第15話 リセっちとお話したこと。
都内某所、高級マンション高層階、管理人室。
私、結城詩音――ユウキシオン――は一日の仕事を終え、癒しのひと時を迎えていた。
まあ仕事といっても、今日はゆう君の家に上がってシュエちゃんにリセっちを引き合わせただけなんだけど。
「はぁー、癒されるぅ……ゆうくーん……ゆーくーんーっ」
私の癒しの時間、それは自身の特設ルーム、ゆうくん部屋に籠ること。
部屋中には我が愛しの義弟の等身大抱き枕やポスター、タペストリー、フィギュア等、様々な自作グッズを集めてある。
四方八方ゆう君が居て、さながら縦横無尽と言った様子のゆう君を見ていると元気と愛が湧いてくる、そんな部屋だ。
「はふ……これでゆう君の匂いもしたら完璧なんだけど……未だに再現に至ってないんだよねぇ……まあ、似た香りのサンプルはあるけど……ハスハス」
それでもコレじゃない感は否めない。大好きな義弟の事で妥協はしたくないから。
「はー……はぁ。はぁっ……」
最初はゆう君の匂いを感じて少し気分が良くなったが、最近ではどうしたことか、ゆう君を感じれば感じる程、同時に虚しさや悲しみが降って湧くことがある。
まあ、大よその原因は特定できているのだが。
「シオンさん。またあの……弟さんのこと考えているんですか?」
「……ん、リセっちかぁ……」
私が原因について考えていると、その原因の付属品たる少女、リセリア・フローレスが部屋の前から扉だけを開けて声を掛けてきた。
「露骨に嫌そうに名前呼ばないでください」
「うーん……六々ちゃんは?」
「無視ですか……六々さんならシオンさんの部屋で寝床の準備をしていますよ」
「そっかぁ……はふぅ……」
リセっちの説明に私は一定の満足感を得ながらも抱き枕のゆう君に顔を埋める。
最近は天界でも仕事をしている六々ちゃんが今日は家にいるようだ。
「今日は六々ちゃんを抱きしめて寝れるんだね」
「相変わらずのバイですね」
「違うよー、私が可愛い女の子を好きなのは猫や犬を愛でるのと同じ感覚だよ?」
「それはそれで嫌ですね」
「大丈夫、リセっちは好みじゃないから」
「それはそれで腹立つ気がします」
と言うリセっちの方を見ると、こちらを軽く睨んでいた。
なんだ、もう、そんなに可愛がって欲しいんだ。
「私のベッドは三人いけるからリセっちも入るといいよ」
私はそう言うとゆう君に埋まるのを止めて部屋を出ることにした。
「もういいんですか?」
「うん、立ち入り禁止を守って扉の前で立ちっぱなしの同居人を可愛がることにしたからねっ。ギュッー」
「うっ……苦しい!」
おっと、うっかり思い切り抱きしめてしまった。
リセっちと私は身長差があるので私がリセっちを抱きしめると胸に沈める形になる。なので息苦しいと以前にも言われたのを忘れていた。
「ごめんごめん。つい可愛くって、加減間違えちゃった」
「ふはぁっ……べ、別に構いませんが……寝室でしてもらえませんか?」
「あら、情熱的なお誘い?」
「違います! うっかり締め落されても危険が無いようにです!」
「あらぁ……残・念っ」
「可愛く言っても危険な物は危険なんですからね?」
「むぅ」
部屋を出て寝室に向かいながら、リセっちとお喋りする。
それにしても、六々ちゃんにならこれで通用するんだけど……リセっちはお堅いなぁ。
「シュエちゃんの前では面白い子だったんだけどなぁ」
「? 姉様の前でも私は私ですよ」
「うーん……まあ、そう、かな?」
確かに本性が出ているという意味では本人らしいのかもしれない。けどいつものネコ被ってるリセっちとは大分印象が違うから面白いんだけどな。
「そうですよ。むしろ私は姉様の前では姉様受けするように真面目に姉様を推しているつもりです」
「うん、真顔で姉を『真面目に推してる』とか言われるとやっぱり面白い子だなぁって思うけどね?」
真面目に自分の実姉を推してるって、どう考えても面白い子でしかないと思う。
というかシュエちゃん受けを狙ってるんだとしたらアレは逆効果なんじゃ。
「そ、それはともかく、シオンさん」
「ん? なーにリセっち」
「姉様と……弟さんのことなんですが」
