第3話 暇ですわ
俺の家にはエルフの嫁さんが居る。
とはいえ嫁とは名ばかりで家事もしなければ働きもしない、男女の関係を持っても無いし夫婦らしい共同作業と言えばもっぱら『マルチプレイゲーム』という嫁(笑)みたいな奴だ。
しかし器量だけは良いので他所に行って「うちの妻です」なんて紹介した日にはそれはもう鼻が高いかもしれないが、残念なことにこの世界でエルフの恰好した嫁さんなんて紹介しようものならそれがいくら美人でも「コスプレした嫁」である、痛いことこの上ない。
そんなエルフの嫁が出来て一ヵ月。最初こそ毎日のようにゲームをしていたのだが二週間ほど前に『アニメ』というものを教えてやったらこれにドはまりして、今では寝る間も惜しんでアニメを見漁っている。
最初はゲームやアニメの前にこの世界の常識とかを叩き込んだ方が良いのではないのかと思ったが、そこは意外なことにゲームや漫画などの知識がそこそこ役に立ったようで、微妙な勘違いや偏った知識こそあるものの、ある程度の常識は身に着けたようだ。
で、そのエルフの嫁さん、シュエリアの今はどうかと言えば……自室に俺を呼び出してゴロゴロしていた。
「暇ですわ」
「いや、お前アニメ見てたじゃん、つい今しがたまで」
「見終わってしまったのよ。中々の傑作だったわよ? ガ〇ダム。ということで、暇ですわ」
「はぁ……」
そもそも俺がシュエリアの部屋にいるのも暇だからと呼び出されたからだ。
まあそれ自体はコイツが家に来てからはいつものことなのだが……。
俺はとりあえず、暇だ暇だと五月蠅いエルフに俺の部屋にあったガン〇ム(劇場版)を見せれば時間を稼げると思ったのだが、それらを見終わったシュエリアは次に見る作品を定めておらず、つかの間の暇を得てしまったようだ。
そしてその暇を得てしまったエルフはソファの上でゴロゴロうだうだしながら「暇ですわ~暇ですわねぇ……」と暇を連呼しては対岸のソファに座る俺の方をチラチラと見てくる。
これが非常にウザい。
大体、まだ時間は昼を過ぎた頃だ。こんな昼間っから暇だ暇だとゴロゴロしているのなんてきっと休日予定の無い枯れた社会人か友人のいない学生くらいだろう。
特に前者は俺にも当てはまる訳だが。
「で、暇なのだけれど?」
「……んじゃマルチプレイゲームでもするか?」
「ふむ、今はノーサンキューね」
「……じゃあマンガでも読んでろよ」
「んー、そういう気分でもないのよねぇ~」
「……どうしたいんだよ」
「暇をつぶしたいわね?」
「いや……おう…………」
そういうことじゃないんだけど、具体的に何がしたいのかっていうことなんだけど。とツッコんでやりたい気分だ。
まあ、コイツの言いたいことも分かるには分かるんだが。
特別に何かがしたいとか、何かが食べたいわけでもないけど「暇だな」とか「お腹空いたな」とはなる。
だからと言っていつでもどこでも「よし! じゃあこれにしよう!」とやること成すことを決められるという物でもない。
かといって、自分で案も出さず、考えずに受動的に何かを求めるだけってのはどうかとも思うわけだが。
コイツは暇だ暇だと言い出すと本当に止まることなく言い続ける。俺が何か気に入るものを提示するまでひたすらに。
非常に我儘でかまってちゃんな子なのだ、このシュエリアは。
ということで『何か』を探さなくてはならない、コイツの暇を潰せる何かを。
「……ふむ。なあシュエリア、他愛のない話になるんだけど、いいか?」
「何? 雑談がしたいんですの?……まあ何かをするっていうよりはお喋りの気分だから、いいですわ?」
そうは言いながら尚もソファでゴロゴロしているシュエリアを見る限り、ゴロゴロしながら俺の話を適当に聴き流しするつもりなのかもしれない。今のところほぼ興味なし。BGM感覚か。
「そりゃどうも……で、お前の事なんだけど」
「わたくしの?」
