第四話「巨大な爆発」
桃色
相談を受けた日から、俺達は図書室に
短期集中型の勉強会が終わった後も、俺は伏見に物理や数学を不定期に教えている。これほど長きに渡って特定の誰かと放課後を共にするのは、高校の入学以来まるで経験がない。そして
「野田君、ビックバン説ってどれほど有力なのかなぁ」
天球に
「どうしたんだ、急に」
俺は長机に広げた解析力学の参考書から、隣に座っている伏見へ顔を向ける。直線的な
「あのね、創造論を調べてて天地創造に
出会ったばかりの頃、自分からは
「
「
伏見は、手を
「ビックバンの根拠は大きく分けて二つあるんだが、俺は背景放射の方をよく知らない。とりあえず、知っている方の説明をするとしよう。伏見、ドップラー効果は分かるか?」
「救急車?」
まさに連想ゲームである。
「くふっ、いや別に、救急車のサイレンはドップラー効果そのものではないぞ」
笑わせる気など
しかし、よく知らないということは、どうやらドップラー効果は物理基礎の範囲に入っていないようだ。俺は気持ちを切り替えて説明を始めた。
「それじゃあ、波の定義から確認していこうか。まず、波は同じ形を
俺は自分のノートに一周期半程度のサイン波を
「次に、単位時間あたりの波の数を周波数f。この波はスライドするように進む進行波で、その速さをvとする。これらは習ってるだろうから、ここまでは
「うん、大丈夫」
「そうか。分からなかったら、遠慮せず聞いてくれ」
そう言って俺は以下の式を書き込んだ。
「ここで、v = fλという
伏見はノートの式を見つめたまま首を
「一秒間で考えよう。一秒間に波はどれだけ進むだろうか」
「……速さがvだから、v、だよね?」
何の
「そうだな。それじゃあ一秒間に波はいくつ作られるだろうか」
「えっと、周波数fだね」
「よし、ということは一秒に波長λの波がf個できるんだから、波は f ×λだけ進んだとも考えることができる」
伏見はノートを見つめて「
「これが分かればドップラー効果は説明できるんだ。俺が周波数fの音を発しながらvプライムの速さで伏見に近づく場合を考えてみよう。この時、伏見はその場を動かない。一秒間に音はvだけ進むが、俺がvプライム進むから音波の頭から終わりまでの長さはv - v'になる」
俺は簡単な図を余白に
「俺は周波数fの音を発したからv - v'の中にf個の波があることになる。その波長をλプライムとすると、v - v' = fλ'が成り立つ。つまり、俺はλ' = (v - v') / fの波を伏見に届けたことになる。ここまでは大丈夫か?」
伏見は「ちょっと待ってね」と言った後、軽く握った右手を
「よし、音速は俺の速さによらず一秒にvだけ進む。俺が届けた波長はλプライムだから、伏見が聞いた周波数をfプライムとすると、v = f'λ'が成り立つ。つまり、f' = v /λ' = vf / (v - v')となる。ここで、fにかけられた係数が1より大きいことから、伏見は俺が発した本来の音より高い音を聞いたことになる。これがドップラー効果の原理なんだ」
「それなら、遠ざかる時は、低くなるのかな?」
「それは、vプライムを負の値におき換えればいい。結果、f' = vf / (v + v')となってfプライムはfより小さくなる」
伏見は小さく「あ、成程」と納得した。
「次に、可視光線について話そう。光も波だから波長がある。実は、俺達が見ている色っていうのは光の波長で決まるんだ。また、波長が可視光線の領域を出ると、赤外線か紫外線になって俺達の目には見えなくなる。ここで重要なのは、赤い光ほど波長が長く、紫に近づくほど波長は小さくなるってことだ」
「うん。これは聞いたことがあるよ」
これでビックバンの説明に必要な小議論は片づいた。これが唐揚げならば残りは揚げる工程だけである。話は
「ここで、地球から遠い星ほど赤い光、つまり、波長が長い光を
「えっと、
伏見はとても申し訳なさそうに俺を
「いや、小さくなるのは周波数だ。v = fλより、波長は周波数に反比例するだろ?」
伏見は初め不思議そうにしていたが「あ、そっか。遠ざかる時、周波数が小さくなるから波長は大きくなるんだね」と言って、最終的にわだかまりの無い表情になった。
「話を戻すぞ、遠い星ほど速く遠ざかっていることから、宇宙の
俺も正しく理解できているか不安だが、分かりやすく説明すると大体こんなものだろう。お気に召しただろうかと伏見の顔色を
「うん。
改めて言われてみると何だか難しい問題のような気がしてきた。
「すまない、俺にも分かんないな。次までに背景放射と共に調べておくよ」
「それだと野田君に迷惑掛けちゃうよ」
伏見が
「いや、俺も気になってきたんだよ。伏見に教えるのはそのついでだ。迷惑なんかじゃないさ」
「でも、何だか申し訳ない気がする……」
「俺は別に平気だから、伏見も気にしないでくれ」
こんな風に伏見が俺の手を借りようとしないのは、友好度の低さが原因だと思っていた。だけどきっとそうではなくて、誰かの手を
俺は「それじゃ、
そう、議論は初めこんな物理指導の延長のような話題からだった。それが段々と哲学的なものへと
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