第19話 頂上対決

 六回の表の攻撃は、下位打線から始まり、一番の手塚で終わる。

 このイニングで交代だと承知している岩崎は、全力でストレートを投げてきた。

 スライダーも上手く決まり、チェンジアップまで試してきて、三者三振。

 気持ちよくマウンドから去らせることとなった。参考ながらノーノー達成である。

 四球がなければパーフェクトだったというのはご愛嬌だ。


 そして六回の裏。

 ジンは自分が気付いたことを、他の者には話さなかった。

 下手に話してしまえば、動揺を誘うことになる。起こってしまったことはなかったことには出来ない。

 反省するのは試合が終わってからだ。今は大介の一発にかける。


 先頭打者のアレクであるが、打撃の弱点らしきものが見えてきた。

 彼には基本的に、苦手な球やコースというものが存在しない。

 打てそうなら打つ。しかしそれは早打ちにつながり、手元で小さく曲がる変化球では、ゴロやフライを打たされることが多くなる。

 もっとも内野ゴロなら、足でセーフにしてしまうことがあるのだが。

 この打席もライトへのファールフライで打ち取られた。


 シーナに関して言えば、彼女はどちらかというと変化球に弱い。

 シニアでは変化球投手というものでも、それほど多くの球種を投げることはなかった。肘や手首などへの、変化球多投による故障を防ぐためだ。

 直史のまさに七色の変化球の前では、バットコントロールだけではヒットは打てない。

 またもセカンドゴロで、ツーアウトで大介の打席となるのであった。




 大介が三度直史と勝負出来るというのは、まだしも良かった。

 ベンチでそう考えていたジンであったが、良く考えてみれば全く違う。むしろ逆だ。

(ナオのやつ~)

 それに気付いたジンは、間違いなくこれは他の誰でもなく、直史の考えたことだと思った。


 対する赤軍ベンチでは、直史の考えを聞かされていた瑞希が、感嘆していた。

「本当に佐藤君の言った通りになりました」

「ナオ先輩、マジでぱねっす」

 赤軍のスコアをつけている文歌もそれに同調する。


 直史の考えていた作戦。それは大介を封じるというものである。

 この試合は紅白戦であり、九回で終了。延長戦などは行わない。

 先に言われていた通り、一人の投手が投げるのは六回まで。つまり自分が退いた後、武史でどう白軍を抑えるかを考えておく必要がある。

 それが、打順調整だ。

 敬遠が許されるのは一人一度まで。それはノーコンで基本ストレートで勝負する武史にとって、大介との対決は一度以内にしておきたいということだ。

 だがもし直史が六回までをパーフェクトに抑えたとしても、七回に大介とは必ず対戦する。そしてそれを敬遠。もしダブルプレーなどがなかった場合、二人出ればもう一度大介と対決することになるのだ。


