第7話 主役はやっぱりサウスポー

 妙なことになった、と武史は考えていた。

 守備陣も集まってきていて、武史のピッチングを見ようとしている。

(なんか、変な感じだな)

 身内以外に投げるのは、小学生の頃以来だ。


 スパイクは兄の物を借りた。大きさが同じというのは、少し意外だった。身長だけでなく、体格全体が似てきている。

 ずっと少しだけ、自分より上の兄だったのに。


 上着のブレザーを脱ぎ、プレート周りの土を慣らしてみる。

 観衆の視線を感じるが、それよりも兄の視線が痛い。

 ツインズが期待しているのは、おそらくお笑い方面だ。

 転んだりはしないように、慎重にピッチャープレートに足を乗せ、セットポジションからジンの構えるミットへ投げる。


 しゅるしゅると空気の中を滑って、綺麗なストレートがミットに入った。

 おおーという歓声が上がる。

「いいじゃん」

「キレーなストレートだなー」

「スピンもかなりかかってね? 伸びてるよな」


 反応もいい。確かに武史の球は、正統派のいい球なのだ。

 そして自身もまた、調子がいいことは分かっていた。そしてそれ以上に気分がいい。

(やべえ。マウンド超気持ちいい)

 プロテクターをつけたキャッチャーのミット。その中へぴゅっと投げ込む。

 一球ごとの投げた指先の痺れが、全身に伝わってくる。


 すっとジンがミットの位置を変えたが、それぐらいなら問題ない。

 肉体のねじりをわずかに変えて、リリースの瞬間で調整する。

「フォームもキレーだなあ」

「中学時代は何やってたって?」

「バスケ」

「野球でも良かったんじゃないの?」

「いや、ほらナオと同じ中学だからさ」

「あ~、またもそれか」




 極めてバカらしいことだが、小さな中学校レベルでは、投手の速い球を捕手が捕れず、別分野にその才能が流れてしまうことがある。

 下手をすればそうなっていたのが直史であった。

 ジン以外の先輩捕手も、普通にちゃんと直史の球が捕れる。

 練習すれば、まだちゃんと捕れる範囲の球なのだ。

「スピードは、と。おお、130あるじゃん!」

「三年のブランクがあってこれか。また調整してもらえば、かなり伸びるだろうな」

「……おい、さっきの女子はいったいなんだったんだ?」

「あ……」


 弟が誉められていて嬉しい。

 直史の場合、妹が誉められていると、嬉しいよりも先に危ないと思う。

 彼女たちに夢中になる人間は、よほど注意深くないと、才能にも似たあの巨大なエネルギーに、吸収されてしまう。

 その点では武史には心配していない。

 野球よりバスケを選んだのは、そちらの道の方が広かったからだ。

 だが今、彼の目の前には広い道が広がっている。

 そこを競うように進んでいく者も多いが、確実に先につながっている道だ。


 ただ、物足りなさを感じないでもない。

「タケ、少しずつ上げていっていいぞ」

「了解!」

 まだ上がある。

 コントロールに気をつけて、最後まで指先をボールに残して。

「おお、上がった」

「へえ……お、更新」

「……充分速いな。あ」


 リリースの後、左足の爪先が体の前に来る。

 体重移動が上手くいっているのだ。

 指先までちゃんと伝わっている。あとは、肩をどこまで動かすか。

「タケ、肩は暖まったか」

「大丈夫!」

「じゃあ全力で投げてみろ!」


 全力投球。

 なるほど兄は、自分の肩が壊れないよう、注意してくれていたのか。

 確かにバスケに慣れた肩は、硬球を投げるのとは全く違う感覚に晒される。

 深く息を吸った後、武史はおおきく振りかぶって――投げた。




 ジンのミットが上に大きく動き、暴投に近いそのストレートをキャッチする。

 そんな微妙な部分で受け止められたにもかかわらず、響いた音は大きかった。

「……おおおおおっ!」

「マジかこれっ!」

「なんじゃそりゃ! 佐藤一族はどうなってんだ!」

 驚愕している部員達の口を、手塚が塞ぐ。

 直史も納得する。おそらく球速の数字だけでも、聞けばかなりのインパクトがあるだろう。

 だが本質は、おそらくキャッチしているジンにしかわからないだろう。

「もう一球」

 ジンが投げ返し、もう一度武史が投げる。


