第2話 エルフと日本

「はぁー……寒いな。四季に冬を組み込んだ神様はクソ運営だ」



 俺は冬という季節が嫌いだ。

 なぜ嫌って、寒くて手が悴む。そうなると仕事にも支障が出たりするし、主にゲームをするときの操作が非常にしにくい。

 暑い夏も嫌いではあるんだがアレは寝苦しさと汗が鬱陶しいくらいで、ゲームには支障をきたさない……あ、でも蚊が鬱陶しいからゲームに邪魔だな。

 つまり俺は夏と冬が嫌いだ。



 で、まあ。そんな冬はアクション要素の少ないギャルゲー等に精を出すのが俺の習慣だ。「ギャルゲーに精を出す」というとすごく卑猥な気がするけど違うからな?



 まあ、意味の分からん言い訳はいいとしてだ。俺は今、近所のゲームショップに立ち寄り、2つのゲームを前に迷っている。

 それはギャルゲーにしては珍しすぎる内容の違う2パターン種類のあるゲームであり、わかりやすくいうとポ〇モンみたいだ。



「悩むな……姉弟性活、姉SUN『ねえサン』と姉STAR『しスター』か……前者は太陽のような優しく暖かい甘姉系で後者は月のようなクールで神秘的な感じのお姉さん系……どちらも捨てがたいがここは、ここは姉SUNだろうな」



 俺は五年前に大学を卒業、今は今までの人生で得た経験を活かし――探偵をやっている。

 とはいえやるのはもっぱらペット探しというもので、マンガに出てくるような御大層な事件を解決するような事はない。

 収入も月々安定しないし、今月はちょっと厳しかった。

 なのでここでこのエロゲを両方買うというまさしく大人買いというのをできないのは仕方のないことなのだ。



 まあ、本当は既に趣味で今月収入の8割近い金を消費した後だから金が無いだけなんだが……。



「さて……マジでどっちにしようかな……」



 数時間後、さんざん悩んだ俺は閉店間際になってようやく決心をして姉SUNを買った。

 昼間から悩み続けていたもので、店員には凄くアレな眼で見られたが仕方がない。こればっかりは妥協できないからな。



 そしてその帰り道、人気が無くなったあたりで俺の買ったばかりのゲームを楽しみにしてる気持ちが溢れてつい独り言が出てきてしまう。



「帰ったらさっそくプレイしよう。とりあえず攻略するのはこのパッケージのお姉ちゃんがいいな。やっぱほんわかしたイメージの甘姉が最高に癒されるわけですよ……」



 とはいえ最近ではどんなゲームも漫画もアニメも、何処かでマンネリというか、飽きてしまっている節があり、心の底から楽しめているという気がしないという気持ちもあったりして。

 こういうところは自己評価的に枯れ気味だなぁとは思う。

 でもだからこそ癒し系なお姉ちゃんに甘やかされる非日常に没頭したくもなるわけで――



「ふーん、そういうのを好むんですの、人間の男は」

「そうそう、男なら甘々なお姉ちゃんに萌えないのはリアル姉が居るヤツくらいだって……いやまあ俺にはいるけど……って俺、誰と話して……?」



 俺は独り言に返事が返ってきた事に驚き、その声のした方向に振り返った。

 すると、そこには一人の少女が居た。



 居たのだ、エルフの『コスプレ』をした少女が。



「……ん? 誰だ? 俺の知り合いにこんな痛い格好する奴……居ないな……っていうか寒くねぇのかその恰好」



 エルフの少女はどう考えても冬場に着るような服装ではなく、ノースリーブの服に膝より高い短すぎるミニスカートとどうみても寒い格好。

 そしてサイドロールにした美しい若草色の髪と、風に棚引くスカートから覗くパン…………っうえぇええええええっ?!!?



「穿いてないッ?!!!!」

「?」



 え? 何で穿いてないの? エルフだから穿いて無い的な?! コスプレにしたって気合入り過ぎっていうか、ここまできたら痴女だろ!! ていうか寒そう! すっげぇ寒そう!!



