23話 ビビデバビデ
***
大木に身を預け、青年は空を見上げていた。
モンスターが巣くう森であっても、空は青く澄み渡っている。
彼の気苦労など全く意に介さぬように。
青年――勇者は宙に表示されたウィンドウを操作し、一つの名前をみつける。
<<フジミ=タツアキ Lv25 種族:アンデッド 種別:マミー>>
「マミー、だと……?」
先に送り込んだ刺客、魔獣コカトリス。
熟練冒険者でも全滅しうる強力なモンスターだ。
一方で相手はLv20のワイト。
雑魚の中では多少レベルが高いとはいえ、モンスターとしての格が違う。
スケルトンや珍妙なモンスターをつれていたところで勝てるはずがない。
そう思っていた。
「ワイトがマミーまで進化するとは……」
ネームドモンスターのような特殊な個体は別として、モンスターのほとんどは進化に必要な経験を積む前に死ぬ。
モンスターがどう進化するかは、長年謎に包まれていた。
しかしフジミ=タツアキは、最下級のダストゾンビから準上級モンスターのマミーへ登り詰めた。
これは更なる上級モンスターへの進化を示唆している。
マミーを超えるモンスターとなれば、並みの冒険者では到底歯が立たなない。
もちろんモンスター対モンスターでも同じことが言えるだろう。
『君は、俺の、敵じゃない』
苛立たしい言葉が頭のなかで反響する。
『転生者は空間魔法に干渉されない』。
偶然に収納されたフジミ=タツアキは、転生者であるがゆえにアイテムボックスから取り出されずにいた。
直に手を出せないのをいいことに、アイテムボックスでのうのうと生き永らえる異世界人。
勇者の汚点を知る存在。
叶うなら今すぐに自らの手で消し去りたい。
「勇者さま!」
勇者に駆け寄る人物がひとり。
長い金髪を縛った、色の白い人間の女性だ。
年のころは十代半ばに見えるが、普通の乙女はモンスターの巣くう森に入ることはできない。
胸元に光るロザリオと上等な法衣が、高位の聖職者であることを示していた。
「アイリーンか……」
彼女は勇者をつけて森へ入り、熾烈な戦いを見守っていたのだ。
対する勇者は少女に一瞥もくれない。
「いくらあなたでも無茶です、少しは休んでください」
「うるさい……」
しかし拒否する声に力はなかった。
刺客足りうるモンスターを探すため、無謀な探索を繰り返していた。
いかに勇者といえど疲弊しきっていたのだ。
少女の手が光を帯び、癒しの力が勇者を包んだ。
「魔王と倒したとはいえ、ここは危険すぎます。いったん仲間を集めてきましょう?」
「うるさい!」
肩に添えられた細い指は乱暴に振り払われる。
勇者の怒気を向けられ、少女は後ずさった。
「殺すぞ」
どんなモンスターよりも恐ろしい眼。
人を守る勇者が、人に殺意を向けることがあろうとは。
「もっと強いモンスター……魔族なら、あるいは……」
おぼつかない足取りで勇者は森の奥へと消えていく。
意を決した少女も、また。
***
「さーて、お宝ちゃんは何だろなー」
敵を片付け、るんるんで宝箱をなでる俺。
スキュラ&コカトリスを倒してから先、すべてが同様の湿地部屋だった。
しかもゴブリンだのスライムだのトロールだの、見たことあるモンスターばかり。
新顔に会えないのはモンスター好きとして残念だけど、包帯を操る練習になったから良しとしよう。
ちなみに宝箱の中身は、斧、クロスボウ、スクロールだった。
スクロールは『サンダークラウド』――期待の攻撃魔法です。
「ちょっと! マスター油断しすぎ!」
切り離されたトロールの頭部を、ドクンちゃんがボディプレスで粉砕する。
そうでした、頭をきっちり壊さないと復活するんだった。
「ごめんごめん、最近みんなが強くて気が抜けてたわ」
全身鎧を着こんだホブスケは戦闘を終えて直立不動の待機状態。
さっき手に入れた斧と相まって亡霊騎士のような出で立ちだ。
スケルトンコカトリス――トリスケはトロールの死体をついばんでいる。
この部屋にはトロールが三体もいたが、俺たちの前では容易く捻りつぶされた。
