第21話 対決! マシンガン打線
春季関東大会準々決勝は、神奈川県の保土ヶ谷スタジアムで行われる。
収容人数一万人強のこの球場は、地元の神奈川代表が試合を行う時、春季大会でも満員御礼になることがある。
しかし今日の試合は第一試合も第二試合も、神奈川県勢は出てこない。それでも関東大会は有名校が多いため、それなりにお客さんは入るものだ。
「なんかうちのファンって、コアな人が多いイメージがある」
「ああ、それな。一見すると普通のおじさんぽいのに、平日も普通に追っかけしてくるし」
「女子大生っぽいのはナオとガンちゃんのファンが多いだろ」
「女子高生っぽいのは、ちゃんと学校に行けと言いたい」
「大介はおっさんファン多いよな」
センバツ出場以降、白富東にはファンレターが届くことがよくある。今どき手紙だ。
だいたいはセイバーか早乙女が目を通して、やばそうなのはその時点で選別している。
岩崎などはけっこうじっくり目を通しているのだが、基本的に直史は速読してポイである。
おおよそ利害関係のない他者からの意見など、ほとんどは害しかもたらさないと彼は思っている。
頑張ってくださいと言われて、頑張ってないように見えるのかと不快に感じるのが直史だ。
応援の声は別だが、いまどきファンレターというのは、やはり露出の多いこの二人が圧倒的だ。
ジンとしてはまた岩崎が勘違いして調子に乗る可能性が多いので、少し心配はしている。
そして大介であるが、彼には一人、特別に面白いおっさんファンがついている。
平日でもほぼ応援席にいてトランペットを持ち、大介の打席でダースベーダーしてくれるのだ。
気分によってスーパーマンに変わることもあるが、今のところ大介は満足している。
野球において先攻が有利か、後攻が有利か。
これは高校野球においては、やや先攻が有利という統計がある。
初回の表に大量点を入れられた時点で、後攻のチームの士気が崩壊することがあるからだろう。
セイバーの統計によれば、実力の拮抗したチーム同士の戦いでは、先制した方が有利と出ている。
そして先制するチャンスがあるのは、当然ながら先攻である。
打線に自信がある甲府尚武は、当然ながら先攻を狙ってきた。
そして手塚はじゃんけんが弱い。
「先攻で」
あっさりと先攻を取られた手塚は、てへペロ笑いをしながら戻ってきた。
「あ~あ」
「これだから修は」
「手塚さん、洒落にならないっす」
「最初から期待してなかった」
「……ドンマイ!」
最後のシーナの慰めが、一番辛かったかもしれない。
甲府尚武高校の攻撃は、一番センター山県から始まる。
俊足巧打のリードオフマンで、彼が先頭で出塁した時に先制する確率は、50%近い。
これに対抗するため、白富東のスタメンは、守備に注力している。
サードに野手としては右で投げる武史。彼はダッシュ力に優れているので、バント処理などが上手い。小学生の時からそれはやっていたことだ。
ファーストには鬼塚。ユーティリティプレイヤーである彼だが、どちらかというとセカンドよりはファーストの方が得意だ。
ショートの大介は不動として、セカンドの角谷も重要性は高い。
甲府尚武の打力は、内野を抜けていくゴロのヒットが多いのだから。
セカンドとショートがやや深め。それに対してファーストとサードは定位置。
これは山県の出塁パターンを考えれば、かなり研究していると分かる。
深い内野ゴロ、あるいはセーフティバントでの出塁が多い山県。
彼は生来パワーヒッターではない。ただ足とバットコントロール、選球眼には自信がある。
甲府尚武の打点王は武田だが、最も多くホームベースを踏んでいるのは山県だ。
左打席の彼に対し、左投手のアレク。
これは基本的に流し打ちをし、ショートに打たせることを考えていると言ってもいい。
上等である。
この程度のシフトは、研究されている県内では、何度も敷かれてきたのだ。
それでも止められないのが、山県の足なのだ。
