第十八話「光」
並んで帰ったあの日から、
どれだけ成績が悪かろうと、彼の授業態度は非常に真面目だった。教師や教科でその態度を変えることもない。周りが
何度か下校を共にする中で、俺達は迷子を交番へ連れて行ったり、お年寄りの荷物を肩代わりしたり、公園で小学生達と遊んだりした。加えて芝原は清掃活動や地域行事、被災地支援など様々なボランティアに参加しているらしい。困っている者には手を
例えば芝原が一学期に負った大
ちなみに、前述の小学生達の中には芝原が助けた男の子もいた。この子は芝原の病室へ何度も見舞いに来ていたと言う。芝原は救った命を弟のように
芝原と関わってから、俺の周りには困っている人が増えたように思える。でも、それは新たに現れたのではない。これまでもいたのに見つけることができなかったのだ。芝原は困っている人を見つける天才であった。彼の目には俺と全く違った景色が映っているのだろう。
「芝原は
俺達はこの日も下校を共にしていた。
「ふくし? それってどんなだ?」
芝原は白線の上を綱渡りのように歩きながら答える。
「え、いや俺も詳しくはないが、老人ホームで介護をするとか、そんなんじゃないのか」
「あー、合ってるかもなオレに。だれかの役に立つ。立つっていいよなぁ」
芝原はニコニコしている。
「芝原は、
立ち止まった芝原は真顔をこちらに向けた。俺達は
芝原はまた足元に目線を戻して「うーん、そーだな。なんだろ。……ほら、たくさんの人にさ、障害とかでさ、オレはメイワクをかけてる、だろ? だから、その分ぐらいは――いやそれよりもっと、立たなきゃいけねぇんだオレは、アレに、人の役に」と告げた。
「ずっとそんなことを考えてたのか」
能天気そうな芝原がそのような考えを腹に
「本当はどう思ってるんだ」
「そうだな〜。分かんねぇ」
芝原はあまり考えずにそう答えた後、真剣な表情で「聞こえる。聞こえるんだ。こまってる人の声が。そしたら『ああ助けなきゃ』って思うんだ。『助けたい』って思うんだ。そしたらもう動いてる。たぶん、オレがやんなきゃなんだ。聞こえるヤツがやんなきゃいけねぇんだよ」と言った。そしてまた破顔して「まっ、役に立たないことも、バカだからあるけどな〜、オレは!」と付け加える。
芝原は俺が初めて出会った
また何度目かの日直。俺は職員室で担任に日誌を提出した。
「あ、そうだ野田。ちょっとだけいいかい?」
帰ろうとしていた俺は呼び止められてしまう。担任は「最近よく芝原と一緒にいるね」と続けた。
「それがどうかしましたか?」
「いや、どうもしないよ。芝原を独りにしないでくれてありがとう」
担任は優しい笑顔で感謝を述べた。優等生が
「先生、逆ですよ」
俺は
「芝原が友達になってくれたんです。俺が芝原から色んなことを学んでるんです。アイツは多分そんなつもりないって言うだろうけど、俺が芝原に助けられてるんです。だから逆なんですよ」
俺がこんな話を人にするとは。きっと芝原の事をもっと知ってもらいたかったのだ。
担任は少し驚いていたが最後には「そうか……。それは、素敵な関係だね」と言ってまた
職員室を出ると
「野田、いっしょに帰ろうぜ〜」
「そうだな。帰ろう」
俺達は並んで
「マジで野田とかいうクソガリ勉なんなの? アイツ陰キャのクセに見下してくんのマジ腹立つんだけど」
「あー分かるぅ。てか野田って最近芝原とつるんでない?」
「嫌われ者同士がくっついてるの笑えるわ。アレ絶対デキてるでしょ」
「何それキモぉ。ホント
「ハハ、いいねそれ!」
「ふざけんな!」
扉が勢いよく開かれた。彼の横顔は
教室には女子生徒が
「勝手に聞いてんじゃねぇぞきめぇな」
机に腰掛けている方が吐き捨てるように言う。開かれた場所で人の悪口を垂れ流しておいて、勝手に聞くなとはどういう了見なのか。
このような場面で俺が感じるのは
しかし隣の男にとっては違った。
「あやまれよ。野田にごめんさないって言え!」
芝原は叫んだ。中学三年生にもなると同級生の怒号を聞くのも
「うるせぇ、害児のクセに」
「もぅ行こ、無視無視こんなヤツ」
着席していた方が
芝原は抗議を続けるつもりだったようだが、俺は彼の腕を
「芝原、やめよう、これ以上やっても何の得もない。ごめんな。俺、芝原が害児って言われたのに、
「いいよ別にオレのことは。でもオレはア、アァ、ア、アイツらあやらませるって決めたんだ」
「芝原、もう
俺のために腹を立ててくれる人が同じ学級にいるということが、気持ちのこもってない謝罪なんかよりずっと俺を救っている。
「気を取り直して、だろ」
「そう! たぶんそれ!」
俺達は
他人が何と言おうと、俺は芝原が一番
この日から芝原は俺の目標になった。彼のように困っている人に手を
俺が善い人を目指し始めて、最初に助けたのは芝原だった。というのも、芝原は志望校が危うかったのだ。俺は恩返しのつもりで
受験した高校は違うのに、それぞれの合格発表を
当時、俺達は携帯を持っていなかった。だから高校生の芝原が何をしているのか分からないが、今もきっと善い人をしているに違いない。
芝原。彼は俺の人生の師匠である。
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