュー!」
「どうもどうも」
「我が警告しなれば負けていたな」
ホルンの嫌味を受け止めつつ次の対応を考える。
残りのクロウラーはまだまだいる。
一対一なら勝てるけど多対一じゃ負けるだろう。
ていうかフィールドが相手に有利すぎるのだ。
ならどうする?
楽に無力化できれば最高なんだけど。
少し考え、『鑑定』。
<<Lv29 クロウラー・エリート 種族:虫 種別:クロウラー>>
<<Lv22 クロウラー・エリート 種族:虫 種別:クロウラー>>
<<Lv26 クロウラー・エリート 種族:虫 種別:クロウラー>>
・
・
・
ふむふむ、 このレベル差ならいけそうだ。
「おいチクワども!」
あらん限りの大声を張り上げる。
想定通りクロウラーもスコーピアンも動きを止めて俺をみた。
乱入者が当然叫べば見てしまうもの。
二枚におろしたクロウラーを頭上に掲げる。
雑巾のようにそれを握りしめると、あふれ出る緑の体液が砂を汚していく。
戦場を見渡す謎のドラウグル俺。
キメ台詞はこうだ――”刺身になりたいやつから前に出ろ”
封印していたドラウグルのスキル、今こそ解禁。
――意識を集中してスキルをスイッチ。
さあ言うぞ、と一息吸ったところで小さな誤算が生じた。
クロウラーの体液が顔に垂れ口へ入ってきたのだ。
そのテイストたるや……
「さs――うんめぇなコレぇぇ……!!」
おっと、思わず満面の笑みがこぼれてしまった。
<<恐慌まとい:レベルの低い相手を恐慌状態に陥らせる>>
次の瞬間、あたりに恐慌が吹き荒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます