第14話 度し難いブラコン……とシスコンですわ

「あぁー、暇ですわねぇ……誰か遊びに来ないかしら」



 春の日差しの暖かな今日。

 シュエリアはいつもの如く暇そうにしている。



「誰か来ないかも何も、せっかくの休日なのにアイネもトモリも遊んでくれない! ってさっきまでキャンキャン喚いていただろうが」

「キャンキャンとは失礼ですわね、せめてニャーニャーとかにしてくださる?」

「そういう問題ですか」

「そういう問題でもないですわね」

「じゃなんで言ったんだよ……」

「さあ?」

「お前な、暇だからって適当なことばっか言うなよ」

「仕方ないじゃない? 暇なんだもの」



 そういうとシュエリアは「あー暇だー、暇ですわ~、暇をしすぎて暇ですわ~、一周回っても暇でしかないですわ~……そういえばお暇を貰うなんて言うけれど暇を貰うなんてクソつまらないですわね、あーー暇暇暇暇暇ですわぁ……」などといつまでも暇だ暇だ言いながらゴロゴロゴロゴロと床を転がりまわる。



 もはや一見すると駄々を捏ねている子供、というかまんまソレだ。



「そんな暇なら家事――」

「嫌ですわ」

「――まだ言い切ってないんですが」

「家事なんて面白くないからやりたくないですわ」

「お前なぁ……面白いかどうかじゃないだろ、仕事と同じで生活に必要なことだからやるんだろ?」

「そんなに言うならユウキがやりゃあいいんですわ……わたくしは休日という日は働かずに遊んで暮らすと決めているんですの」



 そう言うシュエリアの姿勢は本当にその気が無いことを自堕落な姿で表現しているかのようだ。



「一応聞こうか。家事を分担しようという気は――」

「欠片も無いですわ(ドヤぁ」

「――かっこドヤぁとか発音するヤツ初めて見たよ」



 その俺の言葉に褒められたとでも思ったのか誇らしげな顔をして胸を張るシュエリア。

 まったく褒めてないどころか割と馬鹿にしてるんですけど。



「そこに痺れて憧れてもよろしいんですのよ?」

「いや、まったく、全然、これっぽっちも」

「……なんですの、ツンデレなんですの?」

「俺がいつデレた」

「……………………ないですわね?」

「だろうね」



 そんなに間を開けて熟考することでもないだろうに……。



 まったく、俺らの周りに恋愛沙汰とか萌え要素のある美少女との胸躍るような展開なんてまったく――無いとは言い難いのが一人いるが少なくとも俺とシュエリアには縁遠い。

 そんなことわかりきっているコイツから俺相手にツンデレとかよく出てきたな。



「んー、そう言えば。今日は姉さんが来るって言ってたぞ」

「うぇ……シオンが来るんですの?」



 なんて露骨に嫌そうな顔をする奴だ……。さっきまでは暇そうな顔しながらもなんだかんだ楽しそうにして、ドヤ顔したりニコニコと楽しそうに笑ってやがったのに。



「うぇっ……て、お前、一応勤め先の店長兼社長だろうが」

「だからですわ。休日までシオンに会うとかせっかくの休日がさながら平社員週末のゴルフ接待のようですわ」



 異世界から来たエルフとは思えないくらいに生々しい例えだ。



「お前無駄な知識ばっかり増えていくな……」



 俺がそう言うとシュエリアは「チッチッチ」と言いながら指を振った。

 コイツはなんでか漫画的表現とかを現実でやるんだよなぁ、ホントによくやる。流石アホだな。



「甘いですわね、この世に無駄なことなんて一つも――」

「あ、そういうのいいんで」

「――むぅ……」



 俺が言葉を遮るようにして制止するとシュエリアは不満そうなむくれた顔をしてものすごく抗議の視線を浴びせてくる。

 なんだ、そんなに最後まで言い切りたかったのか? あんなしょうもないこと。

 ていうかアレだな、このエルフは頬を膨らませた不満顔似合わねぇなぁ……元々可愛い系よりは美人系だからこういう子供っぽい怒り方は似合わない。



「……で、いつ来るんですの? 夕方、夜かしら」

「んー、いつかな。さっき電話が来て……準備できたらって言ってたけど――」

「一体なんの準備をしてくるんだろうね? お姉ちゃん気になっちゃうなぁ~」

「ホントにな。態々準備とかいらな――うぇえっ?!」



 なんとなく話の流れで返事しちゃったけど、なんでこの人ここに居るんだよ?!