俺がシュエリアの話だ、と切り出すとシュエリアは寝転がった体制のまま、俺に向き直ってきた。
どうやら自分の話題とあって多少興味が出てきたようだ。まあ自信家のシュエリアだから食いつくとは思っていたがここまでとは。
まあ、大した話じゃないんだけどな。
俺の話とは、シュエリアの事、それも主に『暇』についてだ。
「お前さ、最初会った時に『楽しませないと自害する』って脅迫してきたじゃん?」
「あぁ……そんなこともありましたわねぇ……」
そう言って遠い目をするシュエリア。
そんなこともあった、で済まされていいのか、アレ。
「……で、それって死ぬほど、死んでもいいほど暇だったってことなのか?」
そう、俺はこれがずっと気になっていたのだ。コイツは現代娯楽に触れた今でも暇だ暇だと五月蠅い奴だ。
であるなら、出会い頭に「楽しませないと自害する」とか言った理由、それが知りたい。
そもそも、恐らくだがコイツだって此方の世界に来たばかりだったはずだ。なのに行き成りあのような発言で言葉も通じるか分からない異世界の人間を脅迫するのだ、それなりの理由があったはずだ。
というか、正直言うと、恐らく理由は『暇だから』なんだろうけれど、それでも理由が真っ当じゃなかったら困るので、出来れば『暇だから』という理由ではないと祈りたい。
そういう意味で、俺は敢えてこの問い掛けをしたのだが――
「えぇ、そうですわ? エルフってすっっごーーーっく暇ですの」
――祈りは届かなかった。
暇だとか言う理由だけで初対面の人間に自害を見せつけようとするヤバい奴だった。
だがしかし、そうなると逆に今度はそれほどまでに暇だというエルフ、その生活とやらが気になってくる。
「……お前が、じゃなくて。エルフ自体が暇なのか?」
「そうねぇ。エルフ自体というよりはエルフの生活が暇だったのよ。まあ、他のエルフは暇だという感情すら抜け落ちたように生きてましたわね」
「そうなのか……じゃあ、エルフってどんな生活してるんだ?」
この世界でのエルフと言えば自然を愛する種族とか、知力や魔法に長ける分、力で人に他種族に劣る種族みたいなイメージだ。
まあこれもそもそも日本とかでのイメージで、エルフの元祖と言える指輪物語での本来のエルフは寿命は無いし力も魔法も武器の加工技術も人やドワーフに勝る超チートスペックの種族だし、このシュエリア程に耳が横長に尖っているわけでもない。
でもどうせ目の前にエルフが居るのだから、そういった『この世界でのエルフ』より本物のエルフに話を聞いてみたいと思うのはある意味当然。
それに俺はエルフ萌えなのでリアルなエルフの知識に非常に興味がある。
「エルフの生活ねぇ……まあこの世界でのエルフ像でも大体は合ってるわよ? 森で暮らして、自然を愛し、共存する辺りとかそのまんまですわ」
「そうなのか」
「えぇ、でも……エルフは狩りはしないわね」
「ほう」
「そもそも動物由来の物……肉とか、卵とかは食さないのよ、これは種族としての掟という部分が強いのだけれど」
「掟ねぇ……」
確かにシュエリアはこちらの世界にきてから暫くは野菜や果物ばかり食べていた。
だが俺が一緒に食事を摂る際に、俺がシュエリアに合わせて野菜のみを食べる……なんてことはなく、むしろ俺は肉や卵を食さないシュエリアの前で普通にそれらを使った料理を食っていた。
で、いつかの食事の時に「私もユウキと同じものが食べたいですわ」とか言い出したので、今では同じ食事を摂っているのだが、そうか、エルフは掟でそれら動物由来の食事を禁止していたのか。
「エルフは森を愛し、自然と共に生きるから生き物を狩ったり食さない。食べるのは植物というか、木の実や野菜くらいね。でも中には獣肉とかを食べることに興味を持っている者もいたし、森の外に出て暮らしていた者なんかは外の世界で食した肉料理の話なんかを自慢げに語ってましたわ」
