第37話 トーナメント確定
梅雨がもうすぐ明けようとする6月20日。
県民スポーツ科学センターにおいて、夏の選手権大会、千葉予選のトーナメントが決定する。
白富東は春の大会を優勝しているのでAシードだ。
全員でこれに向かうチームもあるが、白富東は顧問教師の高峰を出しただけである。おそらく白富東では、最も良識に満ちた人選だ。
どうせ手塚が行こうがセイバーが行こうが、マイクを突きつけられるに決まっている。そしてまた舌禍が沸き起こるわけだ。
なお全く喋らなければ喋らないで、それはそれで叩かれる。
だが叩かれようが強ければいいのだ。白富東は、プレイはフェアだがバッドボーイズだ。
高峰が送ってきた画像を元に、トーナメント表が描かれる。
出場校は168校。Aシード四校、Bシード四校、Cシード八校の16校は一回戦突破確定だ。
「順当に行けば準決勝は勇名館が来るか?」
「あ~、春とはキャッチャーが変わったんだっけ」
「一年のキャッチャーが吉村をリードするわけだからな、大変だ」
「練習試合ではかなり結果が出てるらしいけどな」
噂によると吉村も、MAXを150kmに乗せたらしい。
サウスポーの本格派、さらに決め球もある。
「まあ甲子園に出なくてもドラフト指名されそうだし、遠慮なく打ち崩そうぜ」
大介の言葉には容赦がない。去年の夏は、結局吉村からはホームランを打てなかったし、秋と春にも対戦がなかったからすっきりしたいのだろう。
あちらの山にはトーチバと東雲が入っているので、おそらくどちらかが出てくるだろう。
「うちはあと、準々決勝で……栄泉か?」
「あ~、そういや春もそこそこ勝ってたな」
「栄泉のデータって取ってたっけ?」
「心配するな。こんなこともあろうかと、既に練習試合などのデータは揃ってる」
「さすが分析班! 頼りになるぜ」
「あとは、吉村を打てるなら光園学舎来るかもか。水島、どっちが来ると思う?」
「まあ光園学舎の打撃レベルを考えたら、本当に吉村次第としか言いようがない」
「吉村以外ではかなり厳しいだろうしな」
「黒田並の打者がいたら違うんだろうけどな」
「今年はうち以外、あんまり強い公立はいないイメージだよな」
「上総総合もシードじゃないしな。上位のシードは全部私立か。うち以外」
普段は割りと公立も強い千葉だが、今年はBシードまでは白富東以外、私立で埋まっている。
「お前ら、ここ忘れてないか?」
そう言って直史が指差したのは、反対側の山だった。
三里高校。なんと二回戦で東雲と当たる。東雲はシードなので、実質的には初戦が三里なのだ。
おそらくジャイアントキリングが起こるとしたらここだろう。
「最近はもう、国立さんが監督を引き継いでるらしいしな。監督の質だけなら東雲より上なんじゃね?」
「選手成績と監督能力は、また違うと思うけどな」
「でもあの人、どっちもありそうじゃん」
色々と考えることはあるが、水島はまず東雲と三里の試合を第一に偵察しようと思った。
春の大会からの急激過ぎる成長。そして星という、野球に対して繊細なテクニックを使える選手。
一年でそこそこ使える選手が育ったなら、東雲を破るかもしれない。
そして勇名館。吉村が四番でピッチャーをしているが、主将はベンチメンバーだという。おそらく人望がある人間を統率に使い、吉村の負担を少しでも軽くするためだろう。
それもまた光園学舎と当たるなら、かなりの消耗を強いられるだろうが。
去年の夏、ノーシードから甲子園行きを決めた吉村なら、それぐらいの苦難は乗り越えそうだが、今年はもう黒田も東郷もいないのだ。
「なんつーか、去年の夏からあっという間な気がするな」
大介が呟く。確かに秋季大会もセンバツもあったのだが、今のチームが作られてからはまだ時間が経っていない。だからそう感じるのだろう。
白富東の初戦は七月13日。それまでにもまだまだ練習試合は組んである。
一年生の実力の伸長が著しいが、ただでさえ化物なのに、さらに凄まじい数字を残しているのが大介だ。
ちなみに直史も化物な数字を出しているが、江川卓と上杉勝也いう存在がいるゆえに、また他の投手と継投しているため、平均記録などは塗り替えることは出来そうにない。
桑田の甲子園20勝という数字も超えられないだろう。
しかし大介は別だ。
二年の夏を前にして、公式戦でのホームランは既に36本。