「上がどうかしましたの?」

「いや! 上じゃなくて後ろ! いや、どこ観てんだ! お前のじゃなくて! 俺の!!」

「それにこの場合の『うぇえっ?!』っていうのは驚いた時の奇声だよシュエちゃん」

「あら? その馴れ馴れしい呼び方はシオンじゃない。いつの間に入ったんですの?」

「実は私の話になるまで物置で隠れてたんだ~。いやぁ、相変わらず暇そうにしてたねぇ」

「えぇ、それはもう、本当に暇でしたわ?」

「ついでに接待ゴルフはしなくてもいいんだよ? 私たち親友じゃない!」

「え゛……そ、ソウデスワネ……」

「シュエちゃんなんで片言なの?」



 まあシュエリアの気持ちはわからんでもないな。

 接待ゴルフ云々の件を聞かれていた段階でシュエリアが姉さんが来るのを嫌がっていたのは知られている、その後に「親友」とか呼ばれたら腹黒いものしか感じないわなぁ。

 実際は姉さんの事だから全く気にしてないんだろうけど。気にしてるなら分かりやすくキレてるだろうし。



「ま、いいや。それでね? 今日は暇しているであろうシュエちゃんにいい人を連れてきました!」



 そういうと姉さんは本人曰くそこから出てきたという物置の方に向かった。

 姉さん自身そこから出てくる段階でもうすでに色々オカシイのだが、まだそこに人を隠してるのか。



「いい人って何かしら。退屈に丁度いいのだから面白い人……芸人とかかしら」

「うーん、お前に今の前振りで芸人連れてくる奴は居ないだろ」



 本人は芸の才能皆無で下ネタ好きの駄エルフだが他人の芸を見る分に、実は結構に厳しい評価や見方をするシュエリアさんで、そのことをシュエリアを知ってる人は大概理解しているのでコイツに態々「面白い」という前振りする奴なんていない。



 ていうか姉さんが言ったのは「いい人」であって「面白い人」ではないし。



「それではそれでは! シュエちゃんに会わせたい、いい人のご登場でーす! じゃじゃ~ん!」



 そういって姉さんは物置の扉の方に腕を振り視線を集めた。

 そしてその先、物置の中から紹介されたであろう人物の声が届く。



「あ、あの、シオンさん。なんだか出ていきにくいんですが……玄関から入ってないし、変な前振り付いてるし、普通にお会いしたかったんですが……」



 その声は控えめながらも凛とした美しい声だった。

 どことなくシュエリアに似ている気がしなくもないが喋り方の丁寧な感じとかが全く違う。



「えぇ~? 普通じゃつまらないからシュエちゃんに受け悪いよ?」

「で、でもですね、その、やはり常識の範疇で行うべきというかですね……」

「甘いよ! 常識的な笑いよりちょっと常識ハズレなくらいじゃないと! 笑いは『どうして』『なんで』っていう理解できないところにあったりするものなんだよ!!」

「で、ですけれど! やはり不法侵入とかは良くないですよ……そこは正規の手順を踏んで行わなければ――」

「――甘々だよ!! 大体ここはそもそも私が管理してるお家で私がゆう君に貸してるんだからいいの!」

「例えそうだとしてもやはり家主には一言くらい――」

「――大丈夫! 準備できたら行くって言ってあったから!!」

「でもでも――」




 …………あの、いつ出てくるんでしょうか?

 さっきから「いい人」らしき人物と姉さんが物置で口論してばかりでシルエットすら見えないんですが。

 声から女性で若い子だとは思うんだけど。



 シュエリアさんがなんかすごく真面目な顔になっちゃってるしこれ絶対「はよしろや」とか思っちゃってるよ?



