第十七話「芝原」
論理を知らない頃の俺は、面前と恥を避けたがる子供だった。数少ない友達は全員ゲーム仲間であったと記憶している。学級の核を
他方で、血を分けたはずの姉は無類の目立ちたがりだった。彼女は小学生の頃から校内の有名人であり、俺はその奇人に似ていないと
中学校に進学した後、試験の度に学年首位を占めたことで、自分に学問の才があることを知った。友達は
しかし平穏な日々は続かなかった。中学二年生の半端な時期に、父の仕事の都合で引っ越しが取り決められたのだ。俺達家族は父の転勤にくっついて十年近くを過ごしていた
その時受験生だった姉は、高校に
一方俺は
父の地元が
現在は中学三年生の二学期初め。首席が普通の事になると、進級して訪れた
校内にチャイムが鳴り響く。授業は終了だ。六時間目の担当はこの学級の担任である。担任は
「じゃあー、
俺だ。このような小さな不運に見舞われてばかりいるような気がする。
「はい」
俺の挙手は低かった。同級生による視線の集中
「野田だね。日誌は僕のデスクに置いといて。それと悪いけど、デスクにある配布物を終礼前に教室まで持って来てくれないかい?」
日直とは
「分かりました」
「ありがとう。本当に申し訳ないんだけど、今日は配り物が多いんだ。誰か他に手伝ってくれる人はいるかな?」
「やります、オレやりま〜す!」
声は後ろの方から飛んできた。細い目に丸い鼻。はね放題のボサボサ頭。制服の白シャツを着たその男は、お手本のようなニコニコ顔で天に届くほど手を伸ばしている。
「お、じゃあ
担任のかけ声で
芝原。この男と同じ学級になるのは今年度が初めてだ。しかも新学期当初、芝原は大
掃除を終えると、芝原が教室で俺を待っていた。少し小柄な芝原と並んで職員室へ向かう。
「そーいや、ちゃんと話すの初めましてだ」
先程まで鼻歌交じりで廊下を進んでいた芝原が機嫌良さそうに言葉を発した。俺は素っ気なく「そうだな」と返す。
「野田はアレだろ、アレ。テストで一番なんだろ? すげぇよな〜。分かんねぇぞオレ勉強なんて」
「別に
頭の悪さを理由に人を馬鹿にしたことはないが、ここの生徒は人間として程度が低いと思っている。俺は一フェムト秒でも早くここから抜け出して素晴らしい高校生活を送りたいのだ。
「すげぇけどな〜。赤点ばっかだ。教えてくれよ勉強、ははは」
芝原はヘラヘラしながら願いを口にした。
日誌を書き上げて、指定されたデスクに置いてゆく。これで学校に用はない。下校しようと正面玄関に出ると、駐輪場が目に入った。自転車が何十台も倒れている。それを
「芝原、何やってんだ」
芝原は細い目をこちらに向けたが、すぐに自転車に向き直った。
「野田か。何って、ドミノ立ててんだよ」
「ドミノ?」
「ドミノ? あ、ちがった自転車。自転車立ててんの」
「
芝原は少し笑った後、黙々と作業を続けた。俺も黙ってそれを
「俺も手伝うよ」
芝原は俺を見て、
「俺はもう帰るぞ、じゃあな」
「送ってくよ。お礼だ」
俺の背に芝原の声がぶつかる。俺は振り返って「
「ん? どういうことだ?」芝原は
「だから自転車に
「いや、チャリ通じゃないぞオレは。いっしょにあ、あ、ああ、ある、歩いて帰ろうってことだよ」
芝原は
自転車通学じゃない? てっきり所有物を救出するついでの行動なのだと思っていた。それに一緒に歩いて帰るのに何の意味があるのだろう。大体、今のが俺からの礼だったのだが。
笑顔の芝原は混乱する俺の背中を押しながら「さあ帰るぞぉ! 道はどっちだ?」と
登下校で芝原を見かけたことがない。予想通り俺の通学路は芝原の普段使わない道であった。それなのに芝原はニコニコしながら「こっちからでも帰れるぞ〜」と言って、俺の下校にお供した。
よく分からんが
これが俺と芝原の歴史の始まり。この芝原という男は、中学を転校した俺が初めて興味を
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