6話 ゴブリン肉で祝勝会



***



「なんで収納したモノが召喚できないんだ!?」



 ゴブリンが倒されて以降、勇者はフジミ=タツアキの召喚を幾度も試みた。

 しかし一度として成功はしなかった。

 1秒でも召喚できれば跡形もなく消し去れるというのに。



「落ち着いてくだされ勇者殿」



 王立図書館。

 魔術師ギルドを兼ねる知識の倉庫。

 その一室で、勇者は老人に詰め寄っていた。

 

 老人は、三賢人の一角にして王国の頭脳といわれる大魔術師である。

 これほどの人物に強気に迫れるのは国王か勇者くらいだ。



「その者、聞けば人間からダストゾンビになっていたとのこと。

 おそらくユニークスキルの影響でしょう、心当たりがおありなのでは」



「たしかに……」



 勇者は思い出す。

 必殺技に巻き込まれたとおぼしき転生者の死体。

 鑑定結果のユニークスキルは初めて見るものだった。

 それが死体をアンデッドに変えたというのか。



「空間魔法には法則がありますじゃ。

 一つ、アイテム生き物問わずに収納できる。

 一つ、鮮度や健康など、あらゆる状態が保たれる。

 一つ、空間魔法スキルレベルの容量以上は入らない」



 大魔術師はいったん言葉を切る。



「しかし例外的に『転生者に干渉することはできない』」



「……そうだったな」



 苛立つ勇者。

 フジミ=タツアキを収納したとき、勇者は最後の法則を忘れていた。

 『転生者は空間魔法に干渉されない』。

 転生者は稀有であり、彼らに空間魔法を使う機会など滅多にないからだ。

 

 ここからは推測、と前置きして大魔術師は続ける。



「空間魔法に収納できるかどうかの処理は、対象が『アイテム』か『生き物』かで異なりますのじゃ。

 対象が『アイテム』のときは、無条件で収納できる。

 しかし『生き物』だった場合は転生者かどうかを確かめる。

 もし転生者でなければ『生き物』もアイテム同様収納されますじゃ」



 勇者にはいささか難解な話だった。

 魔法など敵を倒すか便利ならそれでいい、としか考えていないからだ。

 面倒な発動原理を知ったところで戦果は変わらない。



「そして『生き物』が転生者の場合は空間魔法の処理が失敗するのですじゃ。

 件の転生者は死体つまり『アイテム』だったため収納されましたじゃ。

 そして収納後にユニークスキルによってアンデッドモンスター、つまり『生き物』になりましたじゃ」



 ようやく勇者は理解した。

 召喚するときも同じ処理が行われるのだろう。

 つまり『生き物』である以上、転生者を召喚することは不可能ということ。



 この奇妙な現状を生んだのは、重なりあった偶然だと気づく。

 もし勇者が空間魔法を使わなければ、フジミ=タツアキはゾンビとして蘇るだけだった。

 もしユニークスキルが空間魔法より早く発動していれば、収納は失敗していた。



「隠蔽しようとしたのが間違いだったとでも言うのか……」

 

「……」

 

 黙りこむ勇者を大魔術師は心配そうに見つめる。

 老人がかつて導いた、純粋な勇者はいなくなってしまった。

 そしてこうも思う。

 この若者は殺人を悔いているのではない。

 不手際を悔いているのだ。

 昔と変わってしまったな、と。







***







「ーーっていうわけで、そもそも死体の転生者が、

 アイテムボックス内で生き返るって動作を考えてなかったのね。

 ぶっちゃけ不具合みたいなもんよねー……あら、脳みそ意外とイケるわ」



「マジで? ちょっと頂戴」



 記念すべき初勝利のあと。

 俺たちはゴブリンの血と肉をもって祝宴を開いていた。

 食事は数少ないお楽しみイベントだ。

 掃除屋スキルで経験値ももらえるしね。



 ともかく、勇者が俺を取り出せない理由がわかった。

 残念なことに脱出の手がかりが1つなくなってしまったが。

 収納した本人なら出してくれると踏んでたんだけどなぁ。



「あとずっと気になってたんだけど、俺の名前についてる『(未使用)』ってなんなの?」



 フジミ=タツアキ (未使用)

 この謎が明かされるときがきた。



「それはアイテムになってたときの名残よ。不具合で消えてないのね」



「えぇー、ずっとこのままなのこれ」



 ダサくない?

 意味深で嫌なんだけど。

 べ、べつに未使用じゃないけどね!



