4話 飛び出す心臓
死亡フラグという概念がある。
戦いのあとに結婚が決まっていたり、急に過去を語りだしたり、
殺人鬼と同じ部屋にいられないので自分の部屋に帰ったりする等々、
これらの言動した人物は決まって死ぬというお決まりのことである。
「絶対にお宝を渡さないぞ! 絶対にだ!」
冒険活劇での死亡フラグといえば、なんといっても強欲さを剥き出しにしたときだ。
ゴブリンの群れが迫っているにも関わらず、宝箱を捨てずに逃げるなど典型的なそれである。
「死亡フラグがなんぼのもんじゃー!」
こちとら、とっくに死体だっつーの。
勇者からゴブリンを差し向けられた俺。
眼前に宝箱。
決断は迅速だった。
ゴブリンの敵意を感じるや否や、宝箱を小脇に抱える。
ゴミ部屋へ逃げ戻る。
そして扉を閉める。
レバーを下げれば通路はふさがれ、ゴブリンはこっちに来られない。
……ゴブリンの部屋にもレバーがあるかもって?
あいつらバカだから大丈夫。
壁の向こうからゴブリンの怒号が聞こえる。
残念だがいくら喚いたところで、こちらは安全地帯にいるのだ。
胸なでおろし放題よ。
「さてさてさて」
宝箱ちゃんを恭しく床に置き、観察してみる。
スニーカーの箱くらいのサイズ感……ずいぶん小ぶりだ。
しかも抱えて走っても支障がないくらい軽かった。
装飾も彫り物もない質素な木の箱。
申し訳程度に錠がついているが、アイテムボックスの中なのに施錠する意味はあるのだろうか。
軽く蓋を持ち上げてみたが鍵はかかってないみたい。
おもむろに居住まいを正す。
そしていざオープン!
来たれレアアイテム!
「ほぉ、スクロールですか」
納められていたのは一つの巻物だった。
どうりで軽かったわけだ。
巻物ね。
ゲームだと魔法を撃つのに使われがちだ。
一回撃ったら消えちゃう使い捨てだけどね。
攻撃魔法の巻物ならゴブリンくらい一掃できちゃいそうだな。
これはラッキー。
早速目を通してみる。
異世界語で書かれているがバッチリ理解できて助かるぜ。
なになに、「使い魔契約の巻物」?
ざっくり要約しよう。
”スクロールを唱えた時、一番近くにいるモンスターに永続的従属契約を結ばせる”らしい。
”なお術者のレベル以上のモンスターを従わせることはできない”とも。
ちなみに”術者に従う魔物”を使い魔や従魔と呼びがちだ。
「レベル差が必要とはいえ、一方的に使い魔にできるってことかよ」
強すぎない?
ゴブリンに使えば敵を1匹減らして味方を1匹増やせる、と。
しかし”永続的”か……。
使い魔がずーっとゴブリンなのは嫌だなぁ。
契約破棄できるのかなぁ。
……ええい、ウダウダしてても仕方がない。
使えるアイテムが出てきただけ御の字だ。
ゴブリンは壁の向こうだが呪文は届くだろう、たぶん。
「”使い魔契約”!」
スクロールが光を放つ。
数秒後、光は炎に変わりスクロールを焼き尽くした。
……それだけだ。
呪文発動した、よな?
ゴブリン味方になった、よな?
……何かおかしい。
嫌な気配がする。
焦り、苛立ち、不安が渦を巻く。
早鐘をつくような鼓動が、今にも胸を破りそうだ。
いや、すでに破られつつあった。
――ボゴボゴボゴボゴボゴ!
「物理的に!?」
俺の体に異変が起きていた。
胸騒ぎどころじゃない。
何かが胸のなかにいる、そして食い破ろうとしている!
宇宙怪物が人間から生まれる映画を鮮明に思い出させた。
――メリメリと、胸の皮膚が裂かれていく。
「やだやだやだやだ!」
――黒い血を流す傷口。それを更に押し広げるべく、小さな手足が生えてくる。
「グロいグロいグロいグロい!」
肋骨を強引にこじ開け、全貌をあらわにする。
それはゆっくりと呼吸する腫瘍、あるいは肉塊。
――べちゃり
不快な糸を引きながら転がり落ちる。
脱落してなお脈動するソレは、疑いようもなく……心臓だった。
細く短い手足と、つぶらな瞳。
小さな口を備えていることを除けば。
「ハロー、マスター!」
悪趣味なマスコットだ。
高い声質が無駄にかわいい。
ゆっくりと身を起こし、心臓は俺を見上げる。
「『マスター』って言った? ひょっとして、お前は使い魔なのか?」
「あたぼうよ!」
言葉のセンス古いな。
指先ほどの小さな口が、使い魔自身の名前を告げる。
「アタシの名前は ドキドキさせるよ! ドキンちゃ」
「一旦とめろ!……流石にマズイ」
別の恐怖。
急にブッ込んできたな、元の世界のネタを。
抜けた心臓が止まるかと思ったわ。
「どうして? やせたかなしい先生に怒られるから?」
「かなしいとか言うな。 いいか、お前の名前はソレじゃない」
「ドキドキさせるよ! ドキンちゃ」
「やめろーーーー!!!」
とっさに手が出た。
いうなればアンデッドパンチ。
そいつはパァンと天井に当たりペチャリと落ちた。
「お前は今から”ドクンちゃん”だ。 口上も変えろ」
「ハ、ハートがドクドク、ドクンちゃん……カハッ」
「それでよし」
意思をもった心臓は吐血しながら同意した。
危なかった。
何がとは言えないが。
どうやらコイツが使い魔らしい。
「で、ドクンちゃんは何で俺の使い魔になったんだ? 一番近い魔物はゴブリンのはずだけど」
「それはアタシがマスターに憑依してたからだよ」
「憑依?」
えへんと胸をはるドクンちゃん。
胸をはる……?
さておき、幽霊とか亡霊なんかはもとの世界にもいるが(俺は存在を信じてる派だ)、
ゲームやファンタジー世界じゃ「肉体のないモンスター」に分類される。
そういう亡霊系モンスターは他の生物にとり憑くことが多い。
体を乗っ取ったり衰弱させたりするのだ。
レイスとかスピリットとか呼ばれるやつらだが……
「亡霊系のモンスターって、俺が使い魔にできるほど弱いの?」
「アタシはこの空間をあてもなくさまようレイスなの。
ずーーーっと漂ってから貧弱レイスになっちゃったんだよね。
自分が何者だったかも忘れちゃったし。
モンスターに取り憑いても記憶を覗くことしかできないんだー」
記憶を集めることが楽しみなんだとか。
だから俺の出身世界ネタを知っていたわけだ。
なぜ俺の心臓ごと使い魔になったかは、たぶん呪文の都合とのこと。
「魔物が魔物に”使い魔契約”を唱えるのが、そもそもレアケースなんだよー」
こいつ意外と博識っぽい。
現状打破にも期待できそうだ。
ゴブリンに困っていることを説明すると、ドクンちゃんは笑顔で胸を叩いてみせた。
胸……?
「なあんだ、そんなことならラクショーだよ! 幽鬼の鈴がリンリンリンだよ!」
「ってそれ呪われたアイテムじゃねぇの」
和やかな空気だった。
思えば異世界に来てから初めての会話だもんな。
自分の心臓が相手とは夢にも思わなかったけれど。
「アハハ」
「うふふ」
「ギェアアアアアアアアアアアアアアアア!」
背後の壁が開きゴブリンが輪に加わった。
どうやらレバーを動かす知能があったらしい。
見くびってごめんよ。
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