 白い道。

 自分には絶対に投げられない、一直線。

 スピードガンが測定。ジンのミットに収まったのは、またも大きく高めに外れている。

 審判の位置でそれを見ていた直史は、ジンに囁く。

「ホップして見えるか?」

「俺にはな。というかかなり勘で捕球してるんだけど」


 直史の目にも、しっかりとは見えない。だがこれは、見えないほど速いというのとはまた別だ。

 もちろんホップもしていない。だが想像以上に、落ちない球なのだ。

 ボールは落ちるものであるという常識と経験があるから、高いマウンドから投げられるバックスピンのかかったボールが、ホップするように見えるのだ。原理だけを言うなら方向性が違うだけでスルーと同じだ。


 しかし見えるだけで実際はホップしないと分かっていても、目がそう捉えていなければ意味はない。

 脳が体を動かすのは、入力された情報に反応して動くのだから。

「それにしても……」

 そこから五球ジンは投げさせたが、どうにかキャッチする。

「ストライクが入らない」

「まあ八分の力でも、普通の打者は打ち取れるだろ」

「そらそうだけど、なんとか夏までに使えるようになれば、全国はかなり近付くぞ」


 八分の力でストライクが入る理由は、直史には分かっている。

 というか単純に、全力投球の方はフォームが固まってないのだ。

 小学生の頃に使っていたフォーム、それをそのままで使えば、当然安定する。

 しかし今は、もっと速い球が投げられると体が分かっている。

 だがその具体的な体の使い方が、まだ分かっていない。


 今はこれで充分。

 しかしそう思っていたのは、年長の二人だけのようだった。

「あの」

 マウンドからすたすたと歩み寄ってきた武史が、二人に話しかける。

「ひょっとしたらストライク入るかもしれないんで、キャッチャー兄貴に代わってもらえませんか?」




「俺?」

「へえ」

 ここではむしろ直史の方が、疑問に思ったようである。

 なぜなら彼は、キャッチャーに必要以上の能力を期待して球を投げることはない。

 だが実際のところ、投手というのは捕手によって、ストレートの最高速度が変わったり、コントロールが安定することはある。

 それは技術の面もあるが、精神的なものもあるだろう。

 いや、そもそも技術がないのだから、精神でどうにか修正するしかない。

 このあたりは、ジンの方が理解出来た。


「やってやれよ。引きずり出したのはお前だろ」

「そうだけど……ちゃんと捕れるかが問題なんだよな」

 そのあたり、ジンはあまり心配していない。

 もちろんリードや送球などの技術で言うなら、ジンには全くかなわない。だが捕球という点では、ちゃんと正式にキャッチャーをしたことはあるし、ボールを見る目はある。

 だから直史の打率は高いのだ。


 プロテクターを借りた直史が、かちゃかちゃと動き回る。

 懐かしい音だ。中学時代、一年生で一番捕球の上手いものが、キャッチャーになるのは固定されていた。


 佐藤直史がキャッチャーをやって、その弟がピッチャーをやる。

 これだけで金が取れるんじゃね? とジンは思う。

 先ほどの双子の活躍といい、今日はとんでもないものが見れる日だ。

 というか、佐藤一族の遺伝子が謎すぎる。

 前に直史は、兄妹の中では自分が一番素質がないと言っていたが、おそらくあれは、本当でないにしても本音ではあったのだろう。

(今度、一度家に行ってみよう)


 ジンの決意はともかく、武史の普通バージョンの投球は、直史には問題なく捕れた。

 問題は、ワインドアップだ。あの球が自分に捕れるのか。


 振りかぶる武史。そして直史はわずかに腰を上げる。

 構えたミットの位置に、剛速球が決まった。

「おお」

「ちが~う!」

 ジンは感心したのだが、ダメ出しの声が上がった。


 前列で見学していたツインズが、またもグランドに入ってきたのだ。

「肘が高い! ほら、振りかぶるところから!」

「脇締めて! 回転の中心がもっと左足にくるように!」

 素直に聞いている武史であったが、これはかなり窮屈なのだが。

「なんか、ちょっときついぞ?」

「絞ってるの! その代わり力は真っ直ぐに向けられるから!

