第12話 新しい暇人をゲットしましたわ
唐突だが、俺の過ごす日常にはエルフや猫の勇者が居る。
さらにはブラコンの姉やその部下で白衣の天使に憧れて地上に来たリアル天使とか色仕掛け以外は能無しのダークエルフとか、とにかく、普通なら非日常に部類されるようなおかしな連中が多い。
そういう意味で言えばライトノベルなんかに出てくる主人公の「俺は平凡な高校生で至って普通な学園生活を謳歌している」とか「俺はこんな平穏な日常こそを愛している」みたいな発言には納得しかねる物がある。
というのもそれは別に「そもそもお前の日常は平凡でも平穏でもないだろ」とかいうリアルなツッコミがしたいからではなく、単に「周りにこんな濃い連中のいる日常を謳歌したり愛せる訳ねぇだろ」という事である。
ようは、アレだ。もういい加減新しい厄介事が増えるのは御免なわけで――
「てことで、元の場所に返してこい」
「てことで、って何よ。どういうことよ。元の場所に返してこいも何も、彼女の居るべき場所は私の隣よ?」
そう言い張るシュエリアの隣には艶やかな黒髪が映える和服美人が座っていた。
その美人さんは余りにも美しく、また、非常に浮世離れしたような雰囲気を持っていて、なんだか妙に儚さを感じさせ、見ようによってはなんというか『江戸時代に死んだ薄命美人の幽霊』っぽい。
そんな彼女をシュエリアは拾ってきてしまっていた。
「亡霊は暗黒に帰れ」
「亡霊じゃなくて魔族よ?」
「じゃあ魔界に帰れ」
「こんな美人なのよ? もう一生会えないわよ?」
「その手口に乗ってお前を迎え入れてからもう半年、猫の勇者やズレた天使や駄ークエロフと見た目は美少女中身は色物に出会ってきた俺にはその方法は二度と使えないと思ってもらおうか」
まあ猫の勇者は俺が拾ってきたんだけどさ。
などと、俺とシュエリアにより既に若干話が逸れ始めてきて、その後も延々と不毛なやり取りをする中、シュエリアの隣でボーっと、微笑を浮かべながら話を聞いている和服美人さん。
シュエリアは不毛な話し合いに飽きたのか、そんな美人さんに話を振った。
「トモリ、貴女からも何か言ってやるべきですわ」
「え~、そうです~ねぇ~……私は亡霊ではなく~魔族です~」
『今そこツッコむの?!』
もうその件から数十分は経過しているので、そのツッコミはワンテンポどころではなく遅いんだけど?
「魔族で~サキュバスで~…………魔王です~」
「そ、そうなんだ……サキュバスね、うん…………うん? サキュバスで、なんだって?」
「ですから~魔王です~」
「あぁ、魔王、魔王ね、うん、知ってる。世界とか滅ぼす奴だ」
なるほどー、魔王かー、それはすごいなぁ……。
「よしシュエリア、今すぐ魔界に返してこい」
「待ってユウキ。気持ちはわかるわ? でも待って?」
「なんだシュエリア、まさか『魔王と一緒に暮らす機会なんて二度とない』とか言うんじゃないだろうな?」
俺の言葉にシュエリアは首を左右に振った。
「それはもう言わないわ。でも、トモリは魔王だけれど別に世界を滅ぼしたりはしないわよ」
「それで?」
「安全面は保証できるから、後はトモリという新しい家族を迎え入れるかどうかという話ということですわ」
「いや……うん、なんでそんな『簡単な話でしょう?』と言わんばかりのドヤ顔なんですかね」
そもそもこの魔王が……トモリさんが安全だとして、それでなんで俺が彼女を家に迎え入れなければならないのか。
「そもそもトモリ――さんはなんでここに居るんだ?」
「それはトモリが公園でこの格好で、無駄に高そうな和装でボーっとしてたから面白そうだなぁと思って声を掛けたのよ」