「ちょっと、そこの人間、いいかしら?」

「は? え? 人間、人間? あぁ……俺か。うん」



 ちょっといきなりの事で意味が分からない。初めて見たぞ女性の、アレを。いいのかこんなんで見てしまって、俺の初めての体験を奪われた気分だぞ?

 ていうかなんでコイツこんな平気そうにしてんの。見えちゃってるんですけど?



「人間、私を今すぐ楽しませなさい」

「は、はい?」



 何を言ってんだこの子は、そういうロールプレイは身内でやって欲しいんだけど……。

 大体こっちは色々いきなりすぎて情報処理が追い付いて無くてそろそろフリーズしそうなんですが?

 それに、俺の呼称が「人間」なのもどうなのだろう……。



 等と考えているうちに、またエルフ(コスプレ)の少女がアクションを起こした。



「さもなければ……この場で自害してやりますわ」

「……………………は?」



 そういうと少女は空中からナイフを取り出した。



「え、いや。は? どっからナイフなんて……」

「ん? どこからって魔法ですわよ。魔法」

「あぁ、そうか。魔法ね、魔法……ん?」

「えぇ……。よっと!」



 俺の頭の中はこの少女が穿いて無いことや魔法を使ったこと、さっきの自害するという言葉などで色々と処理が追い付かない。



 だというのに、この少女は話しの最中に俺の事を無理やり押し倒してきた。



「ちょ、殺されるっ?!」

「は? ……そんなことしないですわ。先ほども言った通り、自害ですわ」



 そういうと少女は先ほどの「自害する」という言葉を表すように取り出したナイフを自らの首に当てている。

 そのナイフは相当に切れ味がいいのか当てただけでうっすらと血が流れ出ている。



「おまっ……何して――」

「早く楽しませてくれないかしら? でないと死ぬわよ? いいのかしら、目の前で首を切って死なれた日にはトラウマ物ですわよ。なんなら腹を切って臓物を手に取って一生悪夢に出る光景を見せつけますわよ?」



 そういって少女はナイフをさらに首元に押し付けるようにする。なんならそのナイフを手前に引けばそのまま首がゴロっと落ちてしまいそうな気さえする。

 なんでコイツここまでしてんだ……いくらコスプレにしたって、ロールプレイでもここまでやるのはやり過ぎだろ。何か、切羽詰まった理由でもあるのか……?



「わかった……。分かったからとりあえずナイフしまえよ、血ぃ出てんぞ!」

「こんなものいくらでも流せばいいのだわ。そんなことより、早くしないと出るのは血だけじゃ済まなくなりますわよ?」

「ああっくそ!! 何なんだお前!」



 もう、本当に意味がわからない……。大体楽しませろと言われても女性が好きそうなことなんてわからない。

 しかしそれでも考えねば……でないとこんな薄暗い夜道で、首切って血まみれのぬるぬるでろでろな女の子に迫られるというかなり特殊なプレイをすることになってしまいかねない。



「何か……何かっ…………ハッ! そうだ、これだ! これをやろう!!」



 俺はそういってバッグの中に入れていた携帯ゲームを取り出した。

 それはモン〇ンみたいにマルチプレイが可能なゲームであり、俺はこういうゲームは効率や布教を重視する為に最大人数分持つことにしているのだ。

 今までは布教する相手もおらず、もっぱら一人で同時プレイして効率を上げていたのだが……。

 それがまさかこんな形で役に立つ日が来るとは。



「こういう時はマルチプレイゲームだ!」

「ん。まるちぷれいげぇむ?……なんですのそれは」



 そう言うとエルフコスの少女はナイフを消して見せた。どんなマジックだよ……。

 まあ、それはいい、とりあえずは彼女の興味を引けたようだからな。



「何って、そんなコスプレしててゲームを知らないって事は無いだろ?……そういうキャラ設定はもういいから」

「きゃら……せってい? こすぷれって何かしら……? ふむ……」

「何かしらって……っあれ?」



 俺は言いながら、唐突に変なことに気が付いた。



 そう、それは先ほどまで穿いて無い事やナイフの事や色々あったから気づかなかったのだが、押し倒されて、間近で話をしていて、ようやく気づいたのだ。



 このエルフのマジで考え込んでいるような顔、その顔についている耳、エルフ特有の長い耳は特殊メイクとか飾りだと思っていたのだが、なんか、その、動いてる。ぴくぴくしている。



 それはまるで猫や犬が興味のあるものを見たり遊んで欲しい時に気分の高揚と共に尻尾が動いてしまったりするような動きで……。

 なんていうのか、そう、造り物のようではなく、妙に生々しいというか『本物』っぽいのだ。



「お前、その耳って……」

「お前? ……お前じゃないですわ。わたくしはシュエリア・フローレス、こことは違う世界のエルフの王族にして希少で最強最美のハイエルフですわよ! 様を付けなさい、様を!」



 ……うん。こことは違う世界の、ハイエルフの、王族、で最強属性ね。

 気合の入った設定だな……。



「はいはい。で、そのシュエリア――様の耳は本物なのか?」

「は? 何言ってるんですの、もしかして、貴方はエルフを見るのは初めてなのかしら?」



 そういうとシュエリアは俺に顔を寄せて髪をかき上げた。



「そうね、仕方がないから触らせてやってもいいですわよ? その代わり本物だと確認が済んだらさっきの『げぇむ』とか『こすぷれ』とかについて教えなさい、人間」

「あ、あぁ……」



 正直言って、彼女は行動こそアレだが、この二次元美少女飽和社会である日本ですら滅多に見ない程の美少女であり、そんな彼女に顔をこれでもかと近づけられた俺はそれだけ答えるのが精いっぱいで、エルフの、シュエリアの耳に触るのに集中していた。



 そして、感じた。

 どう考えてもあり得ないのに、どう触っても本物としか思えない触感。温かみがあるし、触る手の動きに反応するようにひくひくと動く耳。

 何かを付けてるとか、入ってるとか、そういう感じが一切ない。付け根から先まで一体感がある。

 つまりこの耳は本物で、これはコスプレとかではなく、彼女は本当のエルフということになる……のか?



「人間、いつまで触っているのよ。いい加減にして欲しいですわ?」

「あぁ、すまん、つい物珍しいというか、あまりに貴重な体験すぎて……」



 余りの出来事に、絶世の美少女が間近に居るのも忘れて触り呆けてしまっていた。

 そしてそんな触り続けられたシュエリアはと言えば、そんな俺の様子を見て何か得心言ったという様子で頷いていた。



「ん? ……あぁ、そう。ふふっ、いいのよ。わたくしのような絶世の美女に触れられるというのはこの上ない幸福なのは世の男性であれば、エルフであろうが人であろうが変わらぬ真理ですものね、ふふんっ」



 俺に褒められたとでも思ったのか、そもそもかなりの自信家なのか、すごく嬉しそうに自画自賛している。俺としてはどちらかというと珍しい動物を見て触れた感覚で途中から「珍獣発見!」的な気分だったんだけど。



 まあ実際、確かに彼女は現実では存在しえないであろうレベルで美しく、ぶっちゃけ下手な二次キャラより美少女じゃないかと思うレベルで美少女だ。



 たまに二次元から出てきたような美少女というような表現も見るが、二次元でもありえないんじゃないかなぁ……と思う程バランスの取れた美少女で、それはもう人間の美的センスや感性では生まれえないであろうと思える域に達していて、まさに神の与えたもうた美の結晶という感じだ。

 さらに言えば普通なら欠点とも取れそうなエルフ相応とも言える小さめな胸もこの美しさのバランスからすればこう成るべくしてなったものであると納得できる。



 と、まあ。それこそ俺のような女性経験もない枯れた人間でも何やら恥ずかしい誉め言葉がどんどん浮かんでしまうくらい。

 彼女はそのくらいにとんでもない美少女ではあるが……それでも自分が美しいのを世の心理とか言ってしまうのはかなり痛くないか……?



「……って、いつまでジロジロ見てるんですの?」

「え? あぁ、あんまり綺麗だからな、つい」

「へ? あぅ……そう、ね。ふふん!」



 つい口から出まかせ……でもないが、付いて出たお世辞だったが、シュエリアは何やら嬉しそうだ。



 とは言え、だ。確かにシュエリアは美少女だが、しかし容姿という意味でどう見てもオカシイ点が一点ある。

 それは髪型である。

 まずエルフなら金髪というイメージだったのだが彼女はライトグリーン、いや、若草色というのか、兎に角髪が黄緑っぽい。

 で、その髪を全体的にまとめて左の側頭部辺りからゆるふわの縦巻きにしている、なんていうのか、サイドロールっていうのか?

 まあ正直ここまではいいのだが、一番問題なのが揉み上げの辺りだ。



 左は普通に残った髪を流しているのだが、右はなぜか三つ編みにしているのだ。

 右耳付近に小さい三つ編み、そしてサイドロール。

 なぜ故にそんな髪型になったのか……。

 こういう奇抜な髪型はアニメとかのキャラっぽいかもしれない。



 そう俺がコイツの奇抜な髪型について思案していると、またもシュエリアに声を掛けられて我に返った。



「――ちょっと、ちゃんと聞いているの? 人間! さっきの話の続きだけれど――」



 あ、今更だけど、もう一つ凄く気になる点に気づいた。

 さっきから俺の呼称が「人間」のままだ。これは酷い。



「ちょい待て……俺は遊生だ、結城遊生――ユウキユウキ――っていう名前がある」

「ユウキ・ユウキ……? 変な名前ですわね」

「おま、ストレートに気にしてること言うなよ……」



 実際俺はよくオタク友達にはローラ・ロ〇ラみたいだとしょっちゅうからかわれたりした。

 ただし似た名前の響きでも結城〇奈には触れてこない辺り偏った友達といえるかもしれない。いや、そっちで弄られるのもイヤだけどさ。



「ふぅん、そんなことはどうでもいいからさっさと『げぇむ』について教えるのですわ」

「……あ、はい」



 自分から変な名前だとか言って話を振っておいて、俺のリアクションにはどうでもいいって……さっきから思ってたけどコイツどんだけ自分勝手なんだ。

 美少女じゃなかったら間違いなくしばいてたわ。すげぇ美少女だから、許すけど。



「ゲームっていうのはこの機械で遊ぶ物だ。これ以外にもテレビゲームとかテーブルゲーム、パーティゲームなんてのもあるけど、今ここにあるのはこの携帯ゲームだけだな」



 こんなわりと初歩的な説明、一応エルフという前提でしてるけど、これでエルフコスの美少女相手に説明しているんだとしたら結構恥ずかしい気がする。

 今時こんな説明もないもんだ。



「キカイ……遊ぶものなんですの?」

「そうだな、この機械は遊ぶための物で、娯楽の一つだな」

「ふむ……そう……『ゴラク』ね。じゃあ遊び方を教えなさい」

「あぁ、はいはい。まずここをこうして電源をだな――」



 俺はその後シュエリアにゲームの遊び方を教えてやった。

 エルフというくらいだから異世界から来た的な流れで、言葉も通じないのかと思えば思ったより普通に話せてるし、文字も読めているようだった。

 とはいえ言葉もある程度の会話ができる程度には通じるが、コイツの世界にはなかったのか「ゲーム」や「コスプレ」の他にも「アニメ」とか「キャラクター」と「電源」というような単語は理解できなかったようで、主に横文字や科学的要素……と言うまで専門的な物ではないが機械とかそういう要素を含むような単語には弱いようだ。



 それでも一回教えるとすぐに覚えるし、ゲームの操作もかなりうまい。エルフというのは高い知能を持ち手先が器用らしいがこういうのも得意なんだなぁ。



「ん……くっ……うん……ふぅ。人間、じゃなかった……ユウキ、これはとても良いものですわね。ゲーム、気に入りましたわ?」

「そっすか、それは何よりで」



 シュエリアは自分でも言ったようにゲームをかなり気に入ったのか、喋りながらもゲームをプレイする手を止めず、視線も釘付けだ。

 というか今更だが道端で座り込んでゲームやってんのってどうなんだろうな……まあ時間も時間だし、人通りもほとんどないような道だから今のところ誰の眼にもついてないし迷惑にもなっていないだろうが……。



「――ところでユウキ」

「なんでしょうかシュエリア……様」

「ふん、ぎこちないですわね、もうシュエリアでいいですわよ、特別に呼び捨てを許可してやりますわ。親しい友人のように接してもいいわよ? ゲームをわたくしに献上した功績ね、感謝なさい」

