第9話 勇者現る……ですわ?

 俺という人間はつくづく運が無いと思う。

 ただでさえクソ寒いその冬日。外出中にこの時期では比較的珍しいゲリラ豪雨に苛まれ、俺は凍えそうになりながらも直ぐに家に帰ることにした。



 そして運の悪い時というのは災難が続くもので、その日その災難は俺の家の前で待っていた。



 それは冷蔵庫くらいなら入りそうな大きさのダンボールだった。

 で、そのダンボールの表面には張り紙がしてあり「拾って下さい」と書いてある。



 超怪しい。超絶怒涛の災難臭がする。

 これを拾ったら恐らく非常にメンドクサイことに巻き込まれる事は間違い無い――




「――ということで、拾ってきましたとさ」

「ということでじゃねぇですわよ! なんでそんなものをわたくしの所に持ってくるのよ!!」

「いや、だってこの大きさだぜ? 犬猫ってことも無いだろうし、不審人物とか入ってたら困るじゃん? 運んでくるときに『いたっ……』とか『もっと優しく運んで欲しいですっ……』って言ってたし」



 そういやその時の声は可愛い声してたな、もしかして捨て美少女だろうか。



「それ、完全に中身は人間じゃない!! 何よ? 豪雨の日に人様の家の前にダンボール内での拾われ待ちって! 絶対に不審者ですわ! こんなにヤバい奴見たことないですわ!!」



 いやまあ、確かに怪しいし、いくら可愛い声だったとはいえヤバい奴ではあるんだろうけど……。



「ヤバい奴っていうんならシュエリアという前例があるからなぁ……」

「わたくしこのレベルなんですの?!」

 


 そりゃまあ、出会い頭に「楽しませなければ自害する」とか脅迫する奴は間違いなくヤバい奴だろう。



「で、これ。どうしようか」

「え? 無視なんですの?…………拾ってきた本人が責任を持つべきですわ」

「ふむ。じゃあとりあえず、中に居る人を出すか」



 とはいえどうしたものか。出てきてくださいと言えば出てくるんだろうか。それとも此方からダンボールを引き剥がしにかかるべきなんだろうか……。

 しかし相手にも心の準備というものがあるかもしれない。もしかしたら用を足しているかもしれないし。

 俺がそんな事を考える傍ら、ふと視界の端でシュエリアが準備運動をしているのに気付いた。



「何してんだシュエリア?」

「何って、コイツを中から、出すのよ」

「……どうやって?」



 嫌な予感がしながらも、シュエリアに問うと同時にシュエリアは助走を付けて……飛んだ。



「とうっ!!!!」



 シュエリアは飛び上がるとそのままの勢いでダンボールにドロップキックを食らわせた。

 ……中に人が居るのにもかかわらず。全力で。



『ぐふぅっ……!!』



 シュエリアのドロップキックがダンボールに突き刺さると同時に、恐らく中に居た人の物と思わしきうめき声が聞こえる。

 ダンボールはそのまま床に叩きつけられるように倒れ、リバウンドし、中からは蹴り飛ばされた人物が勢いよく出てきた。

 そして蹴った本人は見事な着地を決めていた。ドロップキックって普通は着地しないはずなんだが……なんという無駄な身体能力。



 まあ、何はともあれダンボールから変質者(仮)を出すのには成功したわけだが……



「……うむ。色々ツッコミたいところはあるんだが、それは今は置いておこう…………で、これは、なんだ。エイリアンか?」

「いや、普通に女の子でしょう」

「……普通に女の子の、エイリアン?」

「いや、エイリアンから離れなさいよ」



 いやだって、なんか髪とか雨に濡れてペタァーっとしてるし、なんか、人間では生えてないようなものが、具体的に言うと「尻尾」とか「獣耳」が生えてるし。

 なんでダンボール内に居たのにずぶ濡れなのだろうか。

 ダンボールを見ると上の口が空いていた。なるほど、ダンボールに入る意味無いな?



