娯楽の国のエルフの暇

ヒロミネ

第1話 エルフの暇


 人間という種族は寿命が短い。ひと昔前は4、50年もすれば死んでいたし、生活基盤や治癒術の発達した現代でも戦争や魔物等による死亡の影響もあってかその平均寿命は60年程度。

 しかしそれ故にか、人はその短い生涯の中様々なことに挑戦していく。



 人は寿命こそ短いが絶対数が多く、個体差も大きい人間はそれでも互いに足りない所を支え合い、互いに己にしかできない何かを探して、時に伝説にすら残る偉業を成し遂げる。

 そんな人生を、自身も送ってみたいと常日頃から望んでいる。



 しかし悲しいかな、自分はそういった生き方とはかけ離れたところに生まれてしまった。



「暇ですわ……」



 この世界には様々な種族が居るがその中でももっとも下らない、つまらない生活をしている種族『エルフ』



 エルフは人に比べ遥かに長寿であり、人間の平均寿命の60年程度ならまだエルフの常識も弁えていないようなガキ扱いどころか乳飲み子扱いされる位には長命。なにせ長生きしてるジジババの中にはこの世界の始まりから生きているなんていう胡散臭い年寄もいるくらいだ。



 さらに魔術的にも人種より遥かに秀でており、人で天才だ賢者だ大魔導士だなんて言われてるのはエルフなら子供の内から同じ程度の力量に達する程度で、エルフは手先の器用さや聡明さも相まって人では得難い高度な文明や秩序も築いている。



 そんなエルフは長命故にか出生率が非常に低く個体数が少なく、それもあるせいで種としてのエルフを守る為に危険な外の世界には出ず、森の中に都を築き、そこでひっそりとほっそりと暮らしている。

 故にエルフは冒険しない。故にいくら聡明でも新しいことにチャレンジはしない。故に高度な文明はあっても目新しいことは一切ない。



 故に…………エルフとはとても退屈な種族だ。

 エルフは毎日を同じように暮らす。安定した安心安全な毎日を過ごす。

 そんな生活の中で変わるのは季節の移ろい程度。



 ただ、季節が変わっても世界が変わっても、エルフの生活は変わらない。

 外で魔族と人間がお祭り騒ぎの戦争をしていようが、魔神によって世界が滅びそうになろうが、大半のエルフはこの森での安定した生活のみに没頭した。



 とまあそんな何とも面白味の無い種族、エルフという退屈な種族の、しかもその下らない安寧を守る立場の王族に生まれたのがこのわたくしこと、シュエリア・フローレスである。



「はぁ……再来年の公務、だるいですわ……」



 王族といっても別にエルフには他種族との深い関わり、国交なども無いのでやることはもっぱら数十年毎の祭祀を仕切るとか、数少ない交流のある他所の森のエルフや緊張関係にあるダークエルフとの会談があるくらいで、それも数十年に一度あるかないかであり、さらに王族は民に養われているようなものなので、一般的なエルフのように食料採取もしない、裁縫や鍛冶、料理、その他さまざまな雑務は一切しない。



 なので祭祀と会談が無ければやることは全くない、強いて言うなら王族としてのお勉強やお作法の練習だがそんなものはとうの昔に一通り収めている、今更やるようなことじゃない。

 と、いう訳で……。



「今日も森は平穏で退屈で暇な事この上ないわね……いっそ隣国からの強襲とかにあって大事件、とか面白そうな事でも起きないかしら、そうしたら少しは楽しめる気がするのに……」



 エルフの生活は今でこそ同じことを繰り返すだけのものだが、昔はこうではなかったらしい。

 5、6000年生きているジジイ共の時代には危険を承知で人の世界に旅に出て、様々な経験や知識を持ち帰って今のこの安定した暮らしに貢献した英雄とも呼べるエルフ達が存在したらしい。

 どうせならわたくしもそんな時代に生まれたかったと思う。



 確かに安定した暮らしとは中々に得難い幸福であるというのは理解する。しかし変わらぬ毎日を過ごす事こそを幸せとするのは数十年しか生きることのない人間の思考に等しい。



 エルフは長命で千や万年をも超える時を生きる種族だ。

 そんな遥かな時を、何も変わらず、何も挑まず、何の楽しみも無く生きていく。



 そんなものを幸福と言っていいのだろうか、本当に?



