第8話 ダークエルフ登場ですわ

 シュエリアがバイトを始めてから幾ばくかした頃。

 俺はふと彼女の勤務態度が気になって店に足を運んでみた。



「ちゃんとやってるといいんだけどな……特に人間関係」



 何しろ店長は姉さんだし、周りは異種族ばかりだ。

 だからこそシュエリアのようなエルフでも働けるのだが……。



 それでも、異種族同士で仲良くやるのは難しいかもしれないし、最悪仲の悪い種族とかも居るかもしれない。

 しかもアイツは結構容赦ない所があるからもしかしたら色々問題を起こしている可能性も無くはない。

 いや、実際は姉さんが居るんだから大丈夫だろうとは思っているのだが……。



 そんなことを考えつつも店に着いた俺は店内に入ると、元気よくお出迎えの挨拶が飛んで――



「いらっ……」



 ――来るかと思ったが、俺を出迎えた店員……シュエリアに物凄い迷惑そうな顔で迎えられた。



「おい、なんでそこで切った。せめて『いらっしゃ』くらいまで言えよ。なんで軽くイラついてるんだよ」

「あら、つい本音――ゴホン。うっかり噛んでしまいましたわ。ドジなわたくしが恨めしいですわ」

「まだそのネタ引きづってたのか」



 前にバイト研修した時も、うっかりという名目でワザと接客ミスして同じこと言ってたぞコイツ。



「で? 何様ですの?」

「何名様だろ、お前さ、接客態度が酷くないか?」

「VIP対応ですわ」

「ひでぇVIP対応だな?!」



 どういうVIP対応だ、ドM向けの好待遇かよ。



「はぁ、どうせボッチなのはわかってますわよ。とっとと空いてる席に座りやがれですわ」

「お前その接客態度を俺以外にやってないよな……?」



 なんかもう、すでに勤務態度が不安なんだけど……。

 っていうか、家に居るときより俺に対する態度が酷いのはなんなのか。

 そんなにバイト先に来られるのが嫌なのか?



「で。注文はどうするんですの」

「は? 注文も何もメニューも無いし……ていうかほら、指名とかあるんだろ、ここ」



 前に来た時に姉さんが店員さんの指名料がどうとか言ってたし。それもちょっと気になってはいるのだ。

 というかメニューすら出されてないテーブルに着かされて注文しろとか雑過ぎないか。



「指名と言っても、どうせわたくしでしょう?」

「いや、まあ……」



 確かにそのつもりだったんだけど、でもどうせなら他の子とも話してみたい。

 前に聞いたハーフエルフの子とか、くノ一とか狐娘とかも居るらしいし。

 姉さんのおかげで俺の好きな属性の子ばっかりなのだから、どうせなら一度くらいはな。



「今日はハーフエルフの子とか居ないのか?」

「何? 殺しに来たんですの?」

「何故そうなる?!」



 どうしてそういう物騒な発想になるのか……。

 というか俺が誰を殺すというのか。シュエリアか? ハーフエルフの子か?



「何故って、ユウキがわたくし以外を指名したりしたら、シオンに勘違いされて消されかねないわよ?」

「……ごめん」



 言われてみれば確かにそうかも知れない。

 以前聞いた話では俺のお気に入りになって俺の来店率が上がると、そのお気に入りの店員さんには特別ボーナスが出るという事だったのだが、それ以上の関係になると首(物理)になるという話でもあった。

