第17話 紅白戦
紅白戦。
言うまでもなく、自軍の戦力を二つに分けて、試合を行うことである。
学校によっては新入生をこてんぱんにして、鼻っ柱を折ってしまう目的で行われることもあるらしい。ただその場合を紅白戦と呼んでいいのかは微妙である。
そういった目的を除いても、メリットは大きい。
一つには、相手の戦力がよく分かっているので、短所を突き長所を消す試合が出来ること。
もう一つには県内の他のチームと違って、正確な戦力を把握されにくいということ。
春までの白富東であれば、人数はともかく選手層が微妙だったので、なかなか行えなかった。
しかし今は違う。新一年生が入ったことによって、層は厚くなっている。
普段はなかなかアピールできないメンバーも、これには奮起するだろう。
特に新一年生の中には、まだ隠れた才能がいる。……と思ったのだが……。
メンバー選びは、二つのチームのキャプテンを指名して、赤白白赤赤白白赤と、メンバーを選んでいくことになった。
この選び方は下手に漏れるとまずいので、セイバーとシーナが見守る中で、手塚とジンが部室を密室として選ぶことになった。
じゃんけんで勝ったのは手塚。
「これって敬遠はどうします? あと、使える戦力は全部使っていいのか」
勝ってからではあるが、手塚は尋ねる。
「敬遠というと、白石君をどうするかですね?」
実戦を想定するなら、大介はまともに勝負してもらえない。
もっとも塁に出しても、それなりにうるさい動きはしてくれるのだが。
ここは大介ほどではないにしても、強打者のいるチームを想定しなければいけない。
ならばやはり勝負であろう。
「敬遠は一人につき一回まで。ただし満塁策などの場合は除く、ということでどうでしょう」
なかなか無難なところだと、手塚もジンも思った。
「じゃあ一人目はナオで」
「それじゃこっちは一人目と二人目でガンちゃんと大介を取ります」
「こっちの二人目は……あれ? 投手は九回まで投げるんですか?」
それも先に決めておかなければいけないことだろう。
「最大で六回までしか投げられないというのはどうでしょう?」
「まあ、それぐらいがいいか。じゃあこっちの二人目は倉田で、三人目……はタケで」
「こっちの三人目はアレクで、四人目は……う~ん、鬼塚にしとく」
「こっからは確かに難しいな。一年とかにもそれなりに出番を与えるとなると……」
「一年生は一年生だけで紅白戦を行わせたらどうですか? 確かキャッチャー経験者も他にいたはずですし、そこだけ大田君が入ってもいいですし」
これだけ戦力の揃った紅白戦は初めてなので、なんだかんだグダグダである。
それでもメンバー選びは進み、ジンの番である。
「じゃあ次はシーナ取る」
「え、それありなの?」
「だって練習試合ではけっこう出てるし」
「まじか~。スルー使いじゃん」
こういったやり取りもあった。投手としてはともかく純粋に内野の二塁は、シーナは上手いのだ。
そしてスタメンは決まった。
赤組 キャプテン手塚
一 (中) 手塚 (三年)
二 (投) 佐藤直 (二年)
三 (三) 佐藤武 (一年)
四 (捕) 倉田 (一年)
五 (二) 角谷 (三年)
六 (遊) 諸角 (二年)
七 (一) 戸田 (二年)
八 (右) 新庄 (三年)
九 (左) 田中 (三年)
白組 キャプテン大田
一 (中) 中村 (一年)
二 (二) 椎名 (二年)
三 (遊) 白石 (二年)
四 (三) 鬼塚 (一年)
五 (投) 岩崎 (二年)
六 (捕) 大田 (二年)
七 (右) 中根 (二年)
八 (左) 沢口 (二年)
九 (一) 三田村 (三年)
「う~ん、先に選んでおいてなんだけど、戦力偏ってないか?」
手塚の方に三年生が固まっている。それに田中と三田村を本来のポジションで使っていない。
この二人は打力もそれほど優れていないので、普通に控えに入れておけばいいとも思う。
二年生は直史と大介を除けば、全員が鷺北シニアのメンバーである。こう見るとやはり、白富東の主戦力は二年生なのだ。
「白組は投手多いですね。タケより先にアレク取っておいた方がよかったんじゃないですか?」
投手としての潜在力はともかく、今現在の能力ではアレクの方が確実性は高いだろう。
「そうかもしれないけど、佐藤兄弟はセットで使った方が効果的だし」