「あのー、そろそろ出てきてもらっていいですかね、シュエリア先生が真顔になってしまっているのですが」

「あっ、うん! 今行くからね!! ほらっ行くよ!!」

「え、あ……仕方ないですね……」



 その言葉が聞こえたのと同時に姉さんともう一人の姿が物置から出てきた。

 そしてその瞬間、俺は驚愕した。



 それは横に居たシュエリアが俺の背中に隠れるように抱き着いてきたから。

 その瞬間出てきた少女が声になってない奇声を上げたから。

 そして奇声の少女がシュエリアにそっくりのエルフだったから。



 最後に、奇声を上げつつ俺に掴みかかろうとしたエルフの少女を姉さんが回し蹴りで蹴り飛ばしたから。



 だから俺は……驚愕した。



「私のゆう君に乱暴したら、殺すよッ?!」

「ね……ねぇさま……ぐふっ……」

「いったいどういうことだってばよ……」

「ぎ、犠牲の犠牲ですわ……たぶん」



 とりあえず姉さんが蹴ったのは俺が襲われそうになったからなのはわかったけど、このエルフ二匹の行動は何なのか。

 ぶっ倒れてる方は「ねぇさま」とか言ってるけど。

 シュエリアは相変わらず俺をがっちりホールドしてるし。



「シュエリア、とりあえず離れろ」

「嫌ですわ」

「なぜに」

「黙秘権を行使しますわ」

「やましいことが無いなら言いたまえ」

「イヤらしいこともやましいことも無いけれど言えませんわ」



 黙秘権を行使すると言いながら黙してない上に誰もイヤらしいなんて言ってないんですが。

 俺とシュエリアがそんなやり取りをしていると蹴り飛ばされたエルフの少女がまた俺に突っかかってきた、が、すぐさま姉さんに拘束された。



「ね…………姉様にくっつくな! この下等生物がぁああああっ――いっ痛いぃいいいい!!」

「ゆう君に乱暴したら殺すって言ったよな? ん? 言ったよな? まな板娘!! 私のゆう君に下等生物? 生物以前にまな板の癖によく言えたな? あ゛ぁん?!」



 うん、相変わらず姉さんはキレると怖いな、ていうか口が悪い、凄く。



「う、ぐ……ひっぐっ…………なにこのひと、怖い……っ痛い……」

「えぐいですわね……」



 おいおい、エルフちゃん泣き出してますけど。



「姉さん、めっちゃ口調悪くなってるから……。関節キメるのそんくらいにしてあげて? 泣いてるし」

「え? そう? ……じゃあ離すけど、今度は大人しくしててね?」



 俺が止めるように頼むと姉さんはエルフの少女にしていた関節技を解いた。



「チっ……」



 ……それと同時に少女の方から視線を感じ、舌打ちが聞こえた気がしたけど、気のせいだよな?



「ごめんごめん、つい本気になっちゃって。だいじょぶ? リセっち」

「うぅ……シオンさんはとっても怖い人間です! 助けてください姉様!! ――ぶはあっ」



 あ、言った傍から蹴った。しかもヤンキーキック。



「――あ、ごめん。でも、ゆう君に近づくのはダメ!」

「姉様は抱き着いてるのに……ですか?」

「うーん……アレは親友らしいから、いいかな」

「そんな適当な……」



 そう言いながらエルフの少女は関節や蹴られた場所を痛そうにさすっている。

 そしてもうなんとなく話の流れで分かってきたけど「姉様」とやらはどうやらシュエリアの事らしく、ようするにこの駄エルフが俺に抱き着いたせいで一連の流れが起きてしまったのだろう。

 ということで。



「シュエリア――」

「断固拒否しますわ」

「拒否権は無い、離れろ」

「ワタクシ異世界人ダカラ、コトバワカリマセンワ」

「お前なぁ……」



 どんだけ離れたくないんだよ……何がコイツにそこまでさせるんだ?