投球練習から見ていたが、明らかにクセ球の一年生。
ブラジルからの留学生と聞いたが、ブラジル人ならサッカーをしていればいいのだ。(ド偏見)
バッターボックスで球筋を見る。
……ひどい。
いや、これはない。投げるボールが全てスライダーなど、理解の範疇外である。
クセ球で綺麗なバックスピンがかかっていない投手というのはいるが、ここまでひどいのはそうはいない。
追い込まれて手を出してみたが、カットするのは難しくない。
そう思った第四球。
途中まで軌道の変わらない縦スラに、山県は三振した。
「ィヤーッ!」
マウンドで踊るアレクに、呆れながらも返球するジン。
セカンド方向を向いていたはずが、見事にキャッチするアレク。う~む。
とりあえず懸念の先頭打者は封じた。だが二番の左打者内藤も、出塁率の高い打者なのだ。
その出塁の仕方は、敵ながらジンに似ている。
くさい球や厳しい球はカットして、甘い球を待つか四球を狙う。
とは言っても初回である。まずは球筋を見てくるだろう。
スライダー。
スライダー。スライダー。スライダー。
とにかくスライダーしか投げない。本人はストレートのつもりなのだから性質が悪い。
根負けした内藤は逃げていくスライダーを見極められずに空振り三振した。
三番の高坂は、純粋に打者として見た場合、一番穴の少ない選手かもしれない。
ミートが上手く、時には強振して長打を狙う。
その彼にしても、アレクのような投手は見たことがない。
とにかくスライダーしか投げないし、そのスライダーの種類が多い。
下手に球種が多いよりも、一つの球種の変化が違うのが恐ろしい。
テンポよく投げてくるスライダー投手に、高坂は粘ろうとしたのだが、下手にカットしようとしても、ボテボテのゴロになる可能性がある。
結局はピッチャーゴロに倒れて、アレクは最高の滑り出しを見せた。
「なかなか思い通りにはいきませんね」
今のところベンチを暖めている山本が、揶揄するでもなくそう言った。
「こっちは岩崎を想定していたからな」
茫洋とした表情で返す武田。白富東のダブルエースを、まさか関東大会まで温存するとは思わなかった。
そもそも相性を考えれば、横須賀実業に岩崎が投げ、こちらには佐藤を当ててくるのが正しい。
「後半、いつまでも一年に投げさせるわけにもいかないでしょ。昨日投げたと言ってもコールドだし、やばくなったら出てくると思いますよ」
高坂の言葉に、一同は頷く。
白富東はダブルエースとは言っても、超高校級と言えるのは佐藤の方だけである。
岩崎ももちろん悪いピッチャーではないのは、成績を見てもはっきり分かる。しかし佐藤は別格だ。
データを調べてみたら、去年の夏、県大会決勝で敗北して以来、秋季大会では一点も取られていなかった。
センバツで大阪光陰に敗北するまで、54イニング無失点という記録を持ち、参考ながらノーノーを三回、うち一回はパーフェクトをしている。これは公式戦のみでの話だ。
実際は継投があるので敗北もあるが、自責点0というのをずっと続けていた。練習試合でも全てのデータを入手したわけではないが、主に東京の強豪相手に、無失点記録を続けていた。
球速はそれほどでもない。甲子園でも140kmを記録したことはなかった。
しかしコントロールと緩急、タイミングを外すのが絶妙に上手く、奪三振率も高い。
去年卒業した春日山の上杉とは全く違うタイプだが、実績を見れば化物なのは同じである。
変化球の緩急があるとはいえ、どうして140kmに満たないストレートも打てないのか。
そしてそれらを全て上回る、魔球。
スルーと呼ばれているそれは、原理的にジャイロボールであるため、ジャイロスルーと呼称されることが多い。
原理は分かっているし、この変化球に限っては、佐藤のコントロールも甘い。
しかし、打たれないのだ。甲府尚武のピッチャーもスルーの再現を試みたが、どうしてもすっぽ抜けのスライダーにしかならない。
だがまあ、今は目の前の選手に集中だ。