「こっちシーナと大介まで入れると、投手出来る人が五人になりますけど」
「ナオは他の投手と違って崩れないだろうから、そこはいいんだよ。ただ平均打率もそっちが上か」
「大介がいますからね。けどナオなら大介に勝てる可能性も高いし、これはこれでいいのかな? 敬遠枠一つはタケの時に使うつもりでしょ?」
話し合った二人はセイバーに確認を取るが、彼女も少し考えている。
「佐藤君の防御率も、白石君の打率も、お互いを相手にした場合ではないですからね」
練習でバッピを行う時は、直史は普通に大介に打たせている。
だがスルー開発や左のカーブの練習などでは、かなり自在に大介を翻弄していた。
そもそも打者対投手で言うならば、三打席に一度打てば打者の勝ちとも言う。
だがセンバツで敗北した準々決勝、大介は安打こそ打ったが打点はつかなかった。
打者としての能力は示したが、決定的な役割は封じられたとも言える。
発表したところやはり、白組の方が有利であろうという声が出た。
一人の打者につき、敬遠が一回までとなれば、特に白組の方が有利だ。
もっとも、肝心な部分に目をやれば、面白い対決が実現しているとも言う。
佐藤直史 対 白石大介
かたや甲子園のノーノー達成投手。去年の夏の大会以来、一試合あたりの防御率は余裕で0.5以下である。
こなた甲子園の一大会の本塁打記録を塗り替えた打者。これまでまともに勝負してもらった試合において、無安打に抑えられたことは一度もない。
白富東が強い理由。それは県で最高の投手と、最高の打者が揃っているからだ。
この二人が練習試合形式とはいえ対戦するのだから、率直に言って金が取れる。
グランドに出てきて整列する紅白のナインを見て、見物客は盛り上がる。
白富東は紅白戦をほとんど行ってこなかったチームであるし、あったとしてもこれだけガチンコのオーダーを組めたことはない。
直史と岩崎を打てるメンバーが、とにかく少なすぎたからだ。
直史は適当に打たせる芸当も出来るが、基本的に岩崎は練習であっても、打たれることが嫌いだ。
今回は大介と同じチームため、全力で投げてくるだろう。
最大で六イニングというのもいい。後続の投手次第では、試合は大きく荒れる。
武史はふと思った。
この試合、イリヤが見たら嬉しがるのではないか、と。
今日はなにやら双子と一緒に東京に行くとは言っていたので、今から連絡しても間に合わないのだろうが。
(でも今日は田中さんはノースローだし、七回からずっと俺が投げるのか?)
二番手投手の力が違いすぎる。そう思う武史だったが、同時にやはり楽しみでもある。
兄と大介、どちらが強いのか。
「ねえ、フミちゃんはどっちが勝つと思う?」
シーナの代わりにスコアを付ける文歌。それに対して質問するのは同じ一年の女子マネ、清水と五木である。
「どうかな~? セイバーさんはどうなんですか?」
今回はどちらにもデータ提供を行わないセイバーは、臨時に作られたパラソルの下で、データ分析をしていた。
主審や塁審はコーチ陣に任せているので、優雅なものである。
「問題は個人の勝負ではなく、チームとしての勝利でしょう? それなら直史君の判定勝ちです」
言い切る。それだけ戦力を冷静に見極めているということだ。
「具体的に、どのあたりが勝因なんですか?」
「打順です」
追及する文歌に、セイバーはあっさりと答えた。
「え? 白石先輩を四番にしなかったことですか?」
「違います。白石君を一番にしなかったのが間違いです」
頭に?マークを浮かべるマネージャーたちに、セイバーは説明する。
シーナであればすぐに理解出来るだろうが、彼女たちには選手としての視点と、白富東の一員としての経験が足りない。
ジンがあの打順を組んだのは、正直セイバーにしても意外だった。だが勝敗ではなく問題点を挙げるなら、確かに普段通りの打順でいいのだろう。
しかし直史は予選でパーフェクト、甲子園でもノーノーが出来る投手である。
岩崎もノーノーをしたことがあるが、あれは途中から気付いたものだ。
狙ってノーノーが出来る高校生など、地方大会レベルでも全国に何人いるだろうか。
つまりところ、である。
直史が六回までをパーフェクトに抑えたら、二番手投手次第では、大介に四打席目が回らない可能性があるのだ。
「いやいや、いくらナオ先輩が凄いって言っても、今の白組の打順相手に、六回パーフェクトは無理でしょう」