 もしかしなくても、俺が来た時から若干嫌そうな態度だったのはこの所為なんだろうか。



「お前がさっきから嫌々接客してるのって、もしかしてそのせい?」

「いえ、単純に身内に仕事用の顔を見られるのがストレスなだけですわ」

「おう、清々しいくらい無難に嫌な理由だった」



 気持ち事態はわからないではないが、そんな理由なら我慢して多少は真面目に接客しろよ……。



「で、俺にはシュエリアしか選択肢が無いのか」



 俺が半ば諦めつつ聞くと、シュエリアは指を顎に当て何か考え始めた。

 もしかして俺に接客態度を見られるのが嫌だから誰かを差し出そうとしているのだろうか。



「そうね……駄ークエルフならいいんじゃないかしら」

「ダークエルフの子か……」



 俺は白い肌の女の子の方が好きなんだが……。



「じゃあ、そのダ――」

「それか六々ならシオンのお気に入りだから多分平気ですわ」

「――え、あの子姉さんのお気に入りなの?」



 俺がダークエルフの子を指名しようとした瞬間にシュエリアに遮られてしまったせいで話が逸れたが、そんなことより大事なことがある。

 姉さんのお気に入りって……大丈夫なのか? あの人病んでるから気に入られると色々まずいんじゃ……。



「えぇ、めっちゃ可愛がられてるわよ。シオンは女の子もイケるって噂があるくらいに」



 それはそれでヤバそうなんだけど、っていうか「六々なら」ってなんだ。

 ダークエルフの子はどうなるんだ。平気じゃないのか。



「ダークエルフの子を選んだら、どうなるんだ?」

「選んだら? そりゃ消されるでしょ」

「なんで選んでいいって言ったんだお前?!」

「消されてもいいからよ?」

「おま…………」



 サラッととんでもないことを口にするな……コイツとその子の間に何があったんだ……。



「で、どうするのよ」

「じゃあ……ダークエルフの子で」

「今の話聞いて選ぶとかユウキって結構鬼畜よね」



 いや、だって、興味あるじゃん、ダークエルフ。



「大丈夫だ、お気に入りの店員さん、までならいいんだろ?」

「えぇ……まあ。そうね」



 そうなんとも歯切れの悪い返事を残すと、シュエリアは店の奥に消えた。

 そして少し待つとすぐに別の子――ダークエルフの子が来た。



「御指名ありがとうございまぁす。エルでぇ~す」



 ダークエルフちゃんは来るなり座ってる俺の隣に屈んで腕に絡みつき、やたら色っぽく自己紹介をしてきた。

 ダークエルフのエルは見た目的には大体は予想通りのダークエルフだった。

 服装は短めのシャツの裾を胸元で縛るというまあなんというか、へそも胸も大変よく見える格好で下はジーパンとそれ自体はシンプルで元が良いからこそ映える服装だ。



 そしてそんな格好をするだけあって容姿はシュエリアと同じような美形で違いは銀色のセミロング程のストレートヘアと切れ長で妖艶な雰囲気の目、褐色の肌、蠱惑的な声に、胸。



 そう、特に胸がすごい、何が凄いって服装のせいで露出が凄いのに、そのはだけている胸を惜しげもなく押し付けてくるし柔らかいし大きいし、弾力もあるし暖かいし……いや、うん、まあ色々凄い、凄いのだ。



 って駄目だな……話を逸らして気分も変えよう……。



「あー……L?」



 俺がそう聞き返すとエルはむすっとした顔になった。

 もしかして勘違いされてしまったのだろうか、違うからな? 胸が大きいから「L?」って聞いたんじゃないからな?



