5話 それいけ!
レバーを操作すると壁の一部が開き、隣の部屋へ入れる。
それはゴブリンらにとっても同じことだった。
やつらレバーの存在を認識していなかっただけなのか。
間抜けな不意討ちに、俺は慌てて体勢を整える。
「覚悟を決めて! 行くわよ!」
「お、おお!」
ドクンちゃんが、ぴょんと肩に飛び乗ってきた。
よくある主人公とお助けキャラみたいだ。
ちょっとテンション上がるな。
俺は粗悪な槍を構える。
折れた杖を削って武器にリサイクルしたのだ。
ゾンビになっても手先は器用なのである。
「まずは前に出るのよ! ゴブリンを通路からこっちの部屋にいれちゃダメ!」
「おう!」
敵の先頭だけと戦うことで1対1の状況を作るってことだ、ドクンちゃん分かってるな。
俺も同じことを考えていたよ。
最初のゴブリンが仕掛け扉をくぐる前に、俺は立ちふさがった。
これなら先頭が倒れない限り、後続のゴブリンは入ってこられない。
で、これからどうする?
「突くべし!」
「お、おぅ!」
ビビりながらも槍で突いてみる。
武道の心得はないが、ザクザク当たる。
狭い通路で後ろを塞がれたゴブリンに、よける術はないからだ。
戦いが始まると視界上部に緑と青のゲージが表示された。
いかにもゲーム的だ。
であるが故に直感する。
緑がHP、青がMPを示しているのだろう。
証拠に、ゴブリンのひっかきに当たると緑のゲージが少し減った。
そして徐々に回復していく。
自動回復Lv1のスキル効果だろう。
「マスターいいわよ! えぐりこむようにして突くべし! 突くべし!」
ゴブリンのHPゲージは見えない。
しかし攻防を繰り返すうちに、どうにか1匹目を始末した。
すぐに2匹目が挑みかかってくる。
「ドクンちゃん、そろそろ援護頼む!」
幸い俺のHP量は、ゴブリンの攻撃に結構耐えられるほどだ。
しかも『自動回復Lv1』も合わさって、かなり固い。
とはいえ粗悪な槍が壊れてリーチ差を失えば被弾が増え、
逆転されてしまうかもしれない。
「わかったわ!」
息を胸一杯に吸い込むドクンちゃん。
魔法を得意とする元レイスだ。
きっと華麗な攻撃魔法を披露してくれるだろう。
「オゲェェェェェェェェ」
大口から迸ったのはド緑の汚水。
デスボイスじみた掛け声と合間って、かなりショッキングな光景だ。
放たれた汚水はゴブリンの肩を濡らした。
「グエッ!? ギギッ!」
苦しみ出すゴブリン。
濡れた部分が赤く爛れている。
実に痛々しい。
「これぞトキメキポイズン!」
「なんとも卑劣だなぁ」
パニックで隙だらけのゴブリンをひと突きする俺。
たしかに助かったけども。
自分の心臓が緑の毒液を吹き出すのは複雑な気持ちだった。
その後、リサイクル武器とトキメキポイズンを駆使し、俺たちは順調にゴブリンをしのいだ。
途中レベルアップのファンファーレが聞こえた。
攻撃力が少し増したようで助かった。
一度槍が折れたりもしたが、ドクンちゃんに予備を拾ってきてもらい事なきを得た。
ナイスチームワークである。
「しゃあ! 10匹全員倒したぞ!」
「イエーイ!」
ついに最後のゴブリンも崩れ落ちた。
圧倒的に数で劣ったものの、作戦と連携で見事に覆したのだ!
快勝である。
交わしたハイタッチが心地いい。
さて、さっそくレベルアップの確認といきますか……
――そのとき
「危ない!」
えっ?