 ちなみに女の子だとわかったのは彼女が『全裸の仰向け』で出てきてしまった為である。

 そしてもちろん、これは現実なのでアニメ的表現の光など差し掛かるわけもなく、色々丸見えだ。

 しかも本人はシュエリアのドロップキックの影響か、気を失っている。



 つまり観察し放題というわけだ。

 全裸の気絶したケモ耳少女を、修正無しで。



「ていうか、なんで全裸」

「知らないわよ」

「ふむ……………………」

「何よ?」

「いや、小柄でぺたんこながらにもかなりの美少女だなぁ。と思ってな」

「あぁ……そう」



 今は見た目としてはずぶ濡れでエイリアンみたいな髪質になってしまっているんだが、それでも全体的に細い体のラインと色白の肌に、流れ星の軌跡ように美しく長い銀色の髪が印象的なお人形のように可愛らしい少女でシュエリアとは違った意味で良い美少女である。



 また、全裸姿ではあるが嫌らしさ等は無い芸術的な体躯をしてるのも魅力的だ。

 ……まあそもそも容姿的に12~14歳だろうから、悪く言えば子供っぽいだけかもしれんが――



「ところで、ユウキ」

「ん? なんだシュエリア」

「いつまで見る気ですの?」

「……何を?」



 俺が問い返すと、シュエリアは呆れたように首を振った。



「この子の裸を、よ」

「…………」

「…………」



 俺の事をジトーっと見つめるシュエリアと、それを無視して全裸少女を観察する俺。

 しばらく訪れる長い沈黙の中。俺は考える。

 裸をいつまで見るのか……いつまで、いつまでと来たか。

 そうだな…………。



「シュエリア。俺は現実から眼を逸らさない、強い精神力を持った主人公なんだ」

「…………だから?」

「俺は突然のラッキースケベにも動じないし、まっすぐ目を逸らさず現実を直視しようと思う」

「そう……」

「そうだ」

『…………』



 その後再び訪れた沈黙の後。

 ゲリラ豪雨、自宅前の不審ダンボールと来て、本日三度目の不幸がやってきた。



「ユウキ、尻を食いしばりなさい」

「え? 尻を? それってど――」

「ふんっ!!!!!」

「んがぁっ!?」



 俺が尻の食いしばり方とやらを思案する間もなく、俺の体は吹っ飛んだ。鈍い尻の痛みと共に。



「いっ……てぇ……なんだよ急に……」



 どうやら俺はシュエリアの部屋を蹴りだされたようだった。

 それにしてもドアごと体が吹っ飛ぶ蹴りって凄いよな。さっきのドロップキックもそうだが、細身のエルフなのに筋力にステ振りしすぎだろ。



「しかしおかしいな、なぜこんなことに……俺はさっきまで良い感じの雰囲気で主人公してたはずなのに……」



 少なくとも蹴られるようなことはしていないはずだ。

 そもそもなんだ「尻を食いしばれ」って。何だ、思いっきり尻を締め上げればいいのか?



「いや、まあ。尻はどうでもいいんだけど。何故に蹴られたのかと」



 それも別に、なぜ殴らずに蹴ったのかとかいう話しでもなく、暴行された理由、という意味で。

 一応、話の流れ的に、恐らくは女児の裸を直視したことが問題視されているのだろうが、別に女児の裸くらい見ても問題ないのではないか。

 むしろ目を逸らす方がイヤらしい意味で見ているとして問題があるのではないのか……。とか思うのだが。



 ちゃっかり魔法で直された扉も閉められて完全に閉め出しを食らった俺は、とりあえず自身が蹴られた理由を考えていたが、少ししてシュエリアから声が掛かった。



「ユウキ、入って良いわよ」

「ん? 入っていいのか。なんだったんだ急に蹴り出したりして……」



 俺がシュエリアの招きに応じて部屋に入ると、先ほどまでずぶ濡れで全裸だった少女はずぶ濡れでもなく、全裸でもなかった。

 そう、全裸ではなかったが……。



「しかし何だろうな、さっきよりエロくなってないか?」

「……気のせいですわ」



 本当にそうだろうか……濡れてて全裸より、濡れてなくて『エロ巫女服』を着てる今の方がエロい気がするんだけどな?