「ったくもう、一人で開けないでよね」
「あんまり怒ると心臓に悪いよ」
医学ドキュメンタリーでやってた。
さておき今度の宝箱は大きいぞ。
抱き枕でも入ってそうなサイズだ。
……モン娘の。
頭によぎった想像を打ち消して、いざオープン。
<<幻惑の杖 アイテム レアリティ:アンコモン>>
収められていたのは1メートルほどの杖が一本。
赤く塗られた棒の先端に、魔石と思しき飾りがついている。
「おおおお! 杖だあ!」
「いかにも魔法使いっぽくて素敵ね」
で、どうやって使うんだろう。
『鑑定』のスキルレベルを上げれば分かるのかもしれない。
しかし他に上げたいスキルが多いうえ、鑑定は要求SPが高いのだ。
なので未だに『鑑定Lv1』のままである。
「とりあえず、そいっ」
ゴブスケに向かって幻惑の杖を振ってみる。
杖の軌跡が一瞬煌めいて実にメルヘンファンタジー。
「……なにも起こらん。MPも減らないし」
「たぶん対象か使い方が間違ってるのね」
ファンタジー世界で杖は多様な使い道がある。
爺ちゃん婆ちゃんの歩行補助はもちろんのこと、魔法使いの補助もこなす。
杖ごとに専用の呪文が用意されていることも多い。
呪文を発動するにはMPを引き換えにすることもあるし、タダで使えることもある。
逆に資格者じゃないと使えなかったり、使用回数に上限があることも。
で、結局この杖にはどんな呪文を秘めらているのかという話。
ゴブスケに振って何も起きないとなると、直接的なダメージを与える呪文じゃないのかも。
またはアンデッドには効かないとか。
「ヒントは『幻惑の杖』か、ふむ」
「ねー貸して貸してー」
ドクンちゃんがねだるので貸してあげる。
その間にオタク知識を総動員して呪文を推測する。
「幻惑だから精神に作用するとして。催眠、扇動……」
「オゲゲピロピロ、イケメンになれー」
「っておい! なにやってんの!?」
ドクンちゃんがアドリブ呪文を唱え、俺に杖を振ると――
<<illusion (60)>>
<<illusion (59)>>
視界に状態異常のポップと、始まるカウントダウン。
「わあホントにイケメンになったあ!」
「はあ?」
目を輝かせるドクンちゃん。
俺の身に何が起こったのか。
手足を見てみると健康な肌に覆われているではないか。
触ってみる。
感触は……ガサガサだ。
見た目の瑞々しさとは程遠い、乾燥しきったミイラの肌。
どうやら見た目だけが変わっているらしい。
顔にも変化がある。
視界の中央に懐かしき鼻が見えるのだ。
あと赤い前髪が目にかかる。
「ちょっとゴブスケ鏡出して……これ、勇者じゃねえか!!」
なんと俺の外見は勇者に変わっていた。
服はそのままだから、全裸に包帯を巻いた危ないイケメン状態だ。
「うぇーい! 勇者の聖剣うぇーい!」
「おいやめ、下半身をめくるな! お前は男子中学生か!」
俺の体じゃないけれども。
セクハラを働くドクンちゃんを制す。
「どうやって発動させたの、これ」
「たぶんねー、頭の中で変身したいイメージを浮かべないと発動しないのよ」
「だから何も考えずに振っても無意味だったのか」
<<illusion (1)>>
<<illusion (0)>>
――視界が一瞬揺らいだ。
カウントダウンが0になると同時、俺はもとのカサカサミイラ男に戻っていた。
「なんにせよ汎用性のありそうなアイテムだな」
「ちなみに杖のせいでアタシのMPはすっからかんよ」
スクロールと違って杖はMPを消費すると、覚えておこう。
……
……
……
絶好調の俺たちは、意気揚々と次なる部屋の扉を開けた。
まさかあんなモンスターが待ち受けているとは思わずに……
「マスター、お馬さんだわ」
「ありゃ完全にユニ――」
そう、俺は光に包まれたんだ。
だからどうしたって?
頭半分消し飛んだんだよ。
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