本日の先発、アレックス中村は、一番バッターである。
センバツの一番はずっとキャプテンの手塚が打っていたのだから、打撃に関してもその信頼の高さが窺える。
それに対する甲府尚武の先発は、普段とは異なり高坂である。
センバツで三打席連続、そして一大会で五本という、ベスト8で敗退したにもかかわらずホームラン記録を塗り替えてしまった、小さな巨人白石大介。
この白石対策として、左のサイドスローである高坂を先発させたのだ。
幸いと言うべきか、この先頭打者の中村も左である。
この日の出来を占うためにも、まずは第一球、プレートをいっぱいに使ったカーブ。
これは左打者にとっては、背中から飛び出てくるボールにも見えるそうだ。
(よし、いい球)
武田がそう確信した球を、アレクのバットは弾き返していた。
レフト線を襲うヒット。長打になる打球がファールグランドに達するまでに、アレクは俊足を活かして二塁まで進んでいた。
呆然とする武田の姿を見ながら、ジンはその気持ちがよく分かった。
(相変わらずどうして、初球からあの球が打てるんだか)
アレクの野球には、日本の野球のセオリーが存在しない。
相手ピッチャーによってスイングは変わるし、フォームの変化で狙う球も変わる。
基本的な部分は原理に忠実だと大介は言うのだが、真似をしようとは思わない。
打席に立つジン。
二塁にいるアレクには、とりあえず待ての指示。
武田は強肩で技術も伴う捕手であるため、アレクの俊足でも盗塁はそれなりに難しい。しかも三盗である。打席に立つのは右打者のジンなので、多少の援護は出来るが。
これを三塁に進めるか、それとも……。
右打者のジンにとって、高坂の球はそれほど厄介なものではない。
それでも左のサイドスローというだけで、普通よりは打ちにくい。だがリリースポイントはしっかりと見える。
クロスファイヤー気味に投げ込んでくるので、角度が問題になる。
(でもこれって、審判も判断しづらくないか?)
左右の角度があるクロスファイヤー。
ジンのストライクゾーンに比べて、キャッチャーの捕球位置は、そこそこずれていると思う。
(ここは進塁よりも塁を埋めたいな)
ワンナウト三塁でも、かなり得点の可能性は高い。
しかし塁が空いていると、大介が敬遠される可能性が高くなる。
ジンはバントの構えを取ると共に、アレクにサインを出す。
ジンが白富東の頭脳であることに気付いている武田は、まず盗塁とバントを警戒して一球外に外す。
アレクに動きがないことを見て、バッター勝負へと意識を変える。
ほとんどリードを取っていない状態から、アレクがスタート。
それに合わせてジンは、内に入ってきたボールを叩くように引っ張った。
三遊間を抜けるヒット。
レフトへの打球が遅かったため、アレクは三塁を回る。
やられた。
武田はホームへの送球を止め、一塁のジンを牽制する。
先制するのが重要な一回の攻防で、先取点を許してしまった。
そしてランナーありで迎えるのは、最強の三番打者。
どうして四番を打たないのか、武田からすると疑問ではある。
一年の時から三番で、甲子園では四番を打っていたこともあるが、結局は三番に戻っている。
三番最強論は武田も知っているが、チーム事情によって打順は変わるものだろう。
変わらないのはその打力だ。
関東最強とまで言われるその打撃。まだ序盤のここで知っておく必要がある。
もしホームランでも三点差。ここから取り返していく自信はあった。
(まずはアウトロー厳しいところへ)
そこで様子を見てから、次に左投手の特性を活かした内角へ攻める。
武田の判断は甘かった。
アウトローに入ったストライクのボールを、初球でも大介が見逃すわけがない。
ライナー性の打球がスタンドに入って、これで関東大会二本目のホームラン。
武田のみならず甲府尚武のメンバーは、愕然とせざるをえなかった。
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