「なんであの巫女服は鎖骨も見えて脇も見えてへそも見えて背中も開いてそうなデザインをしてるんだ?」

「それは、アレよ、某キャラの衣装だからよ。アニメキャラって過激なファッションとか多いじゃない? 私は全裸の少女をガン見するユウキと違って変態的な思考は持ってないから、別にエロい意味はないですわ?」

「うん、なんで俺が変態扱いなのかはいいとして、なぜあえてこの服を着せた? お前の着てるようなキャラTとかでもいいんじゃないのか? でなくても他にもコスプレ衣装あるだろ?」

「それは、アレよ。合うサイズの物がこれしかなかったのよ」



 他に合う衣装が無かった……? まあ体系的にはシュエリアよりも全体的に小柄だし、分からんでもないが、逆に言えば小柄故に多少大きくてもぶかぶかでも、シュエリアの着ている服なら着れたはずだ。

 


「…………で、本音は?」

「……似合いそうだったから着せてみたくてつい、ですわ」



 人の事とやかく言うけど、コイツも大概の変態だよなぁ。

 相手が意識を失っているのをいいことに、見ず知らずのケモ耳少女にエロい巫女服着せるとか。



「しかし敢えて言おう。これは……良いものだ!」

「ユウキならそう言ってくれると信じてましたわ!」



 と、まあ……。

 なんだかんだ俺とシュエリアは趣味とかはバッチリ合うんだよなぁ。

 ついついガッツリ硬い握手を交わしてしまった。

 日頃接触が少ない嫁(仮)なだけに新鮮ではある。



「で。これどうすんの」

「そうね……起きないわね?」

「そうだな。誰かが蹴り飛ばしたせいだな」

「ユウキのエロい目に晒されて余りの恐怖に気を失ったのよ」

「いや、その前から気絶してたよな?」



 大体誰がエロい目で見たというのだ。



「まあ、その責任の所在については今は置いとくとして、とりあえず起きて貰わないと対応に困るな?」

「じゃあとりあえず、ぶっかけるしかないわね」

「……マジか?」



 いいんだろうか、そんなことしてしまっても。というかそんなことで起きるだろうか?



「……何変な勘違いしてるのかわからないけど、水をぶっかけるのよ。こういう時は水をぶっかけて起こすのが定番なのでしょう?」

「いやそれ……緊急時とか拷問時の方法じゃないか?」

「あらそう……せっかく濡れ透けエロ巫女服少女が見れる絶好の機会だったのに……」

「今すぐバケツ一杯に水組んできまっす!!!」



 まったく、シュエリアも人が悪いぜ。そう言ってくれればすぐにでも協力したものを。



「で、持ってきましたが」

「なんでびしょ濡れなのよ……」

「なんでって……外で豪雨を汲んできたから」



 俺の発言に、シュエリアは物理的に身を引いて見せたが、すぐに咳払いをして俺に向き直った。



「普通に水道で……まあ、いいですわ。で、これって思いっきり叩きつけるように掛けるべきなのかしら?」

「いや、それは不味いだろう。女の子には優しくしないとな?」



 というか今更だけどこの方法で起こすと後で部屋の掃除が大変なのでは。

 まあそれでも、この後の役得を考えるとそれも些細な話か。



「……濡れ透け見たさに雨の中バケツ一杯に水を汲んできた奴が何言ってんですの……」



 シュエリアはなんだかすごく呆れたような顔をしているがコイツも大概ではないだろうか。

 そもそもそれを餌にしたのもシュエリアならその発想を実行に移そうとしているのもシュエリアだ。



「じゃあとりあえず、そうね、ゆっくりかけるわね」

「は? いや、ゆっくりじゃそれはそれで起きないんじゃ……」



 シュエリアの発言に対し俺は、流石にゆっくり水を掛けられても多少冷たい程度で起きないのでは、とか。ここはやはり一気に掛けるべきなのでは……とか思っていたのだが。

 シュエリアの『ゆっくりかける』は俺が思っていたよりえげつなかった。



 そう、それはもうゆっくりかけたのだ。

『気管』を中心に。流水で鼻や口を塞ぐように。

 しかも何故か、自身の体でのしかかるようにして少女の手足を封じている。



「……ぐふぉっ! げほっげほっ!! ぐふっ……ぐるじっ!…………」

「あら、起きたわね」

「いやいや! 『あら、起きたわね』じゃねぇだろ! 下手したら死ぬだろそれ!」



 なんでコイツ地味にエグイ起こし方したの? これならまだ水圧叩きつける方がマシだったんじゃないか?