「ほう。既にお前の所為じゃないか」
ここ最近このエルフはアイネの魔法のおかげで尖った耳を隠して人間と同じ姿に成れるようになったので嬉々として外出するようになった。
最初の内こそコイツを野に放つのが不安で一緒に出掛けていたのだが、最近は一人でも出かけるようになっていた。
その矢先に、これである。もう本当になんて迷惑な駄エルフなのだろう……。
もしこれがもっとやむにやまれぬ事情という物があったのならまだしも、捨て猫拾ってくる感覚で魔王持ってこられても困るだろう、普通。
「……私の所為かは別として。それで話を聞いたら異世界人で元は魔王、しかもこちらに来た理由が『魔王職が肌に合わなくて暇だったから』というじゃない。これは私やアイネの同胞だと思って連れてきたのよ」
「うん、連れてくんなよ」
もう正直、内心では『これはもう一緒に暮らすパターン入ってるんだろうな』とは思ってるんだが、それでもできる限り抵抗していきたい気持ちもある。
何しろアイネはまだ勇者で俺の妹だったからいいがトモリさんは他人で魔王だ。
っていうか、もう既に勇者が居る家に魔王を連れ込むって、どういう神経してんだこのエルフは。
「でも、トモリは美人だしサキュバスだから男のユウキからしたら凄く――」
「――凄く危険な相手だな?」
「……凄く魅力的な相手でしょう?」
……コイツ、俺の話聞いてねぇな、というか聞かないつもりだな。
「色々吸われるだろ、それ」
「色々吸わないわよ! ねぇ? 大丈夫よね、トモリ?」
俺の危惧とシュエリアの答えにトモリさんがゆっくり反応した。
「そうですねぇ~普通に人間の食事でも~栄養は摂れますし~、男性なら~誰でもいいわけでは~ないので~」
「ほら! 大丈夫よ!」
……うん、確かに大丈夫そうではあるんだけど、なんだろう、最後の一言で妙に傷つけられた気がするんだが。
「……じゃあ、安全面はいいとして、だ」
ホントはあんまりよくはないんだが……主に勇者と魔王の対峙とかが一番安全面的によろしくないんだが、それはまあ置いておくとして。
「生活費とかはどうする気なんだよ」
「アイネのは出してあげてるのにトモリはダメなんですの?」
「アイネは容姿的に働けないから仕方ないだろ? それに妹だし。でもトモリさんはそうじゃないだろ」
どうみても20代前半くらいのお姉さんと言った感じで、和服の上からでもわかるほどの大きな胸とスタイルの良さが相まってどう考えても社会人で通用するルックスだ。
アイネのように子供扱いされて働き口が無いということも無いだろうし、まあ人間社会の常識があるかどうかはかなり怪しいが、それでもトモリさんの分まで出費が増えるのはな……。
「なるほど、つまりトモリのサキュバスとしてのスキルとエロい体とを使って奉仕して稼ぐか体で支払えというつもりですわね? あーあー嫌ね、イヤらしいイヤらしい」
そういうとシュエリアは大げさに首を振ってみた。
なんだコイツ、俺を何だと思ってやがるんだ。
「誰もそんなこと言って無いだろ……」
「イヤらしいことは~得意です~よ~?」
「うん、トモリさんは黙っててください」
「……あらあら、そうですか。ふふふ……くふふふ………」
なんか今つい話の流れでトモリさんにキツク当たってしまった気がしないでもないが……そんなことよりどちらかというとトモリさんの話し方が気になったんだが……。
「トモリさん?」
「……はい~なんでしょう~?」
「あれ……? いえ、何でもなかったです」
俺の違和感を確認しようと思ったのだが、思ったよりトモリさんは先ほどまでと同じ間延びした調子だ。
気のせいだったのか……?
