第13話 映画館って単体で見たことないですわね?

「映画館って単体で見たこと無いですわ」

「ん?」



 いつも通りの暇な休日に耐えられなかったシュエリアがいつも通り何か変なことを言い出した。

 で、今回はなんだ、映画館を見たことが無い?



「映画館くらいよく見ると思うが」

「人の話聞いてないんですの? 映画館を『単体』で見たことが無いと言ったのですわ」

「単体で……?」



 それはつまり、アレか。デパートとか大きな複合施設に入っている映画館は見るが、映画館として単体の建物を見たことが無いという話か。



「まあ、今時珍しいのは事実だな」

「でしょう? ということで映画を見たいですわ」

「あぁ……うん?」



 いやまて、どういうことで映画を見たいという話になった?



「なんでそういう話になる」

「いえ、だから、映画館を見るついでに、映画を見たい、と」

「あぁ、そういう」



 普通は逆……というかそもそも映画館を見るという主目的自体が可笑しいのだが、まあ本人がそれでいいのならいいか。

 丁度よくというか、いつも通りというか、暇だったし特に見たい映画があるわけでもないのだが、シュエリアとはまだ映画館に行ったことが無い。

 そういう意味では映画館に行ったコイツがどういう反応をするのかはちょっと面白そうだ。

 となると後は。



「で、どうする? 二人で行くのか?」

「いえ、それはキモいからアイネとトモリも連れて行きますわ」

「おいまてコラ」



 別にアイネとトモリさんを連れて行くのは構わない、だが問題はそこではない。

 キモいってなんだ。



「なんで二人で行くのがキモいんだ、あ?」

「いえ、だってそれじゃあデートみたいじゃない。二人っきりで映画館行くとか無いですわ」

「百歩譲ってデートみたいだから嫌ってのはわかるがキモいとまでいうか?」

「えぇ。だって、もし二人で行ったら恋愛映画とか見る気なのでしょう? 童貞怖いですわ」

「見ねぇよ! 俺が恋愛物のドロドロした感じ苦手なの知ってるだろうが!!」

「……あぁ、確かに。でもやっぱり童貞キモいから嫌ですわ」

「…………」



 まあ、もう、この際童貞扱いが確定してるのとかもどうこう言わねぇよ……。

 元々こういう扱いだし。



「……それで? アイネは家に居るからいいけど、トモリさんはどうするんだよ。あの人今朝から居ないぞ?」

「ん、そうね。トモリならライン知ってるから今連絡しますわ」

「トモリさんラインやってんのかよ……」



 それは知らなかった。というか一緒に暮らしてはいるが俺、トモリさんの事全然知らない気がするな。



「一旦家に帰るそうよ。現地集合だと迷うからって」

「まあ、それが一番だな」



 極端に方向音痴の天然物だからな、あの人。



「ということで、トモリが来るまでにアイネに声を掛けておいて欲しいですわ。わたくしは外出の準備をするから」

「はいよ」



 行きたいと言い出したのはコイツなのに誘うのは俺なのか、とか思わないでもないが仕方ない。

 これでも一応女の子なので準備に時間が掛かるのだろう、多分。

 そう思いながら、俺はシュエリアの部屋を出て自分の部屋に向かった。



「アイネ、映画見に行くぞー」

「にゃー」

「うん、なんて言ってるかわからんが多分オーケーだな」



 俺の部屋に居たアイネは猫の姿だから何を言っているのかはよくわからなかったが、否定的な感情は含まれていないようなので大丈夫だろう。

 さて、それじゃあ、アイネ達の準備が終わるまでに俺も軽く準備しとくか。

 映画館だけの営業をしてる場所を探す必要もあるしな……。



 …………そして一時間後、俺達は映画館まで来ていた。

 平日なので人はさして多くも無く、初めての映画館には丁度いいくらいの穏やかな雰囲気を感じさせる。



「兄さまと二人っきりじゃなかった……」

「なんかめちゃくちゃテンション下がってるわね」