 いくら相手が豪雨待機の変質者とはいえこれはえげつないな……。



「なっ……何が起こって…………アレ? 私服を着て……でもなんか、面積狭いし……濡れてるし……というかここは何処……」

「おい、なんか情報処理しきれてない子がいるぞ」

「こういう時ってアニメとかだとどうしてたかしら……」



 ふむ、実際こういう場面に出くわしてしまうとアニメのようにトントン拍子には話進まないな。

 まずは何をすべきか…………とりあえず現状確認と、この子の身元確認か?



「ちょいちょい、お嬢ちゃんちょっといいかな?」

「――ん? はい?……あっにい――ゴホンっ。私ですか。何でしょう?」



 とりあえず、相手は正体不明とはいえ少女だし、愛想よく怖がられないようにすべきだろう。

 まあ、隣でシュエリアの野郎は「お嬢ちゃんって呼び方凄くロリコン犯罪者っぽいわね」とか言ってやがるが、とりあえず今は無視しておこう。

 多分、ツッコむと例の如く話が逸れるから。



「お嬢さん、お名前は?」

「う。人に名前を聞くなら自分から名乗るのが常識ってものだと思いますっ!」

「うん。人様の家の前で拾われ待ちしてた奴に常識問われるとは思わなかったわ」



 そりゃまあ、自分から名乗った方が信頼は得られるのだろうが、この意味わからん不審な少女に常識云々言われると若干傷つく。

 そして俺がシュエリアの発言を受けて「お嬢ちゃん」から「お嬢さん」に呼称を変えたのを見て、ニヤニヤしているシュエリアも結構ウザい。



「俺の名前は結城遊生だよ」

「変な名前ですっ」

「おいコイツ、シュエリアと同じ反応しやがったぞ、間違いなく不審者だわ」

「なんで私と同じだと不審者なんですの!!」



 いや、だって、なあ?



「――で、君の名前は?」

「う……うーん……あっ。アイネです!」



 俺が少女からアイネという名前を聞き出す横で「あ、そういえば『君の〇は』見てないわね」とか言って棚を漁ってるシュエリアの馬鹿は放置しよう。

 とりあえず、この名前を聞かれて「うーん」とか「あっ」とか言っちゃう偽名少女アイネの相手が先だ。



「その名前今考えたよね。『うーん』とか『あっ』とかオカシイよね」

「そ、それは……そう! さっきまで気を失っていたので意識が曖昧でっ!」



 ぐっ……そう言われるとこちらに非がある分に突っ込みにくいな……。

 いや、まあ、本当に一時的に忘れてたのかもしれないが。



「まあ、いいや。俺の紹介はしたから……こっちの胸は小さいが見た目だけが取り柄の美少女はシュエリアな」

「ちょ……! 誰が見た目だけが取り柄よ! 文武両道で才色兼備なわたくしですわよ?! もっとちゃんと敬って紹介しなさいよ!! そしてわたくしの胸は普通にあるわよ! この世界の平均よりちょっとあるくらいなのよ!? わたくしは着やせするタイプで本来エルフの中でも巨乳なんだから!! 大体触ったこともじかに見たことも無いでしょう?! マジで大きいのよ!? 脱いだら凄いのよ!!!!」



 なんか後半殆ど胸の話しかしてないぞコイツ。どんだけ気にしてんだよ、胸。ていうかお嬢言葉消えてるし。



「えっと、変な髪型してる耳の長い人が、『胸は小さいが見た目だけが取り柄の美少女(笑)のシュエリア』さんですか。長くて変なお名前ですねっ?」

「ちっがうわよ!!! そんな無駄に文章じみた名前の奴居ないわよ!! ていうかなんで(笑)足したのよ! 私はシュエリア・フローレス、エルフの王族よ! 姫属性ですのよ?! 敬いなさい!」