 しかし、直史は大介をスルーなしでホームランを打たせず、自分の責任回である六回に、三打席目が来るようにした。

 これによってよほど武史が崩れない限り、大介との対決は一度だけで済む。

 それを敬遠してしまえば、あとは球威でどうにかなるだろうと、彼は考えた。

 これはセンバツにおいて大介が単打までに封じられたことから、どうすれば大介と勝負させることが出来るかを考えたのを、正反対にしたものである。

 普段の白富東の打線であれば、確実に俊足のランナーを出してしまうということで使えないが、紅白戦の貧弱な打線で、投げる投手が自分であれば、確実に効果的なのだ。


 この戦略、つまり大介封じは、ここまでは完全に成功していた。

 二塁打を打たれたことさえ、既にツーアウトからならば、打者勝負になってさほど問題ではない。

 野球とはヒットを打たせないゲームではなく、点の取り合いのゲームなのだ。




 また、直史は手塚から、追加のプランを示されていた。

 それは、大介を三振でしとめることだ。


 ここまでの試合で、赤軍は岩崎の前に、完全に封じられてきたと言っていい。

 だが次の回からは、投手の質が落ちる。おそらくジンのことだから、二番から始まる打線に対しては、アレクを投入してくるだろう。

 鬼塚は正統派すぎるので岩崎の下位互換に感じられるし、大介のストレート一本やりはジンのリードが活きない。

 意外性ということでシーナもありえるが、さすがに三イニングは投げないだろう。


 このアレクのような気分が球に乗るタイプを相手にするには、あちらの大黒柱を叩いておかなくてはいけない。

 岩崎が降板した以上、それは大介の打撃となる。これを三振で打ち取れば、流れはこちらにくる。

 流れなど信じない直史であるが、他人がそれを信じていることは分かっている。

 ならばそれを狙うのは合理的だ。


 かくして本当の意味での、直史と大介の勝負が始まる。




 直史の選択は、無数にあるようで限られている。

 ストレートまで含めて多くの球種があるが、ゾーン近辺に投げても打たれない球はそれほどない。

 大介は基本的にストライクゾーンをボール一つ分広く捉えているので、ボールギリギリの球でカウントを稼ぐのは難しい。

 サウスポーのカーブという奇襲もあるが、あれはホームランを打たれることはないかもしれないが、三振に仕留めるのは難しい。

 カウントを稼げそうなのは、カーブ、そしてスルー。

 チェンジアップも使えそうだが、慎重に吟味しなければいけないだろう。


(う~ん、やっぱりこいつ、高校生では一番の打者だよな)

 大介と改めて相対して、直史はそう感じる。

 直史もここまで多くの強打者と対決してきたが、これほど三振を奪うイメージが湧かない者はいなかった。

 センバツの敗退にしても、まともな長打を打たれたことはない。だが大介はあっさりと二塁打を打ってきた。

 ある程度は織り込み済みの投球だが、危険性の高い長打は避けるつもりだったのだ。


 大介の打者としての異常な点は多々あるが、その中でも最も直史が注目するのは、空振り三振率の低さである。

 見逃し三振というのは、そこそこあるのだ。審判のジャッジミスもそうである。だがおおよそは球筋の確認のために、試合の最初の方の打席で、塁が埋まっていない時に行う。

 そして見逃してでも球筋を見たボールは、確実に次の打席では打つ。的を絞らせないことでこれは回避出来るが、それでも難しい球を平気で打ってくる。

 大介と三打席以上対戦して、ヒットを打たれなかった投手というのは、少なくとも高校に入ってからはいない。

(こいつを三振か……う~ん……)

 上杉兄とまでは言わないが、上杉弟ほどの球速が自分にあれば、どうにかなるのかもしれない。

 しかし自分に出来るのは、変化球の変化量の調整、速度、コントロール、緩急といったところだ。


 本気を出せば勝てるかもしれない。少なくとも打ち取るなら、かなりの自信はある。

 しかし三振というのは難しいし、ここで大介から三振を奪うのが、果たしてチームのためになるかどうか。

 下手に三振など奪ってしまって、スランプに陥ってしまったら困る。


 倉田も色々とサインを出してくれるが、これという決め手に欠ける。

 せっかくの紅白戦なのだから、ここはしっかりと時間をかけよう。




 直史に呼ばれた倉田は、マウンドで大介を三振に取る方法を相談する。

「ファールを打ってもらってカウントを稼いで、スルーで決めるというのが一番いいかと思います」

「そうなんだけど……出来ればスルーは使いたくなかったんだよな」

「え、どっか調子悪いんですか?」

「いや、単にあれなしで大介を封じられるのを、証明しておきたかっただけ」


 これは紅白戦、つまり相手の戦力を確実に分かっている同士の戦いである。

 情報を収集して分析し、そして弱点を突く。今後は全国の強豪が、対策をしてくるだろう。

 直史が重視したのは二つだけ。

 大介の前にランナーを出さない。

 ツーアウトで大介を迎える。

 これでホームラン以外では、点は入らない。


 去年の夏、敗退した決勝でも、北村が確実に一点を入れてくれた。

 今もそうだ。大介の後を打つ選手が重要なのだ。

「まあ三振が取れるかは微妙だけど、凡退にはさせるさ」

 そして直史は倉田に作戦を囁いた。






   ☆ 千葉県の高校野球part891 ☆


899 名前:名無しさん@実況は実況板で

 春大期間中にもかかわらず、白富東で紅白戦開催!


