第31話 弱小校にも五分の魂がある

 三里高校との練習試合は、ある意味検証を兼ねている。

 スターティングメンバーは、普段からレギュラーの二年と三年は全員抜いてある。その代わりに倉田を別ポジションで入れている。

 角谷が抜けるので問題かと思われているセカンドには、一年のセカンド経験者の中で、一番上手いと思われた選手を入れた。結果次第では、ベンチメンバーになるかもしれない。


一番 (中) 中村 (一年)

二番 (二) 曽田 (一年)

三番 (一) 倉田 (一年)

四番 (三) 佐藤武 (一年)

五番 (左) 鬼塚 (一年)

六番 (遊) 諸角 (二年)

七番 (右) 新庄 (三年)

八番 (捕) 三田村 (三年)

九番 (投) 田中 (三年)


 シニアではクリーンナップを打っていたというので、上位打線に抜擢だ。恐ろしいことに五番までが一年生である。気付いた時には作成した手塚やジンも笑ってしまった。

 だが一年生は春のベンチメンバーを全員スタメンで出している。ピンチになればバッテリーごと交換も出来る。

 正直なところ、所謂ビッグ4を一人も入れてなくても、充分に勝てる試合になるだろう。

 出来ればシーナも試合に出してやりたかったのだが、本日は我慢である。

 彼女も三里相手には、むしろ学ぶところが多いかもしれないと言っていた。


 一方の三里高校も、メンバーが代わっていた。

 ピッチャーが、先日の三年でも星でもなく、一年である。

 あとは他にも一年生が起用されていたりする。


「勝ちに来た、ってことか」

「少なくとも試合をすることだけが目的のメンバーじゃないよね」

 エースだったと思われる三年はファーストに入っている。打順の方もそれなりに替わっている。


 金をかけないと出来ない白富東の指導体制。そこから何を学べるか。

 セイバーの去った後の白富東は、逆に三里から学ぶことが多くなるかもしれない。




 先攻は白富東。

 対する三里高校の一年投手東橋は、左のスリークォーターであった。

 左投手というだけで、左打者は打ちにくいものだ。ましてスリークォーターなら、球の入ってくる角度が違う。

 もちろんその程度であれば、アレクが攻略に手こずる相手ではない。


「さて、隠し球がないと、うちと戦っても意味ないけど、果たして?」

 なんだか随分と上から目線でジンは言うが、目はしっかりと相手投手を観察している。

 直史も岩崎も大介も、侮ってはいない。


 投球練習を見る限り、球速は120km前後。まあ一年生としてはそれなりの速さである。

 この環境にいると勘違いするが、135kmを投げる鬼塚でも、そこそこ強豪校のエースになれるのだ。

 去年の春に勇名館や光園学舎に勝利したときの直史は、MAX125kmで戦っていた。

「変化球だと思うけど」

 ジンは投手ではなく、捕手の動きから球種を絞る。

「たぶん、落ちる球」

 ゆるいストレートが確かに落ちたが、まさかあれがそうではあるまい。


 アレクが打席に立ち、いつも通りにくねくねと動く。

 白富東のコーチ陣から選ばれた主審が、始まりの合図を告げる。

 楽しい球遊びの始まりだ。

 ただ、それがどれだけ楽しいものかは、やってみないと分からない。


 初球は遅いカーブから入った。

 明らかなボール球。アレクも見逃す。

 二球目はスライダー。ストライクゾーンからずれ、アレクは腰を引く。

「次はシュート、かな?」

「使えるならな」


 ジンの予想は少し外れた。

 左からは外に逃げていく球だが、変化が多くて沈んだ。

 下手に追っていったアレクはサードへのゴロとなる。

 しかしそこからが俊足の見せ所、相手のサードの処理も遅かったが、ぎりぎりでセーフとなった。

「シンカー、だよな?」

「こっちからはよく見えなかったな」


 気付けば白富東のベンチからは全員が身を乗り出し、スタメンはバットを持って相手投手とタイミングを合わせようとしている。

 アピールのチャンスとばかりに、貪欲に相手投手の攻略を考えている。

 普段試合に出れない人間は、実のところ逆に勝利へ貪欲だ。

 白富東にはレギュラーを目指さない人間もいるが、試合に出るからには勝利を目指さない人間はいない。

 なぜならそれが、一番楽しいからだ。


「曽田はどうする?」

「とりあえず走らせたいけど……」

 ジンが言いよどむのは、相手が左投手だからだ。

 当然ながら右投手よりは、盗むのは難しい。

「クイックとか見たいから、初球は待ち、だな」

 もしこれで相手があっさりとストライクを取ってきたら、それは相手の勝ちである。


 初球インの球をストライク。あっさりとゾーンに入れてきた。

 一球のストライクの価値が分かっている。しかしその指示を出したのは誰だ?