 わたくしからすればそれは退屈で、拷問だ。

 しかしそれは、退屈はエルフにとって禁忌でもあることを知っている。



 エルフは永い時を生きるが、それ故に、一度でも冒険の楽しさ、新しいことに挑む高揚感、生きることの楽しさを知ってしまえば、この永劫の安寧に耐えられない。

 かといって数千年を毎日、毎週毎月毎年。飽きることなく楽しめる『何か』などあるのだろうか。

 もしなければ、一度楽しみを知ってしまったその身は退屈なエルフの生活に戻れないその身はどうなってしまうのか。



 実際、過去に冒険に出たエルフ達は一度はこの森に戻ったものの、森に今の安定した生活をもたらすとすぐにこの生活に飽きてしまい、未知との出会い、胸躍る冒険を求めて旅立った。



 それを森の老人達は裏切りと呼んだ。なぜなら二度目の旅にはただでさえ数の少ないエルフのおよそ半数が旅に出てしまったから。

 それは一度外の世界に触れた英雄達の話を聞き、今のエルフの生活の規範となった人の世界に対する憧れが、英雄たちの新たな旅立ちに引きずられるように成した結果だった。

 しかもその中から戻ってきたエルフは片手で足りる程度の人数で、残りの者はついに帰ってこなかった。



 それ故にエルフにとっては、生きることの楽しみや意義を見出すことは、それ自体がエルフという種を殺しかねないと老人たちは危惧しているのだ。

 だからエルフにとって退屈とは生きることの楽しみを求める事であり、禁忌。



 そしてそんな禁忌を保存した場所が森の外れに一つ。

 名を「禁忌魔導書館」という。




 名前の由来はそのまま禁忌となるような危険な書物、魔導書が保管されている館だから。

 などと言われているが、実際のところこの館にあるのは殆どが英雄達が持ち帰った人の世の童話や英雄譚の描かれた書物だ。

 つまり魔導書なんていう大層な物は無い。



 まあそれでも、これらの禁忌の書物はエルフからしたらとてつもない愉悦であり、神の御業にも等しい奇跡と言ってもいい。

 だってこれらはとても『面白い』から。



「なんて、思い出したら読みたくなったわね……。今日は見張りも少ないみたいだし、行こうかしら」



 わたくしは一人呟くと、寝転がっていた大木の幹からするすると降りて魔導書館への道を歩き始める。

 館まではとても距離が近いが、途中には警備の兵士等が割と多い。理由は二つあるが、大半が『シュエリア』だ。



 何せわたくしと来たら一国の姫でありながら規律は破るわ品は無いわやりたい放題。

 元老院からは諸事情で生まれた頃より嫌われているが、そのほかの周りから――近衛や妹達――ももっと身分相応の立ち居振る舞いをして欲しいと切望され、今ではわたくしが好き勝手しないように常に見張りが付いている。



 もう片方の理由は単純な巡回兵だ。こちらは本来平和なこのエルフの国には必要ないのだが、実はこれもわたくしが余りにも好き勝手やるので妹達が打ち出した政策だ。

 そもそも見張りが居るというのに、これ以上ぞろぞろ人数を増やすわけにも行かないからと、こういう形をとっている。



 とはいえ、姫の自由奔放を抑制するため……等という理由で警備を増やすわけにはいかないのであくまでも表向きにはダークエルフ等の斥候や密偵に対し見せつける抑止力、ということになっている。