「ふーん……それで、お前は食っちゃってよかったのかよ?」
「もう森で暮らしているわけでもないのだし、というか、そもそもわたくしが肉等を食べなかったのは掟があるからではないもの」
そういうとシュエリアは何か苦虫を食い潰したような顔をした。
「以前、卵料理に興味を持って森の中を探し回ったことがあったのだけれど。偶然コッケー……こちらで言う鶏の卵を見つけたから食べてみたのよ。で、それがすっごく不味くてトラウマになっていたんですの。でもユウキが食べていた料理はどれも美味しそうだったから、それで食べることにしたのよ」
「まさかと思うけどお前それ、生で食ったの?」
「えぇ、その通りですわ。今にして思えば生の卵を飲むって……結構な苦行よね……」
「そりゃそうだろうな……」
生の卵を……流石に殻ごとは行ってないようだがそのまま飲むって、そんな、健康食じゃあるまいし。
「他にはエルフの生活とかで、なんかないのか?」
「何かと言われても……そうねぇ……あぁ! そうですわ。自然を愛するって言うと聞こえはいいけれど、エルフの言う自然を愛するって、貴方達が思っているほどシンプルでナチュラルなものではないわよ?」
「というと?」
「なんというか、所謂電波系というか、天然な感じで――」
そういうとシュエリアは腕を組み「うーん」と唸りながらしばらく考え込んでから立ち上がり、なんだかやたらとぶりっ子のようなポーズを決めた。
「私リーシェ! お花と森の動物達が大好きなエルフなのっ。今日もお花さんたちはとってもご機嫌ね! そんなお花さんたちを見ていると私もとっても上機嫌♪ 今日もとーっても素敵な一日になりそうなよ・か・んっ! ……みたいな感じですわ」
「何それ、超痛いんだけど? てかキモい」
ポーズもそうだが、態々裏声使ってまですることなのか。
ていうか誰だ、リーシェ。
「わたくしの同年代の子で、リーシェの真似なんだけれど。まあ皆こんな感じなのよ。年取って数千歳になっても大体こんなものですわ? 万歳越えたおじさんおばさんくらいになったら緩和されるわね」
「マジかよ……エルフってそんな夢見がちな少女みたいな感じなのか?」
「マジですわ」
「うわぁ……」
なんだろう、シュエリアに会ってから最近、俺の中の神秘的なエルフ像がどんどん崩壊していくんだけど。
そんなお花畑なエルフさん達とはお知り合いになりたくない。しかもおじさんおばさんになったら「緩和」されるって言ったよな。てことはその年でもまだ若干あんな感じなのか……。
正直、シュエリアの方がマシだと思ってしまったぞ。
「ほ、他にはなんかないのか……?」
「他に……と言われてもそんなにエルフって特別なことないですわよ? 正直さっき言った要素くらいで、他はこの世界のイメージで大体合っているもの。それでも強いて言うなら、暇ね?」
「暇? そういやさっきも言ってたな」
そもそも、強いて言うのにも関わらず暇とはどういうことなのか、それってエルフには他にやることがないということではないのか。
「えぇ、だってやることと言ったらその日食べる分の木の実や薬草、野菜を集めるくらいですもの。後はもっぱら草花を愛でるくらいで、だからすっっごい暇なのよ」
「あぁ……そりゃお前には酷だろうな」
「そうですわ! もう本っ当に暇なんですの!!」
あ、もしかして何かしらかの地雷でも踏んだのだろうか、なんか急にテンション上がったぞこのエルフ。
「草花を愛でるなんてそんなのが楽しいのは最初の数十年だけですわ。エルフの寿命は何千年、私のようなハイエルフなら数万以上もあるんですのよ? そんなクソ長い時を草花を愛でて終わるってどんな人生よ! そんなものクソですわ、いいえ、屑ですわ!」
むしろ数十年は草花だけで楽しめるのか、凄いなエルフ。そしてエルフの生涯全否定かよ。
「でもほら、エルフって数千年生きるんだろ? それなら時間の流れも人間より早く感じたりしないのか?」
