第三話「伏見」
放課後を迎えた図書室。自然科学の蔵書が並ぶ
泣きぼくろの少女は突然声をかけられたことにビクリと肩を
「ちょっと待ってくれ。別に君が邪魔だった
俺は少々
俺はとりあえず「驚かせてすまなかった」と
「えっと、その、
しかし少女は目線を右下に
俺の脳内を遠慮という熟語が荒々しく
「
「そう、だけど……」
その返事は
「それなら
少女は
「どうしてって言われてもな。何だろう」
一番の理由は俺が
「君が困っていそうに見えたから、かな……」
俺は嘘にならない程度に理由の
少女は上目
「ああ。本を探すくらい迷惑の内に入らないよ」
「それじゃあ、……一緒に探してもらっても、
少女はぺこりと
図書室には自由に使える
このまま二人して黙って席に着くことが、少女の困り事を解決するのなら別段文句は無い。しかし現実にそんなことは起こりえないので、俺はまず自己紹介をすることにした。
「俺は二年の野田だ。クラスは理系。同学年、だよな?」
少女は
「あ、うん。二年、文系の
初期イベントの自己紹介を達成して、ようやく進み出したかと思われた会話は、次の一歩を踏み出すことなくそこで停止した。木目調の机に顔を向け直した伏見の肩に力が入ってるのが分かる。どうやら伏見の方から話してくれる訳ではないようなので、必然的に俺が聞き出していくことになった。
「えーと、伏見は物理で
伏見は正面を向いたまま無言でコクリと
「物理の何を探してたんだ?」
伏見は、注意を
「それはテスト対策? それとも授業と関係のない調べもの?」
俺の方から一方的に質問ばかりしているがこれで合っているのだろうか。俺の姉だったらここで
「前者だと、思います」
そう答えた伏見の
「それじゃあ、とりあえず問題集だな。苦手な分野とかあるのか?」
困り
文系のテストは、範囲が物理基礎に準ずる。だから内容はさほど難しくないはずだ。点を上げるには、
「何が分からないのか、よく分からないんです。本当に、どうしたら
俺は手提げの上の握られた拳を見た。
「問題の意味が
そう続けて、伏見は両
問題の意味が
「じゃあまずは、そのテストの解き直しをしよう。分かんないところがあったら俺が教えるから」
伏見は俺の提案に対する
「どうかしたのか、伏見」
「……
伏見は申し訳なさそうに、ゆっくりと言葉を
「俺のことは心配しなくて
伏見は小さく「学者」と返して、少し顔を上げた。
「今は自身を優先してくれ、とにかく、そのテストを見せてくれないか」
俺は
テスト用紙を机に広げて、伏見はノートに解き直しをする。俺は問題を一通り
実際、文系のテストにしては少々難しい。また、困っているだけあって
問題文から読み取れる物体の図を
俺は乗りかかった船だと言って、
「野田君」
俺は足を止めて振り返った。伏見はゆっくりと続ける。
「
伏見はそう言って、
「伏見は
「え、うん」
「だけど善い人の定義って難しいと思わないか」
俺は、人の間違いを許せるのと、人の間違いを正してやるのはどちらが善い人なのかという議題を、俺の
最後まで
俺は静かに驚いた。俺の堅苦しく小難しい話を、茶化さずに
「今少し考えて思ったことはね、そこに気が付き、悩めるのは、そんなこと考えもしない人達よりはずっと、善い人……なんじゃないかな」
「
俺の社会科の選択は地理だ。だから、カントの道徳観など知らなかった。そう、この時はまだ知らなかったんだ。だけど、そこで伏見に教えを
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