「……という設定ですかっ」

「設定って……コイツ、ユウキと同じようなこと言いやがりますわよ? 変態かも知れませんわ!」

「おい、なんで俺と同じだと変態なんだコラ」



 大体、王族とはエルフとか言われても、普通に一般人の感性なら設定とかコスプレとかロールプレイだと思うだろう。

 いやまあ、一般人ではないだろうが。



「とりあえず、話し戻すけど、アイネはなんでうちの前に居たのかな」

「うぐ……それは……その……あっ……そうか」



 俺の問いにまたも「あっ……そうか」とか言っちゃってるアイネ。

 アイネって名前も胡散臭いけどこれから出る話も胡散臭そうだなぁ。



「シュエリアさんはエルフなんですよね?」

「えぇ、そうよ? この世界では無い所から来た異世界のエルフで『王族』ですわ」



 なぜか王族の部分を強調するシュエリアの話を聞いて、アイネはウンウンと頷いている。



「エルフさんと、お兄さんなら信じてもらえるだろうから言いますが……実は私は人ではないのですっ」

『そりゃそうでしょうね』

「なっ……お二人とも気づいていたのですね……流石ですっ」



 そりゃまあ……獣耳頭から生やした人間なんて、居ないわな。



「そうなのです……実は私――猫の勇者なのですっ!」

「そうそう猫ね、猫…………ん?」



 今なんて言った? 猫、だけでなく。ん?



「猫の、勇者?」

「はい、猫の勇者ですっ」

「という設定の?」

「いえ、設定ではなく。マジですっ」



 そういうアイネの表情は真剣そのもので、なんというか、名前を聞かれた時のような咄嗟に出た、という感じではない。



「…………おいシュエリア」

「何かしら」



 俺はシュエリアを部屋の端に引き連れて耳打ちをした。余談だがエルフ耳に耳打ちって妙にやり難い。



「勇者って本当に居ると思う?」

「そこからですの? 今、この状況でそこから論議する気なんですの?!」

「いや、だって勇者だぞ? しかもただの勇者じゃない…………ダンボールの勇者だぞ?」

「いえ……あの……猫の勇者なんですが……」



 何やら俺とシュエリアの作戦会議が聞こえてしまっていたらしいアイネが言い訳しているが、そんなのはどうでもいい。

 人様の家の前でダンボール内で拾われ待ちする勇者。

 どう考えてもこれはオカシイだろ。



「で、どうなんだシュエリア」

「いえ、まあ、勇者が現代日本に居るかは別としても、今現在、勇者を名乗るダンボール少女が居るのは間違いない。その現実と向き合うべきですわ?」

「な、なるほど……」



 確かに、そうかもしれない。俺は現実を直視できるハートの強い主人公だからな。

 彼女が勇者であるという点は今はどうでもいい。

 問題は拾われ待ちしていた理由と、今後どうするか。

 そうだ、そうだよな。



「――ふぅ。とりあえず、ダンボールの勇者アイネ」

「あの、ダンボールの勇者とかダンボール少女っていうのやめてくださいっ! 猫の勇者ですから! でなくてもせめてアイネって呼んでください!」



 つい流れでダンボールの勇者とか呼んでしまったが、どうもこれはお気に召さなかったようだ。

 まあ、偽名っぽいとはいえ流石に名前で呼んであげた方がいいか……。



「で、アイネはどうして拾われ待ちしてたんだ?」

「それは、理由は話すと長くなるのですが――」

「では三十秒以内で、どうぞ」

「えっ?! 三十秒?! 三十文字とかでなく?! えっ、えっと――」



 それからアイネが三十秒程で話してくれた話の内容はこうだった。



 アイネは元はこの日本で飼われていた猫で当時から飼い主に呼ばれていた名前がアイネという名前だったそうで。

 とある事情で亡くなったアイネは飼い主が自らの死をひどく悲しんでいることを死んだ後も憂いていた。

 そこに神様から異世界へ行き、その異世界の魔王を倒してくれたらお礼に人の姿で命を与えてくれるという話を持ち掛けられ、これに同意。

 で、その後異世界に14歳の少女として生を受けたアイネはわずか三日で魔王を討伐。速攻やることがなくなってしまったそうな。

 そして神様ともすればまさか三日で魔王討伐を成し遂げるとは思いもよらず、転生の準備ができるまでしばらくアイネを天界に置き、永い事暇を得た後に、この度ついに人の姿を得て日本に命を得た。