「それってデス〇ートですよね? もうっ、オタクの方って皆その話題しないとダメなんですかぁ?……どっかのクソエルフも同じこと言ってたし」

「あ、ごめん……」



 うん、ついツッコんでしまったけど他の連中も皆、同じ感想言ったのね。

 というか最後何か聞き取れない大きさで何か言われたような……。



「なーんてっいいですよ、別にぃ。それでぇ、お客様は何をご所望かしら~?」

「あー……」



 うん、ヤバい。この子のエロい恰好とか仕草とか喋り方とか、そういうのばっか気になってなんも考えてなかった。

 とりあえず目を逸らそう、落ち着かん。



「なら……あー、なんか、オススメとか?」

「んー? なら私と一晩ご一緒するとかぁ――痛っ?!」

「ん?」



 ダークエルフちゃん……エルの上げた悲痛な声に彼女の方に向き直ると、その後ろにはシュエリアが立って居た。



「なーに色目使ってるんですの、この駄ークエロフ」

「なっ……クソエルフ! 私が誰に色目使おうが貴女に関係ないでしょう?!」

「関係ありますわ。そいつ私の旦那(仮)なんだから」

「はぁっ? 旦那?! こ、こんなのが……? っていうか(仮)ってなによ……?」



 そう言いながらもジロジロと値踏みするように見てくるエル。

 その視線とさっきサラっと言われた「こんなの」っていうのが結構心に痛い。

 まあエルフみたいな美形種族からしたら俺なんて「こんなの」かもしれんが……。



「とりあえず、お客様の前なんだからまともに接客しなくてはいけませんわよ?」

「あんたが私のお尻を蹴ったからこうなってるのよねぇっ?!」

「あーはいはい、もうそれでいい事にしてあげますわ。さ、早く仕事しなさいな」

「……なんで私が悪いみたいになっているのよ……っ」



 なんというか可哀そうだな、エル……シュエリアのヤツに絡まれてるのが凄く可哀そう。

 っていうかさっき痛がってたのはシュエリアにお尻蹴られたからなのか。アイツ凄まじい脚力してるから不意打ちで蹴られたら洒落にならないくらい痛いよな……。本当に可哀そうだな。



「まあ……いいわ。ふぅ。それで、お客様、ご注文は?」



 なんだろう、シュエリアに注意されたからなのか、俺がシュエリアの旦那と聞いたからなのか接客態度が変わったか?

 今目の前にあるのは先ほどまでの蠱惑的な印象は全くなく、淡々と仕事こなす公務員のように平坦に語るエルと、それを後ろでジト目で見ているシュエリア。

 


 何だこの状況……。



「えーっと、オススメはなんだっけ」

「そうですね、この馬鹿エルフが過労死するくらい料理を注文するのがオススメです」

「おう、素晴らしい営業スマイルで酷く私怨丸出しのオススメして来たな……そしてシュエリア、お前はその持ち上げた椅子をどうする気だ」



 俺がシュエリアに問うと、シュエリアはどこかの席の椅子をエルの頭上に振りかぶったまま止めた。



「え? もしそんな下らないオーダーを通したらこの駄ークエルフを殴って記憶を抹消してやろうかと」

「うん、その対象に俺までロックオンされてそうだから絶対注文しないけどな?」

「そう、それはよかったですわ」



 そう言うとシュエリアは椅子を隣の席に戻し、エルはそんなシュエリアを睨みつけた。



「ッチ、この暴力エルフ」

「ふん、低能駄ークエルフはホントにやることが幼稚ですわねぇ」

「な、なんですって!」

「ふふん」



 コイツらホントに仲悪いな……。

 なんで仕事に差し支えるくらい仲悪いのにシフト一緒なんだろう、てか、そもそもなんでシュエリアはここに居るんだ……。



「今更だが、シュエリアはなんでここに?」

「あら、本当に今更ね。そこの色以外能の無い駄ークエロフが変な事しないようにですわ。色目を使ってアホやらかされたらわたくしが困るもの」

「そんなヘマしないわよ!」

「一分で皿三枚は割る癖に、ヘマしないなんてよく言えたわね」



 シュエリアにとんでもない失敗談を暴露されると、エルは顔を真っ赤にして反論した。



「ま、魔法で直せるのだからいいでしょう!!」

「それでいつも午前中で息切れして後の仕事はわたくしがやってるんじゃない。少しは感謝しなさい?」

「ぐぬぅうう!!」



 あぁ、うん、なるほど。

 このダークエルフのエルはドジっ子なのか……それともポンコツなのか、兎に角仕事ができないようだ。

 そしてその尻拭いをいつもシュエリアがしていると。



 だからシュエリアはここに居るし、エルのせいで仕事が増えるからこの子の事を邪険に扱うのだろう。

 というか一分で三枚皿割るって凄いな、もやはドジとか言うレベルじゃない気がする。



「ほら、そんなことより仕事なさい」

「あんたのせいで脱線するんじゃない!……はぁ。それで、ご注文は」



 エルはため息を吐くと俺にすっと視線を戻した。

 そういやまだ注文すら終わってなかったな……。



「じゃあ、とりあえず店員さんの気まぐれドリンクを」

「承りました、少々お待ちください」

「ふん、やればできるじゃない」

「いちいち五月蠅いのよ駄エルフ……ふんっ」



 シュエリアに煽られながらも注文を受けてドリンクを入れに厨房に消えていくエルと、それを見送るシュエリア。

 ん? なぜコイツここに残ってんだ?



