第二十話「裏切り者」
何度も
ただ座るだけの時間は、砂時計が
結果、物理準備室を離れて
俺は伏見の教室へ走った。
彼女はもう怒って帰っただろうか。俺は教室に誰もいないことを望んだ。そうすれば、やっと崇拝心が
息も
伏見の様子は別段
「遅いから心配したよ。
伏見の口調は本当に心配している時のそれだった。
呼吸を整えた俺は伏見に近づきながら「いや、もう大丈夫だ。それより申し訳ない。
「ううん、別にそんな事ないよ。いつもね、一冊は本を携帯するようにしてるの。読書は楽しいから、待ち時間なんてあっと言う間だよ」
得意
待ち時間の
やはり伏見は善い人なのだろうか。しかしそれを確かめる手段がない。とどのつまり、伏見が悪の面を見せてくれない限り、俺はこのまま伏見を疑い続けなければならないことになる。もう手は無いのだろうか。
いくら考えようと、伏見を裏切ったことも伏見が待っていたことも変わらない。俺は伏見の隣に座った。
「野田君。卒業お
「伏見も。卒業おめでとう」
寒いほどの静けさの中、俺達は
俺は「と言っても、合格発表がまだだから、そこまでめでたく感じないな」と付け加えた。
「少し
「全然緊張しなかった。多分、合格できると思う」
「
伏見の
「それは違うぞ伏見。だって俺は、
伏見は少し破顔して「ふふ、
そしてまた、いつものように議論が始まった。
「受験勉強してると、人は
俺達の会話は
「多くの人にとっては、良い職業に
「それは、学歴が能力の指標になっているからだよな。でも高学歴イコール優秀とは限らないだろ?」
「学歴社会になってしまうのは、他に有効な指標が見つかってないのが大きいんじゃないかな」
「新たな基準を設けるなら、俺は性格の良さを示すものが欲しいな。俺はさ、いくら
それに伏見が善い人なのか分かる上、善い人
「善い人の指標か。それはまた定義が難しそうだね」
「でもそれがあれば、
「確かに可視化されるだけでも意識は
「それはそうなんだが、性格が悪い人は不正をしやすい訳だし、善い人を採用するメリットは0じゃないと思う」
「
「じゃあ国から善い人補助金が出るってのはどうだ?」
伏見はくすっと笑った後「その発想はちょっと
「確かにそうだな。うーん。何か善い人が社会的に優遇される構造を造りたいものだが」
俺は腕を組み、伏見は拳を口元に当てて、俺達はまた考える人となった。こうして語り合うのは
「伏見、変な事を聞くが、伏見は何か精神的な障害みたいなものをもってたりはしないか」
伏見は上目
「いや、そういう訳ではないんだが、今から話そうとしていることに関係してるんだ」
「そうなの? うーん、
「そうか」
伏見の精神に大きな
もし善い人なら、裏切り者の俺が伏見の側にいるのは許されないことだ。許されないのならば、もうこれっきりにしよう。もう会わないなら、どう思われたって
俺は腹を
「いや
伏見は伏し目がちに
「それは、もう、会ってくれないってこと?」
「きっとそうなるな」
伏見は弱々しく「だけど、合格したらまた
「悪い。その約束は果たせそうにない……」
「何で?」
伏見は
「これに答えが出れば、俺が伏見に関わる理由も、関わって
「でも――」
「最後だ。もう最後にしなきゃいけない」
俺は伏見の言葉を
本日最後の議論は「伏見、君は一体何者なんだ」という問いから始まった。
「善い人は、普通の精神をもっていない。これは、心の美しい障害者の友人から導出した理論だ。これが正しいなら、俺達は善い人になれないということになる。だって嫌な事の方が圧倒的に多い世の中で善い人でいられるなんて普通じゃない。だから欠陥のない伏見が善い人なのはおかしいんだよ。君は
伏見の目線は少しずつ下がっていっている。
「
本当なら、もっと楽しい話をしたかった。俺の発見を、もっと前向きに語りたかった。それなのに俺は今、伏見に
「伏見の真実を教えてくれないか。それがきっと、俺が善い人になる手掛かりになると思うんだ。俺はそれを聞いて、君の元から去りたい。君は一体どこまで善い人なんだ」
俺は恐らく人生で最も自分勝手な希望を口にした。善い人という目標、必要条件の理論、真実の探究、崇拝心の
伏見は
顔を上げた伏見は涙声で訴える。ゆっくりと
「野田君は、どうしてそんなに
また視線を落とした伏見は目に涙を浮かべている。このか弱い少女を
結局、この議論に結論は出なかった。俺達の
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