「向こうのベンチの、まだ若い男性ですけど、この間の試合にはいなかったですよね?」

 セイバーの指摘で気付いた。確かに、明らかに学生ではない、Yシャツの男性がいる。

 むしろ監督教師よりも、体格はしっかりしているようだ。

「あの人、そっとこちらの練習をずっと見てましたね。そして、時々頷いていました」




 不確定事項。

 新しいコーチ? 服装から見るに顧問か部長のようでもあるが、三里高校は監督が兼任だったはずだ。

「さっきの、ベンチから何か指示出てたのかな?」

「分からない。確かめよう」

 ジンがサインを出す。走れ、だ


 東橋は動かない。一度プレートを外す。アレクも一塁に戻る。

 そこからまたプレートを踏み、ほとんど手投げのようなクイックで投げた。

「え?」

 それはアレクが一塁を離れてすぐで、スチールのサインが出てたので無理にダッシュし、そしてウエストした球を、キャッチャーは二塁に投げる。

「アウト!」

 入学して以来、アレクが盗塁を失敗したのは、これがなんと二度目であった。


 その後、懐に入ってきたシンカーを曽田はサードに打ち内野ゴロ。

 三番の倉田は最後まで球を見送り、カットを続けた後10球目でサードフライに倒れた。


 そこまでに分かったこと。コーチらしき人物は周囲と話してはいるが、サインを出してはいない。

 サインはおそらく、セカンドに入っている星が出している。もちろんピッチャー相手にはキャッチャーも出しているが。

 そして相手ベンチの様子が明るい。

 選手同士が話し合って、振るタイミングなどを確かめたり、内野の位置を指差したりしている。

「守った方が勝ちになるかもしれません」

 守備につくナインに、ジンはそう言った。


 とりあえず一連のプレイで分かったのは、選手たちの意識が変わっているということだった。

 星のサインが野手全体に浸透していて、バッテリーの呼吸が合っている。

 試合前の練習では白富東の練習内容に圧倒されていた。しかしいざ試合となれば、自分たちの力を出してくる。

 あの牽制の練習など、とても地味なものだったろう。

「今日は投手五枚は使わない、OK?」

 シーナの言葉は、先発級の五人を使わないということだろう。

「大介と……あとお前?」

「なーんかあの人、見たことある気がするのよねん?」


 シーナに言われると、ジンもどこかで見たことがある気はしていた。

 おそらくは野球経験者。あの若さだから、見たとしたら選手時代。

 学校の教員であるなら、選手として見たのなら四年以上前ということになる。あるいは神宮の試合か。

 高校野球? 甲子園?