 ドクンちゃんは魔法についてやたらと詳しかった。

 魔法は撃てないのに。



「食べるところは少ないけど、お行儀悪く食べるのが逆に楽しいな、ゴブリンは」



「たしかに! 食べて楽しいってかんじね」



 俺は骨をかみ砕いで髄をすする。

 ドクンちゃんはというと、自身の血管を触手のように操っていた。

 それをゴブリンの眼窩から突き刺し、脳をチューチュー吸っている。

 いちいちグロいんだよなぁ……。



 俺たちは雑談がてら情報を共有していた。

 特にドクンちゃんは、俺がここにきた経緯に興味津々の様子。



「あとアイテムボックスって時間が止まってるイメージだったんだけど、そうでもないんだ?

 俺たちもモンスターも普通に動いているよな」



 よくある物語だと、アイテムボックスはもっぱら冷蔵庫として使われる。

 倒したドラゴンの死体を鮮度そのままに運搬する流れはお馴染みである。



 しかし俺はアイテムボックス内で、所有者のアイテムを使ったりモンスターを殺したりした。

 ”収納物をそのまま保存する”というアイテムボックスの原則をぶち壊してしまったのだ。

 所有者=勇者からしたらとんでもない事態だ。

 

 でもしょうがなくない?

 だって被害者だし俺。



「収納物は全部停止してたわよ、マスターが目覚めるまでは」



「へぇ」



「アイテムボックスにおいて、マスターは活動を許されている異質な存在なの。

 活動できるマスターが近づくことで、ほかの収納物もつられて動き始めた。

 だからアイテムを使えたり、モンスターが襲ってきたりするわけ」



 なるほど、収納された経緯からして俺は異質だものな。 

 でも待てよ?



「ドクンちゃんは俺が来る前から活動してたんじゃないのか?

 アイテムボックスを漂ってたとか言ってなかった?」



「そう、私も例外的な存在なの。マスターが来るまでは気ままに漂っては憑依してたわ。

 憑依したモンスターの記憶を覗くだけで、活動は再開しなかったけど」



 俺が異質な理由は判明した。

 しかしドクンちゃんについては不明点が多い。

 謎多き女だ……ていうか女なのか?



 そして俺たちは今後について考える。

 すなわち脱出方法だ。



「勇者が俺を召喚してくれないとなると、どうやって脱出しよう?

 せっかく転生したのに異世界ライフを満喫できないなんて生殺しだぜ」



 死んでるけど。



「少なくとも出口を見た記憶はないわ、まだ」



 まだ?

 おかしな言い回しだ。

 ドクンちゃんは神妙に語りだした。



「あのね、私が使い魔になったとき”自分が何者かも忘れちゃった”って言ったじゃない?

 でもホブゴブリンを倒したときに思い出したことがあるの。

 どうやら私、最初ひとつの存在だったみたい」



「まるで今はたくさんいるみたいだな」



「そう、たくさんに分かれたの。たぶん長い時間かけて散っていったから貧弱レイスへ薄まったのね。

 それで、欠片みたいに小さくなった各々が収納されたモンスターに憑依してたみたい」

 

 俺に憑いてたいたドクンちゃんも分散した一つだった、と。



「ホブゴブリンにも私の”欠片”が憑いていたのね。で、倒したら”欠片”の憑依が解けたみたい。

 その後、すーって私のなかに入って……合わさった感じがしたわ。

 それで思い出したの、自分がもとは一つだったって」



 ゴブリン10匹に欠片が憑依していなかったのは、収納された直後だったからか?



「同じように”欠片”を集めていけば、ひとつだった私に近づいていくと思うの。

 おぼろげだけど、私かなり強かったと思う。

 力を取り戻せればきっと助けになるわよ!

 だって私はーー」



「……私は?」



「忘れちゃった、テヘ」

 

 おい。

 しかしドクンちゃんが実は強い説、かねてより可能性を感じていた。

 空間魔法の発動原理といい、魔法の知識はただ者じゃなさそうだからだ。

 

 ひとまずの方針は決まったぞ。



「じゃあ脱出の糸口になりそうなアイテムを探しつつ、モンスター倒してドクンちゃんの記憶を取り戻そう。

 どうせアイテムは憑依されたモンスターが守ってるんだし」



「イエーイ!」

 

 勇者がモンスターを差し向けてくる以上、レベルアップして備えなくては。

 そういう意味でもモンスターを倒すことは必要だ。 

 かくして俺とドクンちゃんは目的を共有したのである。



……



……



……





「ごちそうさまでしたー」



「でしたー」



 和やかな食事が終わった。

 さて早速片づけるべき仕事がある。



 男の子が大好きなアレだ。

 小さかったものが大きく、立派になるアレである!



<<進化条件を満たしました 進化を実行しますか>>



___

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