ドクンちゃんの警告に対応できず、俺は何者かに掴みかかられた。
ゴブリンだ。
殲滅したはずのゴブリン部屋から、飛びかかってきたのだ。
「トキメキポイズン!」
鋭利な爪が降り下ろされる直前、毒液が放たれた。
ドクンちゃん、ナイスフォロー。
しかしゴブリンは素早く俺を突き飛ばし、毒の飛沫から逃れてしまう。
「ゴブリンは全部片付けたはずだぞ!?」
「前から収納されていたゴブリンみたい」
勇者が送り込んできた10匹とは別に、もともとのゴブリンがいたのか。
宝箱を見つけたときには気がつかなかった。
まさか死角に回り込んでいた……?
槍を構え直す。
だとすれば、機敏かつ悪知恵が働く相手だ。
上位のゴブリンかもしれない。
「気をつけて、こいつマスターと同じネームドよ!」
「えっ、あ、そうなの!?」
目の前のゴブリンはネームドモンスターと呼ばれる強い個体らしい。
たしかにモヒカンのような頭髪が「他とは違うぜ感」を放っていた。
あと、さらっと言われたが俺もネームドモンスターらしい。
なんでドクンちゃんが知ってるの?
「せい!」
事情はあとで聞くとして、今は目の前の脅威に集中せねば。
牽制の突きは身を捻ってかわされてしまった。
「な、なかなかできるようだな」
槍の動きを見切られるとは。
さすがネームドといったところか。
続けて放つも当たらない。
にやにやと挑発的な笑みすら浮かべていやがる。
腹立たしいことこの上ない。
「トキメキポイズン! オゲェェェェ!」
毒液が放物線を描く。
しかしゴブリンは無傷だ。
仲間の死体を盾にする機転をみせやがった。
「くっ小癪な」
ドクンちゃんが歯噛みする。
こいつは手強いぞ。
たぶん人間の戦いかたを観察し、対応する知性をもつ個体なのだ。
もしこいつの立ち回りが群れ全体で共有されれば、脅威になるに違いない。
突きは空をきり続け、徐々に距離を詰めてくる。
焦った俺はつい、大ぶりな動きをとってしまった。
「あっ」
気がついたときには遅かった。
穂先を捕まえたゴブリンは、そのまま力任せに槍を引っ張ったのだ。
奪われた槍とーー
「返せ、俺の右腕!」
槍には掴んだままの俺の右手もついていた。
肘から先がアクセサリーのように柄にぶら下がっているのだ。
シュールである。
どうやらこの体、衝撃にめっぽう弱いらしい。
減ったHPゲージ以上に、武器を奪われたことに焦る俺。
「やべぇ、もう槍の在庫ないぞ!」
刺突を繰り出すゴブリン。
よけきれない。
やつの攻撃力は今までのゴブリンを上回っている。
じわじわとHPが減っていく……ピンチだ。
打開策を考えねば。
「アレをやるしかないようね」
「アレとは!?」
ドクンちゃんには、肉を切らせて骨を断つ必殺技があるらしい。
それにかけることにした。
今の俺には他に手がないからだ……左手しかないって意味じゃないよ。
HPの残量を確認する……いける!
雄たけびをあげ、片手でゴブリンに掴みかかる。
迎え撃つ槍。
一発、二発と食らうたびにHPゲージが減っていく。
これが0になったらアンデッドでも死ぬのだろうか?
「うおおおおおおお!」
再度叫ぶ。
止まらない俺に、今度はゴブリンが焦る。
大ぶりな一撃だ。
だが俺はそれを掴めるほど機敏じゃない。
「ぐはっ!」
衝撃。
槍が腹を突き抜け、腰から出ていた。
痛くはないが異物感がすごい。
狙い通りだ、これでいい!
そのまま左手でゴブリンを捕らえ、引き寄せる。
相手も必死に抵抗するが負けてなるものか。
やすやすと離さないぞ……!
