29話 手合わせ

 リザードマンの村でもてなされた俺たち。

 和やかな宴の中、俺に手合わせを申し込む者がいた。

 村一番の強者こと、リゼルヴァだ。





「では……はじめっ!」



 合図と同時、リゼルヴァが地を蹴った。

 そのスピードは伊達ではなく、瞬く間に距離を詰めてくる。

 飛び道具で牽制したいが……そういや魔法ってありなのかな、聞き忘れた。



 迷っているうちに肉弾戦の射程に入ってしまう。

 先手をとったのはリゼルヴァだ。

 

 連続ジャブが飛んでくる。

 が、難なく防ぐ俺。

 人間のころなら不可能な動きだ。

 モンスターとしてランクアップしてから身体能力の向上が著しい。



 お返しとばかりに打ち込んでみるが今度は逆にいなされた。

 ならばマミーズテクニックをお見せしよう。

 

「よっ――と見せかけてっ!」



 まずは普通のパンチ。

 からの、足の包帯で推進力を加えての変速パンチ。

 いきなり速度が変わった攻撃にリゼルヴァの反応が遅れる。



「クッ!」



 華麗に叩き込むと、相手は腹を抑えて顔を歪めた。

 そのままバックステップで距離をとられる。

 仕切り直しだ。



 右からの回し蹴りが来る。



「よっ」



 上体を捻り、鋭い蹴りをかわしたーーつもりだった。



「えっ? ぐへぁ」



 かわした直後に足を払われ、俺は宙に浮く。

 動転しているわずかな隙に踵落としが炸裂した。

 地面に叩きつけられる俺。

 アンデッドなので痛くはないけどびっくりした。



「マスターなにやってんのー!」



「まんまと引っかかりおって」



 ドクンちゃんとホルンの容赦ないヤジ。



 なんだ今の足払いは?

 初撃の回し蹴りとほとんど同じタイミングで迫ってきた。

 まるで足が二本あるかのような……。

 

 ーー尻尾か!



 気づいたときにはマウントポジションをとられてしまった。

 俺に馬乗りになったリゼルヴァは矢継ぎ早に殴打を浴びせてくる。

 人間に似て筋肉のついた腕だが、指の構造はハ虫類に近い。

 よって打撃に適した形状じゃないため、蹴りに比べて威力は低い……十分痛いけどね。

 たぶん実戦だと爪で掻き切りにくるんだろうな、と推察する。



「尻尾がありならコレもありだろ!」



 リゼルヴァが右の拳を振り上げるのと同時、俺も右足を蹴りあげる。

 もちろん相手には届かない……蹴り自体は。

 代わりに、振り上げられた手首に包帯を巻きつける。

 俺の右足首から伸ばしたものだ。

 

「シュ!?」



 動きを封じたはずの俺に腕を掴まれ、トカゲの瞳に驚きの色が見えた。

 振り上げた右足を勢いよく下ろし、包帯で繋がったリゼルヴァを引き剥がした。

 

 両手の包帯を利用し、起き上がる勢いのまま接近。

 焦ったリゼルヴァの打撃を冷静にさばき、逆に両手の包帯で絡みとっていく。

 進化したてのころは一つの包帯をゆっくり動かすのが精一杯だったが――



「ほれほれ、両手縛っちゃうぞ」



 場数をこなした今、両手両足背中の五本を操れるようになった。

 さすがに精密に動かせるのは一本ずつが限界だけど。



 両腕を縛られたリゼルヴァ。

 脚だけで俺に勝てるかな?



「シェアアアアアア!!!」



 怒ったのか自棄になったのか。

 両腕を封じられたリゼルヴァが蹴り上げの予備動作をとった。

 

 直感だが、なんかわざとらしい。

 注視してみると尻尾が地面を刺している。

 ……あれで体を支えるのでは?

 そうすれば両足で同時に攻撃ができるもんな。

 カンガルー同士の喧嘩で、尻尾で体を支えてぶつかりあう映像を見たことがある。



「うおおおおおおマスターやれ! 殺れーーーー!」



 ドクンちゃんうるせえな、戦闘狂か。



 リゼルヴァの蹴り上げモーションは……最初の、回し蹴りからの尻尾足払いと同じフェイントだ。

 今度は蹴り上げからの、尻尾の推進力をのせた蹴りがくるだろう。



「二度はかからんよ!」



 蹴り上げを回り込んで回避。

 すると案の定、リゼルヴァの体が浮いた。

 尻尾だけで体を支えたのだ。

 更なる蹴りを放つつもりだったのだろう。

 

 大胆な姿勢移行だ……が、見切っている。

 俺は腕一本の拘束を解いて、すでに尻尾に向けて包帯を飛ばしていた。

 支柱を包帯で掴まれ、ぐらつくリゼルヴァ。



「シッ!?」



「そぉらぁーーーよっと!」



 尻尾をつかんだまま振り回す。

 ちょうどハンマー投げのようにぐるぐると。



 激怒するリゼルヴァだが逃れる術はない。

 そして十分な遠心力がついたところで、リリース!



「うおおおっしゃおらああああ!」



 投げる瞬間に叫ぶのは誰発祥なんだろうね。

 ともかく村一番の勇者は見事な放物線を描いて空を舞う。

 そして湖へ見事に着水した。

 見事な水しぶきが上がる。



 辺りが静寂に包まれた。

 観客はみな、口をぽかんと開けている。

 ……この間を収拾しなければ。



「しょ、勝利のポーズ、決め!」



 困った俺は、ボディビルダーのように両手で力こぶを披露。

 一拍遅れてオーディエンスが爆発した。



「シェアアアアアア!!!」



 あらん限りに口を開けて叫ぶリザードマンたち。

 ピンクの口内と歯が踊る。



 すごい歓声だ。

 すごい歓声だけど、ちょっと怖いと思う俺であった。



「お見事ですマミー殿! 10レベルの差をいとも容易く覆すとは!

 変幻自在の無数の包帯、伝説に聞くヒドラのようでしたぞ」



「ハハハ、それほどでもありませんよハハハハハ」



 族長の絶賛を謙虚に受け取る俺。干からびても日本人だ。

 とはいえ有名なドラゴン――ヒドラに例えられるのは悪い気がしない。

 それにレベル上の相手と戦い慣れてるんだよね、アイテムボックスのクソ所有者のおかげで。

 

「ご謙遜を。もう一度武勇伝をお聞かせ願えますかな? 得意な者が歌にしたいと申しております」



「えぇーっ、歌にしちゃうんすか? 参ったなこりゃ……じゃあダストゾンビ編から話すね」



 俺の雄姿が一族に歌い継がれちゃうよ。

 フジミ=タツアキ英雄譚、紡がれちゃうっつーの。



 浮かれる俺に仲間は冷たい。

 ドクンちゃんとホルンは白い目だ。



「マスターさすがに調子乗りすぎじゃない?」



「汚い手しか使わんくせに」



「うるせえ! 勝てばいいんだよ、勝てば!」



 モンスターの世界は力こそすべて。

 勝ったもん勝ちなのである。


 出来上がった歌は、リザードマン語だからさっぱり分からなかった。

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