「爪先と顎の位置! プレートの場所はまず一定で!」


 瞬く間にフォームを修正された武史は、そのまま投球モーションに入る。

(これ、苦し――)

 その苦しみから脱出するように腕を振ると、今までよりさらに指先にボールがかかった。

 見える。

 直史の構えるミットにつながる、白い線が。


 キャッチャーミットの中で、ボールが暴れる。

(こいつ、やっぱり天才だな)

 弟の勇姿を見て、誇らしい気分になる直史である。

 武史は勝手に育った人間だが、時折アドバイスはしてきた。

 才能自体は自身のものだが、それを見抜いたのは直史だ。




「背番号、どうしようか……」

 ジンは悩む。最後の一枚は既に、鬼塚にやってしまった。今更返せというのもなんだし、白富東は、公式戦メンバーは実力主義だ。

 一方スピードガンの方は、その正確さがおおいに疑われていた。

「やっぱ女子の日本最高は128kmだって」

「じゃあ4~5kmぐらいは狂ってる計算なのかな」

「いや、それでもすげえよ。サウスポーつったら、吉村の一年の時より速いし」

 果たして武史の球速はどのぐらいであったのか。

 空気を読んで部員達は洩らさない。


 それとは別に、ピッチャーとして正しい判定を下す者もいる。

「スピードだけが全てじゃないけど、ナオがキャッチャーに代わってから、ちゃんとコースに行ってるな」

 岩崎の目から見ると、明らかに去年の自分よりは上だ。

 いや、今の自分と比べても、さほど差はないかもしれない。

 もっともそれは、マウンドに立ってキャッチャーに投球練習をしているということについてのみだ。

 実際には自分よりもはるかに劣り、そして同時に伸び代がある。


 それにしても、背番号である。

「あのさ、俺らのどっちかの背番号やろうか?」

 三年の二人が言い出した。

「どうせ夏の甲子園までには上がってくるだろうし、新入生の方も偵察班とか研究班に分けないといけないしさ」

 去年もあったことだが、白富東の野球部は、正確には野球部と野球研究会に分かれていると言ってもいい。

 する野球が好きな者と、見る野球が好きな者だ。

 そして見る野球が好きな者は、容易に野球を考えるのが好きな者になりうる。


 去年の夏もそうであったし、今年のセンバツもベンチ入りできなかったメンバーは、最後の甲子園になるのかもしれないのに、背番号を後輩に譲った。

 本当にいいのかと質問した手塚に「どうせ夏も来るだろうからその時には入れてくれ」などと言っていた。

 そういった見る野球好きは実際のところ、下手なベンチメンバーよりも貴重な戦力なのだ。

 セイバーの偵察班も本来なら優秀なスコアラーなのだが、どうしても当事者としての意識には欠ける。

 選手としての能力以外に、ちょっとした行動などが後に生きてくることがあるのだ。




 本当にどうしようかな、とジンは手塚と顔を合わせていたのだが、事態はまた変な方向に進んでいた。

 大介が己のバットを持って、バッターボックスに入っていたのだ。

「ちょ、おま! どうしてお前はいい投手見るとそう! 後先考えずに勝負しようとするの! 戦闘狂は野菜の星に帰れ!」

 ジンは止める。まさか去年、栄泉の大原にしたような、一年生に精神的外傷を負わせるのはまずい。

「大丈夫だって。バットは持つだけ~」

「ふざけんな! 去年の夏のこと、俺は忘れてないからな! 春日山の上杉さんが許してくれたから良かったものの、下手すりゃ問題になってたぞ!」

「あの人がそんなことするわけねえだろ」


 去年の夏。

 非公式に対戦した、一度きりの勝負。

 あれが大介を決定的に、プロへと志望させることとなった。

 ある意味大介はジン以上に、上杉勝也をリスペクトしている。

 センバツで大阪光陰に負けたのは、あのことを引きずっていたという面も確かにあるだろう。


 昨年の夏、決勝は結局宿舎で全員で見たのだが、あの決勝戦はほとんど……いや、まさに伝説的なものだった。瞬間視聴率は70%だったというから驚きを通り越す。

 アナウンサーは敗者であるはずの上杉の名前をひたすら呼び、カメラもまた上杉をひたすら映した。

 下級生たちが涙を流す中、笑顔でその背中を抱えている上杉の姿が、新聞の一面を飾った。

 勝者であるはずの大阪光陰は、敵ですらなく背景、あるいは舞台装置のように見られた。

 あの甲子園はまさに「上杉の夏」だったのだ。

 冷静になってみれば、大阪光陰の選手は気の毒であった。


 メンバーこそ変わったもののセンバツで当たった際、上杉が敗れた大阪光陰への敵愾心は、確かに大介にはあったのだろう。

 しかしまともな勝負はなかった。上杉ほどではないにしろ、屈指の実力の投手を擁していながら、大阪光陰は逃げたのだ。

 ジンの目から見ると、大介と勝負せざるをえない状況を作れなかった時点で、白富東は負けていたのだが。というか、公式戦で既に30本もホームランを無駄に打っている大介が悪い。