俺の何気ない問いに、シュエリアは眉をひそめた。
「ユウキ、貴方は今、時の流れを早く感じるかしら?」
眉を顰め、機嫌悪そうに口を開いたシュエリアから出たのはそんな意味の分からない言葉だった。
「……は?」
「どうなんですの?」
「いや……どうって……普通、だけど」
俺がそう歯切れ悪く答えると、シュエリアは納得したように頷いた。
「でしょうね。貴方、自分より寿命の短い生き物に人間って時の流れを早く感じるんでしょう? って言われて納得できるんですの?」
「……なんかごめん」
そりゃあそうだよな、と思いっきり納得してしまった。
「それと、人種では老人は時間の流れを早く感じる物なのでしょう?」
「あぁ、そういや……」
確かにそんな話があったな。ジャネーの法則というんだったか。
「で、それに関してはある程度エルフも似たような物なんだけれど。わたくしはまだ163歳、人間では大体16歳とか17歳くらいですわ」
「ほうほう」
「まあ、人間での年齢はさほど関係ないのだけれど」
「無いのかよ」
「だって数千歳まではずっとこの容姿だもの。そんなことより、問題は暇だ、ということなのよ」
そういうとシュエリアは一息ついて、語りだした。
「そもそも数千年生きたエルフからしたら一年なんて一瞬かもしれませんわ? でもまだ163年しか生きていないエルフからしてみたらまだ寿命が数千年も残っているのよ? ハイエルフのわたくしなんて万年単位で残っているんですわ」
「まあ、そりゃそうだな……でもそれでも人間からしたら数百年って生きてるだけでも想像もできない長命だけどな……」
俺がそういうと、シュエリアは難しい顔で頷いた。
「そうね……でも、人間は割とせわしなく毎日を生きるでしょう? 社会人なら週の半分以上を働いて、休日には家族や友人と外出したり――」
「まあ、確かに割と暇なく生きている気はするかな」
「――でしょう? でも、先ほども言ったけれどエルフは暇なのよ、だから……そうね……」
シュエリアはそこで言葉を止めると、少し考えるように口元に手を当てながら、数刻唸った。
「うーん……例えるなら、やりたくない、やりがいの無い仕事を8時間しなくてはならなくて、何とか流れに乗って仕事を進めて、ふとした瞬間に時計を見るとまだ1時間程度しか経っていなかった……感覚かしら」
なんという微妙な例えだろう。
分かるには分かったが、もう少しいい塩梅の例えは無かったものだろうか。
「……つまり、イヤな事や退屈なことをしてると時間が長く感じる、と?」
「そうね、そしてその後に来るのは『まだ7時間もあるのか……』という絶望感ですわ」
「なるほど……」
確かに俺もそういう経験はある、だがそれがさっきの話にどうつながるのか。
「で、私の場合はつまらない毎日を送って、ふと自分がまだ163歳であると気づき『まだ数万年も寿命がある……』という感じですわ」
「あ……うん、凄いよくわかった」
わかりすぎてツライわ。
確かにシュエリアは163年生きている、これでもし人間のように毎日しっかりやることがあって、暇なく生きていたなら一年が早く感じたかもしれない。
しかしシュエリアは暇だ、毎日草花を愛でるくらいしかやることのないエルフだから。
そんなことを100年以上してきたシュエリアからすればそれさえも飽きてしまった行動であり、暇を持て余しまくったことだろう。
そしてそんな暇すぎて長く感じる時間が、寿命がまだ数万年もある。
うん、俺なら心折れる自信がある。不老不死とか羨ましいとか思えないわ、こりゃ酷い。
「それに加えてわたくしは王族だからといって政治向きな仕事とかもやらされて。もう本当に退屈で、退屈で!」
ヒートアップしたシュエリアはなんだか半分イライラしているようにも見える。
そんなに暇だったのか、エルフの生活。
