第十一話「十八歳と夢」
周囲がぼかされたように
クラッカーが弾け、整った顔の女が長い黒髪を揺らしながらキッチンから勢い良く飛び出す。
「イェーイ! ハッピバースデーハッピィ弟よー! このケーキを買ってきたのは〜、アタシでーす! ありがとー、お姉ちゃーん!」
抜かりなくはしゃぐ姉は小さなホールケーキを二つ食卓に並べた。
「あれ、父さん達は?」
姉は
「絶対嘘だろ。どんな夫婦だよ」
「ごめん違った違った。父さんは山へ
天から光が射し、
「
目をつぶっていた伏見は開眼し口を開く。
『
声にエコーがかかっている気がする。
「伏見、頭でも打ったのか?」
『
伏見は
ペッタン。ペッタン。めでたし。めでたし。
そこで目が覚めた。ベッドの上である。
「そりゃ、夢だよな……」
俺はそう
ゴールデンウィークが明けて数日。あの喫茶店から見える桜並木もとうに散り尽くし、青々とした葉桜に
季節の他に新学期と共に訪れた大きな変化は、高校範囲を終えた科目が全て演習授業に変わったことである。その演習難易度を自分で決められることに加え、多くの授業が移動を
俺が受講している
「伏見、お疲れ」
「あ、お疲れ様」
俺達の
本日初めて伏見を目にした俺は、あの
「伏見って伏見だけど、神社と
変な日本語である。
「伏見
「
伏見はボブカットの
「何で伏見が謝るんだ」
訳の分からない謝罪に俺は口元を少し緩めた。
「『変な』ってことは、
「いやもうはっきりと覚えてないんだが、
「餅?」伏見はポカンとしている。
「そう、餅」
他にも変なことを言ってた気がするがこれ以上思い出せそうにない。起きた時に鮮明だった夢も、いつの間にかほとんど記憶から消えていってしまう。
しかし、好きな子の夢を見たことを本人に教えるのも小っ恥ずかしい話だな。かと言って隠す必要は感じられないが。
「でも夢って何なんだろうね」
俺に
「夢か。一般的にはレム睡眠時に見やすいと言われていて、脳活動の副産物で特に意味はないなど諸説あるが、夢や睡眠については解明されてないことだらけだからな」
「
「そう考えると不思議だよな」
俺達は
「夢と言えばフロイトだね」
フロイト、よく聞く名だ。
「あー、夢分析だったか」
「うん。フロイト
つまり、俺は伏見に
「そこで問題なのは夢の解釈なんだけど、フロイトは多くを、抑圧された無意識的な性的欲求だって考えたんだよ」
俺は胸がざわつくのを感じた。伏見が当たり前のように「性的欲求」などという単語を口にしている。だけれども問題はそこではなくて、フロイトが正しいなら俺は伏見に
「ちょっと待ってくれ。それだと俺は伏見に
伏見は俺の言葉に「ふぇ?」と名状し
「フロイトの考えは、現代では、かなり否定的に扱われてるからね。論拠が薄いし、ちょっと考えが
普段通りの口調に戻った伏見の説明を聞いている内に、急性の胸部の違和感は薄れていった。発作を起こすような持病はないはずだ。あの感覚は何だったのだろうか。
ここで伏見が
「はぁ、精神分析に限らないんだけど、数字が使えず言葉でしか研究できないことって、どうしても正確性に
「
「うーん、そう、かな? ……ほらぁ、これも言語のフィルターを通した
「
確かに人の心と言語のフィルターをいくつも重ねれば全く別の意見に
「しかし科学っぽい統計だって、根拠や論理が怪しいことが多々あるからな。数字が使えても、研究者の解釈次第で誤った結論が導かれてしまう。結局一番大切なのは、研究者自身の真実を見抜く力だと俺は思うが」
「うーん、そうだけど、学問に
伏見は軽く握った拳を口元にあてがい、いつものように考える人となった。俺達は
そうして、また普通の一日が終わった。未来に
やはりこの時の俺はどこか浮ついていた。しかしそれは致し方ないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます