第八話「恋の予感」
伏見の他に、俺の議論
まあ、関係のない話はさて置き、
「日本人の大半は、信仰している宗教を聞かれると『何も信仰していない』と答えるそうだ。
地理で得た知識を話す俺に、伏見は「特に入信した覚えはないから、
「日本人だとそんなもんだよな。だけど無宗教が多数を占める国は統計上少なくて、
これは、授業中にふっと脳裏に現れて俺を
伏見は別段
「確かにカルト教団や宗教テロ、宗教が原因で起きた紛争や戦争なんかが、宗教の
伏見との見解の不一致は実際よくあることである。似た育ちの姉とでさえ
「そうか? どう役立ってる?」
「そうだなぁ、例えば、今の日本は
宗教の話が倫理の話に変わったと思ったら、伏見は「野田君、パノプティコンって知ってる?」と問いかけて、また話題を
「いや、知らないな」
「パノプティコンは十八世紀にベンサムが考案した刑務所施設のことだよ。中央に
「つまり、客観視の訓練も
この話が宗教とどう
「パノプティコンは看守の仕事を減らした上で、囚人が労働習慣を身に付けて社会復帰できるようにって
「しかし、よくそんなことを思いついたな。当時、相当画期的だったんじゃないのか」
「うーん、でも、それほど普及しなかったみたいなんだよねぇ。
そこまで言って伏見は「これは今の議論に関係ないね」とフーコーを
「
以上、伏見の宗教は役に立っている論であった。
「悪事を働きそうな人ほど宗教に
伏見は
「野田君、宗教を信じるってことは宗教に
伏見が先程とは全く異なる角度から、より直接的に宗教を
「う、確かにそうだね。
伏見は不本意だと言わんばかりに拳を口元にあてがって次の一手を思案する。
「どちらにせよ、そういったものを頼りたくなるのは、弱さの現れだと俺は考えるな」
「それは……野田君みたいに
俺の考えを改められず、勢いを
「まっ、宗教は信じること、科学は疑うことだ。俺の思考は科学に
「そうかなぁ、科学だって時に仮定として信じていることがあるよ? 熱力学第二法則とか、確率解釈とか、証明されてないことを前提に論を展開してることだってよくあるし」
思わぬ反撃を受ける。
「う、そこを突かれると正直痛いが、いくら経験則とはいえ、やはり根拠がない訳ではない。そこが宗教との決定的な違いだ」
とにかく宗教とは無縁の道を歩む。俺は断固として揺るがないという姿勢を見せた。
ここで、伏見が
伏見ははにかみながらも「いやぁ、何て言ったら
そうか。伏見も楽しいのか。俺も、君と語り合うのはとっても楽しいんだ。
俺達の議論は、持論の正しさを競う討論ではない。相手の意見を打ち負かすことに情熱を注ぐものでもない。考え方の違いを楽しみ、新たな発見を求める討論なのだ。
帰宅、夕飯、風呂の後、残った宿題を片付けていると、携帯に着信通知が届いた。姉からだ。家族四人のグループチャット以外の会話は久し振りである。俺は「
姉は「今から押しかけていい?」と発言した直後「はぁ? アンタ急に何言ってんの!」と
「違う違う、それは俺の
開幕からトップギアに入れて
「あっ、
「正直、面倒臭さの方が
「えっ、それはマズい。こうなったらアンタん
このアパートが
「本当に来るのか。今から車で? 電車?」
「いやホッピング・ポゴスティック」
「小学生かアンタは。何時間両足
ポゴスティックとは
「あっははは。アンタそうツッコむんだ。いいね。その調子でお姉ちゃんのひまつぶしに付き合いなさいな」
訳の分からない姉が勝手なことを言っている。
「悪いが
「いやー見たかったんだけどねー、カギ忘れちゃって家入れないから」
「
「まだ帰ってないのよ」
「え、それで外で待ってるのか?」
「あのね、これだけは言っとく。めちゃくちゃ寒い。軽く雨降ってる」
「そりゃ寒いだろ。三月の九時だぞ。何やってんだよ。
日中は段々と暖かくなってきたとはいえ、朝晩はまだまだ冷え込むようだ。
「もう三月かぁ、時間がたつのは時の流れぐらい速いね。あ、そうそう青春と言えばさ」
姉は会話の筋道などお構いなしに続ける。
「最近どうなのよ? 青春しちゃってる?」
「気持ち悪い質問だな」
「アンタにはアタシみたいに間違った青春送ってほしくないのよ。もう心配よぉ。お姉ちゃんは心配」
信じられないことに、こんな
「だからさ、アンタ彼女とかいないの? ねぇ?」
「……もう切って
「ちょちょちょ、冷たくない? アタシ
その言葉を聞いた時、伏見の笑顔を思い出して胸の辺りがふわりとした。それはどこか
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