「あ」

 思い出した。

 ジンはこの10年近く、甲子園の試合は全て映像を保管している。

 だがその中にこの顔はなかったはずだ。それでも見た憶えがあるのなら、それは県予選のはずだ。

 さすがのジンも、全ての県予選まではカバーしていない。だが強いところは記録してある。

「トーチバ相手に、三打数三安打だった人だ」

 その記憶がなぜ強く印象に残っていたかというと、彼が帝都大学に進学したからだ。

「確か名前は国立だったかな。膝を故障したとかで選手生命は絶たれたけど、それまではドラフトの候補にも上がってたはず」


 なるほど、弱小高校から大学野球で花開いた選手であったか。

 そういう履歴ならば、どこかで見た顔であっても不思議ではないし、ジンの記憶に残っているのも納得だ。

「つまり、打撃の指導は受けたかもしれないってことよね?」

 シーナの指摘に、慌ててジンはバッテリーへの伝言に向かった。




 一回の裏、三里高校の攻撃は、いきなり一番西である。

 春の大会では五番で、振り切るスイングをしていたが、何か変化はあるのか。

 見ればバットをかなり寝かせて構えている。

「レベルスイング特化?」

 ジンなどはそう分析したのだが、ネクストバッターサークルから星が声をかける。

「ニッシー、いつも通り!」

 その言葉に、西の構えが一般的なものに変わる。

「あの構え、うちの主力ピッチャー用だった?」

 かなり変則的な構えで、日本のプロ野球でしてる人間は……。

「メジャーだとあんな打ち方してる人もいたな」

 直史が指摘した。


 メジャーならず、外国人助っ人でも、、ああいうフォームの選手はいる。

 寝かして打っているわけではないが、たとえばアレクなどもかなり独特の構えだ。

 それを普通の構えに戻したということは、田中に対しては普通に打てるということか。


 低めに球を集める田中。それを見極める西。

 動きはないが、緊張感がある。

「ニッシー! リラックス!」

 絶妙のタイミングで、星が声をかける。

 一度ボックスから外れた西は、肩を大きく回した。


「打たれるな」

 大介が予言した。

 そしてその言葉通り、アウトローへ投じられた球をレフトに流し打って、西は出塁した。




 二番の星は、送りバントをしなかった。

 だからと言って四球で歩かせてしまうわけでもなかったのだが、ファーストへのゆっくりとしたゴロで、進塁打にはなった。

 西の足だと、それなりの単打でもホームに帰ってこれる。

 三番の東橋も右方向へゴロを打って進塁させたのだが、四番も内野ゴロで、なんとか無失点で乗り切った。


 ベンチに戻ってきた白富東のスタメンの中で、事態を把握している人間は少ない。

 バッテリーの田中と三田村は感じ取っているらしいが、あとは組織的な戦術を学んできた倉田と曽田ぐらいか。

「なんか不気味な感じが……」

 三田村はそう言って、アレクが続ける。

「とても一生懸命ですね」

 そして鬼塚は、根本的なことを看破した。

「一ヶ月ちょっとで成長しすぎてる」

 簡単に言えばそういうことだ。


 バッテリーのプレイの巧さが違う。守備の繊細さが違う。

 打撃の粘りが違う。


 とりあえず四番の武史を打席に送って、作戦会議である。

「大田君、メンバーを変えますか?」

 セイバーの提案は、強いチームと対戦している認識を考えれば、当然のものだったろう。

 ジンも迷う。彼はリードこそ大胆なことをするが、基本的には走塁を除くと、保守的な人間である。

「代えちゃダメだよ」

 だから強く言うのはシーナだった。

「代えちゃダメだよ。それに、絶対に負けてもダメ」

 その言葉は不思議と、すっと皆の中に浸透していった。


 一人、圧倒的に客観的な立場の瑞希が、隣の直史に問いかける。練習試合なので、彼女もベンチの中にいるのだ。

「あの、シーナさんの言葉の意味ってなんですか?」

「あ~、俺はそのへん鈍いから、あくまで推測だけど」

 そう前置きして、直史は続けた。

「ちょっと戸惑ったぐらいで、色々と動いちゃダメってことかな。この試合は勝つことよりはむしろ、控えの人間や一年が、どうやって底力を見せるかが問題だから」

「でも、勝たなきゃダメってのは?」

「ここで負けるようなら、一年の底力は、しょせんその程度ってことじゃないかな」




 相手が多少、事前の想定よりも強い。

 いや、多少ではなく、かなりと言うべきだろうか。それでもこの程度の違いには、すぐにアジャストする必要がある。

 少なくとも直史には出来ることだし、普段のレギュラーメンバーも出来るだろう。

 一年生でも、倉田は出来るはずだ。あとは他の三人。アレクは別の感性でプレイをしているから仕方ないが、武史と鬼塚。

 この二人が、何かを感じ取ってくれればいいのだが。


 しかし、心配は無用だったらしい。

 スイッチで打てる武史は、右の打席に入っていた。


 動いてはいけないと、直史は言った。だがそれは王者としての自分たちの話だ。

 挑戦者である武史は、個人としてすぐに変化して対応する。

 対戦成績のある捕手は、やや戸惑ったようだった。

 サインを出すが、おそらく想定が甘い。

 二球目のゾーンに入った甘い球を、レフトフェンス直撃の打球とし、武史は二塁を踏んだ。 

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