3話 ゴミの部屋には俺しか


 ぐるるるるるるるるぅ


 獣の唸り声ではない。

 俺の腹の音だ。

 ゾンビになっても腹は減るらしい。


 改めて辺りを見回す。

 壁に備え付けられた松明が、部屋の惨状を浮かび上がらせていた。

 広さにして10畳くらいの、ザ・ゴミ捨て場。

 テレビでみた汚部屋特集をいくらかマイルドにした感じだ。 

 ガラス、木々、食器等の破片。

 布の切れはしや食べ残し。

 動物の死骸なんかも見えるな。


 『はじまりのち』がゴミ捨て場か。

 たまに見るシチュエーションだ。

 だいたいハードなんだよなぁ、そういうゲームって。


「脱出するにしても力をつけねば」


 食べられそうなもの……というより美味しそうなものを探す。

 手近なところに早速発見。

 

「デッケェ砂肝……あっ、俺の肺かコレ」


 生前なら絶対触れなかったろうが、

 今の俺にはまあまあのツマミに見えていた。

 どうやら精神構造までアンデッドになったらしい。


 無造作に肺を掴むと胸のなかにぐいぐい押し込んだ。


 他に美味しそうなものはというと……発見。

 ――死体だ、人間の。

 いやまて、用心しろ。

 俺と同じアンデッドの可能性もある。 

 もしかしたらこっちが食われるかもしれん。

 そこで閃いた。


「鑑定!」


 宣言してみる。

 対象は推定人間の死体。

 ゾンビと化した俺にはこのうえなく素敵なステーキに見えるが、

 果たして彼は本当に死にきっているのかどうか。 


<<該当するスキルを獲得していません>>


 なんと。

 鑑定は標準搭載じゃないのか。

 どう見てもお肉だからいいけどね、別に鑑定しなくてもさ。


 這うようにして近づく。

 内臓が極力落ちないよう気をつかった。


 死体の年齢は30代だろうか。

 鍛えられた筋肉と無精髭が眩しい。

 さしづめ、山賊Aってところか。

 角ばった頬をツンツンしてみる。


「異世界飯第一号に選ばれた感想はいかがですか?

 なるほどなるほど、死ぬほど嬉しいと」


 突然だが俺は一人が楽しいタイプだ。

 掃除しながら独り言とか歌ったりしちゃいがち。

 

「それではいただきまーす」 


 本能のまま思いきり喉に食らいつく。

 半身がないのでバランスがとれない。

 覆い被さるようにして顎の力頼みで食いちぎる。

 粗暴さたるや、ゾンビ映画まんまだ。

 弾力ある生肉を行儀悪く咀嚼する。

 

「うわっ、なんだこれ……」


 その味、食感に俺は眉をひそめた。


「めっっっちゃジューシーなんだけど!!!」


 率直に言って美味である。

 『ウニが苦手』と口にしようものなら、

『本物のウニを食べれば分かる』って言うやつ絶対いるじゃん?

 いまの俺がそいつです。

 本物の死体を食べれば分かる、声を大にして言いたい。


 食事が楽しいと思えたのは久しぶりだ。

 血をすすり、肉を飲み下すたびに活力がみなぎるのを感じる。

 しばらく咀嚼音だけが部屋に響いていた。


「ごちそう様でした」


 充実のひとときであった。

 山賊風死体に頭を下げる。

 たくましい筋肉はすっかり齧りとられ、さながら食べ終わった焼き魚のよう。

 細かい食べ残しは許してほしい。

 なにぶん左半身がないものだから。


<<レベルがあがりました>>


「うぇっ!?」


 驚きすぎて変な声がでた。

 よくあるファンファーレと同時にウィンドウがポップする。

 静けさに慣れきたった耳には刺激が強すぎる。

 止まった心臓が動くかと思ったわ。

 

 ステータスを確認する。

 スキルは変わらず能力値がちょっぴり上がっている。 


 にしても何でレベルが上がったんだだろう。

 レベルが上がったと言うことは経験知的なものを得たということだ。


 思い当たるフシがある。

 ユニークスキルだ。

 俺は掃除屋の文言をにらみ、念じる。

 ヘルプと。


<<掃除屋:パッシブスキル>>

<<死骸を消化することで経験値を獲得する>>


 ほい来た!