神宮大会が以前はなかったことを考えても、清原和博の公式戦48本記録は軽く塗り替えそうである。
「大介の場合、あと甲子園で一本打ったら、歴代二位タイなんだよな」
「センバツ一大会での記録は更新したしな」
「三打席連続も歴代タイだしな」
「まあ三打席連続で打たれて、四打席目も勝負したらアホだしな」
クラッシャー、小さな巨人、バットを持ったダースベイダー。
色々と大介は異名を持っているが、練習試合だと真っ向から勝負してくるバッテリーもなくはない。
一打席目でその幻想をぶち壊し、二打席目で絶望を与え、逃げかけた三打席目を無理に打ってヒットにし、四打席目に完全に敬遠されるというのがパターンだ。
しかもポジションはショート。どんなチームでも欲しがるショート。
贔屓目なしに見ても、ドラフトの上位指名で消えるであろう。
「ナオの方は何か記録狙えるのか?」
「俺も調べてみたんだけど、だいたい江川と上杉のせいでほとんどの記録が抜けない。あと桑田のせい」
「センバツで一度負けてるからなあ。防御率ではいけないのか?」
「そこが江川と上杉だから……」
「狙えるとしたら夏の大会のパーフェクトぐらいか」
「……いや、ねーよ。やるとしたらノーノー二度目だろ。確か上杉がノーノー三回だから、これは抜けるかもしれない」
期待のこもった視線で見つめられた直史は、ふうと気だるげに息を吐く。
「ノーノー出来そうな貧弱打線相手なら、一年に最初から投げてもらうって」
「あ~そっか~」
「ナオは休むからな~」
「昔とは基準が違うからな~」
あの上杉でさえ、頼りになる控え投手が入った三年の夏は、参考記録のノーノーを一度記録しただけだ。
とことん江川と上杉が規格外すぎる。そして直史は合理的すぎる。
明確な敵が定まり、練習にも気合が入る。
練習試合も多く組まれるのだが、予想外に大介が参加出来ないことが多かった。
一学期の期末テストが迫っているためである。
野球部は練習合宿ではなく、勉強合宿を開始し、とりあえず大介に補習を受けさせないことに全面協力した。
どうにか大介が赤点を回避する中でも、練習試合は続けられる。
主砲を欠きながらも白富東は、どうにか連勝を続けていた。
公式戦も含めれば、35連勝。その中には全国レベルのチームも多い。
これだけ強ければ。
これだけ勝ち続けるならば、
最後の最後まで、勝って終われる。
(でもな~)
と手塚は密かに思うのだ。
(去年はキャプテンのために甲子園行こうと思ったけど、もうセンバツで行っちゃったしな。大阪光陰にだって別に、俺たちは悪感情持ってないし)
まともなヒットもなく三点を取られた直史と、点につながるヒットを打てなかった大介、そしてゲームメイクで主導権を握られ続けたジンの三人が、特にこだわっているのだ。
まあ、甲子園には行けそうだ、とは思う。
またあの場所で勝ちたいとも思う。しかし問題は甲子園以降だ。
そう、多くの高校球児には関係ないが、甲子園で成績を残した、およそベスト8以上のチームには、国体の参加資格が得られることが多い。
野球で大学に行こうとか、プロに行こう、あるいは社会人野球と、野球を中心に考えるのなら、国体が最後の公式戦となる。
ただ白富東の現三年生の中には、野球で進学しようとか、プロになろうと考えている者はいない。
実は新庄あたりは野球指導者になりたいそうなのだが、別にそれは野球推薦で大学に行かなくても、普通に受験して入ればいい。
とは言え、今の三年生がいなくても、白富東の戦力にはさほどの変化はないだろう。
レギュラーは手塚と角谷の二人であるが、外野はセンターにアレクを回してシニア組から一人入れればいいし、セカンドもコンバートしてどうにかなるだろう。
もっとも根本的な問題としては、秋季大会と重なることだろうか。
白富東の新チームの体制作りには、あまり問題はないように思える。
とりあえずは、甲子園だ。
春は経験したが、あの夏の熱さを、グランドで体験するのもいい経験だろう。
それに、日本一というのも、一度は経験してみたい。
緊張とは無縁で、ほどほどの高揚感。
最後の大会が始まろうとしている。
練習試合も含めて、最終的な連勝記録は41まで伸びた。
そして七月も中旬になろうかという水曜日、千葉ロックマリンズスタジアムに、千葉県の参加校全168校が集まる。