900 名前:名無しさん@実況は実況板で

 余裕だな。まあダブルエース完全に温存してるから出来ることなんだろうけど

 佐藤弟と外国人はえぐい


901 名前:名無しさん@実況は実況板で

 弟はえぐいな。球速145km出てたとかいう噂もある

 まだ一年で、しかも左腕。ノーコンなところが逆にロマンある


902 名前:名無しさん@実況は実況板で

 えぐすぎぃ

 天はなぜ佐藤兄弟にこれほどの才能を持たせたのか


903 名前:名無しさん@実況は実況板で

 スポ薦ないから弱体化するって言ってたの誰だ?


904 名前:名無しさん@実況は実況板で

 まさか外国人連れてくるとは思わんかった

 ホームランも打てる俊足一番ってイチローか?

 変な球に手を出して、それでもヒットにするところも似てる


905 名前:名無しさん@実況は実況板で

 あと一年の金髪もな

 まさかあの外見でちゃんと実力伴ってるとは思わなかった

 ROOKIESかよ

 それにシニアからは倉田とか、けっこういい選手が行ってる

 来年はマジで全国制覇目指せるかもしれん


906 名前:名無しさん@実況は実況板で

 全国制覇か……

 白富東ファンじゃないけど、やっぱ今の千葉で全国制覇狙えるのはここぐらい?


907 名前:名無しさん@実況は実況板で

 実質負けてた勇名館が甲子園でベスト4まで行ったし、センバツは初出場してベスト8まで勝ったからな。対戦相手は優勝校だった

 佐藤兄と白石は間違いなく超高校級レベル。特に白石はセンバツの本塁打記録を三試合で更新してるし


908 名前:名無しさん@実況は実況板で

 ほんでその紅白戦どうなったん?

 どういう分け方? まさか佐藤兄と白石の、禁断の対決が見れたとか


909 名前:都民の名無しさん

 戦力をほぼ均等に分けた感じ

 先攻が佐藤兄弟

 後攻に白石と岩崎


910 名前:名無しさん@実況は実況板で

 ほお。やっぱ世間的な評価では佐藤兄の方が岩崎より上なん?


911 名前:名無しさん@実況は実況板で

 まあ完全試合とノーノー連発してるからな

 あと魔球がインパクト大きい


912 名前:都民の名無しさん

 あれってほんとに佐藤兄しか投げられんの?

 いくらなんでも狭いようで広い日本、他にもいても良さそうだけど


913 名前:名無しさん@実況は実況板で

 それより試合結果というか、佐藤対白石の対決はよう

 動画とかないのか?


914 名前:名無しさん@実況は実況板で

 動画はないな。スマホではちょっと撮れなかった

 でも偵察してた他の学校はちゃんと撮ってたはず


915 名前:名無しの都民さん

 で、対戦成績は?

 佐藤ならあっさり敬遠しそうな気もするけど


916 名前:名無しさん@実況は実況板で

 あせるな

 一打席目 ライトへのヒット性のライナーフライ

 二打席目 右中間を破る二塁打

 三打席目 三振

 四打席目は投手が代わったのでなかった。なおリリーフの佐藤弟は四球で逃げた


917 名前:名無しの都民さん

 ほへえ。やっぱ白石を抑えるのは、同じチームの佐藤でも無理なのか

 まあ甲子園記録更新した打者だしな。甲子園の打席含めても打率六割ってのが笑える


918 名前:名無しさん@実況は実況板で

 さすがにプロ志望やろね

 去年の夏は成立しなかった、上杉兄貴との対決が待たれる!

