第五話「居場所」
友人は多い方が良いとか、
今まで、学校や学級に
無論、
こんなことを言うと薄情だと非難されるかも知れない。しかし、俺の重んじる論理や効率というものは時に非情なのだ。これが正しいか判断するのは難しいが、俺の道は論理の先にしか無いと思っている。
「野田~」
終礼を待つ間、脳内議論に
「それは関係なくないか?」
どうやら物理の提出物を返却するらしい。余程重かったのか級友は顔をしかめて軽く腕や肩を回している。確かに四十近くある冊子を
俺は「まあ構わないが。そこに置いといてくれ」と
「さんきゅ~、マジで助かったー。じゃあ、これ頼むな!」
級友は塔の三分の一ばかりを置いて去っていった。多少無遠慮ではあるが、きちんと礼の言える子である。そして彼は人がまだ
教室内を何度か往復したら、自分の提出物だけが手元に残った。しかし何だか
学級から解放されるや
今から、ノックをして、形式的な
物理準備室は
「来ましたよ、先生」
先生という言葉は大変便利で、相手の名前が思い出せなくても特に違和感なく会話することができる。しかし残念なことに、学友にはこれに類する画期的
こちらを
「野田、なぜ呼び出されたのか、分かるか」
「え、いや、分かりません」
出会い
先生は
「これだ」
先生が開いたのは、微小振動する振り子の角振動数の導出を説明させる問題であった。
「それがどうかしたんですか」
「普通にこれを解くなら、微小振動より質点の動きは水平のみの直線的なものだと近似して運動方程式を立て、シータの関係式を用いて答えを導く。基本問題を説明しろというだけの問題だ」
「そうですね」
ここで、もう少し説明しよう。静止位置からの角度を
「対して、これがお前の解答だ」
先生は指差しながら「このLとは一体
「ラグランジアンです」
「
先生の声は低い。
「解析力学は最近自主的に勉強していたんです。ニュートン力学にも適用できるとあったので試しにラグランジュ方程式を使ってみました」
「そうか、だがな野田、これは高校物理範囲外だ。これがテストの解答だったら、俺は丸をやらなかったぞ」
心臓が
「し、しかし、間違いを書いている訳ではありません。物理的に正しいなら正解にすべきです」
次第に窓からの陽光が弱まった。きっと太陽に雲がかかったのだ。物理準備室が薄暗くなってゆく。
「俺は受験を
「しかし……っ!」
後の言葉が出てこない。アカハラの幼生のような現況に飲まれている。
「野田、お前もそろそろ三年になるんだ。受験生になるんだよ。合格のためにすべきことは何だ。解析力学か? 大学物理か。もっと他にやるべきことはあるだろ。物理だけできても、大学には受からんぞ」
確信した。この男は俺を傷つけるためにここに呼び出したのだ。そもそも課題の内容ひとつで、ここまで責められる
薄暗い部屋に窓をいたぶる風の音が響く。
「お前、少し調子に乗ってるじゃないか? 将来のこと、もっと真剣に考えたらどうだ」
先生の声は、低く、重かった。
よく考えれば当然だ。教師だってただの人間。こんな若造に間違いを指摘されて腹を立てないとは限らないじゃないか。
まだ十七の
再び渡り廊下に出た時、先程よりも増して寒いようだった。暗雲が日の光を
それから家に着くまで、俺は
「お電話ありがとうございます。こちら、お姉ちゃん
実の姉は第一声からふざける人であった。
「何だその怪しい企業は」
「本日はどういったご利用でしょうか? 水周りのトラブルでしょうか?」
「違います」
「まずは水道の元栓を
「くはっ、だから違うって」
姉がいつも通りすぎて吹き出してしまった。俺が「あれだよ。
「おぉ、アンタそれ恋人に言うやつだよ。あれ? アタシ達って付き合ってたっけ?」
「何言ってんの気持ち悪い」
「あっはは、ひっどいなぁ。もっと丁寧に
演技がましく女の子とやらを語る。
「大丈夫。姉ちゃんのは防弾ガラスだから」
「ふふん、
「で、どうした? ヤな事でもあった? お姉ちゃんが聞いてやらんこともないけどぉ?」
これは恐らくにやけ顔で言っている。見透かされているのが少し恥ずかしい。
「よく分かるな」
「まあね〜。……あっ、でも難しい話はダメ。アタシの頭じゃ理解できないから。分からなくて泣いちゃうよ。泣いちゃうからねっ!」
「そんなことで泣くな」
「はは、難しくなきゃいいからさ、相談しちゃいなよ。ほれほれ」
悪口や陰口は
「そこまで言うなら相談しようか。要約すると、教諭とか医療従事者、聖職者なんかは
「やっぱ難しい話じゃんか! うわあああん!」
「うるっさ」
嘘泣きを全力でやる姉は、結局最後まで俺の正義論に付き合った。携帯が俺の手から離れた時には、もうあらかた晴れた心持ちになっていた。
俺には
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