「とりあえず理由を話せよ。場合によってはこの状況も許容してやる」

「むむぅ。やむを得ないですわね…………」



 そういうとシュエリアは、それでもまだ決心がつかないのかなかなか口を開こうとしなかったが、姉さんと目が合うと、何故か急に口を開いた。



「あ、あの子は、リセリアはアレですわ、シスコンなんですのよ」

「はい?」



 だから何だというのか。そんなことを言ったらソレを蹴ってる女性は俺の義姉でブラコンなんですが。

 ん? あれ、でも、あの子は女の子なんだよな……それでシスコンって言うと……。



「ですから! あのエルフはわたくしの妹のリセリアで、シスコンのガチレズですの!!!!」

「…………はぁ」

「何! 『はぁ』ってなんですの! 聞いてなかったんですの? あの子はエルフで――」

「それはいいからとりあえず落ち着け。それで、どうして俺に抱き着く?」



 姉さんにその気がないから怒られないけど俺が女に抱き着かれてるとか、普通なら姉さんに転がされてもオカシクない。



「……あの子は男嫌いだからこうしていればユウキが盾になって安全を確保できるからですわ」

「あの、俺の安全は? めっちゃ襲われそうだったんだけど?」

「シオンが守ってくれるでしょう?」

「……その分妹さんがボコられてますけどね」

「まあそれは……自業自得ですわね」

「お前妹に大分冷たいな……」




 そこまで嫌がるほどって、どんくらい酷いシスコンなんだろうこのリセリアって子は。

 まあ見た感じシュエリアに「抱き着かれている」だけで掴みかかってくるくらいだし結構好戦的な子ではあるのかもしれない。



「ていうかなんで姉さんがシュエリアの妹……リセリア――さんを連れてきたんだよ」

「ふぇ? あぁ~そっか。うんっとね~、ちょっと前にうちのコスプレ喫茶にシュエちゃんを探しに来た時に知り合ってね? その時はシュエちゃんいなかったし、住む場所が無いって言うからとりあえず家に呼んだんだけど、ほら私忙しいし。かといって私が居ない時にゆう君と会わせるのは嫌だったし、それで連れてくる時期が遅れちゃって」

「は、はぁ」



 まあ姉さんがリセリアと出会った状況とか、その後の流れは今ので大よそわかるにはわかったのだが、そもそもリセリアはなぜ異世界からこの世界に来たのか。

 シュエリアに会うためだとしてもどうやって? なぜ今更? という感じがする。



「で、なぜリセリアさんはこの世界に? どうやって来たんですか?」

「……なんでリセリア相手に敬語なんですの? わたくしにはタメ口なのに」

「お前はいいんだよ、友達なんだから」



 俺がそういうと、シュエリアは考え込むような表情をした。



「親友とか言われたら吐き気がするほどショックだけれど、友達くらいだとカルチャーショックですわね」

「貴女は俺の事をなんだと思ってたんですかね……」

「下僕かしら?」

「…………」



 凄く可愛い笑顔で言い切りやがったよ、この駄エルフ。



「…………お前、後で覚えてろよ」

「ん、何? 脅迫ですの? ああ、アレですわね? レイ〇するんですのね?」

「しねぇよ!!!」


 

 このアホはなぜに直ぐ下の方のネタに直結してしまうのかな……。

 一応女の子で、しかも美少女なのに。



「違いますわよ、わたくしが下ネタに行きついてしまうのはわたくしにとってのユウキが年中発情期の残念童貞だからですわ?」

「人の心読んだ上に酷い暴言で訂正するのやめてくれませんかねぇ?!」

「それは無理ですわ?」

「さいですか!」

「さいですわ」



 ちくしょう、このアホの調子に付き合ってたら全然話進まない気がしてきた……

 しかもほら、せっかく話掛けたリセリアも俺とシュエリアが話してるのを見て「親し気にしやがって」的なオーラをガンガン発してるし。



「……姉さん」

「うんうん、お姉ちゃんに任せなさい! リセっち~? なんでこっちの世界に来たのか話してあげて?」

「なんで私がこんな男に――ひぃっ」

「お願いの体は成してるけど、これは命令だよ?」

「う、うぅ……」


 そういって姉さんはまたリセリアを絞め上げた。

 別に絞めろとは言っていないんだが、酷い……コイツは酷い……。



「あの二人、ブラコンとシスコンで気が合いそうなのに相性最悪だな」

「そうですわね……確かに最悪ですわ――」


 