 ヘルプってスキルに対しても使えるのね。

 てっきり鑑定の領域かと思って試してなかった。

 うっかりである。


 そしてよくよく見ると「掃除屋」の文言が赤く点滅している。

 「種別:ダストゾンビ」の文字も同様に点滅中。

 これが意味するのは、ダストゾンビの固有スキルが掃除屋だということ。


 謎はすべて解けた。

 死体を食べたから経験値を獲得しレベルアップしたのである。

 なぜなら俺はダストゾンビだから。


 そうと分かれば、やるべきことはただひとつ。


「ゴミ掃除、やりますかー」


 眼前に広がる汚物の山。

 いまの俺にはご馳走兼経験値の山に見えていた。


 ……


 ……


 ……

 


 「よし! これで全部だな」


 両手一杯のそれを床に下ろすと、伸びをする。

 メキメキゴキゴキと、景気のいい音が体から聞こえてきた。


 部屋の一角には人骨がうず高く積まれている。

 残飯だ。

 我ながらよく平らげたもんだ。

 俺の胃袋は宇宙か? 


 さて、ここ数日の成果を確認するとしよう。

 ステータス画面を表示してみると、2から4へレベルアップしていた。


 そういえばスキルポイントも3入手していた。

 (以降スキルポイントをSPと呼称する)

 が、目当ての「鑑定Lv1」は5SP必要だった。


 手の届く範囲で面白そうな下級スキルがなかったので、

 今後に備えて貯蓄することにしよう。

 SPは任意のタイミングで使えるからね。


 さてスキルも大事だが、それ以上の変化があった。

 

 抉れていた左半身が生えたのだ!

 HPが回復するにつれ、にょきにょきとね。

 これで内蔵がまろび出なさいぞ!

 

 おニューの半身だけど、残念ながら新鮮な状態じゃなかった。

 ゾンビ基準のボロボロボディが生えてきたのだ。

 できたてなのに腐っているとは、これいかに。


 新しい体の慣らし運転もかねて、部屋を隅々まで調べてみた。

 広さ十畳の長方形、壁の高さは3メートルほど(俺の身長が変わってなければ)。

 全面石で組まれていて、壁には各辺に1つずつ松明が設けられている。

 

 調査で分かったことがある。

 俺含めたゴミたちがどこからやってくるのか。

 偶然見たんだけど、落ちてくるのだ。

 天井あたりの空間が音もなく歪み、トンネルのように穴が開く。

 そこからゴミがポトリと。

 まるで魔法のように。


 空間から現れる魔法……。 


 俺は思い当たる。



『空間魔法に隠蔽しよう』


 

 勇者一行が死にゆく俺へ言い捨てたセリフだ。

 その言葉を最後にゴミ溜めで目を覚ましたのである。

 

 オタクを嗜む俺にはもちろん心当たりがある。

 空間魔法、それは無限に入る袋のようなもの。

 ……古いな。


 「容量無制限のオンラインストレージ」のほうが今風か。

 アイテムボックスと呼ばれることもある。


 空間魔法を唱えると虚空に穴が開き、対象物が吸い込まれる。

 同様に吸い込んだものを取り出すことも可能。

 だいたいの作品で、このように使われる。

 大きさ、重さ、量を無視して運び放題。

 あらゆる価値、制度が覆るトンデモ魔法だ。


「つまりここは、空間魔法――アイテムボックスの中なのか?」


 無制限のインベントリ。

 ゲームの主人公なら当然のように持っている能力だ。


「結構な量の死体あったぞ? あいつら思った以上にダーティらしいな」

 

 悪人はともかく、俺のような無実の人間もいたかもしれない。

 勇者しかアクセスできないなら、死体は発見されない。

 少年探偵もマジギレする完全犯罪の成立だ。


 なんにせよ、だ。

 ココはアイテムボックスだとしたら、出口が存在するか定かではない。

 しかし勇者が集めたアイテムの倉庫……いや宝庫なのである。

 解決の糸口になるアイテムが眠っているかもしれない。

 

 つまり探索してアイテムを集めるのが当面の目標になる。

 その過程でレベルアップも図りたいな。


 となると……


「いよいよアレと対面するか……」


 この部屋で最も重要なオブジェクトがある。

 めちゃくちゃ気になっていたが、まだ調べていなかった。

 経験値稼ぎを優先していたからだ。

 あらかた片付いた以上、そろそろ決断せねばならない。

 