 まあ、そんなことはわたくしにはどうでもいいのだけれど。



「まあ、それにしても。いつも撒かれてるくせに、毎度ご苦労な事ですわ」



 言いながらも早速、わたくしを見張っていた連中は撒いてやった。

 具体的な撒き方は強化魔法で身体能力を上げて速度で振り切る……という一番手っ取り早い方法だ。

 ただこれだと街中でうっかり鉢合わせ……なんてことになる時があるのだが。うん、付いてくる様子は無い。

 というか探索魔法で見る限り、見失ってわたくしとは逆方向に走っているようだ。

 これで安心して館に行ける。

 というか、わたくしが行きそうな場所に見当もつかないような奴らが見張りでいいのかしら……。

 まあ……そんな事より今は魔導書館ですわね。



 あそこにある本はどれも素晴らしく、読めばワクワクするし、ドキドキする。自分もこんな冒険をしてみたいと興奮もする。

 あんな素晴らしい物を知ってしまえば戻れない。生きる為に生きるだけの退屈な生活には二度とだ。



 で、そんな面白さを知ってしまい、後戻りできなくなる者が現れる故に禁忌の館としてこの館の扉はエルフの最高魔導士数十人で掛けたとても強固な封錠魔法により封じられているのだけれど……。



「はい、解錠っと……」



 わたくしは指先一つで解錠魔法を使用し、エルフの中でも最上位とされる大儀式の封印を解いた。



 さて、なぜわたくしにはこんなことができるのか、という問いには王族特権だとか、そういうのは関係ないと言っておこう。

 そして自分で言うと傲りと思われるかもしれないが、正直に言ってわたくしはかなり控えめかつ、客観的に見ても天才だった。この程度の封印ならあっさり開錠できるし、後で戻しておくのも簡単だ。



 というか正直なところ、実際問題わたくしの魔力と才覚ならば過去に一度はこの世を統べる手前まで行った魔王に成り代わって世界を手中に収めるのもそう難しい話ではないだろう。

 魔王のように軍勢は持たないが、それらの役割を個として一人で十二分に、というか過剰すぎるくらいに果たせてしまう。

 ……っと、ゴホン。そんなわたくしの自慢話というか、自画自賛の自負はいいとして、だ。



 そんなわたくしは100歳になった頃、つい好奇心でこの館に入ってしまい、千と四百を超えた今になっても毎日周りの目を盗んでは通っている。

 しかしだ、流石に1000年以上も、毎日通っていれば流石に、読む本が無くなるというか、もう正直最初の10年くらいで同じ本ばかり読むようになってきている。今ではこの館の本を丸暗記するのを目標にして一つの楽しみにしているくらいだ。



 その、ここにある書物にすら飽き始めていたわたくしが今日、今まで見たことのない本を発見してしまったのは、何の偶然だったのだろう。



「何かしらこれ……『ヒノモトゴラクノ書』って書いてあるけれど、今まで見たことが無いですわね? 知らない単語だし、何かの魔法書かしら……」



 わたくしはその本を手に取り、今日はこれを読み込んでやろうと決めた。

 そして、本を読み進め数刻――私はその内容に魅了された。



「異世界の国ヒノモトにはこの世界には無い娯楽がたくさんあった……人の歴史を魅せる公演、体を鍛え動かし、互いの力を試し合うスポーツと呼ばれる競技、そして想像によって描かれた億すら超える量の書物、中には絵と人物のセリフ等によって物語を魅せるマンガなる書物まで存在し……。それらヒノモトの娯楽は遥か昔にエミルパで見た人の世界の娯楽より遥かに発展し、エルフの自分にも飽きることのない世界であると確信できた……。って何よこれ……これって想像や妄想の類の作り物?……それとも、まさか。本当に異世界に行ったエルフが居たのかしら……」