 そう言ってシュエリアは俺にさらに強くしがみついてきた。

 余りに惨い最悪の状況におびえてるのか知らんがやたらとくっついてきて、お化け屋敷で気のある男子にくっつきたがる女子か? って感じだ。



「――あの子Mだからああ見えて喜んでそうで最悪ですわね……」

「……違う意味で最悪過ぎる」



 思ったより二人の相性は良いみたいだ。俺等からしたら最悪だが。

 てかもしかしてさっきの舌打ちは俺が姉さんにやめるように言ったからだったのか? どんだけMなんだ。



「はぁ。俺の周りに普通の人っていないのか」

「自分もその内の一人だと今のユウキには理解できないんですのね」

「お前をアンインストールしてやろうか」



 たく、本当に相変わらず話進まねぇ……。



「それで、話の続きだけど」

「痛ったた……はぁ。えっと? 何の話を……ってそうでした、私がここに来た理由と方法でしたっけ」

「そうそう」



 よかった、やっと話が聞けそうだ。



「えぇ~、まず私は姉様と同じ転移魔法を発動するための儀式をエルフの魔導士100人で行いこちらに転移してきたのです」

「おぉ、そいつはなんか凄そうだな」

「なるほど、予想通りで面白味は無いですわね」

「なら最初から言えよ……」



 この駄エルフめ、どうやって来たかなんて知ってた癖に無駄に話の腰折りまくってたのか……。



「でもまあ、そこまで大がかりなことまでして一体何のために?」

「それは勿論、姉様の為です」

「シュエリアの?」

「えぇ!」



 リセリアはそこで深く頷くとシュエリアの昔話を始めた。



 シュエリアはエルフの歴史始まって以来の天才で世界を導く王になる資質があるとか。

 昔はとても素晴らしい人徳者でその身を粉にして民の為に働く姿で多くの支持を集めていたとか。

 その容姿も姉妹随一どころか世界一美しかったとか。



 とにかくシュエリアをひたすら褒めちぎっていた。



「――とまあ、とにかく! そんな素晴らしい姉様に是非、エルフの国が迎えた危機に立ち向かうべく、お戻り頂きたいのです!」

「なるほど……わからん」

「ですわね……いったい誰の姉の話なのかしら」

「シュエリア姉様のことですよ!!」

「でもシュエちゃんってぐーたらな遊び人だよね?」

「微妙にディスられてる気もするけれど、間違ってませんわね」



 本当に、一体誰のことを言っているんだろう。

 ぶっちゃけ容姿が美しいことくらいしか共通点ないだろ。

 本人ですら否定しているくらいだし。



「それに世界一美しいとか世界を導く王だとか、そもそもわたくし達エルフは森の中にあるエルフの国という小さい世界しか知らない井の中の蛙、いえ、森の中のエルフですわ」

「ふむ、微妙に上手くない」

「三十点くらいかな?」

「この姉弟ムカつきますわね……」



 この姉弟って、姉さんと一括りにされたのか俺……?

 この変態姉さんと?



「やめろ、こんな変態な姉と一緒にしないでくれ」

「ど、どこが変態なのかなゆう君?!」

「キレるとSで俺相手にはMな所だよ」

「ぐぬぬ! いいでしょ? SとMなんてお得じゃん! モビ〇スーツみたいじゃん!!」

「それはMSだろ?! 姉さんのはSM!」

「いいじゃんSMでも! ガン〇ムだって木馬とかプレイに使えそうなのも出てくるしSMならスターダ〇ト・メ〇リーズの略にもなるんだよ?!」

「た、確かに……それなら悪くも無い、のか……?」

「この姉弟どっちもどっちですわね……」



 なんだどっちもどっちって、それだと俺まで変みたいじゃないか。



「姉様、なんなのですかこの意味の分からない言い争いは……」

「これがここの人間の日常ですわ」

「こ、これが人間の……」



 なんだろう、すごく要らん誤解を受けている気がするぞ?