「あぁ。映画行くとしか言ってなかったからな」



 準備のできたアイネとシュエリア、そして帰宅したトモリさんと共に予め調べておいた映画館単体の施設に向かうここまでも、ずっとアイネはテンション低めだった。

 若干悪いことをした気がしないでもない。

 まさかコレでテンションが下がるとは思わなかった……。



「ま、まあアレよ、席はユウキの隣に座ればいいですわ? ね?」

「うぅっ……それならまぁ……」

「(思ったよりちょろいな)」



 どうやらもう問題は解決したようだ。

 最近のシュエリアはアイネの扱いがある意味で俺より上手い気がする。



「で、シュエリアさんよ。映画館を見た感想とかないんですかね」

「ん? あぁ……そうねぇ。ボロいわね?」

「どストレートに酷評するなお前」



 これはあくまでもここが古き良き映画館だからであって、別に映画館だけでやってる場所が全てこう古いわけではないはずだ。

 というかコイツが見たいというから態々ここまで来たのに感想が随分と薄っぺらいな……これが小並感って奴か。



「でもそういうのも含めて雰囲気はある気がしますわ?」

「さいですか」

「さいですわ」



 まあ、シュエリアの表情を見るにそれなりに満足はしたようなのでこの件はよしとしよう。

 後はこれから見る映画だが。



「ただ問題は、映画もそこはかとなく古いというか、あの、ポルノ映画のポスターはカンベンして欲しいわね?」

「あぁ……うん」



 確かに、恐らく張りっぱなしなのであろうボロボロのポスターが壁やカウンターのあちこちに貼ってあり、それらの中には若干イヤらしさのあるポスターもちらほらと。



「このポスターの中の大半の映画はもう上映期間終わってそうよね」

「ですね……でも、あ、ああああ、あの辺の恋愛映画はちょっと興味があるような気がしますっ」



 アイネが指さして見ているのはポルノ映画のポスターだ。

 うん、声が上ずってるのはわかっているのかいないのか、興味はあるが聞くのは止めよう。俺の中のアイネのイメージの為にも。



「まあポスターは良いとして、何か見たい映画はあるのか?」

「ん? 私は特にないですわよ? 同じので構いませんわ?」

「私も兄さまと同じのがいいですっ!」

「うん、その同じの注文しますみたいなノリで言ってるけど逆に一緒に来て映画を別々に見るとか斬新か」

「おぉっ……」



 おぉってなんだ……なんでちょっと「そんな考え方もあるのか」みたいな反応なんだ。



「トモリさんは――」

「任侠物がいいです~」

「よし、俺が決めるわ」

「あらあらぁ……」



 なんで女性三人男一人の構成で任侠映画という選択肢になるのか、いや、まあ見たいのを見るという意味では間違ってはいないんだが、なんというか色々違う気がしないでもない。



「とりあえず新〇誠のにしよう。どれとは言わないが」

「まあいいんじゃないかしら。レビューも上々ですもの」



 映画見る前にイマドキのレビューとか見ちゃうのはどうなのかと思わなくもないが、まあ賛成してくれる分にはいいか。

 あんまりレビューでネタバレ食らって楽しめなかったら自己責任ということで。



「じゃカウンターに並んでチケット買うぞ」



 そういって俺は三人を先導するようにカウンターに立った。



「大人一枚お願いします」

「はい、はいー」



 受付のおばちゃんは70代くらいだろうか、中々のお年の方なのでもしかしたらこの古き映画館を営んできた家系の方だったりするんだろうか。

 そんな事を考えながらカウンターの列を離れようとしたとき、俺の後ろにいたシュエリアの声が耳に入った。



「シニア一枚お願いしますわ」

「はい……はい?」



 うん、おばちゃんも流石に自分の耳を疑ったようだ。そりゃそうだろう、あのアホは確かにシニアチケット対象の55歳以上の年齢ではあるが見た目はJKだ。どう考えてもオカシイ。