 ずばり、レバーである……臓物のほうじゃないよ。

 片手で掴んでガチョンと上げ下げする仕掛けのほうだ。

 最奥の壁面、俺の目線と同じ高さについているのだ。

 今、レバーは下がった状態。

 これを上げたとき果たして何が起きるのか。

 怖くてもやるしかない。

 何が起ころうともレバーを上げ、先に進むしか道はないのだから。

 

 すう、と淀んだ息を胸いっぱいに吸う。

 覚悟、完了。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 奇しくも勇者と同じ掛け声で、力の限りにレバーを持ち上げた。


 ……


 …ゴ、ゴゴゴゴゴゴ


 一瞬の静寂のあと、地鳴りが響く。

 パラパラと苔やら破片が降ってくる。


 まさか天井が落ちるのか!?

 そう思った矢先、壁の一部が上へスライドした。

 ちょうど人ひとりが通れるくらいの穴ができた。

 ぽっかり四角く空いた出口の奥、ここと同じような部屋が見える。

 

「な、なんだよビビらせやがって」


 額の汗、もとい汁を拭う。

 顔だけ突っ込んで向こう側を観察する。

 

「――んっ?」


 部屋の広さも内装もこちらと同じに見える。

 相違点のひとつは、ゴミがひとつも落ちていないこと。

 そしてもうひとつは、部屋の奥に鎮座するもの。

 実物を見たことがないのに、えらく見覚えがあるオブジェだった。

 正面に錠がついた木製の箱。

 大きさといいアンティーク感といい間違いない。

 

「もしかしてだけど宝箱じゃねーの!?」


 俄然テンションが上がる俺。

 ゲーム内ですらワクワクするってのに、本物が目の前にあるのだ。

 冒険ロマンを感じずにいられない!


 意味もなく抜き足差し足で近づく。

 いよいよ蓋に手がかかるとき、俺は異変に気がついた。

 

 宝箱の向こうの空間が波打っている。

 立ち上る湯気のように風景が揺らいでいるのだ。

 見覚えがあるぞ。

 

「空間魔法だよな……?」


 歪みが穴を形成する。

 ゴミが落とされるときとは大きさが段違いだ。

 本当に人間が現れそうな寸法だった。


 やがてトンネルのように歪みが確立され、「あちら側」の風景がかいまみえた。

 明るい。久々にみる日の光だ。

 こちらを覗き込むのは赤髪の若い男。

 不条理なまでに端正な顔立ちは、腐った脳に焼きついている。

 勇者だ!


 忘れもしない。

 魔王と俺半分を聖剣で消し飛ばした張本人。

 そして俺の死をアイテムボックスという闇に葬った人でなしだ。

 

 互いの眼差しがぶつかった。

 勇者は一瞬驚くと、俺を指差して何ごとか言い放った。


「聞こえない! なんて!?」


 なにやら向こうが騒がしい。

 何かの鳴き声でほとんど聞き取れなかった。

 しかし勇者の意図はすぐに知ることができた。


 トンネルの向こうの勇者が姿を消すのと同じくして、送り込まれたものがある。

 それらを瞬時に吐き出すと空間の歪みは速やかに収束した。


 現れたのは宝箱と同じく、ファンタジー好きには馴染み深い生き物だ。

 

 汚れた緑色の肌。

 子どもくらいの背丈。

 痩せた体躯と不釣りあいに大きな頭。

 野犬のように獰猛な眼差し。


 ゴブリンだ!

 RPGで最初に出会うモンスターランキング第1位!

 はじめてモンスターを生で見た。

 感動しつつ観察する。

 よくよく見ると顔の造形が個体ごとに違う。

 ひょっとして性格も違うのかな?

 モンスター同士だし、お友達になれるかしら?

 ううん、きっとなってみせる!


 転送された10匹のゴブリンは俺を見つめる。

 そして俺もまた彼らを見つめ返していた。

 気まずい沈黙が流れる。

 たぶん急に風景が変わって、知らないゾンビが現れたもんだから驚いてるんだな。

 

 敵意がないことを示さねば。

 精一杯のゾンビスマイルで優しく呼びかける。

 

「ほら、怖くない怖くない」

 

「ゲアァァァァァァァァ!!!」


 ゴブリンどもが殺到してきた。

 

 あたし、わかってた。

 こいつらが勇者の差し向けた刺客だってこと。

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