 間違ってはいないんだけれど、このアホは後で飯抜きにしてやろう、妙な事教えやがったからな。



「……ま、この話も後にしよう。で、シュエリアを連れ戻しに妹のリセリアさんが来てくれたらしいけど、シュエリアは帰る気は――」

「皆無ですわ」

「――デスヨネー。って、ことなんだけど……」



 俺とシュエリアの話を聞いて、シュエリアに本当に帰る気が無いのを悟ったリセリアは、しばらく考え込むと何かいい案を思いついたように表情が明るくなった。



「ならせめてこちらで一緒に暮らしましょう! そうすればそのうちにでも祖国のエルフ達の為に立ち上がる決心もできるはずです!」

「つまらなそうだから却下ですわ」

「ま、またそれですか?! 面白いかどうかよりも大切なことが――」

「無いですわね」

「そんな……姉様……」



 流石シュエリアさん。個人の快楽を優先して王族の責務を放り出すとか流石すぎる。



「姉様! こういう話になると普通はシリアスなムードとか真面目な展開になるものでは――」

「シリアスとか苦そうですわよねぇ~わたしく甘い方が好きですわ?」

「――あの、話の種類や雰囲気に味は関係無いと思うのですが……」

「はぁ? 何言ってますの? これだから処女は」

「ぶっ!!! 姉様?! 姉様は非処女なんですか???!!」

「え……そっちですの? わたくしの方を気にするんですのね。いえまあ、まだ処女ですけれど」

「はぁ……まだ処女なんですね……よかった……ん? まだ?」

「――っ、あーあー、ホント、変な子ですわね!」

「お前らもどっちもどっちだろ……」



 こいつこんなんでよく俺と姉さんに「どっちもどっち」とか言えたよな。

 お前ら姉妹も大概変人じゃねぇか。

 というかこの流れはまた話が脱線していくやつではないだろうか。



「どっちもどっちとは失礼ですわね……ったく。それよりも――」

「なんですか姉様」

「雰囲気と味の話ですけれど」

「あ、続けるんですね」

「もちろんですわ!」



 シュエリアはそう言って無い胸を張った。

 というか今まではシュエリアの胸を無い胸……と思っていたが、よくよく見るとリセリアよりは数段大きい。

 リセリアはまるっきりのつるペタで、まな板と比べても「汗の量しか変わらない差分CG」並みに差が無いのだがシュエリアはこうしてみるとそれなりにはある。



 前にシュエリアが「わたくしはエルフの中では巨乳ですのよ!」とか言ってたけど、アレはマジだったのかもしれないな。

 と、俺が若干真面目にシュエリアとリセリアの胸を比べている間にも「雰囲気の味」の話が続いていた。



「――ですから、話の内容とか雰囲気を味で表現することってあるでしょう? しょっぱいとか、甘いとか。ピリピリした雰囲気とか辛そうですわよね」

「な、なるほど……? それはわかったのですが……本当に国に戻っては頂けないのですか?」

「……はぁ。そんなに戻って欲しいんですの?」



 せっかく乗り始めていた雰囲気の話題の腰を折られた感じたのか、シュエリアはすごく嫌そうだ。

 しかし反面、そんなことを全く気にも留めていないというか、気づいていないリセリア。



「はい! ぜひ戻っていただきたいです!!」

「……はぁ」



 シュエリアはリセリアの言葉を受けて目に見えてめんどくさそうな顔をしている。

 そんなに戻りたくないのかコイツ。



「シュエリア、前に暇だから世界を救ったりするような冒険がしたいとか言ってなかったか?」

「言ったかどうかは別として面白そうではありますわね?」

「ならいっそエルフの国を救いがてら異世界を旅してみたらどうだよ」

「なるほど……むぅ、国を救うのは怠いけれど、異世界……いえまあ、わたくしからしたら元の世界なのだけれど……旅行はいいですわねぇ」

「だろう?」

「えぇ、異世界の旅、襲う困難、危機に陥るユウキをさっそうと助け出すメインヒロインのわたくし……完璧ですわね」

「ん? 俺は行かないぞ?」

「は?」

「え?」

『…………』



 え、何この間。

 何この沈黙。



 俺も行く感じになってたのか? コイツの中では。



「いや、行かねぇよ? だってこっちで仕事もあるし、ていうか俺魔法とか使えないし」

「魔法は関係ないでしょう?」

「いや、転移魔法な」

「それなら一緒に連れていけるから問題ないですわね、わたくしとアイネなら余裕ですわ」

「おーい、アイネまで連れてく気なのかー?」



 アイネはまあいいとしても、トモリさんはどうするのか。置いていくのはあんまりだし。かといって彼女は働いてるのだし、連れて行くのはな……一応魔王だし。



「ユウキが行くところにアイネ有り、ですわ。むしろ誘いもしなかったら後でわたくしとユウキの関係を疑われかねないですわよ? 付き合ってるんじゃないか~とか」

「それは……なるほど、俺とお前で浮いた話とか絶対あり得ないが、勘違いはされそうだな」

「でしょう?」



 俺の事を好きな人……アイネや姉さんに共通するのは結構に依存度が高い。

 だからどっちにバレてもすごーく大変なことになりそうである。姉さんに関しては今話を一緒に聞いてはいるから、問題は無いだろうけど……いや、あるな、ある感じの顔してる。すごく怒ってるぞあの顔は……。