まあでも、よくよく考えたら人間のように寿命が短くても暇をすることがあるんだ、数万年も生きる存在がやることが草花愛でるくらいって、そりゃなぁ……。
「いや、でもほら、仕事してれば気がまぎれるってことも……」
「えぇ、そうね、確かに仕事らしい仕事をしていればそうでしょうね。でも、それは言うなれば人が居ない時間帯のファミレスのようですわ『とりあえず掃除でもしとくか』みたいにやること無くて暇な方の仕事なのよ」
「何か妙にリアリティがある説明してきたけど、お前バイトすらしたことねぇだろうが」
コイツは働きもしないで毎日アニメゲーム漫画三昧、自称嫁なのだからせめて家事でもしてくれればいいんだけどそれもしてくれない。
だというのによくもまあバイトで例えたものだ。
「そこは……バイト経験が無くてもほら、掲示板とかで」
「お前大分ネットに毒されてんな……ああいうところの情報はデマも多いから気を付けろよ?」
「大丈夫よ、なんでも信じる純粋な子供じゃないもの」
「さいですか」
「さいですわ」
うーん、なんかちょっと不安だけれど、まあ、いいか。
「で、結局のところ、エルフの生活は暇ってことか」
「そうね、凄く暇よ? あれを数千年続けて生きていけるとか逆に異常なくらいの精神構造してそうよね」
「してそう……って、お前もそのエルフの一員だろ?」
「まあ結局そのエルフの生活に耐えられなくてここに居るあたり、私はきっと普通のエルフとは違ったのよ」
「なんだろう、妙に説得力がある」
多分きっと俺の理想のエルフ像とかけ離れているから無意識にシュエリアをエルフとして認識してないからだろうな、だからエルフとは違う何かと言われても納得できるんだ、うん。
「それに、この世界に来たのも暇だからですもの」
「なにサラッと頭のオカシイ動機をカミングアウトしてんだお前」
もっと別の理由でこっちに来ている、来てしまったのかと思いきや、そんな理由?
暇だから別世界に行くって、そんなお手軽に異世界来れていいのかよ。
というか、それだと『暇だから』異世界に来て『暇だから』俺を脅したってことにならないか?
「おかしくないですわ。ふとした時、ここではない何処かに行きたくなることって、あるでしょう?」
「一概に無いとは言わないが。少なくとも行先に異世界を選ぶことはねぇよ」
コイツ正真正銘にアホだろう。
とはいえ、この感じだと自分の意思で来たってことだよな。
「お前、自分の意思でここに来たのか?」
「そうですわ? 魔導書にヒノモトに行く魔法が載っていたのよ」
「ヒノモト……日本か」
にしても、なんで異世界の魔導書とやらに日本の事が……それにヒノモトっていう表現だと、かなり昔な気がするんだが、まさか昔から居たりしないだろうな、異世界人。
「で、暇だからこっちに来てみたと」
「えぇ、そうですわ。まあ来てみたらマナも何もない世界だったせいで自力で魔力を回復して帰るしかないし、例え回復しても、そもそもあんなつまらない世界、帰る気すらないですわ」
そうなのか……マナってのは正直わからんが、兎に角今のところすぐに帰る方法が無い上に、例え帰る魔力が回復しても、元の世界は暇だからそもそも帰る気はないと……。
「そりゃ……残念だな」
「えぇ、お生憎様ですわ」
……うん、本当に残念だ。コイツに帰る気が全くないのも、帰せないのも、ついでにコイツを帰らせたい俺の心中を察して煽ってくるのも非常に残念だ。
まったく、なんて奴だろう。
「はぁ……で? そんな暇してきたエルフのシュエリア的にはここでの生活はどうなんだよ、楽しいか?」
「え?……そうですわね、んー……」
シュエリアは顎に手を当てて考え始め、しばらくして何か結論を得たように頷いた。
わざわざ異世界から来て、俺の事を脅迫してまで始めた生活だ、それなりに充実しているといいんだが――
「――暇ね?」