 だが大介の視線の先にはずっと、上杉の幻が見えているのだろう。




 それはそれとして、大介の行動を許すわけにはいかない。

「大介、タケはほとんど三年半ぶりのマウンドなんだ。打撃練習にもならないし、第一危険だ。目の前でバットを振られたら、俺が捕球出来ない」

 冷静に直史が言うと、大介も大きく息を吐いた。

「信用ないのね、俺。じゃあバットは持たないからさ」

 足元にバットを置く大介。そこまでされたら、球筋をみるぐらいは仕方ないだろう。

 誰かが打席に立ってくれるのは、確かにありがたくはあるのだ。それだけでコントロールが狂う投手もいる。


 直史がミットを向け、武史は振りかぶる。

 その振りかぶる姿が、わずかだが上杉に似ていた。

 上杉は右腕、武史は左腕で、そこも違う。

 スピードもさすがに及ばない。

「へえ」

 キャッチャーミットに入ったボールを、大介はもちろん見送った。

 これは確かに、一球目は空振りしたかもしれない。


 けれど、次はない。


 返球されたボール。次に一球投げようとして、武史の体が固まる。

 大介は視線で投手を殺す。そんな視線が、武史に突き刺さっている。

 とてつもない身体能力を持つ、兄でさえ認める天才。

 それは知っていた武史だが、ようやく実感した。

 道理であの双子が惚れるわけだ。




 武史は二球ストレートを投げたが、視線で打たれたと感じた。

 こんな凄いバッターだとは、普段の姿からは思えなかった。

 守るのも走るのも超高校級だが、打撃はそれよりもはるかに上をいく。

 だが、認められた。

「手塚さん、どうするんすか!?」

「あ~、じゃあまあ、二人ともベンチ入りということで」


 具体的なことは、どのみち監督が来てからでないと決められない。

 それ以前に、まだ本人の意思確認をしていない。

「手塚さん、ちょっと待って」

 直史はマスクを取り、マウンドの武史に歩み寄った。

「どうだ? ピッチャー面白くないか? うちは兼部も認められているから、とりあえず大会にも出てみたらどうだ?」

 細かい部分では修正する点は多い。

 だが今回のブロック予選では、去年のような勇名館のようなイレギュラーがないのだ。戦力に実戦を積ませるのには丁度いい。

 舐めプが許されるほど、今の白富東は強い。


「野球部、入るよ」

 武史は断言した。

 元はと言えば、小学校の頃の野球も、普通に兄の背中を追ってプレイしたのだ。

 その兄が今また、横に立っている。共に甲子園を……いや、甲子園は目指さないそうだが。

 ほとんど惰性でやっているのかと、去年の春頃は思わないでもなかったが、兄は切るものは切る主義だ。

 それでも暇な時には(あまり暇を作らない人だが)ピアノを弾いていたりする。

「ただ、休養日はバスケの方に行ってもいいかな?」

「それはお前の権利だ」


 かくして白富東に、待望の真っ当なサウスポーが入ったのであった。

 ――直史の左は、まっとうではないのだからして。




 イベントの多い一日目だなと部員達は思ったが、この日の出来事はまだ終わっていなかった。

「ちわっす!」

 いつも通りのスーツに身を包み、取り巻きのように見えるボディガードやコーチ陣を引き従えて。

 いつもよりはかなり疲れた風情の、セイバーの登場である。


 先日のセンバツ。女性監督として初めて、彼女は甲子園へと入った。