「はあ、それはどうも……」



 俺は貸すつもりで渡したのだが、もう彼女の中では『献上』したことになっているようだ。

 まあ元より布教用でもあるんだからいいけどな。まさかエルフ相手に布教することになるとは思わなかったが。

 というか友人のように接していいと言う割にコイツの態度はデカいままなんだな。



「で、ユウキ」

「なんだシュエリア」



 さっそく呼び捨てで呼んでみる。うん、呼びやすい。

 それにしてもシュエリアのヤツ、何やら不機嫌そうだな、さっきまでご機嫌だったのに。

 まさか自分で呼び捨て許可したのに実際呼ばれたら嫌だったとかじゃ――



「私、さっきから凄く寒いのだけれど?」

「でしょうねぇっ!!」



 そりゃ真冬にノースリーブにミニスカでノーパンなら寒いでしょうねぇ、そうでしょうねぇ!!

 っていうかなんで今更! それ最初に来るセリフじゃないかなぁ!?



「でしょうねぇって、わかっているのならなんとかしなさいよ、気の利かない男ですわね」

「おま……お前がゲームについて教えろっていったんだろうが……」



 それに気が利かないって、出先でいきなり「楽しませないと自害するぞ」って言われてゲームを差し出せる辺りそれなりには気が利いてると思うんだけどなぁ……。

 もしかしてコミュ力高いリア充とかだと違うのか?



「またお前って……名前を教えてやったというのに、急に馴れ馴れしいわね。まあ友人と言い出したのはわたくしだし。国にはそういう風に呼び合える者っていなかったから、新鮮ですわ」

「あぁ、そうっすか」

「――で、寒いのだけれど?」

「あぁもうわかったよ!! とりあえず家来いよ!!」



 ホントコイツどんだけ自分勝手だよ……エルフの王族だか知らないけど随分な態度だ。それって俺には関係ないと思うんだけど。

 まあよくある話で、金持ちのボンボンは世間知らずって奴なのかね……はぁ。



「貴方の家に?……そうね、異世界の建造物は先ほどから色々見ていたのだけれど興味深いし、案内するのにわたくしの前を歩くことを許しますわ。本来はわたくしの前を行く存在なんて許しがたいけれど、ユウキには特別に先導を許可しますわ。ほら、行きなさい?」