「ん。シュエちゃんとゆう君?」
改まった表情で私が先ほどまで考えていた不調の原因について切り出してくるリセっち。
「なんでシオンさんはあの二人について黙認しているんですか?」
「……なんのこと?」
私が白を切るとリセっちは強く睨み返してきた。うーん、そんなにマジにならなくてもいいのになぁ。
「あの二人、お付き合い、あるいは結婚してますよね?」
「うーん? ゆう君は『親友』って言ってたよ? それに、仮にリセっちの言う通りだとしても、シュエちゃんが養ってもらうための偽装結婚じゃない? 偽物だってわかってるんだから気にすることないんじゃないかなぁ」
「でもそれ、便宜上は、ですよね?」
「…………ふぅ」
リセっちの的確な表現にちょっとため息が出てしまった。いけないな、いつも完璧を理想としている私が、ゆう君のことになるといつも感情が表に出てしまう。
これは盗聴して知ったことで、あまり褒められたことではないのだが、あの二人は結婚(仮)しているということだった。
実際、調べたところ婚姻届けを出したという事実は無いようだ。
つまり夫婦ゴッコという感じだ。
「便宜上は仮の夫婦ってことらしいですけど、どうみてもそれ以上の仲にしか見えないじゃないですか」
「そうかなぁ……普通に友達みたいに見えるけど」
「嘘です。シオンさんだってわかってますよね? あの二人がお互いを好きだってことくらい」
「…………」
まあ、確かに。最初にシュエちゃんを連れてきたゆう君を見た時に、それは確信していたことではある。
さらに言えば予感は電話を受けた時からあった。
あの子は昔から興味のない事にはほとんど触れようともせず、反面、興味を持ったものや大切な物には全力でのめり込む子だったから。
だから、シュエちゃんの仕事先の面倒を見て欲しいと相談された時、ゆう君の中で彼女が大切な存在なのはすぐに分かった。
「少なくとも、私は姉様が本気なのはすぐわかりました。私の知っている姉様は誰かにしがみ付いて頼ったり、人の善意に甘えたりするような方ではないですから。それが出来る相手……それだけで十分に特別な相手だということはわかります。その上姉様のあの変わり様……あれもきっと弟さんの影響です。姉様とは姉妹として百年以上一緒に過ごしてきましたが、あそこまで楽しそうな姉様、みたことがありません」
そう言ってリセっちは少し悔しそうな顔を見せた。
うん、まあ。わからないでもないな、気持ちは。私もゆう君があんなに生き生きしてるの、見たことない。それこそ、ゆう君が過去一番入れ込んでいた妹兼愛猫のアイちゃんと暮らしていた時ですら、見たことが無い。
「私にはシュエちゃんのことはまだわからないけど」
「弟さんのことは分かりますよね?」
「……まあね。確かにゆう君は確実にシュエちゃんの事気に入ってるんだな、とは思ったよ。なんていうのかな、素のゆう君って感じだったからね。それも、皆にさ」
「皆に、ですか」
「うん、昔のゆう君のままなら、きっと私と話してても、どこか他人行儀だったと思うんだよね。でも、久しぶりに会ったゆう君は私相手にもゆう君らしく、ありのままで対応してくれて、その変化をもたらしたのがシュエちゃんなんだってわかったら……ね」
私は最初は、シュエちゃんはゆう君にとって『素の自分でいい相手』なのだと思っていた。
でも実際は違った、実際は『素の自分で居られる人』だと気づいた。
その人が居てくれるだけで自分らしさを貫ける人、傍にいてくれることで心のしがらみから解放してくれる人、それがシュエちゃんなんだってわかってしまえば、彼女を特別に想っていることくらい簡単にわかってしまう。
そんなことを考えながら話して居たら寝室の前まで来ていた。
リセっちはそれでも話を続ける。
部屋に入れば六々ちゃんがいたが、それでも話す。
まあ、六々ちゃんは良い子なのでこの手の真面目な話を茶化すようなことはしないから聞かれてもいいという判断なんだろう。
「姉様にとっての弟さん……ユウキさんも、そうなのだと思います」
「そうだね、リセっちと私、お互いの姉弟にとって相手が大切な存在だって思うなら、うん、そうなんだろうね」