「で、どうするのよ、トモリのこと」
「どうするって言われてもな……まあ、トモリさんが働いて稼ぐ分には、同居しても構わないけど」
「なるほど、でもサキュバスで魔王が働ける場所なんてそうは無いわよね」
「だろうな。サキュバスって催淫とかあるんだろ? 普通に男性客の多い店とかアウトだろ」
まあ程々に催淫する分には客引きにはなりそうだが……。
「シオンの所は……ダメね、お客って殆ど男ばかりだし」
「だろうな。となると後は――」
この後、数十分ほど俺とシュエリアがあれじゃないこれでもないとトモリさんの就職について話して居ると、当の本人がゆっくりと口を開いた。
「あの~。私の催淫効果は~完全に制御できるので~大丈夫ですよ~?」
「……マジですの?」
「それ最初から言ってくださいよ……」
なんで俺とシュエリアの話が始まってからこれほど経ってからそんな大事なことを……。
「聞かれなかった~ので~」
「まあ、そうですけど……」
ことここに来て、俺はこの魔王兼サキュバスのトモリさんを、どうも天然何じゃないのかと思い始めていた。
公園で和服姿でボーっとしてたとか、魔王が暇だからこっちの世界に来たとか、今の催淫の制御の話といい、どう考えても若干どころではなく色々ズレている天然さんとしか思えない。
「とりあえず、催淫問題もないなら、姉さんの所でシュエリアと一緒の方が良いってことになるか」
「そうですわね。それが良いと思うわ?」
「ということで、いいですか? トモリさん」
俺がトモリさんに確認を取ると、トモリさんは頷きながら答えた。
「はい~問題ありません~」
「そうですか、それじゃあ、これから一緒に暮らすことになるわけだし、よろしくお願いします」
「よろしく~お願いします~」
ふむ……とりあえず仕方ないとはいえ一緒に暮らすことになったわけだし、少しトモリさん自身について色々聞いて置いた方がいいだろう。
「トモリさん、ちょっとトモリさんの事で色々質問してもいいですか?」
「えぇ~どうぞ~」
「では、なんで和服着てるんですか?」
これは結構重要な質問だ。
なぜならこの和服、かなーり良い素材を使っているのが見ただけで分かる。
とんでも無く高そうな和服を着た異世界人、ならその和服は何処から出てきたのか、どう手に入れたのか……。
場合によっては事案である。
「それはですねぇ~こちらに来てすぐに見つけて~気に入ったから~買ったんです~」
うん、もうさっそく嫌な予感しかしない。
「そうですか。ちなみに、異世界人のトモリさんが来たばかりでどうやって買ったんですか?」
「それは~…………」
俺のどうやって買ったのかという質問に、トモリさんは一瞬言いよどんだ。
「――それはですね。羽振りのよさそうな男性に催淫を使って買わせたんですよ」
「あぁ、そうだったんですか……うん」
今完全に間延びせずにハキハキと喋ったな? この魔王。
思いっきりキャラ付けじゃねぇか、おっとり属性。
これも一応確認しとこうか。
「あの、その間延びした喋り方は、地ですか? それとも今さっきの淡々とした喋りの方が地ですか?」
「そんな事を知ってどうするんです……か~?」
「思い出したように間延びして喋らないでくれます……?」
これは完全に間延び口調はキャラ付けですね、わかります。
「ユウキは一体何を気にしているのよ……トモリは天然でおっとり属性の魔王兼サキュバス、でしょう?」
「そう~ですよ~」
「……もう、それでいいか」
なんか最近、色々な異世界人が周りにいるせいでふとしたときに諦めがつくようになってしまった気がする。
「さ、他に質問は?」
「……無いかな」
「あら~ご興味~ないのですね~」
「そういうわけでは……無いんですけどね」
「?」
ちらりとトモリさんを見やると、裏のありそうな笑顔でこちらを見ていた。
……うん、下手に地雷踏みたくないから質問できねぇ!!
と、まあ。こうしてまた一人新しい家族。魔王でサキュバスのトモリさんとの同居が始まったのであった。
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