「お前は行かなくていいのか?」

「なんでわたくしが行かなきゃ行けないのよ」

「なんでって……ヘマするかもしれないだろ?」

「そうね」

「……お前監視してたんじゃないのか?」



 俺の予想だと彼女が失敗しないように監視してるのだと思っていたのだが。

 俺の質問にシュエリアは髪をかき上げながらめんどくさそうに嘆息しながら答えた。



「はぁ、違わないけど、あくまでも致命的なミスをしないようにですわ。別にドリンクくらい零そうがグラス割ろうが客にぶっかけようが大丈夫ですわ」

「最後のはダメな気がするんだが……」



 ぶっかけるのはダメだろ、熱々のコーヒーとか客にぶっかけたら大惨事だぞ。



「その感じだと最初に言ってた色仕掛けがダメなのか?」

「そうよ。色仕掛けでもしユウキが落ちたりしたら……困るもの」

「まあ、首(物理)になっちゃうしな」

「そう、ね」



 それであの子を見張りに来る辺りシュエリアは意外と面倒見がいいんだろうか。

 さっきのケンカはどうかと思うが。



「あんまケンカするなよ?」

「……わかってるわよ。別にいつもあぁって訳ではないですわ」

「そうなのか? じゃあなんでまた今日はケンカしたんだ」

「……だから……はぁ。もういいですわ」

「ん?」



 なんだろう、今凄く残念な奴を見る眼でこちらを一瞥されたんだが。

 シュエリアは俺を一瞬見た後、そのまま厨房の方へ眼を向けていた。

 俺もそちらを見ると、丁度エルが戻ってくるところだった。



「お客様ぁ~気まぐれドリンクお持ちいたしましたぁ」

「お、どうも」



 ドリンクを入れている間にいくらか落ち着いたのか、また色っぽい接客用?の話し方になってる。

 しかしシュエリアの眼もあるからか、先ほどまでの過剰なボディタッチとかはしてこないようだ。



 というか頼んでしまった以上今更だけど、このドリンクって何が入ってんだろう。

 店員さんの気まぐれで変わる為に毎度同じな訳ではないし……確かシュエリアの時はコーヒーと炭酸水だったな。



「いただきます……」

「なんでそんな針入ってるおはぎ食べるような顔してるんですの……」

「いや、お前の所為だろ」

「? 心配しなくても大丈夫ですよぉ、私のドリンクはお客様を楽しませる為にあるんですからぁ。どっかの馬鹿エルフと違って変なお遊びはしてませんから」



 そういってまたシュエリアとメンチを切り合うエル。



 でもシュエリアを目の敵にしている彼女がそういうならこれは普通においしいということなんだろうか。



「ではさっそく…………んくっ…………うん。全部飲むころには死ぬかもしれない」

「リアクション薄いですわね……って、その様子に反して死ぬほど不味いとわかっていて飲むあたり冷静さは吹き飛んでいるようだけど」

「そ、そんな?! 絶対おいしいはずなのに!!」



 うん、その自信は何処から来るんだろう。

 こんな不味いもの飲んだの生まれて初めてなんだけど。

 ていうか一口目から口がヒリヒリするやらジンジンするやらスースーするやら、とんでもなく口内が痛々しいことになっている。

 その上更に飲んだからもう感覚がほとんどない、ただ飲むにつれて体内から色々ダメになっているのを感じる。これはヤバい。



「はぁ……。何入れたんですの?」

「え、えっ……厨房にあったフ〇ーファっていう可愛いクマの絵柄の飲み物と、ジ〇イとキュキ〇ットと……炭酸水を……何が良くなかったのかしら……」

「炭酸水以外が致命的なミス過ぎますわ?!」



 うん、正真正銘、致命的な飲み物だよこれは、普通に死ねる。



「あっ、パイプハイターも入れたわ!」

「なんでその名前で入れようと思ったのよ!!!」

「え……なんか……液体の色がきれいだったから……」

「貴女ねぇっ――」



 なんだろうシュエリアとエルが何かを言い合っているんだが……うん、意識が……こう……ぼーっと……。