 そこには他にもラクゴやオワライ。ドラマやエイガ、カイスイヨクやトザンと言う娯楽がツラツラと書き綴られており、それらの全てが面白いことに飢える私の琴線に触れた。

 読めば読むほど面白いとか、そういう事でなく唯々一心に、これらの娯楽に触れてみたいという欲求だけが募っていき、もっとないのか、もっと面白い物は、せめて今この場で再現できるものはないだろうか。



 そんな思いがわたくしの手を止めさせなかった。

 しかしどれもこれもが異世界の娯楽。この世界の辺境の狭い森の中で再現できそうなものは非常に少なく、そのほとんどがわたくし一人で楽しめるとは到底思えないものだった。

 いえ、まあ。トザンとかはできそうだけれど……これ一人で行っても楽しくないんじゃないかしら……?



「結局いくら力があっても、出来ることと言えば追っ手を撒いたり鍵を開けたり、楽しみの種にもなりはしないのですわ……はぁ……なんでエルフなんかに生まれてしまったのかしら」



 そう一人愚痴りながらも、まだ読み進めていなかった『あとがき』とやらに目を通した。



 これまでの内容が本物なら、恐らくこの本の著者は一度異世界にいって、こちらに戻って来てこの本を書いたのだろう。しかしこの本はエルフには受け入れられず、禁忌として封印された。

 そんな者の書く物だ。もしかしたら何か面白いことが書いてある、かもしれない。



「と思ったけれど、何。なんてことの無い普通の作者の感想文ね……特に気になることなん……って、何かしらこれ?」



 あとがきの後のページをめくると、そこは真っ白の白紙のページで、ああこれでこの本は終わってしまったのだと思わせたのだが、その白紙のページに、文字が、しかもエルフの中でも特別な意味を持つルーンによって表記された文字が浮かんできた。



 ルーンとはそれ自体が魔力を帯びた記号であり、これを組み合わせることによって特定の効果を望むことのできる文章等を組める。

 原初の物はもっと違ったらしいが、それを使えるのはうちの都では元老院の年寄共のなかでも一握りだろう。

 そしてこれらルーンとはエルフの中では特殊な儀式や森の恵みに感謝する祈りの宴等でしか使用されないものであり、本という誰の目に触れるかもわからない媒体に使うのはエルフによっては不謹慎とさえ取れる程に神聖視されている代物だ。



 そんなものがこの本の、最後の空白のページに浮かんできた。



「これは……『汝、永劫の安寧に座すことを拒み異界への道を求めるなら。この術を唱えよ』って……異界への道って、いくらなんでも異界――異世界は……ないですわね?」



 でもこの本を読んだ今、自分の気持ちに正直に言ってしまえば、たとえこれを唱えてどうなってしまおうと、それでもいい気がしてしまっている。

 たとえそれで本当に異世界に行ってしまっても、それはそれで『面白い』



 というか、この異界というのがこの書に記された『ヒノモト』であるなら、答えは一つしかない。



「……永劫の安寧……冗談じゃないですわ。そんなもの――」



 そんなもの、要らない。

 欲しくない。

 欲しいのは、愉悦。

 ただただ、この身を満たしてくれる、至福の感情。



 だからわたくしはその術を――唱えた。



「――で、どうなってしまうのかしら?……って、ふぁっ?」



 術を唱えた直後、私は宙に投げ捨てられたような感覚に襲われた。



「なんっ…ですのこれはぁあっああああああああああああああああああぁあああああああああああ!?」



 私の瞳に映る景色には先ほどまで見えていた、見慣れている館の内部の景色は無く、まっ暗い空間だけが広がっていて、それでもそこが宙であることだけは理解できた。

 だってなんだか、体がふわふわしているというか、風を思い切り体で感じている、気がするから。



 しかし、その勢いは余りにも強く、状況も突飛すぎて理解できない、思考は追いつかないし精神は落ち着かない。激しく体を振り回されて目の回るような感覚……そんな状態が続いた私はほどなくして、気を失った。

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