「チャンスだ、ドクンちゃん!」
「喰らいくされ! オゲェェェェ!」
ときめきポイズンがやつのモヒカンを濡らす。
滴り落ちる毒液は眼球へと伝い、侵す。
たまらず苦悶の声をあげるゴブリン。
あれは辛いぞ……。
「それいけ!」
掛け声とともに、ドクンちゃんは俺の肩からゴブリンへ飛び移る。
そして苦痛にあえぐ大きな口へ身を躍らせた。
そのまま喉を通り、腹へと下っていく。
自分の心臓がゴブリンに飲まれるとは。
今日一日でどれだけショッキングな映像を見せられるのだろう。
「グエ!?」
目を抑えていたゴブリンが、今度は腹を抱えて悶絶する。
尿管結石にあえぐ紳士があんな感じだったなぁ。
そして俺は直感する。
またショッキングなのがくるぞ、と。
ゴブリンはもはや戦闘どころじゃなかった。
のたうち回り、腹を叩き、体内への侵入者をどうにかしようとしている。
だが抵抗むなしく、ゴブリンの腹は何者かによって内側から破られようとしていた。
身に覚えがある光景だ。
あれ最悪だよね、わかるわかる。
「うっわ」
食い破られようとする腹と、発狂する被害者。
客観的に見るとグロいなんてもんじゃないな。
そうこうしているうちにゴブリンの絶叫はピークを迎える。
同じく、腹の中の暴れようも。
「ゲエエエエエエエエエエ!!」
轟く断末魔。
舞い上がるハラワタ。
「闘志100倍、ドクンちゃん!!!」
こと切れるゴブリン。
色んなものを浴びる俺。
ゴブリンを食い破り、満面の笑顔でドクンちゃんは帰還する。
もげた右腕をくっつけながら、俺は力なく笑った。
「手口がエグイんよ」
***
冒険者ギルド。
魔物退治や遺跡採掘を生業とする冒険者たちの拠点。
その王都支部で注目を集める者がいた。
――勇者だ。
勇者はトップの冒険者でもある。
すべての冒険者の憧れといってもいい。
圧倒的なレベル、強大にしてユニークなスキル、魔道具、そして地位と名誉。
実力に裏打ちされた優雅さ、余裕が彼の美貌を引き立てていた。
「くそっ! なんでだ!」
しかし今の彼は荒れていた。
非常に珍しいことだ。
彼を苛立たせる存在など、とっくに滅ぼされているはずなのだから。
眼前に展開されたウィンドウを前に、荒く毒づいている。
「たかがダストゾンビだぞ? ゴブリン以下のクソ雑魚モンスターなのに!」
10匹。
フジミ=タツアキへ放ったゴブリンの数だ。
明らかに過剰な戦力だった。
あまったゴブリンは、いつものように剣の練習台にすればいい。
そう思っていた。
にも関わらず……
<<フジミ=タツアキ ダストゾンビ Lv15>>
ゴブリンの敗北をアイテムボックスは表していた。
Lv15にもなれば、もはや駆け出し冒険者が挑むレベルを超えている。
10匹とはいえ、ゴブリンを倒しただけでこうもレベルが上がるのか。
転生者であるがゆえに特別な力を持っているのかもしれない。
「あっ勇者さま、こんなところにいたんですね」
「ゴブリン退治手伝ってもらってありがとうございました!」
「勇者さまが空間魔法で瞬殺してくれたおかげで、僕たち立ってるだけでしたけど!」
気の立った勇者に話しかけるものがいる。
若い冒険者たちだ。
ゴブリンを確保するために、たまたま同じ任務を受けた駆け出しである。
「にしても本当すごいですよね、空間魔法! モンスターも封印できちゃうなん――」
「黙れ!!!!!」
叩かれた机が爆ぜる。
破壊音とは反対に冒険者ギルドは静まり返った。
駆け出しの一人が声をかけようとして、やめた。
「……すまない」
激情を露わにした勇者は、一言詫びて去っていく。
彼はまだ気がついていなかった。
とりとめもないごみアイテムの数々、ネームドのホブゴブリン1匹、
そして、使い魔契約のスクロール1個がアイテムボックスから消失していることに。
***
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