「うん、やっぱお前が普通じゃないだけだわ」
ただ単に、コイツが常に何かしらかしてないと死んでしまう、やたらとアグレッシブで暇を持て余している馬鹿なだけだと思う。エルフとか関係なしに。
「何かしら、今の普通じゃない発言には若干の悪意を感じたのだけれど……」
そういうとシュエリアは俺をジトーっと睨んでくる。
さっきの煽りの時といい、人の感情に敏感な奴だな……まあ、無視するけど。
「お前さ、こう、暇な時間を楽しむというか、もうちょっと余裕持って生きろよ。寿命の短い人間ですら全く暇なく生きている人間っていうのも、少ないもんだぞ?」
「そうは言われても、暇なんだもの。まあでもユウキとのお喋りは割と楽しかったわね。いい暇つぶしになりましたわ」
「……さいですか」
「さいですわ」
といっても、これで話を途切れさせるとまた暇だ暇だと喚くんだろうなぁ……。
何しろこの娯楽に溢れた国『日本』ですら暇を持て余すような奴だしな。次は何をしたがるのやらわからん。
さて、今度はどんな話題を提供するべきだろうか……。
「ねぇ、ユウキ」
「ん? なんだ、暇だってか?」
まだ俺が次の話題を探している最中だというのに、このアホはまた「暇だ暇だ」と喚く気なのかと思ったのだが……シュエリアの様子はどうもそういうものではないようだった。
「いえ、お腹が空いたわ」
「は? ……」
時間を見ると、もう夕方になっていた。なんだかんだ適当にエルフの話をしていただけでこうも時間が経つとは思わなかった。
「は? じゃなくて、お腹が空いたと言っているのよ、何? 急に難聴主人公属性でも付いたんですの?」
「いや……もうそんな時間なのかと思ってな」
「ふーん、そう。わかったのならさっさと夕食の準備をして欲しいですわ?」
俺の返事になんとも興味無さそうな返事をしたシュエリアは、ソファに体を沈めた。
この様子では手伝う気すらないらしい。
っていうか難聴主人公属性なんて言葉どこで覚えたんだか……。
「……お前さ、自分が居候の代わりに嫁になったの忘れてない?」
俺がそう問い詰めると、シュエリアは露骨に視線を逸らした。
「……嫁になったからと言って家事をしろといのは男女差別じゃないかしら」
このエルフ、また妙な知識ばっかり付けやがって。言うに事を欠いて男女差別だと?
それを言うならせめて働いて欲しい物だ。それなら俺が家事に専念する分には一切の文句はない。
働かない、家事をしない、アニメゲーム漫画を自堕落に楽しむだけ、こんな阿呆は男女差別とか以前に問題があるだろう。
「男女差別というか、分別だな。人間、シュエリア、エルフと」
「なんでわたくしエルフとまで小分けされてるんですの?!」
いや、だって、これをエルフと認めてしまうと俺の中のエルフ像がぶち壊しだしな。
……あぁ、でもコイツの世界のエルフも大概夢を壊してくれるタイプのようだが。
「ま、いいや……。とりあえず、飯作ってくるわ」
「え、ちょっと?! よくないですわ!! まだ話は終わってな――」
俺はギャーギャー喚く駄エルフを放置して台所へ足を運ぶ。
後を追いかけてこない辺り、追いかける程でない程度にはどうでもいいということか。
そんなことを考えながら厨房の前に立った時、シュエリアとの会話を思い出した。
「あぁ……そうだ、夕飯は卵を使った料理にしてやろう」
そう、あのアホエルフは生の卵を食べた時のことがトラウマになっているようだがら、いつもいつも「暇だ」と絡まれ、家事の一切も手伝わないシュエリアへのささやかな復讐というヤツだ。
せっかくだし、生の卵を使う料理にしよう……そしたらきっとまた話のタネになる。正しく名案だ。
そんな事を思いながら、俺はシュエリアの反応を想像しニヤニヤしながら献立を考えるのだった。
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