 だがグランドには出てはいない。女だから出なかったのではなく、単に出てもすることがないので。

 ノックなどは全部選手が行った。セイバーはベンチの奥で計算し、作戦の是非を判断していただけである。

 それでも外国人女性の甲子園監督ということで、ずいぶんと騒がれはした。

 白富東が一回戦、二回戦と勝ち進むことによって、その存在はよりクローズアップされていった。


 元々白富東は、選手のマスコミへの露出が少ない。

 それを一身に引き受けていたのセイバーだが、彼女は野球に関しては素人に近い。

 練習へアドバイスすることもなく、メニューは基本的にコーチが作るものだ。

 よって取材に対しても、経営論的なものしか答えられない。

 直史がノーノーをした時でさえ、彼女は特になんの感慨も抱いていなかった。

 プロの試合などを見ても、数年に一度はどこかで達成されていることだ。そういう認識である。


 そんな彼女の高校野球マスコミの間における印象は、あまりよくない。

 悪いと言いきれないのは、完全に彼女が野球畑の人間でないからだ。

 彼女は指導力ではなく、経営論で監督をしているのだ。




「なんだか、遠くからでも声が聞こえてきたけど、何があったの?」

 セイバーはそう質問してくるが、部員達の視線は、彼女の後ろのユニフォーム姿の少年に釘付けになっていた。

「ああ、新入部員の力試しを行ってたんですけど、そちらは?」

 おそらく鬼塚よりさらに高いであろう、褐色の肌をした少年がいた。

 ニコニコととても愛想はよく、見せる歯は白い。

 率直に言ってかなりのイケメンである。


 質問に対して、セイバーは相変わらずない胸を反らした。

「よくぞ聞いてくれました! 現在我が白富東野球部に欠けているものは、長打の打てる打者! しかしながらそんないい打者は、スポーツ推薦のないこの学校では、とても確保出来ません!」

 そう、それが問題ではあった。練習による成長だけでは、ある程度の限界がある。

 私立の強豪校が当然のように行う、有望な中学生のスカウト。完全に公立でありスポーツ推薦のない白富東では、そういった手段では選手が集められない。

 白富東に入りたいと思っても、成績が優れていなければ難しい。おおよそ周囲の平均的な公立中学校の、上位一割の学力の生徒が入ってくるような学校だ。

 野球ばかりやっているバカが入れる学校ではないわけで、そう考えると鬼塚の異質さが際立つのだが、それは問題ではない。

「そこで私は! 県の教育委員会に働きかけ、帰国子女の特別枠二つを作ることに成功しました! 彼がその助っ人外国人です!」

 何やってんだ、あんたは。


 確かに、彼女がやったからには、問題ではないのだろう。問題にならないようにしたのだ。

 全国から野球エリートを集めてくる私立強豪校に比べれば、まだマシなのかもしれない。だが外国からの留学生とは、さすがにドン引きである。

「いや~、苦労しました。下手にただ帰国子女として扱うだけだと、規定で三年時には出られないところでしたからね。調整に半年必要でした」

 そこまでして引っ張ってきたからには、よほどの逸材なのであろうが。

「ブラジルから来た日系三世の、アレックス・中村君です!」

「はじめまして~」

 アメリカじゃねえのかよ! とは誰も突っ込まなかった。 

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