お互い、長年見てきた最愛の人の話だ、見間違うということも無いと思う。
「六々さんはどう思いますか?」
「はぇ?」
「なんだろう、今の唐突さは凄くシュエちゃんの妹って感じがしたよ」
部屋に入るなり話題を振ってきたリセっちに六々ちゃんが変な声で返す中、私はリセっちにシュエちゃんっぽさを感じていた。
「シオン様、なんのお話ですか?」
「ん、シュエちゃんとゆう君ってああ見えて相思相愛だよねって話」
「あぁ……あのお二人ですか……確かにイチャイチャしてましたね、微笑ましかったです」
「六々さんにはそう映ってるんですね……」
「流石天使ってところかな」
どうやら六々ちゃんは他人より恋愛ごとに敏感な様子だ。
いや、でもあの二人がイチャイチャしてるように見えるってくらいだからちょっと変わったセンスをしているだけかもしれないけど。
そんな話をしながらも私とリセっちは六々ちゃんと一緒の布団に入った。
「……姉様は昔からだらけた所のある方でしたけど、それはあくまで気を許した相手、私達姉妹の中での秘密でした……でもここで暮らす姉様は、皆さんに同じように接しているようでした。それこそありのままの自分という感じでしたね」
「そだね……仕事中くらいは真面目にして欲しいけど」
彼女の勤務態度を思い出して、ちょっとだけ本音が出てしまった。
まあ、それでも彼女は覚えは早いし元が優秀だからだろうか、今ではうちでもトップクラスで仕事のできる子ではある。
できるだけで、やろうとしないのが問題だけど。
「シオン様とリセリア様はお二人が仲良しなのは嫌なのですか?」
「うーん、私は嫌じゃないよ? 正直悔しい気持ちもあるし、失恋したなぁとも思ってるけどね。でも私は根本的に、ゆう君が幸せならそれがなんだって構わないから」
「私は嫌です。姉様の幸せに私が居ないことも、姉様を幸せにするのが彼であることも」
「うーん。難しいですねぇ」
確かに、難しい問題だ。
私としてもゆう君が取られてしまったのは凄く悔しいし、悲しい。
でもゆう君が幸せそうなのはとても喜ばしいことだ。
だからついシュエちゃんを牽制してしまうことはあってもシュエちゃんに手を出したりとかは一切するつもりはない。
とはいえ、好き好んで自分から二人がより親密になるように協力してあげられるほどの余裕もないんだけど。
結局口では「ゆう君の幸せが一番」のような事を言っておいて、その実ゆう君の一番の幸せに私を選んで欲しいとか、思ってしまう。
「(狭量だなぁ……私)」
きっとこの煮え切らない態度は二人の関係性も要因だと思う。
あの二人がもっと分かりやすく相思相愛なら、諦めがつく。でも、現実にはまだチャンスがありそうな距離感に見える、だから何処かで「まだ私にもチャンスがある」そんな風に思ってしまう。
だからまだ、完全に終わったわけではない恋を諦めきれずに、応援もしきれないのだと思う。
そういう意味では二人の関係を認められないとキッパリ言い切るリセっちの方が自分に素直といえるかもしれないなぁ。
「……私、自分の人生にこんな大きな障害が現れるなんて思った事なかったな」
「障害……姉様のことですか?」
「うん。だって私、今まで自分の器量でどうにもならなかったことって無かったから」
「シオン様美人ですからね」
「あ……いや、うん。そっちの器量じゃなくてね、才能っていうか。どんなことも困ったり迷ったこと無かったし、才能や能力が足りてないなんて思ったこと、なかったんだよね」
「確かに、生きていく上で困ること無さそうなスペックしてますよね、シオンさん」
「シオン様は多彩ですからね」
私の言葉を下手に茶化さずに肯定してくれる二人。
あぁ、関係ないけど、この二人の事も本当に好きだなぁと思う。
私の悩みなんて真面目に聞いてくれる人は今までにゆう君以外居なかったから。だからゆう君絡みで悩みを相談できる相手は今まで居なかった。
そもそも私が悩みを話しても、他人が取るパターンは二通り。一つは「嘘か冗談」だと思って聞く人、そしてもう一つが「嫌味」と取る人。
だから私の、私なりの等身大の悩みを真面目に聞いてくれるこの二人は私にとってとても貴重な友人だ。