 ぜひセ・リーグの球団が獲得してくれ


919 名前:名無しさん@実況は実況板で

 上杉もプロ初登板の先発で20奪三振完封とかやってるけど、白石も大概だよな

 来年のドラフト、佐藤兄、白石、上杉弟あたりでドラ一独占かね


920 名前:名無しの都民さん

 佐藤はプロ行かないってはっきり言ってる

 去年の上杉兄貴みたいに、白石を10球団ドラフト競合とかになったら面白いな

 白石を九球団が指名、上杉弟を二球団が指名ぐらいか?

 来年のことなんで、まだどういう選手が出てくるかわからんが

 ショートとしてもファインプレイ連発するし、足も速いし欠点がない。体格が弱点にならないのは打率とホームラン数が証明してるし

 つかショートのホームランバッターなんてどこの球団でも欲しすぎる


921 名前:名無しさん@実況は実況板で

 プロ行かないって言ってるけど、大学からプロだろ

 球が遅い以外に全く欠点がない

 その球が遅いにしても、130km台後半はコンスタントに出してるし、奪三振率も高い

 MLBで活躍した上原だってMLBの時は球速の全盛期は過ぎてた

 球数も投げないから故障もしにくいだろうし、プロでも絶対にクオリティスタートの先発として通用すると思う


922 名前:名無しさん@実況は実況板で

 佐藤は性格的に見てもアマ向けじゃないから、高卒でプロ来てほしいな

 レックスは君を待ってる。ゆっくり球速増していこうぜ


 ……






「試合結果が書かれてないのが笑えるな」

 鉄也の言葉にジンは苦笑するしかない。

「2-0で負けたよ。ナオが打って出塁して、タケがタイムリースリーベース。そんで倉田がダメ押しの犠牲フライ」

 理想的な点の取り方である。アレクが打たれて、シーナが最後に相手を切って捨てた。

 そして直史はヒットこそ打たれたが、点を取られていない。それが重要だ。


「甲子園、行けそうか?」

「まあね。つか今年は、てっぺん目指す」


 全国制覇。鉄也は全国制覇どころか、出場すら出来なかった。

 それでも大学のセレクションには合格し、プロ注目のサイドスローとして評価はされていた。

「佐藤のやつは、本気でプロ考えてないのか?」

「野球で食べていくのにどうにもリアリティを感じないらしいよ。俺は充分に通用すると思うんだけどね」

 あれだけの才能を持ちながら、どうして。

 大学で肘を壊した鉄也としては、素直に高卒でプロに来て欲しいと思う。一位指名は微妙だが、二位までに上を説得する自信はある。

 レックスなら在京球団であるし、育成には熱心だ。三年もすれば一軍に定着すると思うのだ。


 今は強行指名も逆指名もない。レックス以外なら大学、とでも言ってもらえればありがたいのだが。

「何かあいつの欲しいものってないのかな? 頭もいいから将来はフロントとして迎えることも出来るだろうし」

「前も言ったけど、弁護士ガチで目指してるらしいよ。他に決めてる人間をプロに引っ張ってくるのは、かなり難しいと思う」

 直史は将来の目標を明確に決めている。

 彼にとってプロというのは、全く魅力のない選択なのだ。


 大京レックスは投手がほしい。

 もちろんどの球団にとってもそうなのだろうが、現在のレックスは先発もクローザーも、どちらも安定して一シーズン投げられる選手がいない。

 直史と大介のどちらかを選べるとしたら、レックスは直史を取るだろう。むしろ他球団が大介に集まってくれたら、直史への注目が薄まる。

 しかし本人にそのつもりがないのなら、もうどうしようもない。

 一応社会人になればプロ志望届は必要なく、強行指名も出来るのだが……。

(大学で使い潰される可能性もあるし、今はまだどうにもならないか)

 鉄也は溜め息をつきながらも、五年以上先の未来を考え続けるのだった。 

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