 そういうとシュエリアは俺に前を歩くよう促した。

 いきなり出てきて楽しませろとかゲームについて教えろとか寒いとか先導しろとかホント何なのこの子。

 それでも俺は仕方なくシュエリアの前を先導するように歩き出して、気づいた。



「……ん、あぁそうだ、シュエリア。ゲームしながら歩くなよ?」

「ん?……なぜかしら?……べつに、ゲームしていても、先導が居るのだからっ……問題ないでしょう?」



 シュエリアはゲームをしながら歩いているのか、余程集中しているようで途切れ途切れに返事をしてくる。

 これは危険だな。



「いやまあ、そうかもしれんが――」



 俺が「コケるかもよ」とか「電柱にぶつかるかもしれない」とか言おうとした矢先、後ろでドサッと音がした。

 なので俺は振り返らずに言った。恐らくもう手遅れな言葉を。



「……シュエリア、階段だからゲームやりながらだと、コケるぞ」

「そういうのを先に言うのですわ!! 使えない先導ですわねぇ!」



 振り返ると、シュエリアは怒った様子ではあるがどうやらコケる際に上手いこと受け身でもしたのか怪我をした様子もなかった。

 そしてゲームは破損しないようキッチリ護ったようだ。

 にしても、怪我してないんだしそんなに怒らなくてもなぁ……。



「んなこと言われても。先導とかしたことねぇし」



 というか俺はゲームしながら歩くなと警告はしたし、これに関して言うならシュエリアが悪いだろう。



「まあ、この階段の先すぐが俺んちだから、もうコケることもないだろ」

「むぅ……面白すぎる娯楽というのは意識を割く分危険も多いようね……」

「そ、そうだな」



 シュエリアはそう言いながらもゲームを止めない。どんだけ気に入ってんだよこのエルフ。

 それでもその後はシュエリアもコケないようには気を付けてはいたようで、家に着くまでの道程でコケるようなことは無かった。



「さ、着いたから入れ、靴は脱げよ?」

「ん……意外と広いのね? 一人暮らしではないのかしら」

「いや、一人暮らしだよ」



 シュエリアは家の中を見回している、まあ異世界から来たなら物珍しいのも無理ないか。

 それにうちは親……というか姉の事情でわりといい家に住んでいる。

 庭付きで二階建ての一軒家。敷地面積は分かりやすく(?)言うと東京ドームで1.5個分くらいだ。

 つまり結構に広い。



 というか今さらっと異世界から来た体だったけれど、いいんだよな? 流石にこの世界にエルフとかいないもんな?



「ふむ。これならわたくしが一緒に暮らしても問題ないわね?」

「は? いや、問題はあるだろ」

「なぜですの? これだけ広いし、よい住まいで暮らしているのなら生活にも余裕があるんじゃないんですの?」

「……余裕なんて無い」



 嘘だ。さっきはゲームを片方しか買えなかったが俺は元々趣味に月収入の大半の金をつぎ込んでいる。具体的には稼いだ金の6~7割くらいを毎月だ。今月はちょっと使い過ぎだけどな。

 それでも生活できるくらいだから趣味分を削れば余裕で二人暮らしくらいはできる。



「でも部屋は一杯ありますわよね?」

「……まあな」



 俺がそういうとシュエリアは勝手に家の中を歩き出し、部屋を見つけては中を物色し始めた。



「お前、何してんの」

「何って、わたくしが暮らすのに丁度いい部屋を探しているんじゃない」

「……お前住む気なの? もう既に? 話聞いてないのか?」

「あら、帰る場所の無い絶世の美女が一つ屋根の下で共に暮らしたいとお願いしているのよ? 感謝こそされても嫌がられる道理なんてあるかしら」



 そう言いながらもシュエリアはこちらに眼も向けずに次から次に部屋を見て回る。



「お願いしてないよな? ていうかお願いしている立場が感謝される道理はおかしいよな?」

「わたくしに懇願されることは至福の喜びじゃないかしら? 自分より上の者に頼みごとをされるのに快楽を感じるのが人間なのでしょう?」

「…………」



 こいつ人間に対する評価めちゃくちゃ低いな……。その反面、自身に対する評価は偉く高い。

 それに、何度でも言うが、お願いもされてないし、懇願もされてない。ついでにいつコイツが「上の者」になったんだ、エルフの王族とやらで姫だからか? さっきは友人として接すると言ったのに。



 というか帰る場所が無いとか、やっぱ異世界人なのか……。

 エルフだしな、この世界にエルフとかいないもんな。うん。



 俺がそう、シュエリアを改めて異世界人として認める中、部屋を物色していたシュエリアが足を止めた。



「ん、この部屋がいいですわ」

「この部屋って……」



 そこはどうみても客間だった。

 ベッドは無いがソファはあるし、テーブルもタンス等もあるから確かに生活はできそうではある。

 広さ的には16畳くらいはあるが、それでも客間は客間だ。

 他に今まで見てきた部屋の中には普通に客人用の寝室等もあったのだが、なぜに客間。



「程よく手狭で、無駄に広い部屋と違って使い勝手がよさそうですわ?」

「手狭ね……いやまあ、生活はできるだろうが……」



 シュエリアが客間の物色をしているのを見て、確かに生活するには問題ないだろうと認めると、シュエリアも満足した様子で俺に向き直った。



「ということで今日からここで暮らしますわね?」

「うん、ダメだけど」



 俺が否定の言葉を口にするとシュエリアが睨み返してきた。なんだ、なんで怒ってんだコイツ。



「一応聞きますわ……なんでかしら?」

「金銭的余裕が無い、養ってやれないからな」

「わたくしみたいな美女、ここで逃したら一生出会えないですわよ?」

「そりゃあまあ……そうかもしれんが」



 そういう問題以上に金銭面が辛いんだよなぁ。趣味に使う金を削りたくないし。



 とはいえ美少女云々は置いておくにしてもコイツを俺が養わない場合はこのエルフは野放しになるのか? いきなり自害宣告をして脅迫するようなエルフが野放しに…………。

 いや、それは不味いか。



 何しろ俺は名前を憶えられている。もしこれで仮に野放しにして問題を起こされて、その上で警察なんかに俺の名前でも出されてみろ、面倒事待ったなしだ。



「じゃあ、アレよ、養ってもらう代わりに嫁になってあげますわ? 政略結婚というヤツですわ?」

「いや……えっ……?」



 今なんといった? 政略結婚? つまり、何? 嫁になってくれるってことか?