「――ってユウキが死にかけてますわ?!」

「えっ……ちょっと……?! ね、ねぇこれ、シュエリア、私、シオン様に怒られたりしない……よね?」

「……まあこのままなら確実に怒られる前に転がされるわね、首を」

「ひいぃっ?!」

「とりあえずわたくしが治すから、エル、貴女はその毒物を捨ててきなさい」

「うっ……わ、わかったわ……」



 エルはシュエリアの言葉に頷くと有害飲料を持って厨房に走った。

 シュエリアは俺を治すと言った通り俺を治そうと俺の事を横にし、魔法を使い始めた。



 あぁ……こんな人眼がありそうなところで魔法使っちゃっていいんだろうか……。

 そんな事を思っている中、意識がもうろうとしている状態でシュエリアの声がわずかに聞こえる。



「ユウ……死……ダメッ……殺……」



 なんか今凄く……ぶっ倒れている訳に行かない物騒ワードが飛び出ていたような……。

 転がすのではなく、殺がす的な……なんでそんな大変危険な話になるのだろう。

 …………ん? というか。



 なんだろう、回復した先から感じる、この暖かさと、柔らかさと……息遣いは。



「……これで、回復するはずなのだけれど」

「う……うん、回復した、したぞ。うん」

「っ! よかったですわ!!……あっ……よ、よかったですわね。死ぬところだったのよ? 感謝なさい?」

「あ、あぁ」



 何か一瞬、シュエリアが思い切り喜んでいたように見えたのだが、直ぐにいつもの調子に戻っていた。

 というかそんな事より今、すごく重要なことがある。

 それは――



「な、なあ。なんで、その、膝枕?」



 ――そう、膝枕されているのだ、俺は。シュエリアに。確かに体を横にされた感覚はあったが、まさかこんなイベントが発生しているとは……



 おかげで顔は近いし、凄く心地いいし、息は掛かるし、良い匂いがする。

 なんだこれ、どうしたらいいんだ、もうしばらく体調悪ければいいのか。



「えっと……これは……そう、美少女の膝枕にはベ〇マ並みの回復力があるのよ」

「全回復じゃねぇか。いや、わかるけど」

「ということで回復したならとっとと退いて良いわよ?」

「あぁ……あー…………」



 どうしよう、相手はシュエリアだが若干離れるのが惜しい気がする。



「アレだ。俺が飲んだのは毒物だからベ〇マだと回復しなかったので、もう少し――」

「凶器は捨ててきたわ! 後はそいつの記憶を抹消すればいいだけ!!」



 俺がシュエリアに膝枕継続の交渉をしようとすると、先ほど俺を死の淵に誘った凶器を捨ててきたエルがかなり慌てた様子で戻ってきて話を遮った。



「――で、もう少しなんですの?」

「えっ、ちょ、無視……?」

「あぁ、いや、いいよ」

「そう…………」



 それでもシュエリアは俺に敢えて続きを促したが、エルが居る前で言うのもな、と思い俺はシュエリアから離れて席に戻った。



「それで、俺の記憶をどうするって?」

「あ、いやぁ……あはは。お客さんにはいい記憶を持って帰ってもらいたいから挽回しないとなぁ、と思っただけですよ!」

「うん、凄く分かりやすく嘘吐いたな」

「ホント、やっぱりこの駄ークエルフは消した方がいいんじゃないかしら」

「それ消すの記憶だよな……?」

「なんで記憶なら消してもいい感じになってるの?!」



 いや、なんとなくこの子は記憶を失って新しく教育しなおした方が良い気がする、この子の為にも。



「まったく、もう貴女は良いから掃除でもしてくるといいですわ。ユウキの接客はわたくしがするから」

「う、うぅ……なんかあんたに負ける気がして癪だけど……仕方ないわね」

 


 そう言いながらも渋々他の仕事に戻るエルの背中は小さく見えた。



 ――ちなみにこの後、今回の出来事がバレたエルは姉さんに酷く怒られて減給をくらったという。

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