 ということだった。

 つまりあれだ。



 このアイネという猫の少女兼、勇者は、俺の大事にしていた妹のような存在だった白猫のアイネだった。



「凄いな、よく三十秒で纏めた。偉い偉い」

「ふにゃ? うみゃあ…………って! 私はもう一人前で勇者ですよ! ナデナデしにゃいでくださいっ!」

「でも今凄く気持ちよさそうにしてたよな?」

「そうね、気持ちよさそうだったわね?」

「ぜっ、ぜんぜんですから! 気持ちよくなんてなってないですからっ!!!」



 猫の勇者様は必死になって抗議しているが、その間にも俺にナデナデされて顔がほころんでる。

 なんだこれ、可愛い。

 というか今のセリフそこはかとなくエロゲっぽくないか? 気のせいか。さて。



「アイネならうちにいても問題ないな。元々俺の妹みたいなものだし」

「みたい、じゃなくて妹ですよ兄さま」

「そうだな、アイネは自慢の妹だ」

「いや、待ちなさいよ、私の時には嫌がった癖に、今回はやけにすんなり受け入れるのね?」



 なんだシュエリアのヤツ、やけに不満そうだな。



「なんだ、妬いてるのか。撫でられたいのかシュエリアさんは」

「ちっがうわよ!! あんたに撫でられたりしたら孕むじゃない!!」

「俺何者だよ! 何だよその稀有な能力!!」



 俺に撫でられたら孕むって、まだその手のネタ引きづってたのか。



「大丈夫ですよ、もし孕んでも好都合ですからっ」

「真に受けないでくれる?! 孕まないよ? そんな能力ないからね!」



 というか好都合ってなんだ……?

 まあ、いいか。



「ってことで、これからアイネは俺達と一緒に暮らすことになるわけですが」

「はいっ」

「その猫耳は非常に目立つのでどうにかならないか?」



 そう、このエルフのシュエリアといい、アイネといい、耳が目立つ。

 まあどちらも外出させない、という風にすれば人と接触しない以上は問題はないのだが……。



「これですか? これなら人と同じような姿に変えられますよ。勇者に不可能はありませんから! この猫耳とか『なんか萌えるかな?』くらいの気楽さで付けてるだけなので。なんならそっちのエルフさんの耳も人間と同じようにしてあげましょうか? こちらは魔法で一時的に変えるだけですが」

「えっ、マジですの? それなら私も外に出ても目立たないってことですわよね?!」

「そうなりますねっ」



 おぉ? なんかこの勇者様すごく有能だな。

 流石は三日で魔王を討伐しただけのことはある。

 というか今更だがシュエリアには同じことできなかったのだろうか、この自称天才のシュエリアには……



「アイネ、これから私たちは親友ですわ!」

「おぉ、しんゆーですかっ」



 さっきまでアイネに対する扱いが微妙だった処か変質者扱いして拷問まがいの起こし方までしていたシュエリアさんがアイネのおかげで外出できると知るや、急に親友とかほざき始めた。

 なんて現金な友人なのだろう。



「親友として、これからここで暮らしていく上での極意を色々と教えてあげますわ! なんでも聞いていいですわよ!」

「う? よくわかりませんがよろしくお願いしますっシュエリアさん! 兄さまも!」

「お、おう」



 その後、シュエリアとアイネは様々な話をして意気投合したようで、翌日には親友というよりは実の姉妹か何かのように親しくなっていた。




 こうして我が家にまた一人(一匹?)新たな暇人が追加されたのだった。

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