「おいシュエリア、お前は大人料金だ」

「なんでですの?!」

「なんでも何もないわ! お前どうみても17、8だろうが!」

「サバを読むのはよくないですわ!」

「そういう問題じゃ――」



 俺がシュエリアのアホを説得している最中、シュエリアの後ろに居たアイネとトモリさんもおばちゃんにチケットを頼んでいた。



「シニアチケットを二枚――」

「待て待て待て!! アイネは子供用! トモリさんは大人用です!」

「なんで私だけ子供なんですかっ!!」

「そうですわ! わたくしはJKでいいでしょう!!」

「いえっ私は大人用がいいですっ!」

「シニアチケット買おうとしてた連中が何言ってやがる!」

「あらあらぁ~」



 なんだこのメンドクサイ連中は……。



「もういい、俺が皆の分も買うから待ってろ……」



 俺は再度カウンターへ行くと、大人二枚と子供一枚を頼んだ。



「これでいいだろ?」

「あの……これ子供用なんですが……」

「安く上がる分にはよくないか?」

「うぅ、そういう問題では……」



 何故だろう。なんかアイネがまた落ち込んでる?



「ほんっとユウキって乙女心とか理解しようとしないわよねぇ」

「は? どういう意味だそれ」

「そのままの意味ですわ。理解できないというより、そもそも理解しようとして無い感じですもの」



 んー? シュエリアのいうことはよくわからんがどうやら俺はアイネの事を傷つけてしまったようだ。



「ふむ……ん、そうだ」



 どうしたものかと考えていると視界の端にポップコーンが映った。

 子供用のチケットで浮いた金でアレをアイネに買ってあげたらどうだろうか。



「アイネ、ポップコーン食べないか?」

「兄さま……私はそんなにちょろくありませんっ」



 ふむ、これが乙女心というヤツか……。

 ホントにそうか?



「……食べさせてやろうか?」

「ユウキ……流石にそんなことで乙女は――」

「今すぐゴーですよ兄さまっ!!」



 うん……乙女心ちょろいな?



「トモリさんとシュエリアも、なんか買っとくか?」

「……じゃあわたくしはコーラが欲しいですわ」

「私は~緑茶~を~」

「はいよ」



 流れとはいえ浮いたチケット代より散財した気がするがまあいいだろう、どちらにしろ買うことにはなっていた気がするし。



「さて、席は真ん中の方だな。高さも左右の位置も丁度いい真ん中だ」

「他にいい席は無かったんですの? もっと前の方が画面がよくみえそうですわよ?」



 シュエリアが抗議してくるが、それはある意味あっているがある意味で間違ってもいる。

 確かに最前列などは画面が近くて大迫力で見ることができるという利点はあるがその分画面の端々まで見るのが大変な上に画面が上の方にまであるので首を軽く上に向けてないと全体を見難い、つまり長期間の上映では多少なりとも首にくるのだ。



 そういう意味では後ろ過ぎず、前過ぎないこの席はバランスよく映画を楽しめる位置だと俺は思う。

 そう、つまりこの席は他に席が空いて無いから選んだわけではない。

 というかむしろ、俺達以外の客はほとんどいないようだ。



「それで、アイネは俺の左隣、シュエリアは右隣だ」

「で、わたくしのさらに右がトモリですわね」



 お互いに席を確認しながら着席し、椅子にコーラやポップコーンを置く。

 この手すりの部分って左右でどちらを使うか迷う設置になってたりするんだけど、此処のは椅子毎にキッチリ分かれているようだ。



「上映までって結構長いのかしら?」

「そうだな、予告映像とか宣伝、注意勧告とかあるから、それだけでも十分くらい持ってたりすることもあるか」

「それは……長いわね」



 そういうとシュエリアはスマホを取り出してアプリをやろうとした、が。



『館内では携帯電話の電源を切り、通話はお控えください』

「――だそうだが」

「…………黙って待ってろって事ですわね」



 まあ、そういうことだわな。

 といっても、映画の宣伝映像というのも意外と悪くないものだ。

 上手くつくられた宣伝には面白いシーンや臨場感や迫力のある場面を上手くつなぐことで映画の面白さを短い時間に凝縮してスピーディに感じ取ることができ、なおかつ繋ぎのセリフ等によって見る前から視聴者にミスリードを誘い実際見た時の感動や驚きを大きなものにしてくれるモノまである。