「七回から二人ランナーが出る確率よりは、よほど高いと思いますよ」
それもそうである。
この面子なら二番手ピッチャーは武史である。ノーコン左腕が三回を二四球に抑えられるわけがない。
「あれ? でもそもそも、敬遠じゃなくてもストライクは入らないんじゃ?」
意外と鋭いところを突いたのは清水である。
「故意四球とノーコン四球はどうやって見分けるんですか?」
「それはもう、グランドの皆に任せるしかないでしょう」
かなり泥縄と言ってもいが、とりあえず紅白戦は始まる。
先攻は赤組、一番キャプテンの手塚の打席。
岩崎はジンのリードに従い、全く容赦の無いストレートを披露。
150km近いそれを、手塚は何球かカットして粘った。
俊足を活かすために彼が考えた出塁率の向上。
四球を狙うのは当然のことである。
が、結局は三振。
二番の直史と三番の武史も三振して、三者三振のスタートである。
「ガン先輩、めっちゃ速いんですけど」
武史は泣きが入るが、直史にとってはバッピで慣れた球だ。
「ストレートはエクスカリバーより遅いだろ。慣れれば打てる。問題は慣れた頃に、どうジンがリードしてくるかだけど」
直史はそう言って、飄々とマウンドに向かう。
「ナオ先輩、リードはどうします?」
マスクを被る倉田としては、直史と本格的に組むのは初めてだ。
「お前に任せるよ。しっくり来ない時は、ちゃんと首振るから」
一年生が加わった白富東の打線は、はるかに得点力が向上したと言っていい。
だが全国レベルの強豪に比べれば、まだ足りないのだ。
後攻、一回の裏は先頭がアレク。
初球、カーブをひっかけてセカンドゴロ。さすがに俊足でも間に合わずアウト。
二番は練習試合限定で参戦するシーナであるが、もちろん直史はそれを侮るようなことはない。
倉田の甘い、ストレートで押すような配球に首を振り、変化球でピッチャーゴロに仕留めた。
そして初回から最大の山場。
白石大介、最初の打席。
守っている守備陣も、かなりのプレッシャーを受ける。
持ってるバットで熊を平気で殴り殺しそうな、そんなオーラを感じるのだ。
さて、初球から倉田はどうリードしてくるか。
「タイム」
そう考えたところで、セイバーがタイムをかけた。
公式戦でもタイムを取ることなどまずないのに、この状況でなぜ彼女からタイムがかかるのか。
「今、紅白戦のことを知らせたところ、佐倉さんから返信がありました。10分間ほど待ちます」
なるほど、単なる日々の練習ならともかく、本格的な紅白戦となれば、実際に見ておきたいというところか。
後からビデオを見ればいいとか言うのは野暮であろう。
直史は納得したが、瑞希が果たして10分でここに来れるのか。
そう思っていたが、レクサスに送られて瑞希が、グランドに到着した。
どうやら母親に送ってもらったらしい。珍しく制服や髪型に乱れがある。よほど急いできたものか。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫ですよ。紅白戦が決まってすぐに知らせたら、もっと余裕をもって来れたでしょうけど」
「えっと、試合は……一回の裏ですか」
「ええ、ツーアウトから、白石君ですね」
「間に合ったあ」
瑞希にしてみれば、この対戦は実戦形式のバッティング練習などとは全く違うものである。
大介は高校卒業後、まず間違いなくプロを志望する。それは去年の夏、甲子園の決勝を見てからずっと言っていることだ。
この、プロどころか大学に野球で進学する者さえ、北村まではいなかった白富東において、それを夢物語だと言うものなどいない。
大介の言葉は現実的であるし、複数の球団関係者が練習を見に来るのも珍しくない。
一方の直史は、プロに行く気は全くない。
とてもプロでは通用しないと言い訳のように言うが、実際のところは単に、野球で生活していく気がないだけである。
この二人が戦うことは、だからまずありえないのだ。世界大会などでまた同じチームになる可能性はあるだろうが。
だからこの対決は、ある意味この白富東の紅白戦でしか見られない貴重なものだ。
この日、白富東のグランドを訪れていた者は幸運であった。
甲子園でも見られない夢の対決が、ここに実現したのだから。
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