 多分俺とシュエリアが異世界旅行っていうのが嫌なんだろうなぁ……。

 アイネは単純にへそを曲げそうだ。しばらく口きいてくれないとかありそう。



「で、わたくし戻ったら何をしたらいいのかしら」

「それは……その……」



 リセリアは口ごもりながらも、シュエリアに今後国に戻ってしてもらいたいことを話してくれたのだが要約すると重要なのは二点。



 まず隣国のダークエルフ達が魔族と手を組んで戦争を起こそうとしているという事。

 そしてこれを止める為にダークエルフの王と政略結婚するか、あるいは戦争になった際に自国のエルフに被害が出ないようシュエリアの力で敵を倒し、戦争を終わらせて欲しい。



 というものだったのだが。



「政略結婚とかないですわね」

「分かります! 姉様は私達姉妹だけの姉様ですものね!」

「いえ、単純に結婚とかしてゲームしたりアニメ見る時間無くなるのが嫌ですわ」

「えっ…………」



 シュエリアの余りに危機感のない返事に呆然とするリセリアとその話を聞いてツッコミそうになる俺。

 いや、だって「政略結婚とかないですわね」って、俺に養ってもらう為に結婚(仮)した奴の言う言葉でないと思う。



「後、戦争もしたくないですわねぇ……いっそ戦争等という同格の潰し合いではなく一方的な殲滅とか、一族ごと滅ぼしてやればいいんじゃないかしら……」

「いえ、あの……それはいくらなんでも……」

「いつも他の種族は下等だと見下しているのだから、たまには純粋なエルフが優れていると見せつけてやればいいのですわ」



 シュエリアはそう冷たく言い放つとソファを立ち漫画を物色し始めてしまった。



「あ、の……姉様?」

「なんですの?」

「姉様は、本当に国に戻ってくださらないのですか?」

「何度言えばいいのかしらねぇ。戻らないと言っているのに、何回言えばわかってくれるのかしら? 十回? 百回? 千回? それともあなたが死んでしまうまでかしら?」

「うっ……うぅ…………ぐすっ……」



 ふむ。余りにも冷たい態度だな……完全に蚊帳の外なせいでただでさえ口を挟みにくいのに、リセリアが泣き出したのもあって空気まで重くなってるぞ……。



「シュエリア、いくらなんでもそれは言い過ぎだろう?」

「ふんっ。わたくし、エルフって嫌いなのよ。わたくし自身も同じエルフだと思うと、嫌になるくらい」



 そういうとシュエリアは選び出した漫画を持ってソファに座ると読書を始める。

 その間泣き続けているリセリアを一瞥もせずに。



「シュエリア、助けてやるんじゃなかったのか?」

「気が変わりましたわ。いくらなんでも状況がややこしいし、わたくしは漫画やラノベのヒーローじゃないから小難しい政治的やり取りとか戦争に介入して上手いこと大団円とかに持っていける力はないのですわ」

「そりゃあ、そうなのかもしれないけどな。いくらなんでも妹相手にああいう態度はどうなんだよ」

「……いいのよ、妹達は、少なくともあの子達だけは助けてあげるのだから……」

「は?」



 そういうとシュエリアは一息ついて、一度手に取って読み始めた漫画を棚に戻し、姉さんに声を掛けた。



「シオン、ちょっといいかしら」

「うん? どしたの? ゆう君との異世界新婚旅行とか許さないからね?」

「うん、そんな話してないですわよね? そうじゃなくて、今回の話の事なんだけれど、シオンに協力を頼めないかしら」

「ふぇ? んー……まあいいよ? シュエちゃんはうちの店員さんだし、ゆう君の『親友』だからね。多少の無理くらいなら聞いてあげるよ?」

「なんでわざわざ『親友』を強調したのかはさておき……では。シオンの力を使って我が国のエルフをこちらの世界で保護できないかしら?」



 シュエリアにそう問われた姉さんは一瞬驚いたように目を丸くしていたがすぐに真剣な顔になって考え始めた。

 にしてもこれがシュエリア流の助け方ってことなんだろうか。なんだかんだ冷たいことを言ってもそれなりに考えてはやっているんだなぁ……。



「エルフちゃんの保護かぁ……まあできなくはないだろうけど、人数とかわからないとなんとも言い難いかな……生活環境はシュエちゃんとかリセっちと同じ環境で生きていけるんだよね?」