 そういった映画の宣伝とはそれ単体がある意味一つの作品として仕上がっているともいえる。



 故に俺は宣伝映像を色々深読みしながら見るのが好きだったりする。



「宣伝とか見て、観たい映画あったらまた見に来るっていう手もあるだろ? とりあえず大人しくしとけ」

「じゃあ面白そうなのがあったらユウキの奢りで見に来ることにしましょう」

「なんでそうなる……」



 

 コイツが大人しく映画を見る条件に俺が映画を奢るってオカシクないか……。

 いやまあ、それがデートとかならまた別なんだけどな。



「兄さま兄さまっ」

「ん? どした、アイネ」

「あーん」

「?……あ、あぁ」



 そうか、そういえば食べさせる約束だったな。

 だがまだ上映もしてないし、今から食べちゃうと上映中持たないんじゃないか?

 まあ、でも。



「あーん。あーーーーん」



 なんか、一生懸命あーんしてるアイネが可愛いからいいや。



「はいよ」

「ん……んぐんぐ、兄さまっあーん。ですよっ」

「はいはい、あーん」

「ん、はぐ――」



 俺に手渡されたポップコーンを、若干俺の指を口に含みながら食べる姿を見てるとこう、これってアイネが猫の時にしてるご飯の手渡しと変わらないな、と。

 そんな気がしてきた。



「はい、あーん」

「あーん……んうんう」

「暗がりで少女を餌付けする男……犯罪ですわ」

「あらあらぁ~まぁ~」

「人聞き悪いわ」



 まあ確かにアイネの機嫌を餌で釣ったと言えなくもないわけだが……。

 それにしても言い方ってものがあるだろう。

 


「ふむ……ねぇユウキ」

「なんですかシュエリアさん」

「……なんで急にさん付けなのよ」

「イヤ、なんか凄く変な事を言う雰囲気だったからつい」



 こういうタイミングでコイツが態々名前を呼んで会話を始めるときは変な思い付きを俺に指示するモノだと、俺の直感が言っている。



「私にもあーんしてみて欲しいですわ」

「ほらきた」

「別に変なことは言って無いですわ?」

「いや、十分変だから。俺がお前にする理由が無い」

「でも仮にも嫁ですわよ?」

「……そうだった」



 確かに夫婦なら、アツアツの新婚さんならあーんくらいはするだろう。

 でも、俺が、コイツに? いやあ……無いだろう。

 少なくとも、俺はコイツを、好きか嫌いかで言われたら好きなくらいには好きだが、コイツは俺をそんなに好きではないと思う。



「トモリさんにしてもらったらいいんじゃないか」

「あら、ポップコーンはアイネとユウキの間にあるのよ? ならユウキにしてもらうのが一番効率的でしょう?」



 そりゃあそうだろうが、この際効率的かどうかは問題ではない、と言って通じるシュエリアじゃないのはよく知っている、仕方ないからさっさとやって終わらせよう。



「はいはい、あーん」

「あーん……ん、うん。今更だけど『あーん』ってイントネーション変わったらエロいわよね?」

「……お前今すぐ張り倒すぞ」



 言われたとおりに食わせてやったというのに、アイネと違って若干指ごと行かないようにイヤそうに避けてやがる上に食った感想とか無しにどうでもいい下ネタで返してくるとかコイツ何がしたいんだよ……。