「正直私、シュエちゃんに勝てる気しないなぁ」
「物理的には勝てそうですよ? シオン様なら」
「物理でって……私シュエちゃんには手出しできないよ? ゆう君に嫌われちゃうもん」
「精神的には勝ってそうですよ? 姉様、シオンさんのこと苦手みたいです」
「それはそれで嫌だなぁ。仲よくしたくない? 将来は義妹になるかもしれないんだよ?」
「確かに。でも難しいですよね……恋敵ですから」
「そう……だよね……」
言われてみて、改めて厳しい現実を思い知る。本当に……今までこんなこと無かった。だからかな……。
「はぁ……なんかもうどうしていいかわかんないや……」
「シオン様……」
「…………」
今まで生きてきてこんな感覚になったことが無いから、どうしていいのかさっぱりわからない。
そうでなくても、私は初めてやることでもどんなに難しいと言われることでも大抵努力せずにできてきた所謂天才だ。
だから、知らない、こんな感情。
自分ではどうしようもない、この気持ちの整理の仕方も、この恋の答えも、その出し方も……さっぱり、何一つわからない。
……うーん。
「これが処女の限界……?」
「何口走ってるんですかシオンさん」
「だって恋愛経験少ない男性が童貞なら、恋愛弱者の女性は処女じゃない? 私、実際に処女だし」
「あながち間違いではないですね。恋のキューピットたる私もお恥ずかしながら処女です」
「そういう事言ってるんじゃありません、六々さんまで同調しないでください。処女とかどうとかを口走るのが乙女としてアウトという話です」
「リセっちだって今日言ってた気がするけどね……」
シュエちゃん非処女疑惑で狼狽えてた子に「乙女としてアウト」とか言われるとは思わなかったなぁ。
「それに、シオンさんならまだチャンスがあるんじゃないですか?」
「んー……そうかなぁ」
「また、白々しい。だからユウキさんとデートの約束したんじゃないんですか?」
「……ナンノコトカナ」
「嘘下手ですか。片言になってますよ」
「あらまあ、シオン様おめでとうございます」
「いやぁ……あはは」
どうしよう、そうか、そういう風に取れるのか。と、今更思った。
あの時はただ、真っ当に対価を取ろうとしたらシュエちゃんもゆう君も払えないのが分かっていたからノリというか、冗談めかして「対価は貰いますよ」という体裁を取っただけのつもりだったのだけれど。
そっか……そうかぁ……。
「やっぱり深層心理では諦めきれてないってことかな」
「はい?」
「恋は戦争ですからね」
「……はい?」
私の独り言についていけてないリセっちと何かをくみ取ってくれた様子の六々ちゃんを見て、ちょっと心が軽くなった気がした。
うん、そうだよね、まだ、頑張れる。
「久しぶりに頑張っちゃおうかな! 限界も越えちゃうっ!」
「いいですね、シオン様」
「な、何の話かわかりませんが、元気が出たようで何よりです」
今の私には頼れる友達もいる。
シュエちゃんとゆう君だってお互いをよく思ってるだろうけど、まだ心を通わせる段階にまでは至っていないはず。
ならチャンスはある。まだ、割り込む余地があるんだ。
その証拠が今回の『デート権』の許可に現れていると言えないだろうか。何せ最初に許可を出したのはゆう君を好きなはずのシュエちゃんなのだから。
「よっし、そうと決まれば今日はぐっすり寝て、明日デートプランをきっちり練らなきゃ!」
そういって私が気合を入れると、今度はこれを止める声が二つ。
『まって下さい』
「へ?!」
それは当たり前といえば当たり前だが、私の友人二人だった。
この部屋には私達しかいないのだから当然だが……なぜ止められたのだろう。そこが気になってしまう。
「なんで止めるの?」
私の率直な疑問に二人は顔を見合わせて答えた。
『女子の恋話はここからでしょう?』
「――っ」
そう言った二人の顔はちょっとイジわるで、でも、とても頼もしく見えた。
これは、ある物語の主人公とヒロインに振り回される、恋するサブヒロインの一幕。
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