21世紀になって、もう四半世紀も経とうというのに、やはり坊主は球児の中で圧倒的な数を占めている。
なお鬼塚はこの日のために気合を入れて、髪の根元まで金色に色を抜いてきていた。
間違った方向の努力である。
「お~、勇名館すぐ前か」
「そういや去年の優勝校だもんな」
Aブロックの第一シードである白富東のすぐ前には、前年度優勝の勇名館がいる。
「吉村さん! 150出したのってほんとっすか!?」
大介の声に振り向いた吉村は、ぐっとガッツポーズを見せた。
「おおお」
「県内最速が左腕か」
「岩崎もあとちょっとなんだけどな」
見ればあちこちに、敵として戦いはしたが、同じ目的に向かう同志がいる。
主に殺気の混じった視線で見つめられることが多いが、それでも同じ目標に向かって進む、同志だ。
単にその席が、一つしかないだけで。
声をかけられた吉村の方も、白富東は意識している。
去年の夏、あの試合は、確かに勝った。だが内容的には負けたとさえ思っている。
そして去年に比べて、勇名館の力は落ちている。特に得点力においてそれが顕著だ。
いざという時に打ってくれる、黒田のような打者がいない。自分が打つしかない。
「やっぱあいつらも、150kmにはビビッてますね」
「いやあ、ピッチングはスピードよりコントロールだろ」
普段は球速にこだわる吉村から、そんな言葉が洩れた。
球速もまた、ピッチャーの物差しの一つではある。
だが去年、決勝で勇名館を翻弄したのは、吉村よりもMAXが10は遅い投手であった。
他よりも速い球を投げることにこだわる吉村だが、スピードだけでは甲子園でノーノーは出来ないだろう。
千葉どころか関東大会まで制した白富東、今年の夏の大本命であるのは間違いない。
しかし、だからこそそんなところを吉村一人で抑えて勝てば、甲子園への道は開ける。
難しいことではあるが、難しさは挑戦しない理由にはならない。
準決勝以降は、全て試合はこの球場で行われる。
プロ球団の根拠地ということもあって、なんとなく親しみまで感じてしまう。
今年から予選でも、球場によって球速表示が出るようになったとか。速球派のピッチャーにとっては楽しみなことだろう。
「つーわけで明日の一回戦の勝者と、明々後日に戦うことになるんだけど、偵察どうする?」
開会式終了後、帰りのバスを待つ間に、わずかな時間があった。手塚の言葉に、レギュラーの反応は鈍い。
初戦の候補の片方とは、Bチームで練習試合をし、特に問題もなく勝利している。
もしそれに圧勝してきたのなら注意が必要だが、それを全力で偵察するというのもあまり意味はないだろう。
ただ平日にもかかわらず、テスト後で早く帰れる状況なので、午後からの第四試合は見れるのだ。
「一年四人ほど派遣して、向こうのベンチとかを二人ずつで見ておけばいいかと」
ジンの言葉に手塚は頷きセイバーを見る。
彼女も特に問題は感じないらしく、無言で頷いた。
さて、そんな中で注意すべきチームも決めなければいけない。
「とりあえず初戦は三里を見ておくべきだろ」
珍しく三年の田中が口にした。あちらも幸い他球場の第四試合なので、部員での偵察は可能だ。
「初戦である程度手の内を晒した上で、次の対戦相手が東雲。それで勝ち進んでも準決勝でトーチバ。対戦する可能性は0ですけど」
ジンの言葉は正しい。確かにこの夏、戦う可能性はないだろう。
まず東雲に勝つのが難しいし、勝ったとしても準決勝で待っているのが、油断していないトーチバだ。マンガでもありえないほどの戦力差があると思う。
「今年は問題ないだろうけど、来年、いや秋にもどうなってるか分からない。未来のためにも、どう変化していくかを見ておいた方がいいだろ」
なるほど、確かにそれはある。
ドラフト有力候補であった強打の野手が、監督として果たしてどういう練習を課しているのか。
セイバーの連れて来たコーチと比べても、面白い差異が見れるかもしれない。
「水島、頼めるか?」
田中の声に、水島は頷く。
偵察班の誇りにかけて、相手の戦力を丸裸にしてやろう。
最後の夏。この予選が、三年バッテリーにとっての、最後の真剣勝負。
水島もまた、気合が入っていた。
この夏は、最後まで終わらせない。
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