「あらやだ、今の会話の流れで暗い映画館で押し倒すなんてそれこそ『あーん』なことになりますわよ?」

「そんなのダメですっ!」

「あらあらぁ」

「もうヤダこいつ等……」



 主にシュエリアが悪いのは確実だが、そのシュエリアの軽口に乗せられてしまうアイネと、冗談と分かってて楽しそうに笑ってスルーしてるトモリさんも大概だ。



「……もうお前ら映画終わるまで口閉じてろよ」

「なんですの急に」

「急じゃない、上映中は静かにするのがマナーだからな」

「ふうん」



 なんか返事がわかってんのかわかってないのか微妙な感じだが、一応は納得したようだしいいとしよう。

 とりあえずこれでシュエリアは静かにしてるだろう。

 そしてトモリさんは元々騒ぐタイプではないから大丈夫だし。

 後は――



「兄さま兄さまっ。あーんです、あーんっ」

「あぁ……うん」



 アイネはまあ、シュエリアが変な事しなければ騒がない気もするが、それでもテンションの高さはシュエリア以上だったりする子だから一応注意しとくか。



「アイネも上映中は静かにしような?」

「うー、お口チャックですかっ?」



 俺に静かにするように言われると、アイネは少し困った様な顔をした。



「? 嫌なのか?」

「それじゃあーんができないですっ」

「あぁ……飲食するときは口開けていいんだぞ?」

「おぉっ……そんな抜け道がっ」

「抜け道は違うと思うんだが……」



 なんでそんな悪い事しているような表現するかな……。

 まあでも、これでアイネも大丈夫だろう。

 後は静かに映画を楽しむだけだな――。




 そして15分後。




「くーーー……」

「スースー……」

「ふにゃ……」

「(なんで三人して寝てやがる)」



 映画を見ている途中で目の疲れや肩首の疲れ、そして映画館の暗さで眠くなるのは分かる。

 だがそれは途中の話だ。断じて始まって15分程度の序盤での話ではない。



「とりあえず起こすか――おい、シュエリア起きろ。映画見るんだろう?」

「……だが断る……ですわ……」

「意味わからんタイミングで名言を誤用するなよ……起きろ」

「……チッ、しかたないですわね」

「そんなに嫌なのかよ……」



 コイツの寝起きの機嫌が酷いのは知ってたがまさか舌打ちされるとは思わなかった。



「……アイネとトモリも寝てるのね?」

「あぁ、トモリさんはいつの間にかな。アイネはポップコーン食べ終わったらお腹いっぱいになったのかぐっすりだ」

「あぁ……まあ、ある意味アイネは目的を達成してるから寝てもいいのかもしれないわね?」

「……そう、なのか?」



 目的って……ただポップコーン食べただけだよな……何、アイネって食いしん坊キャラなの?



「とりあえずトモリは私が起こしますわ。ほら、トモリ」



 そういうとシュエリアはトモリさんの鼻と口を塞いだ。

 最初にアイネを起こした時も思ったけどコイツ人を起こすのになぜ窒息を選ぶんだろうか。



「このままだとアイネも同じことされそうだし、起こしてやるか」



 俺は隣に居たアイネを揺すって声を掛けた。



「アイネ、起きろ」

「…………にゃ?」



 寝起きだからか口から出たのが猫の発音だったんだが、まあ大丈夫か。



「映画……もう終わりましたかっ」

「なんでちょっと終わって欲しそうなんだよ……まだ序盤だよ」

「あぅ、そうでしたか……じゃあおやすみなさい」

「おう、おやす……いやまて、起きろって。映画見ろよ」



 なぜこの期に及んで寝ようとするのか……なんだろう、あんまり好きなタイプの映画じゃなかったんだろうか。



「えぇ……じゃあ、兄さまの膝の上に行っていいなら、見ますっ」

「あぁ……もうそれでいいか」



 まあ他に客も殆どいないしアイネが俺の膝の上に居たとしても迷惑になることもないだろう。

 余りしつけとしてはよろしくないわけだが……椅子が壊れないことを祈るばかりだ。



「よし、これならいいか。アイネ」

「はいっとっても幸せですっ」

「うん?……それはよかった」

「うわぁ。ちょろいですわ」



 なんだろう、今シュエリアになんか言われた気がするんだが、声が小さかったのと映画館特有の爆音の所為で殆ど聞こえなかった。



 その後、予想外なことにシュエリア達は寝ることも無く、特段騒ぐことも無く映画は終わった。

 まあ、アイネが俺の膝の上で終始上機嫌で体が躍ってたから俺は非常に映画が観難かったのだが、終盤の感動的なシーンではアイネも動きを止めて見入って、なんか目がうるうるしてた。