「そうですわね、老害共は森で暮らすことに固執しそうだけれど、まあそんな奴らはどうでもいいですわ。人数は……リセリア、今のエルフの人口は?」



 先ほどまで泣かされた上放置されていたリセリアだったが、今のシュエリアの話を聞いていたのか、声を掛けられて非常に嬉しそうな顔をした。



「え、えっと! 確か500人程だったと思います」

「らしいけれど、どうかしら? シオン」

「うん、まあそのくらいならどうにかなるかな。住居と暫くの食事、あと希望する人には手狭でよければ森も用意してあげられるよ?」

「ほ、ホントですか?! ありがとうございます!!」



 姉さんの提案に、リセリアが心底嬉しそうに感謝を述べ、姉さんに握手を求めていた。

 いやあ、これまでの脱線が嘘のようにとんとん拍子に話が進むなぁ……。



「流石シオンですわ。こういう時に頼りになるのってポイント高いんじゃないかしら」

「ふふっそれほどでもないよ~。それに、キッチリ対価は貰うんだし、気にしないで?」



 ん? 対価??



「対価って……まさか一ヵ月タダ働きとかですの?!」

「いやいや、そんなんじゃあ元取れないよ、やだなぁシュエちゃん」

「え……じゃあ一体……どれだけタダ働きすれば……」

「お姉ちゃんはゆう君とデートします」

「あ、ならいいですわ」

「交渉成立だね!」

「おいまてコラ!!!! 本人の了承を得てないよね?!」

「だってゆう君に直接言ったらダメっていうでしょう?」

「直接じゃなくてもダメだけどね!!」



 この人何を考えてんだ? エルフ数百人分の住居と食費の対価が俺とのデートって、どう考えても釣り合ってないだろ?!



「エルフとはいえ数百人分養うのに俺とのデート一回って、姉さん大丈夫か?! ついに姉さんの中で俺の価値が高騰し過ぎて頭おかしくなったのか?!」

「ちょ……ゆう君。流石にお姉ちゃんでもそこまでオカシクないよ?……それにデートとは言ったけど一回とは言ってないし」

「…………は?」



 一回じゃないの? まさかエルフの人数分?



「私が養うエルフちゃん達が独立できるまでの間、年更新で週一デート権を発行してもらおうかと思ってるよ?」

「…………すいません、何言ってんですか?」



 デート権? 発行? ナニソレ?



「だからね? とりあえず今年から最低一年間毎週一回デートして、エルフちゃんが自活できるようになるまでは年間更新でデート権を維持することで私もエルフちゃん達を養いますよ~っていう契約をしようねっていうお話だよ? わかる?」

「…………うん、わかりたくない」

「よし、じゃあ契約成立だね!」

「よしじゃないよねぇ!」

「いいじゃない、別に。こんな美人姉とデートできるとかリア充爆死しろですわよ?」

「残念美人じゃなければな?!」

「あう……やめてよゆう君、そんな風につらく当たられたらお姉ちゃん……」



 姉さんは言いながら体をしならせて頬を赤くしている。

 ああ、嫌な予感しかしない。



「お姉ちゃん、そんなの興奮しちゃうからぁ!!!!」

「あぁもうわかったよ! なんかもうめんどくさくなってきたから良いことにしてやるよ! シュエリアお前晩飯抜きな!」

「なんでわたくしにとばっちりが?!」



 なんでもなにも、とばっちり処かコイツの所為だろう。



「……まあ、いいですわ。それじゃあとりあえず、後日予定を詰めてエルフの民共を救うということで……リセリア、いいかしら?」

「は、はい! ありがとうございます姉様!!」




 こうしてこの日はシュエリアの妹、リセリアとの初対面を終えた。

 後日シュエリアは姉さんとの予定日の確認やエルフ移住計画についても色々とかったるそうな話をしていたが何だかんだでエルフ達の移住は成功し、危惧していた老人達の我儘にも森を与えて対処。

 こちらの世界に来たエルフ達は姉さんの紹介した仕事に就くことでこちらの世界での生活に慣れて行った。




 まあ、その間俺は姉さんに振り回されることになったのだが、それはまた別の機会に。

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