 まあ、確かに。コイツは性格は若干アレな気はするけど見た目だけは凄い美少女だ。そんな彼女が政略結婚、というか養われるの目的とはいえ俺と偽装結婚するというのだ、俺にとって悪い話……ではない。



「というか、ここまでの会話が結構楽しかったから気に入りましたわ? ユウキならわたくしの夫として十分面白いですわ?」

「なんだその理由……」

「好きって程ではなくても気に入ってるのは事実ですわよ?」

「さいですか」



 まあでも、もしかしたら、今後仲良くなってエルフの嫁さん(仮)の仮が取れて、本当にそういう関係になることもあるかもしれないし、そうでなくても他のエルフと出会える機会が出来るかもしれない。

 ……そう考えれば、コイツを野放しにする危険を考えてみれば、納得できない条件ではない。俺的には、だが。



「……はぁ、仕方ないか」

「何が仕方ないんですの?」

「お前が家に住むのが、だよ。とりあえず今のところは養ってやるよ」

「あら、急に手のひら返したわね? 言っておくけどエロいことはしないわよ?」



 何か露骨に嫌がるような顔をしてやがるが……この場合は手のひらを返したというか? そもそもの選択肢がないのに悩んでいたというべきなんだと思うのだが……。

 正直結局はこうするしかなかったのだ、と思う。



「エロいことなんてしねぇよ。お前の中の俺は今どんな設定なんだ……」



 俺が問うと、シュエリアは先ほどまでの忌避するような顔から一転、真顔で口を開いた。



「行く当てのない美少女に持て余すほどある部屋を出し渋り、どうしても泊めて欲しいなら、とエロいことを強要しようとする下等な人種かしら?」

「お前今しがた養ってやると言った俺に対して凄い酷いこと言うな? 早々に追い出されたいのかオイ」



 このアホエルフは少しは媚を売ることや機嫌取りを覚えた方がいいんじゃなかろうか。

 っていうかさっきまでの好印象はどこ行ったんだろうか。



「冗談よ。本当は人がよさそうでちょろくて、こんな事で美少女に恩を売れてモテるんじゃないかと勘違いしてるキモい童貞だと思っているわ」

「お前ホントに俺の家に住まわせてもらう気あるのか……?」



 なんでコイツこれから世話になろうという相手にここまでエグイ暴言を吐けるのだろうか。

 っていうか異世界人でも童貞って言葉は知ってんのか、なんかムカつく。



「まあ、そんなことはどうでもいいのですわ」

「そんな事ってお前……いや、もういいけど」



 俺もそこまでしつこい性格はしてないつもりだ。あのくらいは冗談の範疇で流してやるさ、うん。



「さっそく住む場所も決まったところで、やるべきことがあるでしょう?」

「何? 自己紹介とか? いや、これからの話か……?」



 俺がそう問い返すと、シュエリアはスッ、と懐からある物を取り出した。

 ある物――というか、ゲームだった。



「先ほどの続きをやりますわよ!!」

「……うん、お前本当にアホだな」

「アホとは何よ、失礼ですわね」

「あーはいはい、失礼しましたよっと」



 本来なら部屋の片づけだとか、男女二人で寝泊まりする上での線引きとか、色々した方が良い気もするんだが。

 ……まあ、いいか。こういう時はとりあえずゲームに意識を反らして癒されよう。

 本当なら買ったばかりのギャルゲーをやる予定だったんだがなぁ……。



 そう思いながらも俺はその後、シュエリアと一日中ゲームをして過ごした。



 これがこのエルフ、シュエリア・フローレスとの出会いであり、

『暇を持て余したエルフの嫁が居る日常』の幕開けであった。

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