 シュエリアは意外に真面目な顔して観てた辺り意外と気に入ったのかもしれない。

 トモリさんは……よくわからなかった。いつも通りの表情でじーっと観てたくらいで。



「シュエリア、映画は楽しめたか?」

「えぇ、そうね。うっかり序盤に寝てしまったのは勿体なかったですわ」

「そうか、じゃあ次は家で観るんだな。寝ないように」

「そうですわねぇ」



 とりあえず家で観るという話をしたのは何も俺が気に入ったからとかではない。いや、もちろん作品は面白かったし、好きだが。

 一番の理由はここで「最初からちゃんと観たい!」とか言われたらそれは嫌だからだ。



「アイネも楽しそうだったし、来てよかったな」

「次は兄さまと二人っきりがいいですっ」

「ん? そうだな、その内な」

「約束ですよっ兄さま!」

「ん、うん?」



 なんだろう、約束と言ったアイネの声にやたらと力が入っていた気がする。元気なのはいいことだな。可愛い可愛い。



「で、トモリさんはどうでした?」

「はい~血が足りないです~」

「……あぁ、貧血ですね、わかります」



 そうだな、映画中寝てたのも貧血で疲れ気味だったんだろう。

 決して映画に流血沙汰が無かったとか、そういう意味ではない、ハズだ。



「とりあえず皆満足したということで」

「そうですわね、それじゃあ――」



 みんな満足したんだし、時間ももうそろそろ夕方になるし、そろそろ帰る頃合いだろう。



「――次の映画はアレがいいですわ!」

「おい待てコラ」

「へ? なんですの」

「いや、今の帰る流れだったろ?」



 なんでこの流れで次の映画に行くんだ……そもそも一個目の序盤ですら寝てた癖に二個目行くか? 普通。



「いえ、だって、ねぇ?」



 シュエリアは何か微妙な相槌を打ちながらも、アイネとトモリさんの反応をうかがった。



「そうですね、もう一つくらい観てみたいですっ」

「今度は~任侠物が~いいです~」

「ほら。どうですの?」

「えぇ…………」



 ほらとか、どうだと言われてもな……。



「じゃあトモリ、観たいのを選んでくるといいですわ」

「はい~わかりました~」

「えっ……ちょ……」



 シュエリアがトモリさんにチケットを纏めて買ってくるように促すと、俺の返答も待たずにトモリさんはさっさとカウンターに行ってしまった。



「シニア三枚と~大人一枚~お願い~します~」



 ……おい。



「え? はい?」

「ですから~シニア三枚――」

「――すみません、大人三枚と子供一枚で」

「はい、はい。大人三枚。子供一枚ね」



 はぁ、コイツ等にやらせてたら色々と面倒になりかねないか……。



「仕方ないから付き合うが、変なことはするなよ、あと、寝るな」

「えぇ! わかってますわ」

「また兄さまのお膝の上でいいです?」

「血が~足りないです~」

「ホントに大丈夫か……?」



 なんか各々勝手ばかりしそうな気がするんだが。

 まあ……いいか。もう慣れたわ。



「さあ、上映までにまた飲み物を確保ですわ!」



 そういって駆け出すシュエリアの首根っこを掴んで歩かせ、俺は彼女達の初映画館を見守ることになった。



 ……その後、最初に俺、二番目にトモリさんの選んだ映画を見たという理由でシュエリアとアイネの選んだ映画も見ることになった俺は、とてつもなく気疲れし、もうコイツ等とは映画館に行きたくないなと思った……。

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